冷静さ欠くミサイル報道

■ 冷静さ欠くミサイル報道               竹中 一雄

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◆司会
  国民経済研究協会理事長、会長を勤められて、エコノミストとして今まで存分
に活躍してこられた竹中先生をご紹介します。

◆竹中 一雄
  今日こちらへ参ります途中でばったり元毎日新聞編集局長の細島泉先輩に会い
まして、「なんか世の中おかしいね、政治もマスコミも変だ」と期せずして意見
が一致しました。そうだ、これから「オルタ」の役割がますます大切になると思
っております。
  とくに私は今、北朝鮮のミサイル問題で日本が非常におかしな方向へ進んでい
るような気がしまして、そのことについて一言申し上げたいと思います。

 私が北朝鮮に行きましたのは、もう四、五年前になります。昨年はたまたまア
メリカで朝鮮政策にかかわった何人かの方にお会いしました。たとえばクリント
ン時代の軽水炉発電所の交渉にあたったキノネスさんとか、外交評議会の副議長
のセィモアさん(こんどのオバマ政権で核不拡散担当部長としてホワイトハウス
に入りました)とか、ワシントンポストのベテラン記者でリタイア後、アメリカ
・韓国研究所を主宰しているオーバードーファーさんとか、その他二、三の方で
す。この人たちは、人によって多少の違いはありますが、共通した認識がありま
す。
  ひとつは、北朝鮮の核兵器というのは基本的にこれは抑止力である。したがっ
て絶対に先に使うことはありえない。そんなことをすれば忽ち報復を受けて国自
体が滅びる、金体制が崩壊することは、彼らは百も承知しているというのが、ひ
とつの基本認識でした。
 
  それからもうひとつ、それではアメリカが先制攻撃を加えるのか、まだブッシ
ュ時代でしたけれども、それはただ一つこの場合だけ、つまり北朝鮮が核兵器を
中東に横流した場合です。中国や韓国がどのように反対しようが先制攻撃を加え
る。しかしこのことは十分にシグナルとして北朝鮮に伝わっているから、彼らは
やらないだろうということです。

 つまり北が先に使うことはない、アメリカが先制攻撃を加えることもない、言
葉を換えて言えば、朝鮮半島に戦争の危険はないということになります。そうい
うことを北朝鮮もアメリカも十二分に承知しているものだから、よく言えば我慢
づよく、悪く言えばチンタラチンタラと脱退したり再開したり交渉を続けている
。それがよくわかっているから、時には勇ましいことをいっては、まあそう言っ
たら悪いかも知れないけど、ゲームを楽しんでいる感じです。とくにブッシュ政
権のバックだった石油業界は、北朝鮮に何の利権もないからあまり熱心でない。
もう一つのバックである軍需産業、産軍コンプレックスは、いまのところ中東で
十分に飯の種があるから、いまさら朝鮮半島でことをおこしていただかなくて結
構ということで、もともと政策的にも優先順位は低い。だから誰も慌てない。
 
  それから中国に国際戦略研究院という、社会科学院の系統ではなくて国務院系
統の政策決定に直結しているシンクタンクがあります。そこで感じたのですが、
確かに最初は少し慌てた。慌てたという意味は、彼らの表現に従うと、人口二千
万少しの小さいしかも極めて貧しい国が核兵器だミサイルだというのは、客観的
にみるとマンガである。マンガではあるけれどもこれを口実に日本が核武装に乗
り出すに違いない。北も日本も核を持つとなると韓国も核武装に向かう。そうな
るとこれは必ず台湾にも波及するだろう。これは大変だ、何としても止めさせな
ければということでした。
 
  だけどこのごろは、ほぼ日本はそれを口実に核武装はしない―― もっとも少
数ながら核兵器を持てと危険な主張をする政治家がいますが―― ということが
はっきりしたので、すっかり安心した。なにも急ぐ必要はなくなった。おまけに
前と違って北朝鮮とアメリカが直接交渉で話しを決めて、それを六者会談の場に
持ち込んでくるというか、六者会談でオーソライズするようになって、中国には
出番もあまりない。みんなそういうふうに急がない、誰も慌てない。

