中国の自転車(後編)

中国・深センから

『中国の自転車(後編)』

                   佐藤 美和子


 91年の北京では、一般市民の交通手段としては自転車がもっともポピュラーでした。自転車で1時間以上かかるような場合は市バスか地下鉄を利用、自家用車を持っているような家庭はめったにありませんでした。

 その頃の北京では、タクシーは一般的な乗用車タイプより、『面包車(直訳すれば、パン型車)』と呼ばれていたおんぼろワンボックス車が多く走っていました。自転車で出かけたものの帰りが夜遅くなってしまったり、思ったより遠かった、荷物が増えたなどの場合、このワンボックスタクシーが役に立ちます。というのも、なぜか後部座席の大部分を取っ払った状態の車が大半だったので、車に自転車も一緒に乗せてしまえたのです。こうして片道だけでも自転車を使い、できるだけ交通費を節約するのが、質素を美徳とする北京流でした。

 市民の足が自転車だったため、北京の街も自転車生活仕様にできていました。例えば大通りには、街路樹で車道と区切られた、まるで車道のように広々とした自転車用道路が設けられていました。市場やデパートなどの商業施設、または体育館や図書館といった公共施設には、かならず大きな駐輪場が付設されていました。駐輪場があまりに広大すぎ、自転車がビッシリ何十台、何百台と並ぶ中から自分のものを探し出すのに苦労するほどです。

 商業施設付設の駐輪場はたいてい有料で、その頃は保管料が一台5分銭(=0.05元=当時のレートで1.3円相当)という、現在ではすでに流通していない単位の貨幣が使われていました。小銭がいっぱい入った布バッグを首に下げた駐輪場管理人は、たとえ一時にドドッと大勢の人が駐輪しにきても、どの自転車が保管料未払いかをしっかり把握していて、彼らの素晴らしい視力と記憶力に驚いたものです。たまに、「えっ、俺さっき払ったじゃん」などと嘘をついてごまかしたり、未払いのままそそくさと逃げ出そうとする輩がいてもほとんど見逃すことはなく、それは見事なものでした。反対に、駐輪場管理人を装って勝手に料金を徴収・着服しようとする輩もちょくちょくいたので、こちらも気を抜けませんでしたけどね〜(笑)。

 平均収入に比べて割高感があった自転車なので、自転車泥棒も少なくなく、みな2つか3つは鍵をかけていました。一つは自転車についているタイヤ周りの鍵、それとは別に、ごついチェーンの鍵を必ず自転車に積んでいて、駐輪するときは電信柱や車止めなど、地面に埋まっているポールの類と自転車をつないでおくのです。ただ自転車にチェーン鍵をかけたくらいでは、泥棒は漕がずに肩に担いで運んでいってしまうからです。当時の中国のチェーン鍵や錠前は、鍵の部分を金槌でガンガン叩けば簡単にはずれてしまうような、粗悪な品ばかりだったのですよ。ひと気のない裏路地に自転車を運びこんで鍵を叩き壊されてしまえば、すぐに乗って逃げられてしまいます。そうして自転車を担いで持っていってしまわれるのを防ぐため、かならず杭と自転車とをつないでおかねばなりませんでした。

 話はすこし遡りますが、1980年ごろ、幼稚園〜小学校低学年の時に駐在員家族として北京に住んでいたことがあるという友人がいます。私のいた91年ですら、まだママチャリがやっと出てきたばかりで珍しがられたというのに、彼女はその10年も前に、子供用自転車を日本から運んだのだそうです。

 当時の中国には、もちろん子供用自転車などありません。まして、キティーちゃんだかキキ&ララだったか、当時日本で大流行していた可愛らしいキャラクターが描かれたピンクの小さな自転車なんて、北京の誰も眼にしたことのない代物でした。彼女が母親と自転車で買い物に出かけて駐輪しておくと、戻ってきたときには必ず大勢の人々が自転車を取り囲んでおり、見物人たちをかき分けて自分の自転車にたどり着くのにいつも苦労したのだとか。それでも、あまりにも子供用自転車が目立って何時でもどこでも人だかりになってしまうため、却って衆人の目に守られて、彼女の自転車は鍵なんてかけなくても紛失する心配はなかったそうです。

 そうそう、私には北京入りした直後から、不思議に思っていたことがありました。北京の街中のいたる所、それこそ大通りでは数十メートル置きか?というくらい、道端にゴザと様々な部品や工具を広げただけの自転車修理屋さんを異様なほどたくさん見かけたのです。こんなに自転車修理屋ばっかりいたら、競争が激しくて各々はいくらも儲からないんじゃ?と、疑問に思っていました。

