八尾オンドルパンのハルモニと私の奮闘記

■【北から南から】
大阪から  高齢者だって喧嘩もすれば恋もする     除 正 寓

~闘う介護・八尾オンドルパンのハルモニと私の奮闘記~

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◇(1)福祉制度は必要悪


   高齢者の介護についてさまざまな本やパンフレットが出版されていますが、
私にいわせれば原点はただひとつです。それは「自宅」の再現です。要するに高
齢者にとって、もっとも適した環境は長年住み慣れた家族とともに暮らす自分の
家なのです。介護保険制度をはじめとする役所の福祉制度がなかった時代、高齢
者の介護は地域と家族によってまかなわれていました。この時代、多くの高齢者
は自宅で息を引き取って人生を終えていたのです。介護の担い手は家族と地域の
人たちだったのです。
 
  ところが、日本が戦後高度成長時代を迎え、若者は故郷を後にして、都会に働
きに出、その地で新たな家族を形成するようになり、故郷の両親を介護すること
は不可能になりました。都会で仕事に成功したからといって、年老いた両親を都
会に呼び寄せても、初めての環境になれることは困難です。結局、高齢者は長年
住み慣れた故郷に残ることとなります。このように戦後、人々の生活が豊かにな
ることと引き換えに高齢者の生活環境は悪化の一途をたどってきたのです。これ
は個人の努力ではどうしようもなく、戦後の日本社会が生み出した一種の社会矛
盾であることから、高齢者の介護は社会全体でまかなうこととなったのです。
 
  私の勝手な言い方で表現すれば、現行の高齢者福祉制度(介護保険を含む)と
は、必要悪以外の何者でもないと思うのです。本来なら、高齢者は家族に囲まれ
て、自宅で人生を全うできたはずです。それをできなくしたのは経済成長優先で
猛進し、家族を引き裂いて高齢者を孤立させた戦後日本のありようだと思います
。行政の福祉制度とは、このような社会矛盾を補完する、つぎはぎのようなもの
です。ですから、福祉制度が充実してきたと役所が自慢するのは本末転倒で、行
政が貴重な税金を使って制度を維持しなければならないところまで、社会矛盾が
深化してきたというのが本質だと思うのです。
  
  現在の高齢者介護の制度は、その大半を介護保険制度でまかなっています。介
護保険制度が生まれる以前の制度は。いわゆる「行政処分型」という言葉で表現
されるもので、役所がすべてまかなう方式でした。しかし、この方式では職員を
公務員として採用するなど経費がかさみ、少子高齢化社会に対応できません。ま
た、この方式では、役所仕事の「公平」という原則から、介護の質がすべて「同
質」になりがちで、多様な介護を実現することが困難になります。このような観
点から市場原理を導入し、自由で多様な介護を創造する目的で、介護保険制度が
生まれたとされています。いわば民活路線の延長といっても過言ではありません

  介護保険制度創設の目的は以上のとおりですが、私の印象では前者の安上がり
介護の実現に重きが置かれているように思われます。したがって、行政は介護の
原点(在宅)よりも安上がりと、さらには自分たちの利権(天下りと権限の拡大
)に介護保険制度を利用しようとしているとしか思えません。そのため、介護の
現場では随所にその矛盾が現れています。


◇(2)鉄筋コンクリートか古ぼけた長屋か


  オンドルパンは、古い文化住宅の1階を3軒続きで借りて施設に利用しています
が、通常役所はこのような施設をなかなか認めようとしません。私が文化住宅を
施設にしようと決めたのは、すでに説明した介護の原点、つまり自宅に限りなく
近い環境を再現しようと考えたからです。オンドルパンに通うハルモニたちの自
宅は、その大半が文化住宅で、中には戦後鶏小屋を改造して作られた借家に住ん
でいる人もいます。普通の通所介護(デイサービス)施設は、マンションの1階
を借り上げて、ワンフロアーとして利用したり、また特養(特別養護老人ホーム
)や老健(介護老人保健施設)を併設しているところはその中のフロアーを利用
しています。いずれにしても、鉄筋コンクリートの中で、広いワンフロアーに、
椅子やテーブルその他の備品を設置して運営しています。
 
  これに対して、オンドルパンは文化住宅を利用していますが、ここで文化住宅
について若干の説明をしておきます。関西に在住している人ならたいていはご存
知なのですが、関西以外には文化住宅というものは存在しないそうなので・・・
。文化住宅とはアパートの玄関がひとつで、廊下を挟んで各家の入り口があるの
に対して、文化住宅は一軒、一軒玄関が独立しているもので、そのほうが「文化
的」との考えから生まれた借家の形態だそうです。とはいっても、いまどき文化
住宅に住んでいる人の大半は高齢者で、若い人はまず文化住宅に住もうとはしま
せん。ですから現存する文化住宅はいずれも老朽化が進んでいます。
 
  話を元に戻しますが、古ぼけた畳と土壁、細切れの部屋、これがハルモニたち
の長年住みなれた自宅の環境なのです。ワンフロアーの鉄筋施設はたしかに清潔
感があり、立派ですが、高齢者にとっては決して落ち着ける環境とはいえません
。ましてや、疲れたときちょっと横になろうとしても、タイル張りの床に寝転ぶ
ことはできません。その際にはスタッフを呼んで、ベッドのある休養室に案内さ
れるのですが、ちょっと横になりたいのに、そこまでされるとどうしても遠慮し
てしまいます。たたみの部屋なら、だれに気兼ねすることもなくそのまま、横に
なれます。オンドルパンでは、冬にハルモニたちがコタツで横になりながらおし
ゃべりをしています。お行儀なんて関係ありません。そこが自宅のいいところな
のです。
  
