八つ場ダム現地レポート

■ 八つ場ダム現地レポート          まさの あつこ

-動き始めた「ダムによらない治水」-

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「八ツ場ダム・上越自動車道に関する意見交換会」が小渕優子少子化担当大臣(
2009年1月18日当時)を迎えて行われたのは丸一年前。大臣の両脇を国交省河川
官僚と県議ら自治体政治家が固め、フロアから"住民"を標榜する長野原町議らが
八ツ場ダム早期完成を訴えた。このヤラセ構造は変わったか?

〈1月24日、「これより先 連合役員及び関係行政機関以外 立ち入り禁止」―
―200席ほど用意された八ツ場ダムに係わる国土交通大臣との意見交換会場の前4
列目の脇に置かれた小さな柵が、八ツ場ダム問題に揺れる長野原町にある「見え
ない壁」を物語っていた。「連合」とは「八ツ場ダム水没関係5地区連合対策委
員会」役員、「関係行政機関」とは長野原町、群馬県、国土交通省のことである。

 見えない壁は場外にもあった。国交省の主催者発表では、「長野原町、東吾妻
町の住民と前原国土交通大臣との意見交換会」を「公開」で行うとされた。とこ
ろが、実際は「連合」が仕切り、「八ツ場ダムに係る水没地区住民と国土交通大
臣との意見交換会」にすり替わった。参加は申し込み制となり「水没地区住民」
のみ可。

 それ以外の住民には「案内すら来なかった」(地区外住民)と不満を募らせ、
来ても場外のモニター室に誘導され、入場できなかった。その数は20名程度だっ
たという。それなら緑色のストラップ札を首から下げた行政職員が座っても埋め
きれなかった空席の数より少ない(写真163)。柵の後ろの「一般町民席」に座
った青いストラップを下げた町民を数えると百人前後に過ぎず、人口6563人の十
分の一にも満たない。

 水没地区の住民の心境も複雑だ。町の中心部に暮らすある経営者は、「一部で
も水没地が含まれている地区だからか案内は来たが、参加しない」という。その
理由を「ダム中止に反対ではない人間として手を挙げられるなら責任重大だから
行くが、意見を述べるのは代表者だけと案内にあった。『中止反対』の頭数にさ
れるなら出ても仕方がない」と述べた。意見が言えるのなら「八ツ場ダムを受け
入れると町にどういうお金が入るのか、自民党時代は一部の政治家やその周辺の
人しか知らなかった。生活再建事業についてもよく知らない。それを公開して欲
しい。悪影響を受けたのは水没地区だけじゃない」と言いたかったという。二桁
の従業員を抱え、実名を出せないと述べる。

 会場を訪れた一住民は、「大臣は前回9月23日のお彼岸に来たことでお叱りを
受けたと謝ったけど、謝る必要はない。ダムに反対して死んだ祖先は喜んだはず。
被害者面をする水没予定地には腹が立つ」と、苦々しい思いをはき出した。ま
たある住民は「中止になったらこうだという決断をして案を示して欲しい。町長
も今日の『予算がない、人口も減った』という話を聞いて決断しないとただの人
だ」と報道陣に語った。両者ともダム反対のスタンスが明らかだが、発言をする
つもりはなかったという。意見交換会は物理的な壁と共に、心理的な「見えない
壁」によって幾重にも排除・牽制された括弧付きの「公開」だった。

 しかし、政権交代による変化の淡い兆しが見えないわけではなかった。大臣の
政策転換の説明後、住民側の最前列に陣取った大澤正明群馬県知事、連合委員長、
高山欣也長野原町長、茂木伸一東吾妻町長の一方通行の挨拶が延々と続いた後、
司会者が「いい状態で意見交換が進んでいます。これから先もこの状態で、意
見交換に支障がないようにお願いします。もし支障があるようなことがあります
と、退場になることもあります」と牽制のアナウンスを行ったのだ。息を潜めた
住民感情が爆発する可能性にダム推進派の方が、疑心暗鬼になっていたのだ。


□町議も受注企業も名乗らない"住民"


 両脇に馬淵澄夫副大臣と三日月大造政務官を従えた前原大臣が語った政策変更
の説明は9月以来、国会でも説明をしてきたことの繰り返しだった。人口減少、
少子長寿化、借金増大の3つの制約を挙げ、「コンクリートが悪いわけではあり
ません。必要な公共事業はやらせていただきますが、社会保障を充実させ、地域
への公共事業を圧縮する」というものだ。

 対する住民側は「ダムが中止になった場合の論議はしない」の感情論や「ダム
早期完成」要望に加え、条件提示も見え隠れする。12名が意見を述べたが4つに
分けられる。

 一群(3人)は川原湯温泉の代表。樋田省三・川原湯温泉観光協会長は「ダム湖
をなくしてと言われてもすぐに切り替えることはできない。打撃を考えて補償を」
と。豊田明美・川原湯温泉旅館組合長は「ダムの検証結果に影響されずに、生
活保障や営業保証など早急に安心した生活ができるよう」と。7軒旅館のうちも
う一軒が未買収用地の買収を要望したが、新聞紙面などで「ダム中止賛同」を語
り始めた旅館主の発言はなかった。

