佐藤さんの中国便りをメルボルンで読む

【北から南から】

■佐藤さんの中国便りをメルボルンで読む  入江 鈴子

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 佐藤さんの中国便りを読む度に私は、25年前の私の在英当時の体験と重なっ
て思わず吹き出してしてしまうことがあります。 
 歴史や文化更に民族の気質などが全く違う英国と中国。にも拘らず、なぜか
佐藤さんの体験しておられることに、25年前の私の体験が重なってしまう。そ
のどの部分に私が吹き出してしまうのだろうか・・と、私は自分の思い出を甦
らせながら考えました。
 
経済成長がその頂点を走りはじめた1980年代の日本でした。海外進出をめざ
した大小600余りの日本企業が英国にも支社を設立し、日本人駐在員の住宅確
保や個人投資家の物件の売買などと、まるで日本資本の襲来のようにすらみえ
ました。
 俄仕立ての不動産業者や日本人ツアーを受け入れる旅行業者など次々とでき
た。が、そのマネージメントは誠にお粗末。売買済みの物件を紹介したり、物
件の住所を書いたメモを渡され、やっと探しあてた住所には物件はないなどは
日常茶飯事でした。
 
支払い済みの請求書、その領収書のコピーを見せても、なお送られてくる請
求書に苛立つ日本人。仕事の約束を守らせるために、どれ程エネルギーを消耗
したことか。当時の在英日本人駐在員とその家族のストレスは大変なものでし
た。私はB&Bをしながら彼らや日本人留学生の精神的ケアーをしていました。

 サッチャー首相の登場により労働組合は徹底的に骨抜きにされ、「日本人のよ
うに金持ちになりたかったら働け、働け」と叱咤され続けられていた英国人でし
た。店頭に並ぶmade in Japanの電化製品を驚異と羨望の眼で覗みながら、
また50ポンド札を手にした日本の高校生が、ブランド商品に群がっているのを
軽蔑の眼で見ながらも、当時の英国人の心境は誠に複雑でした。(当時は20ポ
ンド札が庶民にとって大金でした。)

 何の準備もない時に、急激に流入した他国の文化。それを受ける人間達のプ
ライドと好奇心、このミックスされた心理状態を整理する余裕もない。その人
間達の狼狽と焦りが無秩序となる。時間の長短は別として文化の交流期にみる
この現象を私は英国で充分味わってきた。「日本企業を成功させたマネージメン
トの秘密は何か」を知るために焦っていた英国人に、私は日本語を教えながら
その問いに答えていました。

 佐藤さんの中国便りに私の経験が重なる部分は「完璧主義のビジネスに徹す
る日本人を相手に狼狽する中国人と、英国でみた25年前の日本企業を相手に狼
狽していた英国人」だと思います。その狼狽がなんとも愛しいやら、じれった
いやら、で吹き出してしまうのです。
 英国人も中国人も、中味は違っても日本人には到底及ばない思考の深さと、
したたかさを持っており、日本人を見る両国民の見方も違います。にも拘わら
ず、急成長した日本経済、そのプレッシャーに堪えながら日本から学ぼうとし
てきた両国の国民の心情を私は深く察することができます。

 更に私は明治の開港と西洋文明の急激な流入時に見せた当時の日本人を想像
します。2千年の歴史に培われた西洋文明に対して、250年間鎖国をしていた日
本人が、チョンマゲ姿で狼狽と焦りで喰らいついていったその当時の日本人を。
 その当時の日本人と、25年前の英国人と更に近年の中国人などを私は自分に
投影し、その中にいる私をみて思うことがあります。そして私の中にも在る限
りない知的好奇心と、限りない愚かさをみるのです。そして再び吹き出してし
まうのです。
                (筆者はメルボルン在住)

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