児童ポルノ法改正問題の留意点

児童ポルノ法改正問題の留意点         岡田 一郎

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 一部報道によれば、自由民主党(自民党)と公明党の政策担当者は、野党時代
に国会に提出して廃案となった35本の法律案のうち7本を今国会に提出すること
で合意した。この7本には「児童ポルノ禁止法案」も含まれるという。
(「議員立法:廃案の7本を再提出へ 自公合意」『毎日新聞』2013年3月22日
http://mainichi.jp/select/news/20130323k0000m010041000c.html 2013年3月
24日閲覧)

 自公両党が提出を予定している児童ポルノ禁止法案の内容は未だ明らかではな
いが、自公両党が2011年に提出した改定案と同じものだとすると大変な問題をは
らんでいると言わざるを得ない。

 それは、年の自公案の内容が2009年6月の衆議院法務委員会における当時の与
党議員の答弁で多くの人々をあきれさせた児童ポルノ規制法改正案(自公案)と
ほぼ同じであり、当時の自公案がはらんでいた問題点、すなわち児童ポルノのあ
いまいな定義のもとでの単純所持禁止と創作物の影響に関する調査項目が手付か
ずのまま含まれているからである。
(2009年6月の児童ポルノ規制法改正論議については、拙稿「自由権を有名無実
化させる児童ポルノ規制法改正案(自公案)」『メールマガジン オルタ』67号
(2009年7月20日)参照)

 現行の児童ポルノ規制法では児童ポルノを以下のように定義している。
(児童ポルノ規制法第2条の3)

 この法律において「児童ポルノ」とは、写真、電磁的記録(電子的方式、磁気
 的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録
 であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)
 に係る記録媒体その他の物であって、次の各号のいずれかに掲げる児童の姿態
 を視覚により認識することができる方法により描写したものをいう。
 一 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態 
 二 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの 
 三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの
「三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は
刺激するもの 」(三号ポルノと呼ばれる)というのは非常にあいまいな定義で
ある。三号ポルノの規定を改定しないままその単純所持が禁止されてしまうと、
2009年6月の衆議院法務委員会で当時の野党議員から指摘されたように、女優・
宮沢りえ氏のヌード写真集や未成年の男性アイドルがコンサート中に肌を露わに
している画像を持っているだけでも罪に問われる事になってしまう。

 自分の子どもが生まれた瞬間を写した画像や自分の子どもが海水浴場で水着に
なった姿を写した写真を持っていても厳密には児童ポルノ単純所持罪になってし
まう。これでは、日本国民のほぼすべてを犯罪の容疑者にしてしまうのと同じで
ある。この文章を読んでいる方の中には、私が非常に大げさなことを書いている
と思われる方がいるかもしれない。しかし、私の危惧がそれほど的外れではない
ことを示す事件が最近起きているのである。

 今年1月12日、講談社は自社が発行する週刊漫画雑誌『ヤングマガジン』2013
年2月号の発売を延期した。同雑誌の中にアイドルの河西智美氏の写真集の告知
記事が掲載されており、その記事では写真集の表紙に採用されている上半身裸の
河西氏の胸を男児が後ろから手で覆っている写真が掲載されていた。しかし、社
内でこの写真が児童ポルノに該当するのではないかという意見が出て、雑誌の発
売が延期されたのである。

 弁護士の奥村徹氏は問題となった写真は現行法で児童ポルノに該当すると断言
しており(実際に講談社は警視庁から児童ポルノ規制法違反の疑いで事情聴取さ
れている)、もしも児童ポルノ単純所持罪が存在していれば、この雑誌が普通に
発売された場合、購入者は皆、児童ポルノ単純所持罪の容疑者となったであろう。
(この雑誌の発行部数は67万部)(上原佳久・本山秀樹「児童ポルノとグラビア
演出 境目は?」『朝日新聞』2013年1月18日付朝刊参照)

 このように普通に市民生活を送っている一般市民を簡単に容疑者にしてしまう
現行の児童ポルノの定義のもとでの単純所持禁止は大きな問題をはらんでいると
言わざるを得ない。児童ポルノの単純所持禁止を盛り込むならば、児童ポルノの
定義を児童に対する虐待の証拠物に限定する必要があるのではないか。専門家か
らも日本の児童ポルノの定義は諸外国と比べてかなり広く、三号ポルノ規定は他
の諸外国の規定を参照して見直す必要があるという声があがっている。
(高山佳奈子「論点解説『京都府児童ポルノ規制等に関する条例』『うぐいすリ
ボン』2013年2月12日http://www.jfsribbon.org/2013/02/blog-post.html

 2013年3月24日閲覧)京都府児童ポルノ規制条例では、児童ポルノの所持者を
発見した場合、まず廃棄命令を出して廃棄させ、命令に従わない場合は処罰する
ことを定めている。既に児童ポルノ単純所持罪が導入されている国では、児童ポ
ルノを一方的に送りつけられ、罪に陥れられるという事例が報告されており、単
純所持罪を創設する場合、冤罪防止のために、いきなり処罰を加えるのではなく、
京都府条例のようにまず廃棄させるという規定を設けることも、児童ポルノの定
義の見直しと共に考慮されるべきであろう。

 また、創作物の影響に関する調査については、創作物が人心に与える影響につ
いては未だ確たる実験結果は出ておらず、研究者によって見解もまちまちであり、
もし創作物の影響に関する調査が政府の手でおこなわれた場合、恣意的に影響が
あると考える研究者ばかりによる調査チームが作られて、創作物に対する検閲な
どに道を開く恐れがある。