 そういう時に日本だけが防衛体制、迎撃態勢を作るとか、北朝鮮の核の脅威を
執拗に煽っている。北がいろいろ口先で勇ましいことを言うのを真に受けている
のは日本だけです。もっとも真に受けている振りをしているだけかも知れません
。最高の軍事機密であるはずの迎撃地点を公表したり、盛大な出陣式、まるでお
祭り騒ぎ一大政治的キャンペインです。真に受けているのは、日本のマスコミ(
ただし「東京新聞」には時おりそうでない記事が載ります)と、新聞に書いてあ
ることを真に受ける国民ということになります。
 
  北朝鮮の脅威で大騒ぎして、いったい誰が得をしているのか。これは中国の人
もいうのですが、まずいちばん得をしているのは金正日でしょう。それを口実に
国民を引き締める。これは私が北朝鮮に行った時も感じたのですが、日本がいろ
んな制裁などをやると、北朝鮮の人々が貧しくて生活が苦しいのは、自分の政治
の失敗、失政の結果ではなくて、日本やアメリカが経済制裁を加えるからだとい
う説明が通る。苦難にたえて将軍様の周りに結集しようということになる。われ
われ老人は、戦時中に敵愾心をかきたてて「欲しがりません、勝つまでは」との
スローガンを叫ばされたことを連想します。
 
  もうひとつ得をしているのは、日本の国防族や右翼でしょう。北朝鮮の脅威を
煽りたててミサイル防衛(MD)予算など巨額の軍事費をせしめたり、憲法九条
「改正」への世論作りなど大いに張り切っています。こういう時に、私は政治も
変だけれども、非常に疑問に思うのはマスコミです。ここにマスコミ界の先輩が
何人かいらっしゃいますが、どうも先輩方のいらした時代のマスコミと今とは違
う。なんだか昔の大本営発表の垂れ流しと同じように、政府、外務省、防衛省な
どのいっていることをただ流しているだけのような気がします。
 
  今回の北朝鮮に対する非難制裁の国会決議でも、私は棄権ないし反対した社民
党や共産党の方が正しいと思いますけれども、しかしそういうことがもう国民の
支持を受けるかどうかは怪しくなっている。これだけの情報操作なりマスコミの
繰り返しての報道が、あまりにも行き届いているからです。私のような老人はそ
れを見ていると、戦前のマスコミの状況を思い出します。当時の無産政党は、は
じめはみんな戦争に反対していました。しかしマスコミの報道がすっかり行き届
いているので、反対を続けていると国民の支持を得られないため、無産政党もし
だいに戦争支持に変ってゆく。そういうことが頭に蘇って、これは困ったことだ
と心配になります。「オルタ」の役割ますます重大という感じであります。
 
  たまたま先日、中国の高恒さんに会いました。この方は、長い間外務省にいて
、それから社会科学院に変わり、今はリタイアされて中国国家戦略研究会の会長
、どちらかというとタカ派の論客、立派な著作もあります。この方に、私が北朝
鮮に行った時のことを次のように話ました。私は北朝鮮の人たち、労働党の国際
局の中堅どころの人たちに、こう云いました。アメリカと北朝鮮では経済力があ
まりにも違うのだから、軍事力で張り合うのは危険極まりない、そんな危険なこ
とではなくて、頭と知恵で張り合う方がいいといいました。

 それに対する彼らの反論は「そんなことをいったって、アメリカは必ず弱い国
に戦争を仕掛ける。グラナダ然り、パナマ然り。イラクは今頃になって核兵器は
無かったといっているけれども、そんなことはアメリカは始めから承知している
。もしイラクが本当に大量破壊兵器をもっていたら、アメリカは戦争をしかけな
かった。われわれはワシントンやニューヨークに攻めていく力は無いけれども、
彼らはいつでも平壌に攻めてくる体制にある。だからそれに反撃するだけの軍事
力がないと戦争は防げない」。そこで私は、イラクと違ってあなた方には後ろに
中国という大国が控えているではないかといったら、「中国はいろいろ援助はし
てくれるけれども、ここぞという時には、必ず中国自身の国益を優先する。だか
らいざという時には当てにできない。自分の国は自分で守る以外にない」と反論
されました。
 
