■【北から南から】

『中国香港病院事情 ~ 骨科編』         佐藤 美和子

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  ぼんやりテレビを見ていたある夜、何の前触れもなく、首にビリビリッと鋭い
痛みを感じました。そしてまるで寝違えてしまったかのように、痛みで首を曲げ
られなくなってしまいました。起きている時、しかも激しい運動をしたわけでも
ないのに寝違えるなんてヘンだなぁとは思いつつ、それから2週間、毎日湿布を
貼ったり自分で軽くマッサージをしても痛みは一向に治まりません。首の痛みと
関係あるのかどうか、しばらくすると腕に痺れを感じるようになり、指先の感覚
まで麻痺しています。これはどうもおかしいと、とうとう重い腰を上げて病院に
行くことにしました。

 深センのお隣・東莞市にある公立総合病院に、知り合いの看護士長さんがいま
す。やはり知人に頼んだ方が何かと心強いということで診察予約をお願いし、東
莞まで出かけていきました。深センから車で高速道路を飛ばし、東莞市中心部に
あるその病院までは約2時間の道のりです。

 骨科(整形外科)の主任クラスの先生の予約を取ってもらっていたので、すぐ
に問診を受け、レントゲンをとることになりました。院内をあちこち移動する間
も、知人の看護士長さんがずっと付き添って案内してくれます。レントゲン室前
で順番待ちをしている時、実はここ、入院病棟のレントゲン室なのよ、と教えて
くれました。あぁなるほど、それでここの順番待ちの患者さんたちのほとんどが
、病院のパジャマを着ていたりストレッチャーや車椅子に乗っていたりするんだ
ぁと納得したものの・・・・・という事は、私はその権利がないのに割り込んじ
ゃった闖入者ではないですか~!一般病棟の方はスゴイ患者数で、レントゲンの
順番待ちだけで半日はかかってしまうため、こちらの方に手配をしてくれたのだ
そうです。うっ、そのお気遣いは大変嬉しくありがたいです・ ・・・・しかし
周りの患者さんたちに対する申し訳なさで一気に肩身が狭くなり、隅っこで小さ
くなってしまいました。

 結果は、骨棘(こっきょく)との診断でした。そんな病名は初耳で、骨のトゲ
って何だそりゃ?と意味がサッパリ分かりません。骨科の主任医師に原因や症状
についてあれこれ質問をしていると、
「まぁ簡単に言うと、骨の老化現象ですよ。年をとってくると骨組織が棘状に増
殖してくるもんですが、中にはその棘のできた場所が悪くて神経に障ったりする
人もいるってこと。ほら、こっちのおばあちゃん(と言いつつ同じ診察室内の椅
子に腰掛けている70代くらいのおばあさんを指差しつつ)、あなたと同じ骨棘な
んだけど、あなたよりずーっと症状が重くて独りで歩けないくらい大変なんです
よ。それに比べりゃあなたのなんて、さっき処方箋出したでしょ、あの薬を服用
して2時間もすれば、あれっ、いつの間にか痛みが消えてる?って風に驚きます
よ、大丈夫大丈夫~」

 大した事ないから心配無用、と言う意味で、私を景気付けてくれたのだとは思
うんですが・・・・・先生、その説明の仕方は私、リアクションに困ります~。
もっと重篤だと言われたおばあさんの聞いている前で、そうですか、よかった有
難うございます♪なんて言えないし、診察室に居合わせただけの知らないおばあ
さんに、お気の毒です、なんて声かけるのも妙だし・・・・・。実はウチの相方
もそうなのですが、「周りの人が気分を害さないだろうか?」という配慮ナシで
発言しちゃう人、なんだかこちらには多いのですよ。失言が多くて日々反省の私
ですら、ビックリ慌てて周囲の人の顔色を伺ってしまうようなことを、周りの中
国人は平気でドカンと言っちゃってくれます。まぁストレートに発言しちゃう分
、胸に一物は持っていたりしないサッパリした人とも言えるし、自分に関係がな
ければそんな爆弾発言も面白く思えるのですがねぇ。

 ・・・・・というか、引き合いに出されて初めて気が付きましたが、なんで診
察室に別の患者さん(とその付き添い人多数)がいるんでしょう???痛みに気
をとられておばあさんの存在に気づかず診察を受けてしまいましたが、これが内
科とか婦人科だったら、他人が見たり聞いたりしている中での診察は考えられな
いんですけどー!

