【コラム】
技術者の視点~エンジニーア・エッセイ・シリーズ(29)<最終回>

二年半の総括 ―― 加藤宣幸さんを偲びつつ ――

荒川 文生

◆ I. 貴重な機会

 2016年の歳が明けて間もなく、ある会合の直会で今は無き加藤宣幸さんから問いかけがありました。
 「マガジン オルタの寄稿者はみな文系の人で、技術の話がなかなか無いのです。今の社会は技術の影響が極めて大きく、便利さのいっぽうで原発事故のような深刻な事態が起こっており、AIの様に人間が処理できるかどうか判らないような技術も登場しています。荒川さんならこういった問題について、技術を専門としない人にも興味深い寄稿がして戴ける様な気がします。ひとつ、気楽に請けてくれませんかね。」

 もとより「1+1=2」の世界で訓練され、人間の情緒に訴える文章など書ける筈の無い人間と心得ておりましたので、極めて意外なお申し出と受け止めました。しかし、加藤さん仰せの通り、技術と社会との関わりが極めて深刻に為っている現状で、何時までも「技術バカ」の世界に閉じ籠っていては為らぬとの想いもありました。下手な冗談ですが、自分の名前が「文章を書いて生きる」と為っていることもあり、貴重な機会を頂戴した事とお請けする事に致しました。加藤さんの優しい眼差しの奥に真剣な想いが籠められている事に胸を打たれる感がありました。

◆ II.各回の表題と俳句

 2016年5月の第1回で、「隅田川のとなりの荒川です。」という自己紹介と、シリーズの趣旨説明をし、2018年12月に「二年半の総括」という纏めをするまで、寄稿は30回に為りました。各回の末尾に駄句を付けましたが、だらだらと何を言いたいのか判らぬ文章作法にけじめを付けたいと考えたのです。とは言え「感動した景色や、募る想いを十七文字に研ぎ澄ます」という俳句の神髄には程遠く、却ってお目障りかもしれません。「事実に基づき合理的な」総括のため、以下に寄稿の年月、表題と添付の俳句を一覧と致します。

  0.2016年 05月 隅田川のとなり     技(わざ)と術(すべ)花と散りつつ隅田川
  1.       人間の力はどこから?  夏雲のごとく湧くべし「人間力」
  2.    06月 イヌやネコにも     涅槃会に自然の命よみ還る
  3.    08月 所変われば       西東(にしひがし)技(わざ)さまざまに走馬灯
  4.    10月 中国畏るべし      夏巡り今更中国畏るべし
  5.    11月 洞窟に眠る夢      オンカロの地底に潜む春の夢
  6.    12月 文系と理系       寅彦忌文科も理科も隔てなく
  7.2017年 01月 「もんじゅ」      時移り新たな使命炉に灯れ
  8.    02月 終末を迎える技術    冬空に消え入る命千の風
  9.    03月 無限を知った者     雷が荒れて共(とも)鳴り田潤う
  10.    04月 スタ五の響き      革命かスタ五の響き花と散る
  11.    05月 担うべき十字架     受難曲復興に向けた鯉幟
  12.    06月 福島の復興       隠さむと思へど漂うをけら焚く
  13.    07月 中国の新型炉開発    梅雨空に白々しくも新型炉
  14.    08月 AIは人間を超えるか? 入道雲衆愚も賢者も嘲笑い
  15.    09月 国会事故調その後    秋空に国憂うなら立ち上がれ
  16.    10月 国会事故調その後    失敗に学び花咲き世の栄え
  17.    11月 吉本隆明と原子力    日暮しの声を支えに独り立つ
  18.    12月 民間事故調その後    初日の出倭(やまと)の輝き今いずこ
  19.2018年 01月 時代と共に       時遷(うつ)り技(わざ)は変われど山笑ふ
  20.    02月 技術の位置づけ     寅彦忌科学と文化の歴史讀む
  21.    03月 イノベーション     世の中は袖擦り合ひて水草生ふ
  22.    04月 ― 加藤宣幸様ご逝去に就き休載 ―
       05月 日本の技術革新     失敗は語る事なく山眠る
  23.    06月 技術史の分析      神鳴りのひらめき光る技の冴え
  24.    07月 閑話休題        エレキテル神鳴りと共に今に活き
  25.    08月 日本の技術革新力    渋柿も自分のものなら甘くなり
  26.    09月 一般市民との対話    青竹に歴史を刻む竹伐り会
  27.    10月 自然との対話      天崇め地は栄へよと彼岸花
  28.    11月 エネルギーの国際連系  信ずべき人の心に温め酒
  29.    12月 二年半の総括      二年半仕事纏めて師走かな

