【海峡両岸論】

中国が「いずも」の活動を標的に~潮目変わり始めた南シナ海

岡田 充


 南シナ海の「潮目」が変わり始めた。昨年7月の仲裁裁判所の決定で最高潮に達した中国非難の「大合唱」は鳴りを潜めた。中国は東南アジア諸国連合(ASEAN)と、平和的解決に向けた行動規範の枠組みに合意。米トランプ政権は5月25日、「航行の自由」作戦を政権発足後ようやく再開。マティス米国防長官も6月3日、シンガポールのアジア安全保障会議で「一方的で威圧的な現状変更は容認しない」と、中国をけん制した。しかし、言動がくるくる変わるトランプ政権への東南アジア諸国の視線は安定せず、以前のような迫力はない。一方中国は、海上自衛隊のヘリ空母「いずも」(写真1)が、南シナ海で米軍と共同演習や沿岸国へ寄港するなどの行動に神経を尖らせ、対米批判より、日本を標的にした批判が目立っている。

画像の説明
  (写真1 「いずも」/海上自衛隊HPから)

◆◆ ASEANと行動規範で合意

 「米朝チキンゲーム」のニュースに埋もれた重要ニュースは結構ある。まず4月末、マニラで開かれたASEAN首脳会議は、南シナ海の潮目の変化を強く印象付けた。30日に発表された議長声明は、昨年の声明にあった「(中国の)埋め立てや軍事拠点化」を「深刻に懸念」などの文言を削除。それに代わり「中国との協力関係の改善」に言及し、対中姿勢を軟化させたのである。
 続いて5月18日、中国・貴州省で開かれた中国・ASEAN10カ国高官協議は、紛争の平和的解決に向け法的拘束力を持たせる「行動規範」について枠組み合意した。「法的拘束力」については「今後議論する重要な問題」とされ、協議進展のアピールばかりが目立ったが、前進したのは間違いない。
 対中関係改善を進めるドゥテルテ・フィリピン大統領は、中国の習近平国家主席と会談した(5月15日)際、習から「(資源開発を)無理に進めるのであれば戦争になる」と警告されたと明らかにした。中国の強硬姿勢を受けて協調路線の転換する発言ではなく、「対中弱腰」を批判する国内世論向けに「強気」を演出したのだろう。北京でやはり15日開幕した「一帯一路」国際会議を前に、フィリピン元下院議長はフィリピン、中国、ベトナムによる共同資源調査を提案した。領土紛争の処理原則として「棚上げ」と「共同開発」を主張してきた北京もこれに異存はないはずだ。
 中国の対ASEAN戦略を振り返ると、フィリピンへのてこ入れをまず挙げねばならない。ドゥテルテは昨年10月の訪中で、南シナ海紛争の棚上げと引き換えに、巨額の経済支援の約束をとりつけた。彼はASEAN首脳会議で、仲裁裁判所の判断を議題に取り上げないなど外交政策を大きく転換。その結果、ASEANで中国に真っ向から反対する国はもはやなくなった。

◆◆ 初の航行作戦の意味は?

 興味深いのは、オバマ政権時代に4波にわたって展開された「航行の自由作戦」の中断である。米紙ニューヨーク・タイムズ(5月3日付)によると、米海軍はトランプ政権の誕生後、計三回にわたって作戦実施の承認を要請したが、国防総省が却下したという。4月に行われた米中首脳会談を受け、トランプが対北朝鮮で北京との協調関係優先のため「自制」したと見ていいだろう。駐米中国大使は、対中強硬姿勢を示すハリス米太平洋軍司令官の更迭を求めたと報道された。

 ロイター通信によると、トランプ政権初の「航行の自由」作戦は5月24日行われた。米海軍のミサイル駆逐艦「デューイ」(写真2)が、中国の実効支配する南沙(英語名スプラトリー)諸島のミスチーフ(中国名・美済)礁から12カイリ(約22キロ)内の海域を航行した。中国外務省は25日、これに「強烈な不満と断固とした反対」を表明。中国軍も米側に「厳正な申し入れ」をして抗議した。

画像の説明
  (写真2 米海軍のミサイル駆逐艦「デューイ」/Wikipedia より)

