今、領土問題を考える

■今、領土問題を考える

    出席者  石郷岡 建(日本大学教授)
         岡田 充 (共同通信客員論説委員)
         篠原 令 (日中ビジネスコンサルタント)
     司会  加藤 宣幸(メールマガジン「オルタ」代表)
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※このシンポジュウム形式の報告は9月14日、午後2時から5時まで衆議院第
2議員会館でオルタ編集部が主催した勉強会で報告されたものを出席者に校閲し
て頂いたものですが、文責は編集部にあります。ただし質疑応答はスペースの関
係で省略しています。

【加藤】岡田さんは昨日台湾、マレーシアからお帰りになって、それから石郷岡
さんは16日からモスクワへ、日露学術報道専門家会議へお出かけになり、篠原
さんはつい先日中国からお帰りになって、また間もなく行かれるという、皆様が
非常に窮屈な日程のなかご出席有難うございます。今日は、3人の方に20分ぐ
らいずつ、お話をいただいて、あとは、質疑応答を主にしたいと思います。
まず岡田さんからお願いします。

【岡田】私は共同通信の記者を40年やってきました。主に中国報道がメーンで
したが、石郷岡さんとは私が92年にモスクワ支局に赴任した当初2年ほど、モ
スクワでご一緒しています。それから篠原さんは、私が台北支局にいたとき友人
の紹介でコンサルタント業務を兼ねて、支局に遊びにみえてからの縁です。

 尖閣問題をとのことですので、4月16日に石原慎太郎東京都知事がワシント
ンの保守系シンクタンクで、都が購入するという計画を発表して以来、惹起され
た日中及び日台間の軋轢、紛争、及び領土問題をどう考えたらいいのかを中心に
私の考えを述べたいと思います。

 この4月半ばからの流れを追ってみますと、9月11日、日本が尖閣諸島の3
つ、つまり魚釣島と南小島、北小島の3島を国有化したことによって、問題は第
3段階に入ったと思います。

 第1段階は、4月16日の石原発言から、7月初めの野田首相の国有化方針ま
での段階です。都知事が「買う」意向を表明したことで、メディアが大きく取り
上げた。ただ日本国政府が何か作為をしたわけではなかったから、中国側もメデ
ィアを使い、都による尖閣購入計画を批判はしましたが、具体的な対応策に出た
わけではない。これが第1段階でした。

 しかし第2段階、野田首相が国有化の方針を出しますと、少し様相が変わって
きます。みなさんご記憶だと思いますが、8月15日の敗戦記念日に香港の団体
のメンバーが魚釣島まで来て、海上保安庁の巡視船を振り切る形で活動家が上陸
するという騒ぎになりました。このとき海上保安庁と沖縄県警は、事前に30人
の捜査員を魚釣島に配置しています。

 テレビでご覧になったと思いますが、日本側も最終的には、香港の船を実力で
阻止せずに、なんとなく引き込むような形で上陸させた。そして入管難民法の不
法上陸容疑で逮捕しました。しかし、これに対して中国と台湾は抗議しましたが、
日本側は2日後、入管当局に身柄を引き渡して強制退去という行政処分で終わら
せています。

 石原さんをはじめ対中強硬論者の中には、これは大変生ぬるい措置だ、石やレ
ンガを投げた連中に対して2年前の漁船衝突事件のように、公務執行妨害による
逮捕・送検を主張する人たちもいました。

 それから、4日後の19日、今度は日本の地方議員が尖閣に上陸する事件を引
き起こします。このときは、海上保安庁の巡視船は事前に情報を持っていたわけ
ですが、阻止行動などはとらなかったようです。これが第2段階です。いずれに
しても、日本、中国、台湾とも、公権力による作為は一切取っていないのが特徴
です。

 いよいよ第3ステージ。3日前の9月11日ですが、日本政府が買い取った。
国有化という、公権力による作為が初めて発生します。これに対して中国側がい
ったいどのような対抗措置をとるのかが、われわれの関心の的でした。

 中国はまず、尖閣諸島を基線に彼らの領海を引くという法的作為で対抗します。
今朝、ニュースでご覧になったように、中国の海洋監視船が尖閣の領海内に侵入
し、大きく取り上げられています。朝の段階では5隻が侵入し、2隻が一旦警告
を受けて出て、また別のところから3隻入る、そんな状況だったようです。

