■【北から南から】

中国の生産現場で起きていること          佐藤 美和子

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  (前回の続きを書く予定だったのですが、先般発生した中国製毒ギョーザ事件
を受けてちょっと割り込み、この間の続きは次回に延期します。 )

  ネットニュースで毒ギョーザ事件を知った時、実はワタクシ、さほど驚きませ
んでした。
  こんなこと言うと被害を受けた方には非常に申し訳ないのですが、中国の生産
工場現場を知る人なら、またか……と思った人、少なくないと思います。今回は
食品だったために被害が出て大問題になりましたが、ちらほらとそんな報道も出
ているように、もし今回の毒ギョーザ事件が工場内部の不満分子による犯行だと
すれば……実はこちらではそういう類似例、ちょくちょく発生しているんです。

  特に日系企業では、現地工場の生産管理、品質管理についてはどこでもかなり
厳格です。そういう部門には、日本人の駐在員や現地採用者が管理者として配置
されていたりします。でも、なぜか包装や出荷の部門では、管理が手薄になる工
場が多いのです。

よくあるケースをいくつか挙げると、
◇ケース1:製品を箱詰めする時、段ボールに書かれたケースマークや書類とは
違う製品を故意に詰める。

  • >税関で開梱検査されれば、申告書類と内容品が不一致の虚偽申請ということで
    通関差し止め、予定していた飛行機や船舶に間に合わず、客先との契約が守れな
    くなる恐れアリ。万が一税関をすり抜けて客先まで行ってしまっても、発注した
    ものと違う品物が届けばやはり問題に。

◇ケース2:段ボールをコンテナー車やトラックに積み込む時、故意に書類上と
は違う製品のケースを混入させたり、いくつか間引きしたり?して、個数が合わ
なくする。

  • >結果は上記に同じ。発注個数に足りなければ、客先だって怒ります。

◇ケース3:コンテナー車に積み込む製品に間違いはないが、こっそり工場廃棄
物などのゴミも一緒にコンテナーに積み込む。

  • >これも税関で発見されれば、輸出申告していないものが混入ということで偽装
    輸出を疑われて通関差し止め、モノがもし普通のゴミでなく特殊な産業廃棄物な
    らば法律問題が絡んでもっとオオゴトに。万が一税関をすり抜けてそのまま客先
    に行っても、客先にゴミ廃棄の手間や費用の負担をかけることになるのでクレー
    ムを受けたり、管理体制を疑われて今後の取引に影響が発生する可能性も。

  いったい何のために、そんなことをするのでしょう?理由はいろいろですが、
概ね従業員が会社や上司、もしくはトラックなどを手配する輸送業者に不満があ
ってイヤガラセをする、というケースが大半です。例えば、給料が安いなど労働
条件に不満がある。帰省のための長期休暇申請や転属願いなど、自分の希望が上
司に許可されなかった。上司が気に入らないから、問題を起こして失脚させてや
りたい。同僚が自分より昇給昇進したり、上司に可愛がられていたりで面白くな
い。そろそろ会社を辞めるから、最後にイタズラしてやった。不正発覚で解雇さ
れた元幹部クラスの人間が、会社に残っている自分の息がかかったスタッフに連
絡、これこれの手段で自分の代わりに会社に対して報復をしろ、言うとおりにし
ないと酷い目に遇わせるぞ、などと脅迫してくるので仕方なく。トラック運転手
とトラブルがあって、その腹いせにしてやった。トラックを配送してくる輸送会
社が自分にワイロをくれなくて、腹が立つから困らせてやる……。

  今回の毒ギョーザ事件では農薬混入地点がまだ判明していないので、上記にあ
げたようなケースに当てはまらないかもしれませんし、もちろん中国の工場や労
働者のほとんどは真面目に働いています。でも、こういう短絡的な理由でのイヤ
ガラセも、けっこう発生しているのです。どうして簡単に自分が犯人とばれるよ
うな事をするのか?(業務妨害や窃盗などの罪を問われ、逮捕されたケースもあ
ります)、会社が不利益を蒙った結果、生産減や生産停止となって結局自分の給
料に跳ね返ってくることに、なぜ思い至らないのか?という彼らの思考は、色々
なケースを見聞きしている私にも未だ理解できません。

  発生原因の大半が、「自分さえ良ければ、会社や他人がどうなっても構わない」
という発想からくるものなので、私の独断ですがやはり社会教育が問題なのだと
思います。というのも、特定の年齢層に『想像力』や『他人を思いやる心』が欠
けているなぁと思う人が増えているからです。自分の損得勘定を優先するあまり、
相手の立場に立って物事を考えたり、自分の言動が周囲にどんな影響を及ぼす
か?という想像を働かせたりができず、後先考えずに短絡的な行動を起こしてし
まう。私の見るところ、特に小学生~20代前半の現代っ子に、この『想像力』
に欠ける人が比較的多いです(あとは文革時代に青少年期を過ごした人にも多少、
あるかも……)。

  こういう『想像力』や『思いやり』の欠如は、現代中国の学歴第一の詰め込み
教育が大きな原因だと私は見ています。子供をもつ知人たちに話を聞くと、中国
の学校では放課後は大急ぎで帰宅せねば消化できないほど、毎日毎日膨大な量の
宿題がでるのだそうです。親が子に付きっ切りで取り組んでも毎日夜の10時11
時までかかってしまう小学生の宿題って、想像できます?中国では小学校一年生
から中間テストや期末テストもあるので試験勉強もしなければならず、友達と約
束して遊ぶとか、家のお手伝いなんてする時間はとても作れないんですよ。そう
いう経験を一切持たずに、ただただ知識を詰め込む競争社会の中で成長したら…
…『他人を思いやる心』なんて、まぁ育つはずはないですよね。それでも、頻発
するエリート名門大学生による凶悪犯罪や大学生の自殺者激増、毎日疲れきって
ストレスを抱える小学生たちといった社会問題が顕著になってきたため、近年や
っと子供たちの教育環境を変えて情操教育も大切に、という動きもわずかに出て
きているようではあります。

  毒ギョーザ問題からずいぶん話は飛びましたが、今の中国の偏った教育が、結
果的に社会問題を引き起こしていると見る在中邦人はけっこういるようです。膨
大な人口を抱える中国にとって子供たちの教育問題は、一歩間違うと国を左右し
かねない大きな不発弾のようなものだと私は思うのですが、30年後、50年後の
中国はどうなっているでしょうか。
                     (筆者は在深セン・日本語教師)

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