  ところが、通所介護事業の認可権限を持つ、行政(この場合は都道府県)の指
導方針は「ワンフロアー」。理由は、高齢者に事故があった場合、即座に対処で
きるから。笑ってしまいます。事故とは転倒、誤嚥(喉に食べ物などを詰まらせ
ること)などのことです。介護の現場を経験すればだれでもわかることですが、
たとえ、ワンフロアーの部屋であったとしても、これらの事故を未然に防ぐこと
は不可能です。また、ワンフロアーでなくても、介護のスタッフが常駐して、見
守りをしている限り、これらの事故は即座に発見し、適切な処置をとることは可
能です。要は、施設の形状の問題ではなく、介護に携わるスタッフの質の問題な
のです。こんなことにこだわる暇があるのなら、むしろ高齢者にとっての快適さ
を追求すべきなのです。
 
  この点については、実は事業所側の問題もあります。行政のこのような指導に
疑問を抱くことなく、むしろ経営的視点からワンフロアーをよしとする考えもあ
るのです。まず、高齢者を数少ないスタッフで見守るには、ワンフロアーのほう
が確かに有利です。ただしここには高齢者のプライバシーや人権という観点はあ
りません。あるのは経営的視点からの管理的発想です。ついで、費用対効果の問
題があります。デイサービス施設は、受け入れる高齢者の人数の基準があり、一
人当たり3平米が基本です。これは玄関、トイレ、風呂などを除く居室部分が対
象です。するとオンドルパンの場合は、狭い文化住宅を3軒借り入れているため
厳寒、トイレ、風呂もそれぞれ3箇所あり、また押入れもたくさんあります。

 つまり受け入れ基準に換算できない不要なスペースが多く、その分経費が無駄
になります。これに対して、ワンフロアーの場合はまったく無駄なく必要なスペ
ースがとれ、経営的にも効率がよくなります。ただし、ここでいう無駄とは、行
政の認可基準を想定したものであり、私はトイレや押入れがたくさんあることが
高齢者にとって無駄とは考えていません。一見無駄と思えるスぺースこそ、高齢
者にとっては居心地の良さにつながるからです。 要するに、現場を知らない行
政の指導と経営を優先する事業者の思惑が奇しくも一致した結果であり、両者に
共通する視点は介護ではなく、まさに「管理」なのです。


◇(3)役所の理不尽な指導と締め付け    


  オンドルパンはデイサービスとともに訪問介護事業を行っています。訪問介護
は基本的には高齢者の自宅を訪問し、必要な援助を行うもので、掃除、調理、買
い物、入浴など生活に欠かせない動作をヘルパーが行います。この訪問介護の中
には病院への通院も含まれます。自力で歩行が困難な高齢者を援助することが目
的なのですが、この場合施設の自動車での送迎は認められていません。信じがた
いことですが、夏の暑いときも、真冬の木枯らしが吹きすさぶときも、そして土
砂降りのときもそうです。タクシーや公共交通機関は認められています。しかし
、タクシーは当然のこととして、かなりの費用がかかりますし、電車やバスでは
、駅やバス停までの道のり、そこからさらに病院までの道のりがあります。デイ
サービスでは施設の自動車で送迎できるのに、病院や買い物には使えないのです
。まったく矛盾しているとしかいいようがありません。
 
  その他にもおびただしいばかりの記録の仕事があります。こんな記録がなんの
役に立つのかと疑問を持たざるを得ないものがたくさんあり、しかもこれら記録
ができているかどうか、毎年「情報公開調査」なるものが行政によっておこなわ
れます。調査する簡単な、というよりもいい加減なものですが、おびただしい記
録をそろえる現場側の労力は大変です。ちなみに、この調査は1~2時間程度で
終了しますが、1回につき6万円の費用は事業所が負担しなければならず、さらに
調査する機関は行政の天下りが居座る団体です。今年から介護予算が少し上がり
ましたが、裏できっちりと抜かれているのです。


◇(4)闘う介護


  このように行政の理不尽はいたるところに存在します。しかし、許認可権限を
持つ行政に反論し、抗議する事業所はきわめてまれです。そのまれな存在の中に
オンドルパンがあります。つい最近も、通所介護事業の更新(最近開始された制
度)のため、指定された日時に大阪府の担当部局に行きました。更新といっても
、所在地、連絡先、事業内容の変化の有無を確認するだけのきわめて簡単なやり
とりで終了したのですが、帰り際に大阪府の担当者から、更新が確認された証明
書を受領するために指定された日時に来るようにと指示されました。私はとても
じゃないがそんな暇はない。第一郵送でなく、受領に来なければならない必然性
が理解できない、と反論しました。すると後日連絡があり、郵送でも良いとの回
答をえました。しかし、制度が変わったわけではありません。おそらく私たちだ
けに対する特別措置だと思います。要するに出向かなければならない根拠を説明
することができないのです。
 
  しかし、他方私たちの側に問題がないわけではありません。私はこのように、
事あるたびに行政に抗議しますが、それを傍らで見る事業所のスタッフはいつも
不安げな面持ちです。長いものには巻かれろといわんばかりの人間がこの世界で
は大半です。そのような私の方針についてゆけないスタッフは、結局辞めていか
ざるを得ず、現在は私の息子たちを中心に事業所を運営しています。息子たちは
、幼い頃から私の生き方をよく理解しており、今では私の最大の同志でもありま
す。
  ハルモニたちの生活と権利を守るためには、それを阻害するもとたちと闘わざ
るをえません。闘いをやめることは、権力におもねることであり、それはイコー
ルハルモニたちの敵になることだと考えています。

         (通所介護・訪問介護八尾オンドルパン代表)

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