■【北から南から】

深センから 『中国の出稼ぎワーカー事情 その四』      佐藤 美和子

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  今回は、華南地方で働く人たちの結婚事情についてのお話です。
中国華南地方にある多くの工場では、全社員のうち、高卒~30代前半までの若い
女子社員が大半を占めます。
出稼ぎ労働者である女子社員の多くは、できるなら東莞市戸籍の男性と結婚した
いと望んでいます。広州や深センの人と、というなら都会暮らしへの憧れかと話
はわかるのですが、なぜ治安もよくなく公害汚染問題もあるような東莞なのか?
不思議に思って尋ねてみたことがあります。

彼女らが言うには、「広州や深センのような都会の人とでは、経済状況や生活習
慣に格差がありすぎて、どうせうまくいかないに決まっている。相手の親に結婚
を反対されたり田舎者の嫁と蔑まれたり、格差結婚は辛いことも多い。でも東莞
なら、今でこそ世界の工場と言われるほど発展してはいるけれど、東莞人だって
数十年前まではほとんどが農民出身。広州深センの人と比べれば、田舎出身の私
たちとの生活格差もさして大きくないはず。しかもいまや東莞人は、ヘタな広州
人深セン人よりお金持ち。生活は安泰、しかも故郷の田舎暮らしから逃れられて
、万々歳よ」なのだそうです。玉の輿も度が過ぎると気後れがする、ということ
か。うーん、なかなかシビアに考えているものなのですね。

とは言うものの、多くの出稼ぎワーカーは、数年働いて資金が貯まれば故郷に戻
って地元の人と結婚したり、または広東で働くうちに外地出身(ここでは広東省
以外の出身を指す)の出稼ぎワーカー同士で結婚したりします。しかし出稼ぎワ
ーカーでは、夫婦二人の収入を合わせても、工場の寮を出て新居を借りるのはち
と厳しい。そこで、同じ会社のほかの新婚カップルと共同で、2LDKで月500~800
元程度の安部屋を勤め先近辺に借り、二組の夫婦で寝室を分け合って住むのです
。長年勤めている従業員夫婦には、寮の一部屋を夫婦用として与えるような企業
もあるようです。

しかし問題は、子供が生まれた後のことです。外地人同士の夫婦に子供が生まれ
ても、その子には広東の戸籍は与えられず、父母どちらかの出身地の戸籍となり
ます。そしてその子供が学齢に達した時に、問題が出てくるのです。なぜなら中
国の小中学校は、地元戸籍児童を優先的に受け入れており、おまけに外地戸籍児
童の学費やあらゆる経費が、地元戸籍児童のものよりずっと割高に設定されてい
るからです。社会主義国家なのに、義務教育の段階から、出身戸籍地による差別
待遇がまかり通っているのですよ!

出稼ぎ労働者人口が地元人口を上回っている東莞では、外地戸籍の子供、つまり
出稼ぎ労働者の子弟を受け入れたくないために、彼らに払えるはずもない高額の
入学寄付金を要求する悪徳小学校もあります。例え入学申し込みが一番乗りでも
、外地戸籍ならば受け付けてもらえなかったりもします。出稼ぎ労働者はみな共
働きなので、子供の勉強を見てやる余裕はなく、また経済的な事情から家庭教師
をつけることもできません。学校にすれば、裕福な東莞人子弟の割合が高いほど
、その保護者が教育熱心である確率も高くなり、そうすると有名中学・高校への
進学率にも影響し、それが果ては自分たち教職員の収入にも影響するからなので
す。