 そのナゾは、自転車を買った数日後にすぐに解けました。買ったばかりの新車だというのに、買う前にあんなに店員がチェックした筈なのに、わずか数日で早速故障したからです。

 中国の道路事情は、昔も今も、けっこうひどいです。路面はアスファルトがひび割れていたり、あちこち穴があいてボコボコ・ガタガタだったり、金属やガラス破片などの危険なゴミだって平気で路上に捨てられているし、道路建設の際、ホント考えなしに作ったんだな〜と感心するくらい、無意味な段差がそこかしこにあったりします。

 そんな風に道路事情が悪いせいで、日々自転車が受ける衝撃はとても激しく、その振動のせいでしょっちゅう色んな部分のネジが緩んできてしまうのです。私なんて、自転車を漕いでいる真っ最中、片方のペダルがゴトッと外れ落ちたことがあります。自転車に乗っていて突然スカっと足元を掬われるような感覚、驚きますよ〜。びっくりして周囲を見渡すと、数メートル後方に自分の自転車ペダルがポツンと路上に転がっている……一緒にいた友人と、そのシュールな光景に思わず大爆笑してしまいました。

 つまり、余りにも頻繁に自転車が故障するため、たとえ数十メートル置きに店出ししても商売が成り立つくらい、修理屋さんの需要があったんですね。一年にも満たない留学期間中、ペダル落下以外にも、釘やガラスを踏んでのタイヤパンク、ネジなどの部品紛失、チェーンの絡みや脱落……さまざまな故障で、何度も何度も修理屋さんのお世話になりました。

 そして現在、深センでは私、自転車を持っていません。深センに引っ越してきた時は、日常の買い物用に買うつもりでいたのですが、中国人の知人に止められたのです。

 「ここ広東省は、事情が北京とは全然違うんだ。深センはとにかく暑く、夏だってすごく長い。こんな暑いところで自転車に乗っていたら、すぐに熱射病になっちゃうよ。ここには北京のような自転車専用道路だって無いから、すぐ脇を走る車の排気ガスをまともに吸っちゃうことになって、健康を害するのがオチさ。

 それにね、自転車は出前配達人みたいな、どっちかというと下働きの人が乗るものっていうイメージを南方人はもっているんだよ。だから北京のようには、一般市民が自転車を移動に使うことはあんまり無いんだ。第一、深センは車の台数だって北京よりはるかに多い。それだけ交通事故の危険も大きくなるってことだから、まぁ、深センでの自転車は諦めることだね」

 たしかにここ深センで普段目にする自転車は、マクドナルドやケンタッキーなどの出前配達人、街を巡回している『城管』と呼ばれる都市治安警備要員、あとは子供たち、そうでなければ趣味のサイクリング車、という風にわりと極端です。私の住む、数千世帯もある巨大マンションですら、自転車置き場はとてもこじんまりとしていて、全部合わせても100台にもならなさそう。反して地下二階分の駐車場は常に満車状態で、遅く帰ってきた住人は車を停める場所を見つけるのに苦労するというのに……。そういえば、ここ深センではウォルマートやジャスコなどのショッピングセンターで、自転車置き場なんて見たことないかも……。

 去年、勤め先の関係でクロスバイクが工場卸値で手に入るのだが、君も一台要らないか?と声をかけてくれた友人がいました。運動が大の苦手な私は辞退しましたが、他の友人たちは何万円もするクロスバイクの購入を検討していました。

 というのも、最近深センでは一部の海沿いや公園など景色のよいところに、自転車道路が敷設されてきているのだとか。これは、北京のような交通手段としての自転車用道路ではなく、完全にスポーツとしてのサイクリングロードなのです。

 お金持ちがたくさんいる深センでは、一台10〜100万円もするような、クロスバイクや本格的なロードバイクを楽しむ人が増えてきています。数人でチームを組み、格好いいウェアやヘルメットなど完全装備姿でロードバイクにまたがり、市街地を疾走していく人たちを見かけます。休日になると郊外へ出かけていって、マウンテンバイクで山に登って体を鍛えている人もいます。

 そんなわけで、一般的な日本人が抱く自転車の国・中国というイメージは、ここ深センではまったく当てはまりません。自転車一つとっても、わずか20年で、また土地が違えばイメージすらこんなに違うものなのです。最近、歳のせいか、どうも中国のめまぐるしい変化についていけてないような気がして仕方のない私です……。

 (筆者は中国・深セン在住・日本語講師)


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