【オルタの視点】

「共 謀 罪」とは何か

小池 振一郎


◆◆ 1 共謀罪法案とは

 政府が「テロ等組織犯罪準備罪」などと称する共謀罪法案は、「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」の活動として、一定の犯罪を2人以上で「計画」(共謀、合意)した者は、そのいずれかにより「準備行為」が行われたときは、全員を刑に処するとするものである(法案6条の2第1項)。
 犯罪の主体は、2人以上で「計画」した個人であり、「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」ではない。
 犯罪行為が、「組織的犯罪集団」の活動としての一定の犯罪の計画である。
 「組織的犯罪集団」とは、一定の犯罪の実行を共同の目的とする団体のことである。

 一定の犯罪には、組織的逮捕監禁、組織的強要、組織的虚偽風説流布・偽計信用棄損・業務妨害、組織的威力業務妨害、組織的詐欺、組織的恐喝、公正証書原本不実記載、傷害、窃盗、背任、横領、強制労働、特許権侵害、商標権侵害、脱税、著作権侵害、営業秘密の不正取得、児童ポルノ不特定多数提供、詐欺破産等々、様々な一般的犯罪類型がたくさん入っている。組織的殺人等の凶悪犯罪に全く限定されていない。

 これらの犯罪の実行を目的とする団体といっても、その目的は2次的な目的でもよいとされている。その団体を、「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と称することに飛躍がある。

 そもそも、条文の中に、「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と銘打つ必然性は全くない。これまで3度廃案となった共謀罪法案は、単なる「団体」とされていたが、今度の法案にわざわざこのような枕詞をつけたのは、ためにするものであり、単に、国民に、自分たちとは関係ないと思わせるための偽装でしかない。法案としてはみっともない。

 計画に基づき、何らかの外形的行為があれば、「準備行為」となるが、準備行為の範囲があいまいである。銀行からお金をおろすとか、下見するとかの例が挙げられるが、外形的行為だけでは、合意に基づくかどうか、わからない。行為者の内心ないし思想傾向、あるいは行為者が属する集団の性格などに基づいて捜査官により判断される。結局、「準備行為」の評価は、その目的(合意内容)による。

◆◆ 2 市民団体、労働組合、NGOも「組織的犯罪集団」とされる

 前記犯罪は一般市民に関係ないか。
 2016年11月、沖縄の高江での基地反対運動のリーダー山城議長が、威力業務妨害罪などで逮捕され、5か月勾留され、現在公判中である。同年1月、ブロックを何百人で積んだ(数日後に撤去)行為などが問われている。
 法案が成立すれば、座り込みに参加している人たちが、組織的威力業務妨害を実行する「組織的犯罪集団」とみなされ、座り込みを計画すれば、計画だけで組織的威力業務妨害共謀罪とされる恐れがある。

 犯罪の主体は、2人以上で「計画」した個人であるから、団体外の議員やジャーナリスト、弁護士たちが山城議長に座り込みを提案することにすれば、これらの個人にも共謀罪が成立する恐れがある。

 その運動を記事にして激励しようと編集会議を開けば、団体の「不正権益」(団体の威力に基づく一定の地域又は分野における支配力)のために「計画」した編集者たちが、組織的虚偽風説流布共謀罪に問われる恐れがある(法案6条の2第2項)。琉球新報、沖縄タイムスがこれで脅されることも想定される。この規定は、団体以外の者が主体となることが主に想定されている。

 従軍慰安婦報道に対するNHKへの圧力や朝日新聞攻撃をみれば、スクープ報道に対して、組織的虚偽風説流布・偽計信用棄損・業務妨害罪などに問われ、その編集会議がこれらの共謀罪として捜査されたり、その脅しの攻撃を受ける恐れがある。

