■【運動資料】

二大政党と小選挙区制度の時代なのか          田中 善一郎

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◆二党制の政治状況

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 かってわが国においては、自民党と社会党という二大政党が対峙する時代があ
った。もっとも自民党の党勢が圧倒的であって、中選挙区制度のもとでの政権交
代のない二大政党制であった。そうした状況で、自民党政権は田中角栄内閣に置
いて、それを一層強化しようとして小選挙区制度の導入を試みた。

時代は変わり、1989年に発足した選挙制度審議会では小選挙区制度は「民意を敏
感に反映し、政権交代による緊張をもたらす」ものとされ、衆議院選挙において
現在の小選挙区比例代表並立制の導入の契機となったことは記憶に新しい。

 ちなみに小選挙区制度を採用しているアメリカ合衆国の下院では、戦後(1947
年から2010年まで)多数を占めた政党が1期2年限りのケースが2例、2期続いた場
合が2例、6期続いた場合が1例、そして20期40年続いた場合が1例となっている。
64のうち3分の2に近い40年は二党の交代ではなく、いわば一党独裁の時代であ
ったわけである。

 そもそも二党制が望ましいとされる国の政治状況はどのようなものなのであろ
うか。それは政策対立が白か、黒か、明確に分かれている場合であろう。いま、
国民の関心がある問題がA、B、Cの3つあってそれらが密接に連関している時、
たとえばAが賛成ならば、B、Cも賛成となるという状況において、反対に、A
が反対ならばB、Cも反対となるという状況において、それぞれを代表する政党
がある場合には二大政党がもっとも自然である。国民は自分の考えに従って、2
つの政党のどちらかに投票できるし、それが民意を反映していると見ることが出
来る。我が国においては保守と革新のイデオロギーが対立した時代がこれに近い。

 しかし、ソ連が崩壊して、保革対立の基盤が失われた現在は、このようなモデ
ルはもはや当てはまらない。そもそも重要な争点が何であるかについて、国民の
意見は一致しない。かりに、それがA、B、Cの3つであったとしても、これら
の政策に対する国民の態度も多様である。3つにすべて賛成、すべてに反対、一
部に賛成するが、その他は反対ということになるのである。かりに重大争点が3
つとすると、これに対する態度は8種類となる。これに応じて政党も8党登場する
のがふさわしいことになる。

国民はこうして初めて自分の考えと合った政党に投票することが可能となる。す
なわち現代は多党制の時代なのである。ここで、かってのように、すべて賛成の
政党とすべて反対の二大政党しかなかったとすると、それらのうち1つに賛成す
る有権者はどちらに投票したらよいのであろうか。二党のどちらかに投票した瞬
間に民意は歪められてしまうのである。

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◆小選挙区制と二党制

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 「単純多数一回投票制度は、二党制に有利に働くのである」というのはデユベ
ルジェの有名な法則である。(デユベルジェ『政党社会学』潮出版社、1970年、
241ページ)。この制度は、過半数を獲得した候補者がいない場合でも、得票数
が最も多いい候補者を当選とする仕組みで、イギリスやアメリカで採用している
小選挙区制度のことである。デユベルジェの法則には、例外もあるが、おおむね
正しいことは立証されている(Arend Lijphart Electoral Systems and Party
Systems, Oxford University Press, 1994, p96)。

 小選挙区制度は、二党制が望ましい状況、わが国でいえば保革対立の時代には
適した制度であるかもしれない。しかし、現在のように国民が多様な意見を持つ
状況では、国民の選択を無理やり、二者択一に導く道具と化す。

 しかも、小選挙区制度には困ったことが発生する。国民の多数の票を得ていな
いにもかかわらず、小選挙区制度は多数党を作ってしまう。日本の衆議院で並立
制が採用されてからの選挙をみると、小選挙区で第一党が獲得した得票率は、ど
の選挙でも過半数に達していない。しかし、実際に第一党が獲得した議席の割合
は、大きく過半数を超えている。特に最近2回の選挙は得票率との乖離が著しい。

 小選挙区制度の「本場」であるイギリスを見ると、戦後実施された総選挙で過
半数の得票を得て政権を獲得した政党は皆無であることがわかる。さらに困った
ことには、イギリスでは、得票数が少ない政党が多いい政党よりも多数の議席を
獲得して与党になったケースが2回も起こっているのである。小選挙区制度は政
党を無理やり2つにするばかりでなく、多数ではなく少数意見でしかない政党を
政権党に祭り上げる制度なのである。

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◆穏健な多党制と比例代表選挙

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 最近、日本を始めとして、先進国では政党離れが顕著となっている。また、冷
戦以後の社会では政党が掲げる政策に違いがなくなりつつある。そうしたなかで
は、選挙のムードとか政党のリーダーのパーソナリテイやスタイルなどが選挙の
争点になりがちとなる。「政党政治の浅薄化(trivialization)」が進む
(Willam Crotty, Party Transformations, TheUnited States and Western
Europe, in Kats and Crotty eds, Handbook of PartyPolitics, London SAGE
Publications, 2006, p508)。

 政党との絆を失った有権者は選挙のたびに、興味を引く政党に投票するように
なる。わが国の2005年の「小泉劇場」選挙や2009年の「政権交代」選挙はまさに
これである。多くの有権者は政策ではなく、気分で投票したといってよい。そし
て、小選挙区制の欠点は、こうした有権者の気まぐれを拡大してしまうことであ
る。

 現代のような多党制の時代において、しかも、有権者の政党離れが顕著になり
つつある状況において最もふさわしい選挙制度は比例代表選挙である。小選挙区
制と異なり、有権者は比較的自分の考えに近い政党に投票することが出来る。そ
の結果として、比例代表選挙では多党制が生まれやすい(Lijphart, p96)。多
党制時代には比例代表選挙が適している所以である。

 しかし、比例代表選挙は小党乱立をもたらすということがしばしば言われてい
るが、ドイツを見ればよい。ドイツは比例代表選挙であるが、得票率が5%未満
の政党には議席を与えない阻止条項もあり、政党の数は3から5の状態を維持して、
政権を交代しながら、日本と同じ敗戦国でありながら、目覚ましい復興を遂げて
いる。サルトーリのいわゆる穏健な多党制である(C・サルトーリ『現代政党学
1』、早稲田大学出版部、1980年))。

 穏健な多党制は有意な政党間のイデオロギー距離が比較的小さく、二極化した
連立政権指向がみられる(ibid, p298, 299)。選挙の結果は国民の気まぐれを
拡大することではない。そして、選挙で選ばれた政党が連立交渉を行い多数党を
形成する。これが穏健な多党制である。また比例代表であるから、選挙区の格差
の是正など考える必要もない。

 以上から、われわれが目指すべき選挙制度はおのずから明らかであろう。二大
政党制と小選挙区制度は現代という時代には適合せず、穏健な多党制と国民の
「あらゆる投票が意味を持つ」(Crotty, p507)比例代表制度を採用すべきなの
である。

         (筆者は東京工業大学名誉教授)

注 この原稿は Voters 11号に載せたものを著者のご了解を得て掲載したもので
  文責は編集部にあります。