中国のアフガニスタン(その一)

■ 【北から南から】

『中国のアフガニスタン その一』         佐藤 美和子

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少ない)学食に行くか、寮内での煮炊きは禁止されているのでこっ
そりと鍋釜を持ち込んでの自炊の二択となります。たまにクラスのみんなで学外
の美味しい中華料理を食べにいこう!とプランが持ち上がっても、戒律のために
参加できない彼女はただ寂しく見ているしかありません。

彼女の宗教を慮り、食事はナシにしてどこかへ遊びに行かないかと誘っても、
男子クラスメートも一緒ならば私は参加できないと言います。ならばと女子だ
けの集まりに誘えば、移動手段はバスや地下鉄だけにしてほしい、たとえそれ
が運転手であっても男性と密室状態となるタクシーに乗るのは父がいい顔しな
いから、とほかの人にまで制限を強いる。一事が万事こうなので、クラスメー
トたちも彼女を面倒がって、少しずつ仲間外れのような雰囲気が出来上がって
いたようでした。

 学内に、同じ宗教・同じ境遇の女子留学生が居ればよかったのでしょうが、宗
教のためか、かの地の習慣のせいか、中東イスラム系は男子学生しかいませんで
した。そんな彼女は疎外感と人恋しさのあまり、誰か親しく話しかけてくる女子
学生が現われる度にべったりとしがみ付いてしまい、またその人にも逃げられて
しまう。彼女はそれを繰り返しているのだと、別の人から耳にしました。万国博
覧会のような大学でいろんな生活習慣の人がいましたが、やはりイスラムという
宗教は、他文化・他宗教とのすり合わせがなかなか難しかったようです。

 ある真夏の昼下がり、女子寮の中でもいつも通りに、ヘジャブという頭部をす
っぽり覆う布をキッチリ被っている彼女を見かけました。私たちのオンボロ寮に
はクーラーどころか扇風機すら付いていません。ねぇ、それじゃあまりに暑すぎ
ない?ここは女子寮で男性はいないのに、それでもそのヘジャブは外していちゃ
ダメなの?と尋ねると、私がヘジャブというイスラムの言葉を知っていることに
彼女はまず喜び、そしてこんな風に教えてくれました。

 他人が居るところで、頭にまったく何も被らない状態というのはダメなの。私
室の中だけなら、これよりもっと簡素な薄い布地のスカーフ姿も許されているの
だけどね。でもね、私の家はまだそれほど戒律が厳しい部類に入らないのよ?こ
うやって親元から離れて寮生活が出来たり、22歳で未婚なんてアフガニスタンで
は行き遅れで恥ずかしいとされるくらいだけど、私はまだ学校で勉強が出来てい
るんですもの。なんたって、私の母は親の言いつけで13で顔も知らない父に嫁ぎ、
14の年には母親になっていたくらいなのよ。

 またある時、彼女がグッタリした様子なので訳を訊くと、期末テスト直前で遅
くまで勉強しなきゃならないというのに、こんなときに限ってイスラムのラマダ
ーンという断食節と重なってしまって、空腹で力が出ない。どうもイスラムの暦
と中国とは相性が悪いみたいで、いつもテストとラマダーンが重なってしまうみ
たい。というのです。

 ラマダーンの季節になると、日の出ている時間は飲食を一切してはならないし、
夏なのに水どころか唾液もなるべく飲み込まないように注意しなければならな
いとか。これがアフガニスタンでのことなら、昼間は空腹を忘れるために家に篭
って寝てすごし、夜になってから起き出して翌日の為にガッツリ食事をすればい
いけれど、ここ中国ではテスト前でも授業はあるから昼寝をするわけにもいかな
い。

テスト前でなければ両親の家で過ごせるのだけど、寮生活中のラマダーンは日
が沈んだ後に食べるたっぷりの食事も自炊して、自分でみな用意しなくちゃな
らないし、体力の落ちるときに却って労働力が増えて大変なの。

 私は留学中の食事はほとんど外食で済ませていたので、毎日「今日はどこのレ
ストランで食べよう?」などとお気楽なものでしたが、それでもテストシーズン
は外食に出かける時間も惜しく感じたものです。寸暇を惜しんで漢字の一つも覚
えなきゃならないテスト前に、ラマダーン季節用の特別な食事の用意もしなくち
ゃならないなんて、そりゃ大変すぎます。

 でも断食って、旅行中の人や子供は免除されるって聞いたけど、テスト中だか
らってのは理由にならないの?暗記するには頭脳に栄養を送らなきゃならないの
だし、クッキーみたいな簡単なものを自分の部屋でコッソリ食べたって、誰にも
分からないよ。と無責任なことを言う私に、

 「免除っていうのは、実はあとで別の季節に追加で断食しなきゃならないの。
家族に合わせて、今しておいた方が楽なのよ。それにモチロン部屋で隠れて食べ
てしまっても人は見咎めないけれど、でも神様が常に私のことを見ているから・
・・・・」

 隠れて食べたら?なんて無神経なことを唆してしまった私、そのときばかりは
ちょっとバツが悪かったです。そっかぁ、そういえば日本にも『お天道様がみて
いる』っていう言葉があるんだったわ。じゃぁお互い、テスト明けの楽しいこと
を思い描いて頑張るしかないね!と、各自、引き続きテスト勉強のために自室に
戻りました。
         (筆者は在中国・深セン・日本語講師)

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