 さらに仮に影響があるとされて、創作物までもが児童ポルノに加えられると、
児童ポルノ規制法違反の容疑者は爆発的に増加して大混乱に陥る危険性が高い。
現に、架空の未成年のキャラクターの性行為までも児童青少年法で規制対象とし、
そのような描写のあるアニメなどの所持者を処罰することとした韓国ではわずか
2ヶ月で数千人が摘発される事態となっている。
(「『2カ月間に数千人が検察行き』児童わいせつ物所持者、あまりにも多過ぎ
て…韓国」『中央日報日本語版』2012年12月24日
http://japanese.joins.com/article/487/165487.html?servcode=400&sectcode=
430 2013年3月24日閲覧)

 常識的に考えて、ヤクザ映画を見た者が皆ヤクザになるわけでも、サスペンス
ドラマを見た者が殺人犯になるわけでもない以上、マンガやアニメを見た者が性
犯罪者になるというのも考えにくい。創作物の影響に関する調査条項は不要であ
る。

 なお、2011年に民主党は児童ポルノの単純所持ではなく、「有償かつ反復して
取得」することを罰し、児童ポルノの定義から医学などの「学術研究の用に供す
るもの」や「架空のものを描写した漫画、アニメーション、コンピュータゲーム
等」を児童ポルノの対象から外す改定案を国会に提出している。児童ポルノを
「有償かつ反復して取得」した者に処罰を限定すれば、一方的に児童ポルノを送
りつけられるなどして罪に陥れられるという事例を防ぐことができる。

 また、医師などが学術研究用に児童の写真を持つことや実在の犠牲者が存在し
ないマンガやアニメは児童ポルノ規制法で処罰する必要はない。また、民主党案
には被害児童のケアに関する規定も設けられていた。民主党案の方が自公案より
児童ポルノ規制法の問題点をよく理解した優れた法案であったといえよう。しか
し、2012年の解散で自公案と共にこちらも廃案となってしまった。

 また民主党案の作成に尽力した国会議員の多くがその後民主党を去ってしまっ
た。だが、民主党案はこのまま捨て去るには惜しいほどの優れた内容である。民
主党は2011年に作成した民主党案を今後も提唱し続けて、児童ポルノ規制法をよ
り良い内容にするべく努力を続けてもらいたいと思う。

 なお、児童ポルノ規制法は議員立法で成立した法律した法案であり、これまで
全会派の賛成で改正が続けられてきた。自公案と民主党案ではへだたりが多いが、
自公が数の力で一方的かつ拙速に議論や採決を進めるのではなく、粘り強い話し
合いによって、児童ポルノ規制法の本来の立法趣旨である児童ポルノを根絶し、
児童を性的虐待から救済するために真に役に立つ法律にするための努力を続ける
ことを全国会議員に要望するものである。

 最後にこの問題に関するマスコミおよび創作物業界の取組みについて述べたい。
一部のマスコミ人の中には他の先進国で児童ポルノ単純所持罪が導入されている
一事を以って、日本でも単純所持罪を導入すべしと主張している。しかし、諸外
国と日本では児童ポルノの定義が異なり、日本の定義が諸外国と比べてかなり広
い以上、単純所持罪導入にあたっては定義の見直しが必要である。

 定義の見直しが行われなければ、国民誰もが容疑者になってしまい、児童ポル
ノ単純所持罪は児童ポルノ根絶に資するどころか、単に警察が捕まえたい人間を
捕まえたい時に別件逮捕用に用いる罪になってしまう。
(元検事の落合洋司弁護士はその危険性を指摘している。主催:特定非営利活動
法人うぐいすリボン 共催:コンテンツ文化研究会 「サイバー犯罪と刑事捜査
を考える~児童ポルノ単純所持規制の論点~」2013年2月20日、於参議院議員会
館・講堂における落合洋司弁護士の発言より)

 しかし、単純所持罪の導入を要求するマスコミ人は何故か定義の違いについて
は全く触れることがない。
 定義の違いも理解しないまま単純所持罪の導入を要求しているとするならば、
マスコミ人として不勉強のそしりは免れないし、定義の違いを理解しながら、自
分は警察からお目こぼしがあるに違いないという思い込みで単純所持罪の導入を
要求しているとすれば、言語道断である。

 また、児童ポルノ規制法は創作物業界にも大きく関わってくる法律であるにも
かかわらず、講談社の『ヤングマガジン』2013年2月号の発売延期に見られるよ
うに、法律に対する理解が浅いとしか思われない事態を業界が発生させているの
は、あまりにも自分たちの仕事と社会に対する関係に無関心すぎると言わざるを
得ない。

 そして、このような創作物業界の無関心さが、児童ポルノ規制法自公案に執拗
に創作物の影響に関する調査条項が設けられる原因となっている。自民党内でも
マンガ・アニメなどの創作物を児童ポルノ規制法で規制するには「根拠が乏しい」
という声があがった時期もあり(高村武義「マンガ包囲網─政官業民一体で推進
される表現規制の多重構造─」『アックス』81号(2011年6月)、228頁)、創作
物業界が早くから実在の被害者が存在しない創作物を児童ポルノ規制法で規制す
る不当性を政治や社会に対して広く訴えていれば、創作物規制の危険性を早い時
期に除去出来ていた可能性は高い。

 マスコミや創作物業界もまた児童ポルノ規制法の立法趣旨を今一度よく理解し
たうえで、その実現のために各人が何が出来るかを考えて欲しいと思う。

2011年提出の自公案と民主党案
・自公案
 http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g1730100
5.htm
・民主党案
 http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g1770102
3.htm

 (筆者は小山高専・日本大学・東京成徳大学非常勤講師)
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