◆ III.主題の変遷

 このシリーズは、当初から一つの主題の基に系統的に論旨を展開しようとしたものではありません。途中で、オンカロの視察(5)や川崎市民アカデミィでのAIに関する講演(14)、三上さんの出版記念会での吉本隆明のお話 (17)、電気技術史の顕彰活動(平賀源内)に関するトピックス(24)などが挿入されて居ます。大略すると、この二年半は四つの部分に分けられます。

● III-1.(01~10)技術とは何か:
 以前、放送大学の講義を受け持つよう依頼された折、其の題目に「技術」と入れただけで受講希望者の数が減ると注意されたことが有ります。そこで「技術」をより親しみやすい表現とする為、大和言葉で「わざ」とか「すべ」とかに言い直す事から始め、それがまず生存を確保する手段であり、人間が人間らしくあるための手段であることにその本質的な意味がある事を説明しようと試みました。其の為、『政治家の人間力 江田三郎への手紙』(北岡和義責任編集・明石書店刊)から「人間力」というお言葉を拝借し、そこに技術の本質に通じるものがあると述べました。
 いっぽう、技術には国際的に本質的普遍性があるけれども、その実態は世界各地の歴史と伝統の中で、多様な現象として見られるという「面白さ」を指摘しました。ただ、多くの場合にその表面的現象に惑わされ、その実態すら的確に認識できなく為っている虞があります。その原因の一つは、人間を「文科系」と「理科系」に仕分けし、理性と感性とを統合した人間総体の見方や判断が失われている為ではないでしょうか。

● III-2.(7、11~18)原子力問題:
 技術と社会との関わりが極めて深刻に為っている現状を端的に示す問題として原子力があります。原子力に関わる技術者や研究者にとってこの問題は、その倫理を問われる根源的なものの一つです。核戦略が国際情勢を規制する強力な要素であり、原子力発電所の事故が周辺住民のみならず国家社会制度の根幹を揺るがす状況の下で、私たちはこの問題とどの様に取り組むべきなのでしょうか。
 当然、此れに簡単な答えはあり得ないのですが、このシリーズでは物理学を学んだ哲学者ともいうべき吉本隆明の考え方や実践を観ながら、福島事故をめぐる国会・政府・民間の事故調査に関する科学技術ジャーナリスト会議の検証活動を紹介しました。そこから私たちが学ぶべき重要な事の一つは、日本のみならず世界が20世紀に確立した政治・経済・社会・文化が「制度疲労」を起こしているという事実であり、その修復は金塗れからの脱却、エネルギー無駄遣いの克服、多様性の尊重によって為されるという事ではないでしょうか。

● III-3.(19~25)技術革新力:
 上記の「制度疲労」を修復するうえで、日本の「技術革新力」はどうなっているのかというのが、加藤さんからの具体的な問いかけとしてありました。これに応える為、III-1.で述べたことを基に、人類の存在を包む宇宙と自然の中に技術がどの様な位置を占めているかを下図の様に示しつつ、シュンペーターのいう「イノべーション」と、日本企業の中で人口に膾炙した「技術革新」との違いを論じてみました。そういった事実認識の上に立ち、「制度疲労」の修復を図る為には、それらの事実を歴史的に分析し、新しい時代の経済と社会を創りだす技術を開発すべき事を述べました。その基本として理性と感性とを統合した人間総体の見方や判断が求められるのです(19参照)。

画像の説明

 さらに、科学と政治(社会的意思決定)の交錯する領域に関わる制度を再構築する方向性を、現実的かつ倫理的に可能なものとして計画する上での「知恵」は、「トランス サイエンス」の認識の上に交わされる一般市民と専門家との「対話」の中から生み出されるとし、その具体的実践の例として、21世紀の電力系統は如何にあるべきかを検討しようと、現在継続中の電気学会調査専門委員会の活動を挙げています。

● III-4.(26~29)専門家の対話:
 このシリーズの纏めとして、上記の一般市民と専門家との「対話」が如何にして可能かを多少の経験を基に論じてみました。さらに現代人には大自然との対話が不足していることも懸念されます。何れにせよ「技術バカ」を脱却するためには、一般市民の方々からお知恵を拝借し、大自然の教えと恵みとを謙虚に有難く頂戴するのが良いと愚考する次第です。

◆ IV.謝  辞

 技術者として技術の来し方行く末に想いを致す貴重な機会を御提供戴いた加藤宣幸さんと、毎回の掲載に適切な御案内と作業をして戴いた『オルタ広場』編集の皆様方に、改めて深甚なる謝意を表すると共に、『オルタ広場』一層のご発展を祈り上げます。

  二年半仕事纏めて師走かな  (青史)

 (地球技術研究所代表)

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