 中国はこれからどうしようとしているのか、力づくで尖閣を奪おうとしている
のか。多くの対中強硬派は、中国は力づくで奪い取ろうとしているという見立て
をしていますが、これについては最後にお話をします。

 まず「領土問題」が持つ、抗えない魔力にお話します。領土問題は我々の思考
を停止させてしまうのではないか。尖閣に即して言うと、日本国政府の立場は、
「国際法上も歴史上も我が国固有の領土」である。したがって領土問題は存在し
ないというものですが、「我々の領土」という絶対視された認識は「アンタッチ
ャブル」です。そこに疑問を挟んではならない。そういう魔力を持つのが領土問
題ではないか。

 その認識はいったいどこからくるのか。我々の頭の中にある国土というのは、
まるで自分の体そのもののように視覚化されたものとしてイメージされている。
だから、領土と主権が侵害されたという意識を持った途端、まるで体の一部が欠
けてしまうような、意識をもってしまいます。これは言うまでもなく論理ではな
く感情です。

 つまり、我々の思考停止は、視覚化された領土と自分の一体化というイメージ
から出ているのではないかと思います。こういう領土と自分の体の一体感が領土
ナショナリズムの出発点になっているのではないか。明治維新以降、日本が国民
国家作りによる近代化の道を法的にも実態的に踏み出し、天皇制を頂点にした権
力秩序を国民教育を通じて、国民に徹底して植え付けた結果、領土に対する確固
たる「国民的意識」が形成されてきたのではないかと思います。

 一言で言えば国民教育の成果といっていいでしょう。これは中国、台湾、韓国
でも全く同じことが言えます。中国の小中学校で尖閣はどこの領土かというアン
ケートを取れば、ほぼ100パーセント、「中華人民共和国の神聖な領土である」
という答えが返ってくるはずです。これは「思考の結果」ではない。むしろ、国
民教育の結果による「思考の停止」だと考えていいと思います。

 では尖閣について「思考」するとどうなるか、最初に申し上げたの視覚化され
た自分の体と国土が一体視された領土とは、また別の姿が見えてきます。私の尖
閣論を歴史的な側面から言えば次のようになります。尖閣は明治政府にとって、
琉球処分や台湾領有と並んで、南方の領土画定の過程にあった拡張・拡大の一環
であったと。台湾、沖縄、それから尖閣は、実は明治政府の領土拡張、拡大の一
環としてあったという意味です。

 ただこれは国際法的には合法です。国際法上、新たな領域を自分の領土とする
にはいくつか要件があります。その領域を有効に支配している者がいないこと。
これを「無主地」と呼びます。そしてその前提のもとで、最初に占有する権利を
認めることを「先占権」と言います。ですから無主地であることを確認し先占権
を宣言すれば、これは近代国際法上有効である。例え、帝国主義的な力の論理が
支配する「悪法」であっても、合法と言えます。

 ヨーロッパの帝国主義国が、アフリカやアジアの土地を植民地支配する時にも、
この「無主地先占権」の法に則り、勝手に土地に線引きをし、自分たちの領土に
した。そういう意味では、東アジアでは、日本が明治維新ではじめに国民国家づ
くりを進め、近代国際法をいち早くとりいれながら、北から西、南の新たな国境
作りを急いだ。領土は、帝国主義への歩みという歴史の流れの中にあるというこ
とが言えます。

 では具体的に尖閣領有についてみてみましょう。明治政府が、尖閣諸島を日本
の領土としたのは1895年の1月14日の閣議決定です。このわずか3か月後
には、日清戦争で勝利した日本が、清国から台湾を領有する下関条約を結びまし
た。尖閣を領有したときには、日清戦争での日本の勝利は確実な情勢でした。

 これを中国や台湾からみると、日清戦争で、日本の勝利がほぼ確実になった段
階での尖閣の領土編入は、どさくさに紛れて「盗取」いうことになる。中台は、
日本の敗戦によって日本が返した領土については「日本が盗み取った」という表
現をしますが、尖閣についても同様の認識を持っています。