出稼ぎ労働者の子弟を受け入れてくれる学校が広東になければ、戸籍地の学校に
通わせるため、我が子を故郷の両親に託さざるを得ません。そのため中国では、
祖父母に育てられる子供がとても多いのです。そして親子が会えるのは、多くて
も年に一度、出稼ぎに出ている両親が春節に帰省してくるわずか数日の間のみ。
東莞勤務時代、私の同僚たちも春節が近づくと、身長が何センチも伸びたみたい
だから服を新調してやらねばとか、今年のお土産は自転車にしようか、昨日は子
供がお母さん早く帰ってきてねと電話をかけてきただのと、一年ぶりに我が子に
会える嬉しさではちきれんばかりでした。そして春節休暇が明けて東莞に戻って
きたのちしばらくは、日に何度もポケットに忍ばせた子供の写真を眺めては、た
め息をついているのです・・・・・。

しかし、もし東莞戸籍の人と結婚できたなら、自身の戸籍を変えるのは難しくて
も、子供には東莞戸籍を与えてやることができます。学齢に達しても子供を手放
さずに済むし、うまくいけば故郷の両親も東莞に呼び寄せて、みんなで故郷より
都会の東莞でいい生活ができるかも知れない―――――そんな女の子たちの思惑
を逆手にとって、東莞戸籍をちらつかせては彼女をとっかえひっかえする東莞プ
レイボーイもいます。また、そんな東莞プレイボーイに結婚を仄めかされて信じ
てしまい、妊娠した挙句捨てられて泣く女の子も・・・・・。女の子の動機も純
粋とは言いがたいものの、そういうひどい男はどこにでも居るものなのですね・
・・・・。

ところが中には東莞戸籍のお相手が見つからずとも、シンデレラになれる子もい
るのですよ!
工場で働く女子作業員は、たいていが田舎の余りレベルの高くない高校卒業程度
の学歴で、そんな彼女らの月収は残業代込みで600~800元程度(当時のレートで
約9600~12800円)。かたや、入社したときからすでに幹部候補生である短大・
大卒社員だと月収1200~3000元程(約19200~48000円)と、両者の間には深~い
格差が横たわっています。日本警察の、キャリア・ノンキャリアの格差みたいな
ものですね。

幹部候補クラスの男子従業員のなかには、カワイイ女子作業員を見つけてガール
フレンドにする人がいます。しかし、お付き合いが深まり結婚となると、話は簡
単ではありません。幹部候補生の両親は、苦労して大学まで行かせた息子に多大
なる期待をかけているので、田舎出身で十人並みな学歴の嫁など認めてくれず、
ここにも格差問題がでてくるのです。そこで、見初めた女の子と結婚の意志を固
めたら、ガールフレンドを退職させて2年ほど中国東北地方の語学専門学校で日
本語や英語を学ばせるのです。もちろん華南地方にだって語学学校はたくさんあ
りますが、華南よりは学費も生活費もぐっと格安の東北へガールフレンドを送り
込み、その間の学費や生活費の面倒をみてあげるのですよ。さしずめ中国版『あ
しながおじさん』か『光源氏』、といったところでしょうか(笑)。

そしてガールフレンドが無事専門学校を卒業して語学を習得したら、また同じ会
社へ再就職をさせます。前回の就職時は高卒の作業員だったものが、今度は語学
通訳として応募すれば、自分と同じ幹部候補クラスへとランクアップ!社内での
地位も収入も上がったガールフレンドは、『門当戸対(=縁組する男女双方の、
家柄・身分がつり合っていること)』となり、みんなに祝福されて無事結婚でき
る、という訳なのです。

どうです?彼ら、なかなかよく考えているでしょう?しかも、彼らにとって決し
て少なくはない費用を仕送りしてまでガールフレンドを支え、お付き合いの一番
楽しいであろう頃に、将来を考えて2年も遠距離恋愛で頑張るのですよ。そんな
彼らがいじましくて健気で、心の底から応援したくなります。そうして結婚に至
った夫婦を実際に4組知っているのですが、どのカップルも結婚して何年経って
も仲がいいのは、結婚前に二人で苦労してそれを乗り越えてきた過去があるから
なのかもしれません。
               (筆者は在深セン・日本語教師)

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