  この話を高恒さんにして、だから中国が止めろといっても北朝鮮が止めないの
は、根底に中国に対する不信があるからではないかと申し上げたところ、高恒さ
んの答えは非常にはっきりしていました。「それは簡単な話である。中国が、北
朝鮮に対する攻撃は中国自身に対する攻撃とみなして、直ちに核を含む全軍事力
で報復すると宣言すれば、すぐに核兵器を止めるでしょう。しかしそんなことを
中国は絶対に言わない。とう小平は言わなかったし、江沢民も言わない、胡錦と
うも言わない。だから北朝鮮は核武装、ミサイル開発を止めない」ということ
です。

 中国の人たちの話では、あれはみんなソ連が崩壊した時に、管理がルーズなも
のだから、何人かの技術者がお金に目がくらんで北朝鮮に流れたのが始まりで、
厄介なことになったという説明になります。結局、北朝鮮が核兵器開発を止める
のは、東アジアの非核化、沖縄やグアムを含めた非核化と、北朝鮮の安全つまり
金体制の国体護持をアメリカが保証するまでは止めないということでした。そう
なると当然時間がかかるけれども、だからといって別に慌てたりはしていません
落ち着いたものです。
。 
  こういう時に、ひとり日本だけが慌てて、北朝鮮に対する敵愾心を煽って問題
をますますこじらせて、結果として北朝鮮の強権支配を支援しているのは、何と
も変です。どうしてこんなことになったのか。もともとおかしいのかも知れませ
ん。ブッシュが拉致家族をホワトハウスに招いた時、これはどうみても日本がイ
ラク戦争に協力したことへの御礼のリップ・サービスであることは見え見えなの
に、日本のマスコミは真に受けて大々的に報道する、拉致家族会の前事務局長の
蓮池透さんが、いまのようなことでは右翼に利用されるだけで、いつまでたって
も拉致された人たちは戻ってこないと辞任されたことはよく理解できます。

 拉致問題が公表された時、たまたま私の友人がワシントンの共和党系のシンク
タンク、アメリカン・エンタプライズ・インステュート(AEI)にいました。
例によって日本のマスコミの特派員たちがアジア関係の上院議員やシンクタンク
のアジア部長のコメントを求めて回った。AEIにもやってきて取材のあと友人
のところに来て、「困った、みんな同じことしか言わない。可哀そうだ、気の毒
だ、しかし昔は日本もさんざんやったことだしなあ、と同じことをいう。これで
は記事にならない」と嘆いていたそうです。記事にならないと思って特派員が送
らなかったのか、送ったけれどもデスクがボツにしたのか、私は知りませんけれ
ども、もし紙面に載っていれば、拉致問題ももう少し冷静に議論できたのにと思
います。
 
  日本のマスコミが本来の姿に戻ってくれることを切に希望するものではありま
すが、簡単にそうはなりそうにありません。それだけに「オルタ」はいっそう重
要です。私も年齢ですからたいしたことはできませんが、出来るだけ協力させて
いただきたいと思っています。

◆司会、ありがとうございました。まことに適切なコメントを今の北朝鮮問題と
日本政府等の反応についていただきました。数年前に竹中先生が北朝鮮訪問から
お帰りになった時に、お話を伺う機会がありましたが、その時に、『なんか戦前
の日本みたいな印象だった。ただ指導者は当時の日本の軍部より、もう少し国際
情勢に通じていて、リアリズムがあるかな』というふうに感想をうかがったこと
を思い出しました。

註)竹中一雄氏はは国民経済研究協会 顧問
司会者は姫路獨協大学名誉教授初岡昌一郎氏          
          

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