 当時、清朝は弱体化の一途を辿っていました。その清朝にとって重要だったの
は台湾や琉球(沖縄)であって、無人島の尖閣諸島はおそらく念頭にはなかった。
関心を寄せる余裕はなかったのだと思います。この閣議決定は秘密裏に行われ、
清もその事実を知らなかった。

 もうひとつ歴史的事実をあげておきます。これは尖閣問題が、琉球処分及び台
湾領有とつながるということの説明になりますが、明治政府は1880年、いわ
ゆる「第3次琉球処分」を行います。

 石郷岡さんの『論点整理、北方領土問題』(ユーラシア・ブックレット)の資
料編に年表があります。1855年に日露和親条約がある。それから1875年
樺太千島交換条約、これが明治政府による、北の国境線画定に向けたロシアとの
条約の根拠になります。75年樺太千島交換条約によって、日本は千島全体を領
有するのですが、この5年後の1880年に、「第3次琉球処分」といわれる提
案を清朝にします。

 これはもともと、台湾出兵や琉球処分を国際法違反として問題視した清国に対
し、グラント米大統領による調停で米国が提案したものがベースです。グラント
は南北戦争の将軍で、100米ドル札の肖像に描かれています。

 グラント調停案は、奄美大島から北は日本とし、沖縄本島は琉球王朝に戻し、
先島(宮古と八重山)は清国領土にするという「3分割」案でした。これに対し
日本側は、沖縄本島を日本領にし、先島は日本領土とする「分島改約案」を提示
し、10月に合意し仮調印までしました。当時清朝は最初受け入れたのですが、
清国に亡命していた琉球王族の反対で翌月これを拒否するという結果になります。

 地理的な位置からみますと、日本の一番西の島、与那国から尖閣諸島までだい
たい110キロ。この第3次琉球処分を清朝が受け入れていれば、石垣に近い尖
閣諸島は清朝のものになっていたでしょう。問題はその15年後、1895年の
下関条約で日本は台湾を割譲しました。その結果、尖閣諸島は台湾と一体化しま
す。台湾領有時代は、先島諸島は台湾経済圏に組み込まれていました。

 日本の植民地時代、尖閣の行政区画は台北や宜蘭のある「台北州」に属してい
ました。台湾側からいうと、尖閣諸島は我が国固有の領土であるという根拠にな
る。中国の解釈も「台湾に所属する島嶼」です。国際法上はともかく、彼らの主
張にも理はある。少なくとも、一度は手放そうとした島を「固有の領土」という
のはおこがましいです。いずれにしても歴史的な位置づけから言いますと、固有
の領土という言い方が歴史的にみると如何わしいか。

 領土問題の処理には、突き詰めると3つの方法しかありません。1番は差し上
げる、譲渡です。日本が中国に差し上げる。中国・台湾は、日本に差し上げる。
これは一番簡単だが誰もしない。2番目は戦争です。力で奪い取る。これは帝国
主義時代の手ですが、戦争という高いリスクとコストを支払って、はたして無人
島を取るだけの価値があるのかどうか、そういう理性的合理的な判断立てば、戦
争という選択もなかなか難しい。これが2番目。そして3番目は、領有権争いが
ある島の場合、結局「棚上げ」しかないのではないのかというのが論理的帰結で
す。

 外交上の問題をもう一つ挙げます。領有権争いで圧倒的に強いのは実効支配し
てる側です。よく考えれば分かるのですが、実効支配していない側が、支配して
いる側に挑戦するのは大変です。力で挑戦すれば戦争を覚悟しなければならない。
外交上は、棚上げして対話と協議で解決するほかに道はありません。

 先月、韓国の李明博大統領が竹島に突然上陸したことを覚えていますが、彼ら
が実効支配している竹島を、その元首が上陸することによって強化する、実効支
配を強化する印象を与えた。
 7月にはメドベージェフ・ロシア首相がまた国後を訪問しましたが、これも実
効支配の強化を紛争の相手側に印象付けてしまいます。そういう効果があります。

 では尖閣を実効支配をしている我々は、どのような姿勢で臨むべきなのか。石
原さんの購入計画という挑発は、日中関係を緊張させ、中国から強硬姿勢を引き
出し、日本人希薄な国防意識を強めることにあったと思います。石原さんの認識
は「中国が攻めようとしている」から、棚上げや現状維持では守れない。軍事力
を強化するべきだというものです。

