写真にまつわる話 その五(番外編)

■【北から南から】
  深センから  

写真にまつわる話 その五(番外編)  佐藤 美和子

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  前回までのお話はどれも92年1月頃のことでしたが、今回はそれからさらに5年
近い年月を経た、96年夏の出来事です。

 二度目の北京留学中だった私は、夏休みがくると早速、以前のように大きなバ
ックパックを背負って長い旅行に出かけました。今度は、日本人女性の留学仲間
との二人旅です。青海省やチベットを回った後、その頃すでに建設中の三峡ダム
のために将来は景色が変わってしまうであろうと言われていた長江三峡下りをす
るために、出発地点の四川省重慶市を訪れました。ここで船に乗り込み、途中あ
ちこちの観光名所で下船観光しつつ、武漢市に着くまでの2泊3日のクルーズです。

 クルーズといえば聞こえはいいのですが、これがまたトンデモナイ船旅でした。
貧乏学生が、大奮発してクーラー・テレビ・シャワー室完備の一等船室のチケット
を買ったと言うのに、昼間はクーラーの電源が自動的に切れてしまいます。
 
苦情に行けば、窓を開けて自然の風を楽しめと言われ、テレビは一日2時間
ジャッキー・チェンの映画が一本放映されるだけであとの22時間は砂嵐。シャ
ワーはこれって船の下の長江の水を汲み上げてるんでしょ?と言いたい位、黄
色く濁った金臭い水がチョロチョロ。一等船室のベッドは子供用かと見まごう
程にこじんまりとしたサイズで、チクチクする寝ゴザが一枚、あとは籐編みの
硬い枕と古ぼけたタオルケット一枚のみ。夕方からはどこからともなくゴキブ
リが現れ、まるで蚊のように部屋を飛び交っては壁に激突しています。夜が更
ければお次はネズミの大運動会。部屋の中を何匹もが縦横無尽に駆けっこする
ので、開会式後は恐ろしくてベッドからは足を下ろせない有様でした。

 とにかくネズミは困ると思い、船員に何とかしてくれと頼みに行くと、
  「ウチの船は衛生に気を使っているから、ネズミなんぞ居るわけが無い」
と言い張ります。じゃあ、あんた今から私の部屋に来て自分の目で見てみなさい
よ、あんたが部屋に来て5分以内に出てこなかったら私も何も言わないからと言
って引っ張っていこうとすると、
  「船にネズミは付き物だ。ネズミが居ない船なんぞ、世界中のどこをさがした
ってない!」
さっき、ウチの船には居るわけないって断言してたのは何だったのさ・・・・・。

 そんな酷い部屋だったので、甲板で汗だくになっているほうがナンボかましだ
と日中はほとんど外で過ごしていると、30代~60代と思しき十人ほどのおじさん
グループに声をかけられました。ねぇ、君らがさっきから喋っているのは何語だ
い?外国人なの?日本人?おぉ、我々の市は日本に姉妹都市があるんだよ、日本
人観光客もものすごく多いところなんだ。

 このおじさんたちは、とある地方観光都市の市長さんとその部下諸々の御一行
様で、彼らの市と同じく川下りが大きな観光収入源である四川省へ、視察へやっ
てきていたのでした。

 96年当時は、まだまだ中国人にとって旅行はそれほどポピュラーな娯楽ではあ
りませんでした。視察旅行がよほど嬉しいのでしょう、みんなとてもはしゃいで
いて、何故か全員が順番に私たちと一緒に写真を撮りたがり、これまた何故だか
我々にサインを求めて来る人までいました。えっ、その船のパンフレットにサイ
ンしろって?なんで?私たちただの貧乏留学生だから、そんな芸能人みたいなこ
とできませんよと何度も断ったのですが、いやいや、船旅で日本人とお友達にな
った記念に残しておきたいんだといって、とうとうサインさせられちゃったので
した(笑)。

 そんな賑やかな一行と交流しているうちに、いつもみんなの中央にいる市長さ
んが、私たちのカメラに注目し始めました。市長さんはカメラが趣味だとかで、
大きくて立派なカメラを胸にぶら下げています。反して私たちが持っていたのは
、ごくごく普通のコンパクトカメラです。しかし私たちが日本から持参した日本
製カメラが珍しいようで、試し撮りさせてほしいと頼まれ、長江をバックに何枚
か、私自身のカメラで友人との写真を市長さんに撮ってもらいました。

