中学生の「安定」志向をどう見るか

【コラム】落穂拾記(47)

中学生の「安定」志向をどう見るか

羽原 清雅


 都内ある区の中学校が、その創立を記念して、1年生から3年生までの全校生に「10年後の自分は…一人一人の夢」という題でひと言ずつ書いている。その記念誌を見せてもらった。
 13歳から15歳の中学生は10年後、23〜25歳になっている。大学か、就職したてのころになるのだろう。どんな夢を描いているのだろう、と450人ほどの考えを興味深く読ませてもらった。
 男子は圧倒的に「安定」「金持ち」志向が強く、女子はむしろ堅実に「仕事」に目を向けている印象だった。ただ、中学生の夢が見果てぬようなロマンなどではなく、「安定」や「お金」なのか、とその現実志向にちょっと考え込んでしまった。

 このことは、日本の子どもの貧困度が高いという国際比較のデータを裏付けた、ということなのだろうか。親たちの経済的な苦労が身にしみて、その現実から逃れたいと感じたのか。単に、豊かさのある日常を持続させたい、ということなのか。あるいは、時代の影響で現実的、即物的な思考が強まっている社会風潮が子どもたちにも広がっているのか。
 たしかに、学校から帰るとすぐ塾に通い、夜9時、10時ころに帰宅するようなハードな毎日からすると、もっとのんびり、あくせくせずに、経済的に安定した自分を取り戻したい、という願望なのだろうか・・・・。
 時代は揺れ動くものである。ただ、この子どもたちが日本の社会を支える年ごろになって、社会への関心が薄く、自己中心の生活だけに埋没するようになったら、全体の社会はどんなものになるのだろうか、と想像してみたのだ。
 こうした延長線上で、18歳からの選挙権が行使されるのだが、このような各人の意識は政治をどう左右するのだろうか。

 数字をもって、450人の中学生の意識を見てみよう。
 まず、男子生徒。
 「金・お金」という表現を使ったのは26人。次いで「安定」の表現が25人。この二つの言葉を使ったコメントのなかには、<貯金・老後の貯蓄・困らない生活・ちゃんとした生活・ある程度の収入・給料の安定した会社に・裕福・稼ぐ・収入の半分は自由に使う・普通に働きのんびり>などの表現を伴うものもあった。
 「普通の暮らし・生活」「サラリーマン」が合わせて18人。「楽しく」が9人。「おだやか」が3人。「豊か・充実」も3人。「平和な生活」が2人。「結婚」に触れたものが4人で、<やさしく、きれい>と付記したものも。
 「趣味(釣り)」「宝くじに当たる」「大金持ち」と書くものも計4人。
 「いい仕事」というものも5人いたが、<有名企業・大手>などと付記しているので、安定志向の範疇だろう。
 男子全員は258人なので、ざっと100人、約40%が安定・困らない生活志向、といいうことになる。

 表現から見てふざけて書いた生徒はほとんどいないので、この数値をどう考えたらいいのだろうか。

 もちろん、若者らしい夢やロマンを抱く中学生もいる。
 「プロサッカー選手」9人、「野球やスポーツ選手」8人、「バスケット」5人、ほかにスポーツ選手では「駅伝、ロードバイク、陸上競技」が各2人、「器械体操、五輪、プロゴルフ、相撲、剣道、合気道、レーサー」など。観戦ではなく、みずから動くスポーツへのあこがれが強いことがわかる。
 「海外」は10人で、具体的には<留学・言語習得・旅行・交流・あるいはパイロット・ツアーガイド・スーシェフ(副シェフ)>などをあげている。
 「大学、大学院」で<宇宙・星・コンピューター・数学>をめざすとか、<宇宙遊泳>をあげる子たちも9人いた。ノーベル賞をめざすという「科学者・研究者」5人も頼もしい。