 しかし国有化した11日に、中国外交部が発表した声明は、現状維持と対話を
呼び掛ける内容でした。むしろ彼らからみると、日本は国有化によって、一方的
に現状を変更しようとしていると映る。尖閣問題では、少なくとも実効支配を維
持することでは共通の了解は得られるのではないか。万一中国に武力で尖閣を奪
われた場合も、われわれの目標は原状回復に過ぎない。中国を軍事的にへこます
ことではないでしょう。それが可能かどうかは別の問題ですが。いずれにせよ、
現状維持がベストなのだというのが私の考えです。

 実効支配している側が、その優位性を利用して立場を強化しようとすると、確
実に相手側の反発を買う。だから自制すべきは実効支配している側です。国有化
に話を戻しますと、胡錦濤が仮に所有権を持ったとしても、主権とは次元が異な
り直接の関係はない。所有権は胡錦濤にあるけれど、主権は日本が握っていると
いう非常に奇妙なことになりますが、国有化それ自体にそれほど大きな意味はあ
りません。

 ただし、問題は相手方。台湾、中国にとってみると、国有化は一方的な現状変
更に当たると受け取られている。特に、日本と中国の間には相互信頼関係がほぼ
無い状況が続いています。相互信頼関係が無い状況の下で一方的な現状変更に当
たる行為をすると、当然相手方の強い反発を買う。ですから、国有化をする場合
には、事前に丁寧な説明をする必要があったという気がします。まして胡錦濤が
強く警告した翌日に国有化するというへたな外交をしてしまった。
 これが、現実的な外交の枠組みの中での尖閣問題に対する私の考えです。

 最後になりますが、台湾の馬英九総統が8月に「東シナ海平和イニシアチブ」
という名称の提案をして、中国、日本、台湾の3者協議で対話による平和解決を
訴えました。現実の外交の枠組みから考えれば、ほとんど実現可能性は低い提案
です。

 しかし、この無人の小島で争いが続ければ、だれも近かづけない軍事の島にな
ってしまう。馬さんは「主権は分けられないが、資源は分けられる」と述べて、
グローバル化時代における新たな共存の枠組みを模索しているように思えます。
国家という魔力に支配された領土問題を、脱国家の枠組みから考えようというこ
とです。

【加藤】では篠原さんに御願いします。

【篠原】今、具体的な経過や、過去の歴史については詳しく話されたので、私は
別の角度から今回の事態について皆さんにご意見を伺いたいと思います。2年前
の漁船衝突事件の時に、ポイントはまず中国側がどうみたかということです。こ
れまで自民党政権のときはずっと棚上げで、なるべく何か事件が起きても表に出
さないようにして処理してきたのが、民主党政権になった途端に全く態度が変わ
って、逮捕して起訴するという方向に進んだ。

 それを日本という国が大きな方向転換をしたのではないかと中国側は考えたよ
うなのです。細野さんと中国に行ったときに、中国側が一番最初に聞いたのがそ
の点です。

 中国人から見たら、自民党であれ民主党であれ日本国政府がやったことだから、
方針転換したのではないかとみえたのです。あのときは明らかに民主党が過去の
いきさつを全く知らない素人集団が外交をやった。とくに前原さんなんかがいき
がってやった結果、事が大きくなった。それを中国は日本政府が方向転換したと
とったのです。

 2年前、仙谷や菅がどうしようかと迷っていた時、最後に決断を下すきっかけ
になったのは、中国がフジタの4人の社員を捕まえたことです。そのときに温家
宝がニューヨークで日本に対してこれから先起こることはすべて日本政府の責任
だという発言をしている。4人が捕まったことで、さらに一歩進んだ段階に入っ
てしまうだろうというのです。当時、私が会った中国の多くの人たちは軍隊が出
て尖閣に上陸するという意見でした。

 それを必死に食い止めたのが温家宝で、わざとフジタの4人を捕まえて、日本
政府に最後の決断を迫ったのが2年前の状況なのです。今回は、2年経ったので
すが、民主党政権は全く経験から学んでなくて、また素人っぽい外交を繰り広げ
ているのです。