 米軍が同作戦を最後に実施したのはオバマ政権時代の16年10月21日。中国やベトナムなどが領有権を争う西沙(英語名パラセル)諸島に駆逐艦を派遣した。トランプ政権が中断を経て、作戦実施に踏み切った理由は何か。北朝鮮の「挑発」阻止に「腰が重い」習近平指導部への「圧力狙い」とする見方すら出た。南シナ海問題はトランプ政権にとっては優先課題ではなくなったという意味でもある。
 ホワイトハウスや米軍部内部に作戦をめぐって意見対立があると伝えるメディアも少なくない。「米軍は中国軍との意志疎通を重視している。『ウォールストリート・ジャーナル』によると、米軍内には、南シナ海問題で中国に屈辱を与えるのを避け、低姿勢を維持して不必要な摩擦を避けるべきだとの主張がある」と報じたのは「多維新聞」[注1] 。トランプ政権内では、作戦に関して「米軍がいつ、どのようなやり方で、どのぐらいの頻度で行うか」をめぐり様々な意見があるという。

 一方、中国内には別の見方もある。南シナ海問題を専門に研究する「南海研究院」の張鋒・兼任教授[注2]は、作戦実施はトランプ政権の新アジア太平洋戦略を宣言するための「ウォーミングアップ」と見做し、オバマが打ち出した「リバランス政策」に代わる対アジア新戦略を既に策定しているかもしれないと見る。マティス米国防長官がシンガポールのシャングリラ会議で葉表するのと見方もあったが、トランプ政権はロシアゲートや政権内の矛盾噴出で、それどころではないようだ。

◆◆ 呉士存の反転攻勢戦略

 情勢の潮目が変化しつつあるのは、中国の「反転攻勢」のためである。ここで南海研究院の呉士存院長[注3]に再度登場してもらおう。彼は4月下旬、自著『中国と南沙諸島紛争』(朱建栄訳、花伝社)の出版を機に来日した際、反転攻勢戦略について詳しく説明した。中国自身にも自制を求める内容を含んでおり、改めて紹介する。

①対米関係は、衝突回避のため米国に「頻繁な自由航行作戦を控える」よう求める一方、中国側も「過剰な軍事拠点化を抑制すべき」と提言。「取引」である。
②対ASEANでは、武力行使を禁じた2002年の「行動宣言」に法的拘束力を持たせる「行動規範」策定を急ぎ、5月中に高官協議を開催する。これは先の「貴州会議」で、すでに実現している。
③長期的には沿岸国と協力して、資源・環境保護を進め、南シナ海を沿岸国の「共同の庭」する。

 秋の党大会を前に、習近平総書記が「強人統治」を強める中、北京にも自制を求める提言は、呉院長が党中央と太いパイプを持たねばできるものではない。「過剰な軍事拠点化の自制」の詳細について尋ねると、呉は「日米の行動次第。米国が軍事的圧力を加えれば、対抗すべきという議論が出てくる」と答えた。米中による「自制の共同歩調」を促しているのだ。
彼は新著発表会(写真3)でも、注目すべき発言をした。

画像の説明
  (写真3 4月19日、東京千代田区の出版記念会であいさつする呉士存)

 「(海自の護衛艦)『いずも』の南シナ海沿岸国への訪問が、日本の軍事プレゼンスの恒常化を意味するなら、対抗措置を検討せざるを得ない」
 「対抗措置」とは穏やかではない。北京が「いずも」にこうも神経を尖らせる理由は何なのか。米国の航行作戦について呉は「トランプ政権もいずれ再開する」と述べていた。呉の読み通りトランプは再開した。ただ、再開は南シナ海問題で中国に対抗するというより、北朝鮮情勢をめぐり「北京への圧力」効果を狙った「突き玉」なのだと思う。

◆◆ 米軍に替わり存在誇示

 呉が強調したのは、安倍政権の南シナ海政策である。自著では「日本は新変数になった」と書き「日本は米国の支持と自らの政治・軍事大国化という野心の下で、航行の自由作戦に参加しようとしている」と位置付けた。つまり「いずも」の長期にわたる南シナ海、インド洋の航海を、米国に代わり自衛隊の存在を誇示する動きとしてとらえているのだ。
 海上自衛隊最大の護衛艦(ヘリ空母)「いずも」は、北朝鮮情勢に絡み米海軍補給艦を守る「武器等防護」活動をした。これは、安保関連法制で新たに定めた自衛隊と米軍の一体化を加速する目玉だ。「いずも」は四国沖で防護任務を終えた後、南シナ海とインド洋に向かった。