 張り込みに向かう記者に対して、「頑張って問い詰めよう!」と激励する編集者らが、組織的強要共謀罪とされる恐れがある。
 ステッカー貼りが建造物損壊罪とされた判例があるが、その計画をするだけで組織的建造物損壊共謀罪とされる恐れがある。
 会社経営破綻を予測しながら取引を続け、組織的詐欺罪とされた例があるが、その経営会議が組織的詐欺共謀罪とされる恐れがある。有価証券報告書に利益を過大に報告する相談をすれば、その会計課会議が金融商品取引法違反共謀罪とされる恐れがある。

 消費者団体がブラック企業の商品不買運動を組織しようと相談すれば、組織的威力業務妨害共謀罪とされる恐れがある。
 えん罪事件を担当する弁護士がアリバイ証人と証言の打合せをすることが偽証共謀罪に問われる恐れがある。再審無罪となった徳島ラジオ商殺し事件では、アリバイ証人が実際に偽証罪に問われた。偽証かどうか決めるのは捜査機関である。捜査側は有罪という前提で対応するから、打合せしただけでまだ証言もしていない段階で偽証共謀罪に問われれば、弁護活動の決定的な支障となる。

 労働組合活動にも大きな影響がある。
 労働組合が、「明日の団交では、要求貫徹まで社長を帰さない」と相談する。実は、社長が誠実に対応するか、不誠実な、挑発的な態度に終始するかで、団交のやり方が変わってくる。誠実な対応なら、短時間で終了するかもしれないが、委員長も想定できない。どういう状況になるか、団交してみないとわからない。にもかかわらず、団交する前に、「徹底的に追及しよう」というビラを作成(準備行為)すれば、組織的監禁共謀罪、組織的恐喝共謀罪とされる恐れがある。その嫌疑で、組合事務所を捜索差押するだけで、十分組合運動を弾圧することができる。

 ピケッティングは、ストライキに際して、スト破りの労働者の就労や製品の出荷をスクラム等の実力で阻止する行動である。争議行為の実効性確保の要請から来る労組法上の団結権、争議権保障と組織的威力業務妨害の衝突する場面である。実際にどのようなピケになるか、組合員や脱退組合員に対するものか、それとも、非組合員や管理職に対して、説得を超えて妨害するものか、やってみないとわからない。スクラムを組んで代替労働者の入構を阻止する行為も、説得の機会を作るための予備的行為として許されるとして、一定範囲の実力ピケを正当と認める判例もあり、「諸般の事情を考慮に入れて、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならない」とするのが最高裁判例である。ところが、ピケの実行前に、その計画段階で、組合会議が組織的威力業務妨害共謀罪とされる恐れがある。

 労働組合活動に限らず、以上に上げた例は、一見、構成要件に該当するように見えても、現場での対応を見て、他の憲法等の理念と比較考量して、犯罪か否かの総合的判断がされるものであり、最終的には裁判所の判断による。一義的に犯罪になるわけではない。しかし、計画段階では、まだ実行されず、どう発展するかわからないから、実際に比較衡量して総合的判断をすることができない。判断材料がないのである。「身体を張って通さないようにしよう!」と相談しても、「身体を張って」とはどの程度か、誰もわからない。違法とも合法ともまだ決められないのに、計画段階で、警察が一方的に犯罪と決めつけ、捜査することになる。

 後に裁判で、正当行為(刑法35条)であり違法性はないとして無罪になっても、捜査側が違法とみなして捜査報告書などで捜索差押令状、逮捕状、勾留状を請求すれば裁判所は簡単に発令するのが今の実務である。
 情報収集するだけで目的を達すれば、起訴までする必要もないし、起訴して無罪判決が出てもいいのだ。あるいは、捜索するぞ、という脅しだけでも、団体を委縮させ、団体に壊滅的打撃を与えることができる。

 こうして、しゃべらないようにしよう、団体には関わらないようにしようという萎縮社会が実現する。労組加入を躊躇させ、労働組合の団結権を破壊する効果は十二分にある。

◆◆ 3 共謀罪の刑事法原則破壊

 犯罪の結果が発生して処罰するのが既遂、結果が発生しなくても実行行為がなされて処罰するのが未遂、実行行為の前の犯罪発生に向けた具体的危険が生じて処罰するのが予備である。近代刑法は既遂が原則であり、少なくとも、社会に有害な結果が生じる行為がなければ処罰されないというのが、歴史的に形成され、国際的にも承認されている近代刑法の基本原則である。
 共謀罪は、犯罪について話し合い・合意すること自体を処罰する。共謀するだけで犯罪が成立する共謀罪は、近代刑法の基本原則に反する。

