中国の出稼ぎワーカー事情 その五(了)

■【北から南から】

深センから 『中国の出稼ぎワーカー事情 』その五(了)  佐藤 美和子

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  どこの世界にもいじめは存在します。中国でも、出身省や民族の違いを理由に
仲間はずれや差別を受けることがあります。これまでに私が見聞きした中から、
典型的なケースを挙げてみたいと思います。

 私が最初に知ったのは、朝鮮族に対するいじめでした。
  残業のため、人もまばらなオフィスに居残っていたある夜のこと、見かけない
顔のワーカーさんが、周りを窺いつつ私に話しかけてきました。始めは日本語能
力アップのために、ネイティブ日本人と会話練習がしたいのだろうと思い、それ
以来、ときどき彼女とのおしゃべりに付き合っていました。私が普段接するのは
、中国人社員の中でも幹部候補クラスばかり、ワーカークラスの子と接する機会
はさほどありません。ワーカーの彼女とのおしゃべりで逆に私が教えられる事も
あり、また仕事上の繋がりのない人とのおしゃべりは息抜きにもなるので、私と
しても彼女が訪ねてくるのは大歓迎でした。

 しかし不思議な事に、周りにほかのローカル社員がたくさんいる時は、彼女は
決して私のほうへ寄って来ないのです。随分親しくなったころ、休日に社外へ一
緒に買い物に出かけた折に彼女が語る内容で、やっと色んなことに合点がいきま
した。

 彼女は中国東北地方に住む、朝鮮族という少数民族の出身でした。中国でも日
本と同じく、一般的には中学から第二外国語として英語を習い始めるのに対し(
現在、特に都市部では、小学校から英語教育をするところが増加中)、歴史的な
背景もあって朝鮮族自治区の中学校では日本語を教えるところが多いのだそうで
す。彼らの民族語である朝鮮語と日本語は文法が似ていて習得が容易である上に
、中学・高校と6年間も日本語を学んでいるため、高校卒業後に日本語専門学校
で2年間学んできた漢族など他の民族に比べ、日本語能力はずば抜けています。
そのため、多くの朝鮮族は卒業後、中国全土の日系企業に就職していくのです。

 朝鮮族は、中国ではいじめや仲間はずれの対象になりやすい民族の一つだとい
います。漢族に言わせると、朝鮮族は嘘つきやずるい人間が多いから嫌われるの
だと言います。同じ民族同士で固く結束する民族習慣が、多少他者に溶け込んだ
り馴染んだりしにくくする面があるのかもしれませんが・・・・・。

 民族以外にも、通訳という職業も、中国人上司や同僚からのいじめや村八分を
食うケースがあります。
通訳は仕事柄、日本人駐在員など上層部の人間との接点が多いため、他のローカ
ル社員に妬まれるというのです。どこの日系企業でもありがちなようで、この手
の話はよく耳にしました。言葉に不自由な日本人駐在員が、なにをするにも通訳
に頼りきって重宝がる様子は、他のワーカーたちの目にはえこひいきされている
ように映るのです。また駐在員の中には、休日の買い物や観光などのアテンドを
通訳に安易に頼む人がいます。中国人の同僚たちからは、通訳はアテンドをする
ことで日本人に便乗してタダで観光ができたり、普段食べられないような豪勢な
食事を奢ってもらえたりという物質的な役得を妬まれます。

そして中国人上司からは、部下である通訳がプライベートでも駐在員と親しく
する事で、内緒で給料を上げてもらったり業務上の機密事項をこっそり教えて
もらったりしているのではないか、そのうち通訳に自分の地位を奪われるので
はないかと、疑心暗鬼の目を向けられるのです。欧米系企業ではこういう話は
あまり聞かないので、日本人が特別に要領が悪いのか、こういうトラブルを避
けるために、日本人駐在員とローカル従業員の社外での交流を一切禁止してい
る会社もあるそうです。そんなことまで管理されるなんて、少々情けないもの
がありますね・・・・・。

 私に話しかけてくる朝鮮族の彼女も、民族を理由に同僚にも中国人上司にも毛
嫌いされていたそうです。口もろくに利いてもらえないので仕事を教えてもらえ
ず、する事がなくて辛いので直接日本人上司に仕事の指示を仰ぐようになり、そ
うすると日本人上司も彼女の日本語力を認めて彼女に仕事を頼む事が多くなり、
それがますます他の社員たちの反感を買う・・・・・という悪循環に陥っていま
した。