 とにかく薬を飲めば楽になるとのことで、早速、一般病棟にある病院薬局窓口
に向かいます。
  ところがこれが、もんのすごい人だかり!4つほどある窓口に、100人近くいる
のでは?と思うほどの人々が、押し合いへし合いで腕を伸ばし、窓口に処方箋を
つっこもうとしていたり、首を伸ばして自分の薬はまだかと薬剤師に尋ねたり。
しかも、その中にはスリがまぎれている事がよくあるそうで、背の低い人や勝手
の分からない外国人だと、到底窓口に辿り着けそうにありません・・・・・。と
いうことで、薬はウチの相方に任せて隅っこで人だかりを眺めていると、なにや
らジャラジャラと金属音が近づいてくるのに気づきました。なんと、囚人服姿の
中年男性が、両脇をがっちり二人の刑務所所員に抱えられつつ歩いています。拘
束は二人の所員だけでなく、その後ろにも公安局員が一人、厳しい目つきで見張
っています。さらに囚人服の男性はそれぞれ両手両足をひどく重そうな黒い鉄鎖
で繋がれており、その彼が引きずる鎖が、近づいてくる金属音の正体でした。

 これまでに見た中国テレビドラマの知識によると、中国の刑務所には医務室が
ちゃんとあり、健康診断も定期的に行われているようです。しかし、医務室では
フォローできないほど大掛かりな病気や怪我の場合は、外の一般病院に連れて行
かれる事もあるようでした。

 この人も、刑務所内の医務室では手に負えないような大病なのかもしれません
。でも、まさか一般市民が押し合いへし合いしている中を、小さくて人目につき
にくい手錠ではなく、これ見よがしに太くて重い鉄鎖をつけて歩かせるだなんて
!それに裏口からではなく、人が最も多い正面玄関から普通に出入りさせること
にも驚きました。一般市民を驚かせないようにという配慮も、さらに囚人服姿が
人目に触れないようにするなどの、囚人本人のメンタリティーへの配慮すらも全
くお構いなしなんだ・・・・・。そんなことを考えていて、ふと辺りを見渡すと
、周りの中国人が囚人の存在に驚きもせず我関せずでいることに、二度驚かされ
ました。

 その後、たんまり出された数種類もの内服薬と塗り薬を使うこと2週間。一度
目の服用後2時間で痛みは綺麗サッパリなくなると宣言されましたが、2週間経っ
ても変化ナシです・・・・・。そこで今度は、香港の私立病院に行ってみること
にしました。

 香港の公立病院では、香港住民(税金を納めている人)ならば、どんな検査や
治療でも一回100香港ドル(約1230円)と、均一料金で診察が受けられます。香
港住民以外の場合は580香港ドル(約7130円)。けれど公立病院は安い分、本格
的な検査や治療を受けられるまでに数ヶ月は待たされる、すぐに診てもらえる私
立病院に行ったほうがいい、と香港人の知人にアドバイスされたのです。そこで
知人オススメの私立病院に行くことにしたのでした。

 東莞で撮ったレントゲンや薬を持参し、立派な個室を持つ整形外科専門医に診
てもらったところ、骨棘よりも椎間板の炎症が痛みの原因だから東莞で出された
薬は全く意味がない、今日からはこちらで出す薬を服用するようにと、ものの10
分の問診で終わってしまいました。えーっ、ちゃんと予約も取って、わざわざ大
陸からイミグレーション超えてやってきたのに、それっぽっちで終了ですか・・
・・・。

 会計へ支払いに行くと・・・・・910香港ドル(約11200円)ですって?!レン
トゲンは持参したからここでは何の検査も受けていないのに、あの10分問診で、
診察料700香港ドルとは。東莞の病院では、レントゲン代を含めて200元(2800円
)だったんですがねぇ。

 しかも、支払いを済ませると、自動的に翌週の診察も予約が入れられています
。まず出された薬を服用して、その上で翌週には治療とかなんとかあるのかなと
思い、翌週もわざわざ深センから片道2時間かけて行きましたが、やっぱり同じ
く10分問診。しかも、薬がまったく効かなかったと言うと、じゃあ量を増やしま
しょうということで、先週より増えた薬の分、料金が高くなっただけでした・・
・・・。前回は、初診料ということで高いのかと思っていたのに、毎回10分診察
で700香港ドルも取られるみたいです。

 結局は香港の薬もちっとも効かず、それどころか東莞の薬は人畜無害?だった
のに、香港のは胃痛やひどい倦怠感という副作用がでるばかりだったので、また
勝手に入れられていた3週目の予約は電話でお断りしてしまいました。その後、
服薬は止めて安静にする事2週間、痛みが出てから1ヵ月半で、ようやく回復の兆
しが見えてきました。結果論なので何とでも言えますが、通院に毎回往復4時間
、何万円も使ったのが全て無駄だったなんて・・・・・。中国・香港の病院比較
をしただけに終わった、通院顛末記でした。

                     (筆者は在深セン・日本語教師)

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