 「準備行為」という外形的行為はその目的(合意内容)により評価されるしかないから、結局、内心の意思が問題になる。
 共謀罪は、近代刑法の行為主義に反する。何が犯罪であり何が犯罪でないかが法律により明確に定められなければならないとする罪刑法定主義に反する。
 共謀罪という1つの犯罪が追加されるのではない。277の共謀罪が追加されるのだ。
 しかも、建造物損壊罪には未遂罪も予備罪もないのに、組織的建造物損壊共謀罪はその前の計画段階で処罰される。窃盗罪には予備罪がないのに、組織的窃盗共謀罪はその前の前の計画段階で処罰される。

 傷害罪(15年以下の懲役又は50万円以下の罰金)には未遂罪も予備罪もないが、傷害共謀罪は5年以下の懲役又は禁錮とされる。未遂も予備も処罰されないのに、共謀だけ行って実行しなかった場合には処罰されることをどう説明できるのか。既遂でも罰金刑があるのに、共謀ではなぜ懲役・禁錮しかないのか。

 強盗予備罪は2年以下の懲役、強盗共謀罪は5年以下の懲役又は禁錮という逆転現象をどのように説明するのか。強盗予備罪が成立する場合、強盗共謀罪も別に成立するのか。仮にそうだとすると、処断刑は7年になるのか。そうすると、これまでと実体は変わらないのに、2年以下が7年以下になるのか。それとも、強盗予備罪が成立する場合は強盗共謀罪が予備罪に吸収されるとすると、処断刑は2年以下になるのか。それでは、共謀にとどまった場合は5年以下、予備まで進んだ場合は2年以下という矛盾をどう説明するのか。

 犯罪を実行しても自己の意思により中止すれば刑が必要的に減刑免除されるのに、共謀しただけで実行行為を思いとどまった場合は自首しない限り刑の減免がされないことをどう説明するのか。

 このような矛盾が放置されたまま、まともな議論がなく法案が成立させられようとしている。刑事法体系が根本的に壊れる大混乱になろうとしている。法律の専門家なら、あり得ないことだ。思想信条にかかわりなく、おかしいと思う事態である。

◆◆ 4 共謀罪の立証方法

(1)立証の困難性・恣意性
 外形的には起きていない犯罪をどうして取締るか。どのように証拠採集するか。
 共謀罪の立証事項は、話し合い・合意そのものである。外形的行為である「準備行為」も、その目的たる合意そのものの立証にかかる。外形的行為だけでは、「準備行為」であるという立証もできない。
 結局、合意の事実そのものを立証しなければならない。その合意自体があいまいで、かつ、合意の変遷もしばしばあるから、いつの時点のどのような合意を捉えるか、その特定が困難な場合もある。通常の捜査方法ではその立証が困難である。
 きわめてファジーな犯罪類型であるだけに、恣意的な立証で足りるとされる恐れがあるのが、共謀罪の怖さである。

(2)直接的な立証方法
 議事録とか計画書とかがない限り、共謀の事実を裏づける直接的な物的証拠は通常ない。そうすると、共謀の直接的な立証方法は、その場で聞いたという共犯者の自白か、盗聴しかないことになる。

① 共犯者の自白
 捜査段階の自白調書が重要な位置を占める。
 自白に依存し過ぎていると国連から批判されている日本の刑事司法であるが、共謀罪は自白偏重に拍車をかけるだろう。