 例えば、野田さんが記者会見とかで発言している内容を聞いても、尖閣問題の
歴史的な背景とかを真面目に勉強をした形跡が全然見えない。新聞に出ているよ
うな知識をもとに一国の首相が簡単な気持ちでどんどん発言する。それが逆に中
国をまた刺激するという繰り返しです。

 中国側は民主党政権が少なくとも2年前にあれだけの事件が起きたのだから、
もう少し外交ということを学んでくれているのではいかと思っている。ところが
実際には首相が代わったこともあって、外交に関しては全く素人のままです。

 とくに野田首相とか官房長官、官房副長官この首相の周囲にいる人、いわゆる
官邸が、全く外交の素人集団だから当然首相に対して的確なアドバイスもできな
いし、この官邸の人たちは中国とパイプもないから、どんどんエスカレートして
いる。

 石原が島を買うという発言をした時点で、本来なら外交ですから、日本政府の
官邸のしかるべき人が中国に行ってこの問題をどのように処理していこうかとか、
中国側と一緒になって解決策を見つけていくべきだったと思うのです。対立は当
然どこの国にもありますが、対立があったときに次に対話にもっていき、今度は
最終的に融和に持っていくというのが政治家の役割だと思います。

 ところが野田政権を見ていると、対立があるとそこで終わっているのです。対
立から一歩進めて対話に持っていこうとする努力が全く見えない。これでは政治
家としての資格が無いと私は思います。国有化を宣言したすぐ次の日に、中国外
務省の声明があって、それの一番最後に日本が我意を通すなら、それによって生
じる一切の結果は日本側が負うほかないという言葉で結んでいます。これは2年
前に温家宝がニューヨークで発言した日本に対する警告と内容的には全く一致し
ます。

 これが中国にとっては一種の最後通告みたいなことで、これ以後反日デモがド
ンドン広まっていきます。中国政府が今のところそれを押しとどめようとかして
いませんし、来週の9月18日、満州事変の記念日にたぶん全国で大々的なデモ
があるでしょうが中国政府は、日本側が対話に出てくるかどうかを待っていると
思います。

 自分たちは日本政府がこういう動きを続けるならこれ以後の例えば中国国内で
の反日デモとか、日本人に対するいろんな危害とかそういうことには中国政府と
しては責任持てないとはっきりもう言っているのですから、ここで日本政府とし
ては誰かを派遣して事態の収拾をどうしたらいいかっていうことを真剣に中国側
と話し合う必要があると思います。

 中国側は国が購入したとことを撤回しろと言っていますが、国内的には撤回と
いうのは非常に難しいと思います。こういう事態になって、ではどういう方法で
両国人民が納得するような解決策があるか、それは日本政府と中国政府がこうい
う時期だからこそお互いに会って対話をすべきだと思います。

 今日はお集まりになった皆さんからも意見がありましたら、是非出して頂きた
いと思います。私は4月に石原がああいう発言したときに一つの方法として、日
本政府が尖閣諸島を強制収容すればよかったと思っています。これはかつて成田
とか砂川闘争のときに国が強制収容するということを何度もやってきています。
係争地帯として非常に危ないところだからという理由でもなんでもいいんですが、
持ち主から、尖閣諸島を取り上げて、国有化じゃない、強制収容しておけば一応
現状維持が続けられたのではないかと思っています。

 もう一つ、これから非常に大事な問題になるのは、仮に海上保安庁と中国の警
備船との間に武力衝突になった場合これがどういうことになるかと言うと、78
年の日中平和友好条約の第1条の第2項に、すべての紛争を平和的手段により解
決し、武力または武力による威嚇に訴えないことを両国は確認すると書いてある。
だから、平和友好条約を結んでいる精神からいったら日本であれ中国であれ武力
によって解決するという方法は取れないはずです。

 仮に武力紛争になったら平和友好条約は破られたことになる。もう一つもっと
基本的なことは日本国憲法の第9条に紛争を武力で解決するということはもう日
本国政府としては放棄するということを憲法で言っているのですから、これが発
展して武力衝突になったときに憲法や第9条の問題などいろんな問題が出てきま
すが、そういうことについて今の野田政権全く考えていないような気がします。