 「退勤後は、他の部署に配属されている朝鮮族社員同士で仲良くする事もある
が、たとえ同じ民族でもいつ彼ら自身の保身のために裏切られるかも知れず、私
のこの辛い状況は誰にも話せなかった。でもあなたは外国人だから、朝鮮族に対
する偏見は持っていないだろう。しかもあなたは他の駐在員たちみたいな正社員
ではなく、現地採用(契約社員みたいなものです)だと聞いている。正社員でな
いのなら数年で辞めて日本に帰っていくだろうし、私の話すことを会社側に報告
したり誰かに告げ口することもないのではと思った。正社員でも中国人でもない
あなたは私にとって、言い方は悪いが"内緒ごとや本音を語る相手としては、最
も後腐れがなくて気楽に話せる相手"なのだ」

 なんとも正直なことに(笑)、当の本人の私に向かってそんな事を言うのでした

  しかし考えてみれば、本音を一切口にできない状況というのは辛いものです。
日本人上司に、職場でいじめに遭っていることを訴えても、中国語もできず中国
の民族対立や少数民族感情を知らない外国人上司にはどうしようもありません。
むしろ、日本人上司と接点が多くなればなるほど、いじめやイヤガラセはエスカ
レートしてしまうのです。

 そんな彼女にとって、私は唯一の何でも話せるはけ口だったのでしょうが、そ
れでも日本人の私に取り入っていると言われたくなくて、彼女は社内では私に近
づかないよう気をつけていたのでした。しかし、人が居ない残業時や休日一緒に
社外に出たときはその反動か、いつも私の腕に絡みつくように、ベッタリくっつ
いて歩くのでした。うーん、私はそっち方面の趣味はないんだけどな(笑)・・・
・・でも普段はずっと一人ぼっちだという彼女の状況を聞き、ハタチそこそこで
一番群れたい年頃の女の子の寂しさ人恋しさを知った後は、彼女のしたいように
させることにしました。腕に巻き疲れると、重くてちょっと歩きにくくはあるけ
れど・・・・・。

 ところがある日、人がたくさんいる社内で、彼女が始めて堂々と私のところに
やってきたのです。入社して二年、ずっといじめの中で耐えてきたけれど、もう
我慢できそうにないので明日にでも退職しようと思う。退職したらすぐに会社の
寮も出なければならないから、今のうちにあなたにお別れを言いにきた、と言い
出してビックリしました。

 彼女はもっと前から退職したがっていたのですが、難病を患う故郷の父親の治
療費を少しでも多く仕送りしてやらないといけないからと、ずっと耐えて頑張っ
ていたのです。しかしその日、中国人上司との間で何かがあったようで、限界点
に達してしまったようでした。そうなってしまうと、私にしてあげられることは
もうありません。次はいじめがなく、心穏やかに働ける職場が見つかるようにと
祈ることしかできませんでした。

 彼女のように、"内緒ごとや本音を語る相手としては、いちばん後腐れがなく
て気楽に話せる"私のところへ愚痴を言いにくるのは、朝鮮族だけではありませ
んでした。いじめを受けているわけではない社員たちも、やはり会社や上司に対
する不平不満を同僚にウッカリしゃべって相手に裏切られるのを恐れているので
す。または業務上、守秘義務があるので誰にも喋ってはいけない、でもやっぱり
誰かに話したくてウズウズする!というとき、私を「王様の耳はロバの耳」と叫
ぶ洞穴替わりにする子もいました。普段どんなに仲良くしていても、中国人の同
僚に話せば自分がばらした事はすぐに知れ渡ってしまう。その点外国人なら、耳
打ちされた情報を出世に利用するなんてことはしないだろう、と言うのですよ。
お陰で、他の日本人駐在員が知りえないようなワーカーさんたちのウラ事情やウ
ラ感情に業務上の機密まで、いろいろ知ってしまっていましたね~。そして今は
このオルタが、私にとっての「王様の耳はロバの耳」の洞穴となっております
(笑)。
                  (筆者は在深セン・日本語教師)

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