 取調べに弁護人の立会いを認め、司法が独立している米国など海外の諸外国と比べて、「中世」とも揶揄される日本の刑事司法である(2013年国連拷問禁止委員会で委員から「日本は“中世”」と指摘され、それに反発した日本政府代表の“シャラップ”発言の模様について、ブログ「小池振一郎の弁護士日誌」で紹介したところ、1日52,000件のアクセスがあった)。警察を監督する機関が全くない日本(ニュージーランドには、警察の不祥事を取扱う別の警察組織がある)で、共謀罪が成立したらどうなるか。代用監獄で2人に1人がウソの自白をさせられる日本である。国際人権自由権規約委員会は「代用監獄廃止のためにあらゆることをせよ」と日本政府に勧告している。この日本の代用監獄で、共犯者の自白がどれほど執拗に追求されるか。袴田事件、布川事件、志布志事件等々実例が山積しているだけに、どれほどえん罪が拡がるか、想像するだけで慄然とする。

 法案には、実行着手前に自首すれば必要的刑の減免とする規定がある。これは密告を奨励するものであり、共犯者の自白獲得を促進する。
 ひとりが準備行為をして自首すれば、準備行為をしていない者を含む話し合った全員を共謀罪として「一網打尽」にすることができるから、スパイがその役割を果たすことが考えられる。それが、仲間の間で疑心暗鬼を生む。

 4月28日衆議院法務委員会で、共謀罪の必要的自首減免規定により「えん罪の危険が増す」との指摘に対して、金田法務大臣は、「捜査では客観証拠、供述の裏付け証拠の収集が重視される」と説明した。しかし、共謀は合意だけで成立するから、客観的証拠がない場合が通常である。準備行為という要件も、それが計画に基づくかどうか、その評価はその目的による。
 2016年5月刑事訴訟法等一部改正法が成立し、特定犯罪について他人の犯罪を供述・証言することにより自己の犯罪を減免する司法取引が制度化(合法化)された。これにより共犯者を確実に合法的に不起訴にする道が開かれ、共犯者の自白が得られやすくなった。

 共謀罪は司法取引の対象となる特定犯罪とは今のところされていないが、例えば、証拠隠滅罪(同改正法により、長期2年から3年に引き上げられた)は、特定犯罪とされており、まず、証拠隠滅容疑で部下を任意取調べ、司法取引で証拠隠滅の自白調書を作成し、それに基づき会社を捜索し、上司らを含む法人税法違反共謀罪の証拠(メール、指示書など)を確保するといった運用が想定される。

 共謀罪が司法取引の対象となる特定犯罪とされれば、司法取引がフル活用されるであろう。
 刑訴法改正により、証人に不利益な証拠としない約束で証言を強制する刑事免責制度ができた。対象犯罪に限定はないから共謀罪にも適用される。これにより、共犯者の自白が強制される。また、共犯者(証人)の名前が弁護人にさえ匿名にされる証人秘匿制度ができ、その共犯者が警察のスパイかどうかの見極めもできなくなった。

 刑訴法改正により、取調べでの自白供述のビデオ録画が堂々と次々と公判廷に証拠提出される道が開かれ、共謀の事実を取調べのビデオ録画そのもので立証することが容易になった。2015年2月12日最高検依命通知は、取調べのビデオ録画の実質証拠としての提出を積極的に推進している。ビデオ録画は、取調べを規制するためには有効だが、それを証拠とすることは危険であり、公判中心主義に反する。
 自白調書の任意性、信用性を争う場合、通常、客観証拠と自白の矛盾を突く方法がとられるが、共謀罪の場合は客観証拠に乏しく、この方法で争うことが困難になるだろう。えん罪の増加が危惧される。

② 盗聴
 共謀罪は盗聴と最も親和性がある
 刑訴法改正により、盗聴法の対象犯罪が大幅に拡大した(4類型の組織的犯罪に限定されていたのが、9種類の一般犯罪に拡大)。通信事業者の立会いという歯止めもなくなった。盗聴法の対象犯罪を令状により合法的に盗聴する際に別件傍受もできるので、別件傍受により共謀罪を直接立証することもできる。違法盗聴の合法化範囲が広がれば、違法・合法を問わず、盗聴が広がる。情報収集目的で市民を監視する警察活動がますます強化されるであろう。