 ここで国交正常化40周年を記念する行事をいろいろする以前に、大事なのは
平和友好条約の精神に戻って対話を進めることです。民主党政権の中で、たぶん
野田さんなんか全く頭の中が空っぽでどうしたらいいかわからないでいると思う
のです。誰かが、こういうふうにしたほうがいいということを言ってあげないと、
このままズルズルいってしまうと最悪の事態になる可能性は十分あると思います。

 驚くことに、人民解放軍は非常に腐敗しているから戦争をやって少し引き締め
たほうが国内的にはよくなるから軍隊を出してもいいのではないかという意見の
中国人がいるのです。第18回党大会がちょっと伸びていて、どうなるかわかり
ませんが、党大会が終わって来年の中国の全人代でいろんな人事が決まった時点
から、中国はたぶん本格的に取り組んでくると思いますので、まだ半年以上ある
今の間に日本政府としてはキチッと中国と対話を進めることが重要だと思います。

 どのような結論にもっていくかというのは対話をしてみないとわからない。中
国側からみたら国有化ということ自体が非常に大きな問題だったわけですが、日
本政府は国有化して現状通りやっていけば問題ないという非常に自分本位の見方
でドンドン話を進めてきていますが、こういうことも本来なら行動する前にちゃ
んと相手と話し合ってやるべきであったと思います。

【加藤】最後は石郷岡さんに御願いします。

【石郷岡】私は尖閣のことではなく、ロシアとアジアとの関係を話そうと思いま
す。といつつも、昨日もある会合に出たら領土問題が話されて、一昨日も別の会
合で、また領土問題が出され、会合によって全然その方向性が違うのですが、非
常に大変な日本の状況を3日間痛感しました。

 ただ、そのなかで「ロシアはなかなかいい」という半年や1年前には考えられ
ないようなロシアの評価が聞かれるようになりました。なぜかというと「ロシア
はともかく領土交渉してくれる。中国と韓国はけしからん」という声が多く、
「夜も眠れない」とかそういう人たちもいっぱいいて、非常に大変な状況に日本
がなっていると感じました。

 しかし、私は領土問題をほとんどやらないという主義ですが、やらざるを得な
いときは仕方なく付き合っています。ただ、あまりにも事実を知らずに話す人が
多すぎるので、このブックレットも書きました。領土問題をやると非常に実りが
薄いので、途中でやめることにしていますが、最近は話さざるを得ない状況にな
っています。

 ということで、尖閣の話ではなく、みなさんがおっしゃったことについてコメ
ントするような形で話をしたいと思います。

 まず、固有領土という言葉ですが、日本とロシアの間の領土交渉で出てきた問
題で、日本の北方領土についての根拠を示すために使われた言葉です。固有の領
土という論法しか日本側には出てこなかったのが実態だと思います。
 
 固有の領土というと日本の国民のほとんどは、「ああそうだ、そうなんだ」と
いうことで納得してしまうのですが、ロシアにはこの固有の領土という言葉は全
く意味がないのです。なぜかというと、「ではロシアの固有の領土はどこですか」
といったら、たぶん日本人は全員答えられないと思います。ロシアには固有の領
土という概念は無いです。

 ロシアという国が出来たのは16世紀から17世紀でわずか300年から40
0年ぐらいのもので、その前ユーラシア大陸には様々な国が出きて、様々な国が
滅びていったということで固有の領土という考え方はあり得ないのです。日本側
が「固有の領土」と言った場合、ロシア側は「どう答えたらいいの?」という感
じなのです。

 ロシアはどういう考え方持っているかといいますと、これは公式な主張ではし
ないかも知れませんが、本音は「戦争に勝った国が領土を決める。負けた国は文
句言うな」です。これが彼らの立場で、ヨーロッパ及びユーラシアはほとんど数
千年にわたって、この原則で領土が決められてきました。
 
 国民国家とか、主権とかいろいろ主張は出てきますが、基本的にあるのは武力
で勝つことで、この武力で勝ったということを第2次大戦後論理づけしたのはサ
ンフランシスコ条約だと思います。

 ですから、その前がどうだったとか、最初に誰が来たかというようなことは全
く関係ない。最後に誰が決めたかが決定的なわけで、そのときに日本側はキチッ
とした対応ができていなかった。サンフランシスコ条約で日本は千島を全面放棄
すると署名しているのです。