 海上自衛隊によると、「いずも」は5月10日、護衛艦「さざなみ」とともに、7日~10日、南シナ海で米海軍のイージス駆逐艦2隻と共同訓練をした。日米の4隻は、台湾付近からシンガポール付近に向けて航行し、戦術確認や艦載ヘリの発着訓練、通信訓練などをしたという。「いずも」は16日シンガポールに初寄港し、海上防衛がテーマにする国際博覧会に参加。
 同日付のシンガポール共同通信電[注4]は「海洋進出を強める中国をけん制する狙いもあるとみられ、第1護衛隊群司令の伍賀祥裕海将補は一連の航行について『法の支配に基づく自由で開かれた海を守る活動の一環だ』と説明した」。日本流「自由航行作戦」の意味があると見るのは、読みすぎだろうか。
 同艦は5月20日、ベトナム南部の要衝カムラン湾に寄港した。NHKは21日朝のニュースで「(「いずも」は)アメリカ軍などとの共同訓練に参加することになっており、南シナ海などで海洋進出の動きを強める中国をけん制する狙いもあるものと見られます」と解説した。

 中国が神経を尖らせる理由が分かるだろう。自衛隊の「合憲性」を憲法9条に加えるまでもなく、立派に海軍の任務をしていないか。新華社通信は5月30日東京発のニュース分析記事[注5]で、「いずも」と「さざなみ」が5月26日から、先の米ミサイル駆逐艦「デューイ」と南シナ海で2日間の合同訓練を行ったと伝えた。
 その目的として新華社は、①米日軍事同盟を一層強化し、周辺諸国を南シナ海での「かく乱」に引き込む、②自衛隊の任務範囲を広げ、「半島周辺情勢の緊張」を利用し、国内に「武力の解禁、安保の拡大」という世論環境をつくり、憲法改正実現の下地をつくる―の2点を挙げた。さらに、「安倍政権の南シナ海を「かく乱」する意図は明らか」とし「(南シナ海)情勢はすでに沈静化したが、日本の関連する動きは南中国海の平和・安定に役立たない」と、「いずも」に、照準を絞った批判を展開した。

◆◆ 日本に対抗措置?

 日本への「対抗措置」に言及した呉は筆者との2月のインタビューで、稲田朋美防衛相が昨年9月の訪米中の「海上自衛隊と米海軍の共同巡航訓練を通じて南シナ海への関与を強めるという発言に注目している」と指摘した。中国の程永華・駐日大使も2016年、日本が航行の自由作戦に参加すれば「レッドラインを越える」と警告している。稲田は2月初め、マティス国防長官来日の際の会談では、航行の自由作戦への参加を否定したが、呉は疑念を解いていない。

 「対抗措置」の具体的内容は明らかではないが、「軍事拠点化の推進」もその一つであろう。場合によっては、尖閣諸島での強硬姿勢を主張する声が出るかもしれない。ただ、秋に開かれる第19回党大会を前に、北京は対立し続けてきた安倍政権との関係改善に本腰を入れ始めた。首脳レベルの「シャトル外交」の再開を視野に入れた楊潔篪・国務委員の来日は、そのお膳立てが目的である。楊は5月29日、箱根のホテルで谷内正太郎・国家安全保障局長と会談した際、台湾問題で自制を求めるとともに、日本に対し「南海では言行を慎み、東海の平和安定と共に維持しよう」(新華社)と呼び掛けた。
 シャトル外交の再開を意識したのか、正面切っての対日批判は控え、抑制の効いたトーンであることが分かる。在京外交筋は、関係改善の障害である台湾と南シナ海問題について「表面的なもの」と述べ、筆者を驚かせた。安倍政権との関係改善が「主」であり、障害は「従」にすぎないという中国らしい「大局観」を持ち始めたことを匂わせる発言だ。日本への「対抗措置」もまた、関係改善の行方次第が決めることになるだろう。 (一部敬称略)

[注1]多维新闻「首闯南海暴露特朗普的内部争论」
 (http://global.dwnews.com/news/2017-05-26/59817176.html
[注2]「美艦再闖南海 為新亞太戰略暖身」「世界日報」上海5月30日電
 (https://udn.com/news/story/7331/2492919
[注3]両岸関係論
 ( http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_78.html
[注4]両岸関係論
 ( http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_78.html
[注5]「『いずも』の『存在感』示すショーは親善かかく乱か」

 (共同通信客員論説委員・オルタ編集委員)

※この原稿は海峡両岸関係論第79号(2017.06.06発行)から著者の許諾を得て転載したものですが文責はオルタ編集部にあります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