 金田法務大臣は、共謀罪を通信傍受の対象とすることは将来の検討課題と答弁しており、将来、共謀罪を通信傍受の対象とすることを否定していない。277件の共謀罪が盗聴法の対象になれば、「合法的」共謀罪盗聴が圧倒的に増大するであろう。部屋等に盗聴器を仕掛ける会話傍受も立法化される恐れがある。
 共謀罪盗聴の令状は簡単に出るであろうから、「合法的」盗聴が圧倒的に増大する。濫用の恐れ大といえよう。
 さらには、GPS捜査について最高裁判決が立法化を促している。防犯カメラの拡充、高性能指向性マイクの使用と相まって、情報収集中心に捜査方法が変わるであろう。警備公安警察が強化され、市民警察の中に警備公安警察的要素が強まり、監視社会への道に通じる。

(3)間接的な立証方法
 その場に居なければ、あるいは、盗聴しなければ、合意の事実の立証は困難であるから、それ以外は、間接的な立証方法に頼らざるを得ない。
 共謀の間接的な立証方法としては、これまでの団体の活動の積重ねで目的を立証し準備行為と合わせて推認するしかなく、団体員の内心ないし思想傾向、集団の性格などを日頃の活動から調査蓄積し、予め、同時並行的に、任意捜査、盗聴して、情報収集しておかなければならない。日常的な監視が不可欠である。

 2016年参院選で、大分県警が選挙活動している事務所の出入りを監視するために監視カメラを設置した事件が、違法情報収集・違法捜査として問題になり、住居侵入事件として警察官が書類送検された。犯罪の嫌疑があれば捜査対象とされるから、法案が成立すれば、共謀罪嫌疑を理由として、任意捜査を堂々と適法に行う道が促進される。日常的監視の容認、日常的任意捜査の合法化である。

◆◆ 5 国際犯罪防止条約(TOC条約)との関係

 政府は、国際犯罪防止条約加入のために共謀罪が必要であるという。
 国際犯罪防止条約(Convention against Transnational Organized Crime)は、2000年国連総会で採択され、日本も署名し、2003年に発効した。日本では、2003年国会で承認(批准決議)され、あとは外務省が通知すれば批准される運びである。

 条約の目的(1条)は、国境を超える組織犯罪(Organized Crime)の活動防止である。「金銭的利益その他の物質的利益を直接又は間接に得るため…重大な犯罪…を行うことを目的と」するマフィアなどの経済的組織犯罪集団対策である。「性質上、国際的な」、国境を超える(Transnational)犯罪が適用範囲である(3条)。

 テロ対策を目的とはしていない。「目標が純粋に非物質的利益にあるテロリストグループや暴動グループは原則として組織的な犯罪集団に含まれない」(国際犯罪防止条約を実施するための立法ガイドおよび議定書26)。「イデオロギーに係わる目的など、純粋に非物質的な目的を持った共謀は、この犯罪の対象とすることを求められていない」(同59)。

 「本条約のいかなる規定も、本条約に従って定められる犯罪並びに適用可能な法律上の犯罪阻却事由及び行為の合法性を規律する他の法的原則は締約国の国内法により定められるという原則…に影響を及ぼすものではない。」(条約11条6項)、「自国の国内法の基本原則に従って、必要な措置をとる」(34条1項)とされる。従って、日本国刑法の正当行為(刑法35条)などの諸原則は尊重されなければならないはずだが、法案にそのような視点は全くない。

 「本条約の犯罪化要件を履行するために締約国が定める国内犯罪は、必要な行為が犯罪化される限り、本条約とまったく同じ方法で規定される必要はない」(条約11条6項)。「これらのオプションには、関連する法的な概念を持たない国が、共謀罪および結社罪のいずれの制度も導入することなしに、組織犯罪集団に対して有効な措置を講ずることを認める余地がある」(立法ガイド51)。「犯罪の規定は、締約国の国内法に委ねられる」(同68(e))。従って、日本は共謀罪を作らなくても、条約加入できる。