 北方4島はもともと南千島と呼ばれていましたが、同条約で放棄した千島に南
千島は入っていなかったという論理を展開したわけで、南千島という言葉を使う
とおかしくなるので、南千島という言葉の代わりに北方領土という言葉を使い始
めたというわけです。北方領土は固有の領土であり、南千島が千島ではなかった
という主張したわけで、その矛盾についてはブックレットに書いておきました。
 
 私は領土問題を今いろいろ細かい議論するよりも、今年、なぜ中国・韓国・ロ
シアの3国に対して領土問題が起きたのかをもう少し考えたほうがよいと思いま
す。
 
 実効支配がありながら国家元首の李明博がわざわざ自分の領土と主張する場所
へ行って、何かをするということは、一つは国内問題でそうせざるを得なかった
か、もう一つは対外的に、つまり日本に対して何かを訴えたかったのかどちらか
だと考えます。
 
 2番目のほうはある意味で政治的外交的に挑発だと思います。
 メドベージェフ(の国後訪問)についても全く同じ状況です。
 李明博やメドベージェフが係争地の島に行ったときに、日本側の最初の反応は、
国内の政治的な関係で行かざるを得なかったのだという話が必ず出てきます。
 私は李明博もメドベージェフもそうではなく、行くことで日本を外交的政治的
に挑発せざるを得なかったことがあると思います。
 
 メドベージェフは北方領土について日本の政権に対する怒りがあったと思うの
です。怒りというのは日本側が「固有の領土を不法占拠した」と言ったときにメ
ドベージェフはカチンとキレたんだと思います。
 李明博については歴史問題があったと思うのです。日本の中では歴史問題と領
土問題を分けられるという人が多いのですが、私は分けられないと考えます。
 
 逆に、北方領土のことで言えば、日本人のほとんどは領土問題として考えるよ
りは歴史問題と考えている。つまり「俺たちの土地をなぜソ連は奪ったのだ」と
いうことで、サンフランシスコ条約締結の問題を全部飛ばしてしまうのです。そ
れなのに、韓国や中国に対しては歴史問題よりも、条約の解釈を主張するという
構図です。
 
 しかも、サンフランシスコ条約は、結局、戦後日本が放棄した、もしくは放棄
したような形になった領土を、誰が支配するかという問題を極めて曖昧なままに
している。私はそれが今噴出してきたと思っています。それが先ほど言った3つ
の島はなぜ今年大きな問題になったかということに繋がると思います。
 
 メドベージェフが最初に北方領土に行ったのは2010年で、2年前です。2
010年というのは第2次大戦終了65周年です。メドベージェフが9月に国後
に行く前、その年の5月9日、ソ連というかロシアでは対独戦勝記念日ですが、
その第2次大戦終結65周年の式典が5月9日モスクワで開かれた。このとき欧
州戦線に参加した各国の代表がモスクワに集まり赤の広場で軍隊のパレードを観
る式典があったのです。
 
 その赤の広場で、イギリス、フランス、さらにはアメリカの海兵隊が歴史上初
めて行進し、さらに式場にはドイツのメルケル首相も臨席した。つまり第2次大
戦後の敗戦国も勝戦国もすべてが集まってその式典を見守ったということです。

 この式典を考えると、こういう式典が今アジアで行われることは考えられない。
逆に言うと第2次大戦後の処理がヨーロッパでは、いろいろ批判や不満があって
も、とにかくみんなが集まって終わりましたねということができるのに比べ、ア
ジアでは全くできていない。
 
 実はこの式典にアジアからの代表が1人出席していましたが、それは胡錦濤で
す。戦勝国の一角を占める人物として胡錦濤がいたわけで、その胡錦濤がメドベ
ージェフに「どうしてアジアではこういうものが開かれないのだろうか」とロシ
ア側に言ったのです。ロシア側は、それを考慮して第2次大戦終了記念日を9月
2日と決めます。その決めたことに対して日本側は、これは挑発であると大きな
騒ぎになった経過があります。ロシア側にすると、中国がやれというからやった
のにという感じなのです。
 
 それではどうしてこの3つの領土問題が、この65周年の延長線の話なのかと
いうことになりますが、欧州では第2次大戦のあと、冷戦構造が非常に早く崩れ
たのに比べて、アジアでは冷戦構造が崩れるのが遅れ、朝鮮半島ではまだ残って
います。

