■【北から南から】
  深センから            佐藤 美和子

『中国の新労働契約法と"80后"』

───────────────────────────────────
 
今から2年前の2008年1月1日、中国では新しい労働契約法が施行されました。
以前の労働法と大きく違う点は、労働者の権利保護を重視した内容であることで
す。最近立て続けに、その新しい労働法とそれを上手く利用しようとする若い世
代のビックリ話を知人から聞く機会がありました。二つの例を、ご紹介したいと
思います。
 
  まず一人目の事例は、とある企業の総務人事を担当する人から聞いたお話です。
この方、近頃『80后(パーシーホウ)』と呼ばれる世代の社員に悩まされていま
す。この『80后』、日本の海外ニュースでも紹介されるほどに中国で社会問題化
している世代なのですが、みなさんご存知でしょうか?日本風に言えば『新人類』
とでも言いましょうか、つまり1980年代生まれで、一人っ子政策および急激な経
済発展のためにワガママ一杯で育った人たちのことを指します。
 
ある日、典型的な『80后』である社員が出勤途中の路上で転倒し、"内傷"を負
ったからと労働災害適応を会社に求めてきました。内傷とは、外に不具合が見え
ないような、捻挫打ち身など内部器官のケガのことです。
 
しかし中国では、出勤途中のことは自動車が絡むもの以外は労災に入らないそ
うで、それは無理だと断ったところ、相手は訴える!と息巻いてきました。なん
でも、例えば出勤中のバスが急停車、車内で転んで怪我をした!といった内容で
も駄目なんですって。自動車交通事故による障害、つまりクルマにぶつかった接
触した、というのでなければ労災には認定されないのだそうです。なんだか、不
思議なルール・・・・・。
 
このケースでは、いずれにせよ本当に出勤途中に負ったケガなのか、判別不可
能です。もしかしたら、前日の休日の事故かもしれないですし、証拠はありませ
んからねぇ。
  しかも、病院で2ヶ月間は自宅療養が必要なので、その期間の出勤は無理!と
いう診断書を持ってきて、長期休暇を申請してきました。いまどき骨折だって、
2ヶ月も休みませんよねぇ?しかも『内傷』なので外見はまったく普通、ほとん
ど詐欺みたいなもんです。恐らく、どこぞの医者にワイロを渡して適当に書いて
もらってきた、偽造診断書なのでしょう。
 
さらにその社員はそれだけでは飽き足らず、自宅療養中は社員食堂の無料で提
供されている昼食が食べられない、だから代わりに自宅療養中の昼食代を負担し
てほしいと言ってきたとか。自己中心的な思考回路もここまで来ると、なんだか
もう天晴れですよ(笑)。
 
昼食は働く人のために無料で提供しているのだから、働いていないあなたに
は本来出せないものだけど、会社に食べにくるならあなたの分も用意します、ぜ
ひ毎日ランチを食べに来るように、と言ってやったそうです。あはは、うまいっ!
それでホントに歩いてきたら、労災詐欺がバレちゃいますもんね~
  もう一人のケースは、女性労働者についてです。
 
半年の産休をとっていた女性が会社に電話をかけてきて、本当は年明けからの
復帰のはずだったが、赤子の面倒を見てくれる人が見つからなかったので続けて
もう半年休ませてほしい、と言ってきたのですって。これまで半年もの間、何し
てたんだってハナシですよ。
 
彼女の上司は激怒して、それは君の個人的な都合だから、会社はそんなもん知
ったこっちゃない、来なけりゃ欠勤扱いです。と通告すると、「じゃあ育児休暇
延期の期間は、給料ナシってことでもいいですから」「しかしね君、会社が君の
ために掛けている諸々の社会保険はどうなるのかね?」「そりゃ会社の義務です
から、引き続き支払ってくれるべきです」・・・・・あいた口がふさがりません。

―――ちょっと寄り道して、半年の産休の内訳をご説明しましょう。
(1)通常分娩の場合・90日、(2)難産(含む帝王切開)の場合+30日、(3)24歳以上で
出産の晩婚者の場合+15日、(4)独生子優遇証(一人っ子政策を遵守しますという
誓約書。これがあると、教育・医療の面で優遇される)取得者の場合+35日
というわけで、帝王切開で出産した24歳以上のこの女性は合計170日、約半年も
の産休および育児休暇が法的に認められているのです。―――

 その上司はそうは言ったものの後から少々不安に思い、念のために新しい労働
法に詳しい人に相談してみたところ、それは企業としては拒否できない案件だと
言われてしまいました。今では、妊婦は子供が一歳になるまでは、いかなる理由
でも解雇してはならないという法律になっちゃったんですって。信じられます?
  半年の産休の後、もう半年の延長申し込みも、最初の半年間は50%の給料を払
い続けていましたが、延長後半年間はなんと70%の給料を払う義務があるのです
って。なぜ増える???
 
延長理由も、『子の養育に重大な困難がある場合』は認めなければならないと
かで、ベビーシッターが見つからないというのも勿論『重大な困難』に入り、こ
の女性の要求は会社としては受け入れざるを得ない。もし拒否したら、彼女は拒
否した上司を告訴することもできるので、そうなれば上司は罰金を払った上に、
会社は75%の給料を支払う羽目になりますよ、ですって~!その上司という人、
頭を抱えていました・・・・・。

(注:パーセンテージについてはその人からの伝聞によるものです。私もネット
で調べてみたのですが、詳しい記載が見つからず、数値については確証が取れて
いません)

 過去、ほとんどが国営企業であった時代の中国では、『鉄飯椀(親方日の丸)』
と言ってどんな無能で怠惰な労働者でも等しく給料を受け取ることができていま
した。その後、90年代初頭に社会主義的市場経済が導入されてからは、経済発
展最優先で労働者の人権などおざなりだったのですが、新しい労働法が施行され
てからはなんだか変な方向へ突っ走っている気がします。

これが健全な社会であれば、労働者を保護する重要な法律なのでしょうが、イ
マドキの"80后"にかかればこんな事になってしまうのですね。そして更に10年
後には、日本の"ゆとり世代"のように未知数な、"90后"が控えています。日本
のゆとり世代とは正反対に、厳しい学歴競争主義で遊ぶ間もないほど詰め込み
教育を受けてきた"90后"が社会に出てくる頃、この国はどんな風になっている
でしょうか。
         (筆者は在中国・深セン・日本語講師)

                                                    目次へ