 本条約立法のために新たな共謀罪を立法した国はノルウェーとブルガリアのみと言われるが、ノルウェーは組織的犯罪集団について「犯罪行為を行うことを主な目的としている、またはそのような行為を行うことがその活動の大部分を占めている3人またはそれ以上の人々で組織された集団のこと」と定義し、ブルガリアは共謀罪の適用範囲を事実上マフィアに限定し、テロ組織は除外している。

 ドイツ刑法は、犯罪を目的として団体を結成した者及びそれに参加した者を処罰するが、その犯罪目的は第1次的目的である必要があり、2次的目的に過ぎない場合には適用されない。
 このような限定は、法案には一切書かれていない。団体の一部のメンバーが犯罪を始めることにした場合は適用対象とされるという判例(平成27年9月15日最高裁決定)もあり、法案では2次的目的でも共謀罪が適用される。しかも、日本で処罰している準備的行為の範囲は、多くの諸外国より広い。

◆◆ 6 政府答弁のウソとゴリ押し

 安倍首相は、「『テロ等組織犯罪準備罪』は、以前の共謀罪とは異なるテロ対策新法である。構成要件を絞り、対象団体を『組織的犯罪集団』と限定し、『準備行為』という処罰条件まで付加した。これを共謀罪と呼ぶのは全くの誤りである。」と強弁するが、「組織的犯罪集団」とは名ばかりで、一定の犯罪を(2次的でもよい)目的とする単なる団体に過ぎず、「準備行為」も何ら限定的役割を果たさないことは既に指摘した。

 実は、既に廃案となった共謀罪の2006年与党再修正案は、「組織的犯罪集団」「準備行為」という用語まで全く同じであり、今回の法案は、その与党再修正案の復活に過ぎない。それを「過去の共謀罪とは全く異なる」と強弁し、既に潰れた与党再修正案には何も触れない。

 安倍首相は、「条約批准の条件を満たすためにこの法案を作る」というが、そうであれば、その条件を満たす法案は「共謀罪」ということになる。以前の共謀罪とは異なる、テロ対策新法というなら、この条約とは無関係ということになる。そのペテンは明らかだ。

 安倍首相は、「条約を批准できなければ、東京オリンピックを開けないといっても過言ではない」「条約を批准するためには、対象犯罪を限定できない」として、対象犯罪を676件としたが、途中で、「対象犯罪は限定できる」として、277件に絞った。なぜ、この277件にしたのか、全く説明していないが、朝令暮改もいいところである。2007年自民党法務部会小委員会は、619件を145件程度まで絞り込んでいるが、今回はそれを無視している。

 安倍首相は、法案を「テロ等組織犯罪準備罪」と称して、テロ対策を強調する。しかし、277件の中には、テロとは無関係な犯罪がたくさんある。なぜ海産物は対象としないで、キノコ採りは対象犯罪としているのかの野党質問に対して、政府は、「利益が資金源となるから」と弁明するが、これではどんな犯罪も対象犯罪になり得る。なぜ海産物は対象としないのかについては、説明されない。

 ところが、特別公務員職権濫用・暴行陵虐罪(刑法)、公選法、政治資金規正法、政党助成法などは対象犯罪から除外するという恣意的選択がなされている。
 対象犯罪が多すぎるが、条約締結の諸外国の例(フランスの罪数はもっと少ない)が示されない。

 テロ対策と言いながら法案にはテロのテの字もない、と批判されて、急きょ、法案の「組織的犯罪集団」の前に、「テロリズム集団その他の」という用語を追加したが、前記の通り、もともと「組織的犯罪集団」自体が枕詞に過ぎないから、そこに「テロリズム集団その他の」という枕詞を追加して「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」としても、痛くもかゆくもない。条文の内容に変更を来しようがないのである。従って、法案の目的条項(1条)にもテロの字句が入っていない。

 条文の中に、「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」という入れる意味のない用語が入っているのである。法務省がこのようなみっともない法案を作るのは信じられないが、官邸筋からのゴリ押しではないかと推測される。