 もう一つ、気が付くと冷戦時代の米ソ対決構造は崩れ、ある意味、アメリカ一
極的な構造が築かれたように見えたにも関わらず、結局、アメリカがどんどん力
を落としていき、中国が大きくなってきた。
 
 東アジア全体のバランスが崩れていくなか、第2次大戦の処理をキチッとせず
に、これからどういう東アジアの秩序をつくるのかと考えた場合、そして、これ
から混乱の時代が来ると予想した場合、各国は自分の地位を主張し、権限を強化
しておかなくてはいけないのではないかと考え始めた。

 一昔前ならばアメリカが大きな顔をしていて、第2次大戦後にあったアメリカ
を中心とする秩序で、みんななるべく、ぶつかりあうのはやめましょうというこ
とで済んだと思います。ところがそうでなくなってきたことが分かってきた。こ
の傾向は中韓露の3国もしくは東アジア全体に広がる状況です。これは別に東ア
ジアだけではなくて、南西諸島もそうですし、あちこちでその問題が噴出してい
ると思います。
 
 2010年8月にロイターが、実は日本が敗戦を決定したのは原爆ではなくソ
連軍の参戦だったというニュースを流しました。このニュースは別に新しいもの
ではなく、なんでこれがニュースになるのかなという感じでした。カリフオルニ
ア大学の長谷川教授が、日本が終戦に踏み切った最大の理由は原爆ではなく、ソ
連軍の侵攻だったと、すでに本に書いています。

 このニュースを踏まえて、ロシア(ソ連)の学者が第2次大戦の処理について
という論文を発表しました。その論文は日本が終戦を決めたのはソ連軍のおかげ
であるということが書いてあるのですが、それが主題ではなく、その次に書いて
あることが主題でした。

 それはソ連軍が第2次大戦で日本と戦争したことで、中華人民共和国と朝鮮人
民民主主義共和国という国がつくられた。つまり第2次大戦後の戦後秩序の土台
をつくったのはソ連であるという言い方をしているのです。これは何を言いたい
かというと、だからロシアは今でもこの地域に新しい秩序ができる場合には発言
権があるということを言っているのです。
 
 つまり、アメリカがアジアから出て行ったあと、どうなるかわからないけれど、
この地域がなんかあった場合に「ロシアは関係ないとは言わさないぞ」というこ
とです。そうすると、「では、サンフランシスコ条約はどうなるのだ。ああなん
だ、こうなんだ」という話がいっぱい出てくる。ロシアは中国に近づいて、戦略
パートナーシップ条約とかなんとか言いながら、「そうでしょ、私がちゃんと
(あなたの国を)作ったでしょう」という。中国側は、本当はそう思ってもなく
ても、「そうですね」というような顔したりする、という駆け引きが今始まって
いるのです。
 
 もう一つはAPECを今回ウラジオストックで開催したのは、これから東アジ
アは変わってきて、誰がこの地域の中心になるかわからないが、ロシアは発言権
がありますよ、ということを主張したのだと思います。
 
 最後に、領土問題の話をするときには、今話したような長期的な動き、その裏
にあるアジア全体の流れはどうなっていて、それがどういうふうに影響している
か、ということをもう少し考えるべきだと思います。
 
 もう一つ、領土問題は2国間関係だけで考えるべきではない。つまり2国間関
係の裏に多国間の動きがある。例えば、中国が尖閣諸島に軍事上陸した場合には、
中国はものすごい外交的な損害を受けると思います。なぜならばロシアは、お前
はそういう立場なのかと思いながら、ベトナムに行って「中国はあのようなこと
をするから、お前のところも危ないぞ」というように動くのは間違いない。
 
 そのことは中国側もわかっているはずです。つまり中国側は日本との関係では
なくて、軍事占領したくても、まわりの多国間関係を考えてやめるとかを考えて
いると思います。そのほかの国もそういうことを考えている。日本はどうしても
領土問題を2国だけでどっちが悪いということをすぐ話の焦点にしますが、私は
もう少しこの地域全体、もしくは国際状態全体の中で、日本と中国がどう動くか
ということを論議すべきだと思います。

【加藤】ありがとうございました。

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