 志望対象の職業を書いた中学生も多い。
 「ゲームクリエーター」「ユーチューバ—」各4人というのも、今様でおもしろい。「パイロット」「宇宙飛行士」も3人いた。
 コーヒーショップ、ラーメン店など「親の仕事を継ぐ」、「パティシェ・料理人」、塾を含む「教師」各4人。「医師」「起業」各2人。
 珍しいところでは「劇団四季入り・芸能関係・タレントマネージャー・アクション芸人」5人、「棋士」2人。ほかに「赤十字入り」「マジシャン」「漫画家」「野菜作り」「音楽家」「潜水士」など。

 それでは、女子中学生はどうか。
 表現で拾っていくと、「幸せな人生」16人、「就職している」15人、「健康な毎日」5人、それに「家庭を築いている」3人。あえて言えば、193人中の20%が安定的・現実的思考といえようか。男子と比較すれば、低いともいえるだろう。
 仕事関係の志望を見ると、「保育士・幼稚園」が12人とダントツに多い。次いで歯科を含む「医師」7人、動物・生物など「科学者」が4人。
 女優、声優志望4人と、女優のマネージャー、キスマイやディズニーランドのスタッフなど「芸能関係」9人。サックス・フルート、それに教師を含む「音楽関係」3人。
 「司書」「美容師」3人、「教師」「警察官」「薬剤師」「ゲームクリエーター」「パティシェ」、家具や建築の「デザイナー」2人など。ほかに「ウェディングプランナー」「ゲーム実況者」「家具デザイナー」「ネイリスト」「チアコーチ」「キャビンアテンダント」「栄養士」など。

 男子に比べると、女性の方が積極的なイメージがある。男女対等の理念からすれば、どうということはない。女性が社会性を伸ばして、進出する時代がやっと訪れたのかもしれない。
 決して悪いことではなく、むしろ若い労働力が減退するなかで正当に、かつ積極的に職業選択に挑むことは望ましいことだ。
 ちなみに、女性とのスポーツ志向はどうか。
 「バドミントン選手」志望は3人、「プロテニス」「体操」の選手、「剣道」が各1人で、男子ほどにスポーツに向かう人は多くない。

 ところで、意外なのは福祉関係に関心のある中学生が男子、女子ともにほとんどいないという現実だ。
 「看護師」志望の女子がただ1人だった。高齢者や肢体不自由な人など、身近に接することはあっても、介護士などの職業が気配りや労力を必要とされるわりに3K的で、収入も低いという現実を意識しているのだろうか。
 この現実は、「一億総活躍」であれ「一億総動員」の旗振りであろうと、若い人の心を刺激し、弾ませる魅力が浸透していない実態を示している。

 希望や夢は、いつか変わることはあるに違いない。しかし、若い人の現実志向の高まりを見て、将来の社会像をどう考えたらいいのだろうか。嘆くこともないが、時代の投影を、この若者たちの思考から覗き見ると、複雑な気持ちにならざるを得ない。

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 ところで、この区は外国人の在住者が10%を超えるほど、多いところで知られている。
 450人のリストから、姓名が明らかに外国風と読み取れる者を拾うと、男子29人、女子24人、計53人で、10%を超えて、ほぼ区内の在住人口に比例している。
 そこには、両親が日本語や日本的風習に慣れず、むしろ子どもたちに教わる傾向すらあり、また夜中まで働かざるを得ない就労事情から子どもたちが放置され、教育環境に恵まれないような家庭も少なくない。
 こうした子どもたちが日本社会になじみ、溶け込んで生きていけるようなグローバルな世の中を作り出せるのだろうか。見えにくい課題が、そこここにある。

 余計なことだが、女子中学生193人中、名前に「子」のつくのは14人しかいない。12学級のうち、「○子」名が1人もいないのが5クラス、1人だけが3クラスだった。どうということはないが、時代の変化を感じざるを得ない。かわりに、イメージのある漢字を使っているが、フリガナがないと読めない名前の子どもが男女ともに相当多くなっていることに、あらためてびっくりするほどだった。

 (筆者は元朝日新政治部長・オルタ編集委員)


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