◆◆ 7 共謀罪法案の狙い

 世界で最も犯罪の少ない国日本。刑法犯認知件数は減り続け、殺人(予備・未遂を含む)の認知件数は1950年代後半以降一貫して減少傾向にあり、1978年からは2,000件を下回り、2013年には1,000件を下回り、2015年は933件となった。殺人既遂被害者の数も減り続けており、1970年代前半の半分以下になっており、毎年、戦後最小記録を更新中である。

 テロ関係の条約もすべて批准し、立法化しているにもかかわらず、政府は共謀罪導入に執念を燃やしている。

 国会での野党質問に政府はまともに答えず、一方的宣伝を繰り返すだけで、全くかみ合わない。刑事司法の根幹を変える法案であるにもかかわらず、まともな審議になっていない。前記の通り、未遂・予備がないのに計画段階で罰する矛盾や、法定刑の逆転現象など、欠陥だらけの基本法のままでいいのか。未遂、既遂まで行けば、計画罪は吸収されるのか。それとも2つの犯罪になるのか。その競合関係等々の刑事法の基本的問題点が何ら煮詰まっていない。

 これほどウソとデタラメに溢れた悪法、しかも基本法は前代未聞である。これで、多数決でスケジュール通り採択することは常識では考えられない。
 にもかかわらず、これを実定法の問題ではなく、政治マターとして扱っているのは何故か。なぜ、共謀罪にこれほど執拗にこだわるのか。

 2020年東京で開かれる国際犯罪防止会議(コングレス)までに条約に加入したいというのがその理由とされているが、前記の通り、法案がなくても条約を批准できる。条約機関もないし、その加入に文句をいう国などいない。

 捜査共助、犯罪人引渡のために条約に入りたいというなら、日本が犯罪人引渡条約を米国と韓国の2か国としか締結していないことをまず問題にすべきである(仏96ヶ国、英115ヶ国、米69ヶ国、韓国25ヶ国と締結)。死刑があるために欧州とは締結できないという問題の解決(死刑廃止)こそ重視すべき課題であろう。

 要は、条約を共謀罪導入に利用しているだけである。共謀罪にこだわる真の理由は、法案が市民を監視、抑圧する格好の武器になるからとしか思えない。

 なぜなら、本当に文字通りの組織的犯罪集団対策に限定するつもりがあるなら、その集団を法文上も限定することは十分可能である。破防法適用団体には、公安委員会による事前指定がある。暴力団には、その団体の構成員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体と規定し、暴力団対策法の定める要件を根拠に都道府県公安委員会の指定を受けた組織を指定暴力団としている。特定秘密保護法12条2項には、「テロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう)」との定義規定がある。

 このような限定を共謀罪にも付することは十分可能であるにもかかわらず、法案は、「組織的犯罪集団」について全く限定しない。「集団の組織者が○○罪の前科前歴がある集団」などと限定することもできるのに、そのような試みは全くない。

 金田法務大臣は、「一般人には関係ない」とお経のように言い続けるだけであるが、条文に限定がなければ、歯止めは効かない。条文上限定しない以上、一般人にこそ関係がある、そこに狙いがあると断ぜざるを得ない。

 共謀罪は治安維持法と法構造がかなり共通する団体規制法であり、戦前のような状況が作られつつあるといわれる。
 刑訴法・盗聴法改正が、共謀罪をはるかに機能させることになり、共謀罪を廃案にしたこれまでとは異なる情勢である。

 マスコミ各紙は、「共謀罪の要件を厳しくしたテロ等準備罪」という枕言葉を一斉に付けて報じていた。当局の要請だといわれるが、世論誘導といわざるを得ない。

 ところが、国民の批判が拡がり始め、各紙の表現も変わりつつある。森友学園問題などで、行政権力に立法、司法が従属している日本の実態が広く国民に明らかにされつつある。今の内閣は平気で嘘をつくということがさらに暴露され、共謀罪反対運動が大きく拡がれば、内閣の死命を制することにもなるであろう。  (2017年5月15日)

 (第二東京弁護士会所属・弁護士)

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