 カメラの話はまだ続きます。しばらくして一旦部屋に戻った私たちを、市長さ
んの部下の一人が訪ねてきました。この市長さん、実はさっき試し撮りをした私
の数年型落ちミノルタカメラより、留学直前に新しく購入したばかりという友人
のオリンパス新型カメラのほうを気に入っていたようなのです。しかし友人の中
国語力はまだ初級レベルで無口な人なのであまり会話ができなかったのと、また
市長も本人を目の前にして直接お願いを言い出しにくかったため、私がこうして
代理でお願いに来た。このクルーズの間じゅう、彼女のカメラを市長に貸して頂
きたい、こう言うのです。

 ビックリしました。えっ、でも彼女は一台しか持ってないのだから、その間写
真が撮れなくて困るんですけど?というと、あなたたち二人は友人なのでしょう、
あなたのカメラで二人分撮ればいいのでは?二人一緒に撮りたいときは、我々
がカメラマンを買って出ますし。いやでも、さっき入れ替えたばかりのフィルム、
当分使い終わらないですよ。じゃあ、残りは巻き取ってしまうか適当に写真撮
っちゃうかして出してください、こちらで新しいフィルムを買って弁償します。
えー、でも私たちが使っているフィルムはアーサー400という特殊なフィルムで、
中国には売ってないんですよ。それって日本でいくらしたんですか?その特殊
フィルムの代金、払いますよ。

 その依頼はちょっと難しい、といろいろに理由を並べて遠まわしにお断りして
も、ならばと代案が出されるばかりです。友人は貸す気はまったく無いらしく、
いつの間にか食い下がる部下のおじさんとの間の通訳係りになってしまっている
私、板ばさみになってホトホト困り果てました。婉曲でだめならストレートに言
うしかないと、彼女はまったく貸す気ないみたいですよ、残念ですがお手伝いで
きませんというと、今度は泣き落としでこられちゃいました。

 「実は私だって、こんなお願いは不躾だとわかってます。でも、市長は本当に
ただカメラが好きなだけなんですよ、絶対壊したりなんかしませんから。私が手
ぶらで帰れば能無しの部下だということになってしまう、お願いだから私の苦し
い立場を理解してください」
・・・・・こうしてさっきから、延々通訳させられている私のしんどい立場も理
解していただきたい・・・・・。

 その後も数度、派遣されてきては中国式宮仕えのツラさを切々と訴えられまし
たが、持ち主が首を縦に振らないのではどうしようもありません。結局最後まで
お断り通しました。いま思い出してもどっと疲労感が押し寄せてくるような、ひ
どく疲れる交渉ごとでした。中国の縦社会とか、派閥関係でうまく上層部に取り
入らねば云々といったお話も、滅多に聞けるものではないので勉強にはなりまし
たけどね~。

 しかしこの交渉人氏、宮仕えの苦労を嘆きつつも、けっこうチャッカリもして
いましたよ。市長の代理で交渉に来ておきながら、彼自身のお願い事も、ついで
に頼みこまれちゃいましたから。自分は推理小説が好きで、中でも松本清張を愛
読している。もちろん自分が読んでいるのは中国語の翻訳本なのだが、原書を一
度、見てみたい。あなたが留学を終えて帰国してからで構わないので、私にどれ
でもいいから日本語の彼の小説を2冊ほど送ってきてくれないか。本当に彼の小
説は素晴らしくて大ファンなんだ、ぜひぜひお願いする。と、これも何度も何度
も頼まれました。カメラの件でずっと断り続けていたため、これ以上断りきれず、
こちらはついつい安易にOKしてしまいました。

 北京に戻ってから、オリンパスの最新型ほどお気に召さなかったようではあり
ますが、市長さんも私のカメラで試し撮りをした写真の写り具合を見たかろうと、
彼ら一行が写っているものも含めて焼き増しして送ってあげたのですが、受領
の返事も彼らのカメラで一緒に撮ったはずの写真も、何一つ反応は返ってきませ
んでした。よく考えたら本代だって寄越してこなかったんだし、送った写真のお
礼の一言も返してこないんだから、もういいや。と、本は結局送っていません。

やっぱりカメラを借りられなかったことでご不興を買ったからかな?それとも市
長などとお偉い立場になると、人から何かをもらうのは当たり前になっちゃって
いるのかな。でもこちらばかりが出し続ける理由は無いよね、ギブ&テイクにな
ってないもの。・・・・・とは思うものの、小心者の私、あれから10年以上経っ
た今でもこの反故にした約束が気にかかり、時々思い出しては悶悶としているの
です、実は(笑)。
         (筆者は在中国・深セン日本語教師)