 もう一群(4人)は"町議"と名乗らない町議達だ。今回は定数10名の議会から4
町議が登場。全員が「八ツ場ダム対策特別委員会」所属。浅沼克行委員長を始め、
TVでも"住民"としか名乗らない星河由紀子町議、それに全議長を務めた冨沢吉
太郎町議までが"農業を営む富沢"と、公職を名乗らなかった。12人目の意見陳述
者に到っては、司会者も本人すらも名を紹介しなかったが、以前、筆者が町議会
を傍聴した際、「名刺はない」と言って「萩原銀悟郎」と名乗った人物だった。
が、今回、確認してビックリ、「正式には豊田銀五郎」(議会事務局)という名
前だという。

 しかも前副議長だ。取材者に偽名もしくは通称を使い、意見交換会では名乗り
もしないことは問題外として、そろいもそろって4人全員が"町議"という公職を
名乗らない。「住民の思いを踏みにじる行為」(富沢)、「大臣が言った3つの
制約をクリアしてダムを完成させてください」(豊田)など個人でも言えること。
それなら自由に個々人に発言をさせるべきだったのだ。

 もう一群(4人)は川原湯以外の地区代表。一人は商工会の代表として「企業
の損失補償」を要望し、一人は「下流都県の知事の意見反映」を訴えた。林地区
を代表した篠原茂ダム対策委員長は1990年に設立した測量会社を林地区で経営す
る社長でもある。同社は、筆者が入手した資料に限って見ても、八ツ場ダム関連
で「地すべり・地下水位観測」業務等を2001年に1800万円(落札率98.36%)、
2002年に1880万円(同97.41%)、2003年に1720万円(同94.51%)、2004年に1390
万円(同86.93%)、2005年に1020万円(同97.42%)、1380万円(同93.24%)と
安定受注を行ってきた。

 ダム中止で打撃を受けかねない企業だが、篠原氏はその影響には触れず、「我
々はダム建設を受け入れて協定が結ばれてから40年間。正直言って何もしていた
だけなかった。(略)群馬県の仲介によってやむを得ず今日ここ(意見交換)ま
で来ている。(略)我々の50年間はなんだったんでしょう」と訴えた。受注企業
主であることを何故名乗らなかったのかとの筆者の取材に篠原氏は「役員として
住民を代弁したのみ。個人の会社について言う必要はない」と述べる。

 最後の一人の例外が「ズサンなムダ遣いと公務員法違反がある。会計検査を入
れて膿みを出していただきたい」と訴えた農業の金子宏氏だ。唯一、誰をも代弁
しない一住民だ。
  ほとんどが地区代表と町議、こんな意見交換会で十分だったのか、との筆者の
問いに、前原大臣は、「5地域の委員会で人選をされ、今回、初めて意見交換に
応じていただいた。今後、さまざまなルートで住民の気持ち、私どもの思いの意
見交換を引き続きやっていきたい」と述べた。


□一存で公開できる治水会議


 一方、霞ヶ関で開催し、大臣の一存で公開も可能だった「今後の治水対策のあ
り方に関する有識者会議」(座長中川博次京都大学名誉教授)は非公開である。
終了後に議論の経過を政務官が記者に説明をし、発言者名を伏せて議事を公開す
る。「ダムにたよらない治水」へ政策転換するとして大臣の諮問機関として昨年
12月に開始。しかし、ダムにたよらない治水を主張してきた学者は一人も含まれ
ていない。

 第二回目(1月15日)には二人の有識者を招いた。一人は淀川流域委員会のオー
プンな運営法を確立した元河川官僚の宮本博司氏。一人は嶋津暉之・水源開発問
題全国連絡会共同代表。東京大学大学院から東京都環境科学研究所の職員時代、
その退職後も一貫して住民運動を支援し、ダム行政の壁と対峙してきた。両者と
も公開を要望したが叶わなかった。

 宮本氏は会議公開の上に傍聴者すら発言できる環境を整えたことで、ダムは原
則建設しない、の提言を産みだした実績を踏まえて、欠席を決断した。「治水の
考え方を大転換するのであれば、その議論を公開して国民を巻き込まなければ実
効性が伴わない」と懸念する。出席した嶋津氏は、「委員は概ね私の考えに近く、
ダムに頼らない治水をやろういう方向へ進もうとしていると実感した。しかし、
中身が伴うのか」と懸念する。会議は今後も「混乱を避ける」という理由で非
公開だ。

 見えない壁で言論統制された長野原町。物理的な扉一枚で混乱を抑えようとす
る霞ヶ関の会議。どちらも前政権の遺物である。こうしたあり方が変わることが
「ダムによらない治水」への一歩でもある。国民が注視できる環境を整えてこそ、
政策転換は人々に浸透する。それができないなら、その政策転換はニセモノで
ある。
                (筆者はジャーナリスト)

 (注) この原稿は「週刊金曜日」のご好意により提供をいただき、著者の承
      諾を得て掲載したものです。

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