■【北から南から】中国・深セン

『凹み話』              佐藤 美和子

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  現在、頚椎を再び痛めてすこぶる調子が悪いせいか、どうにも楽しい話題が思
いつきません。よって、最近出くわしたちょっぴり凹むような話題をいくつか…
…。

 いつか将来、香港に住みたいなぁとずいぶん前から考えています。今では香港
の方が深センより物価が安くなっており、香港大陸間のイミグレーションでは、
平日でも香港へ買いだしに行く中国人で大混雑するほどです。ほんの10数年前
までは、人の流れは逆方向だったんですけどねぇ。

 それに中国で家(マンション)を買っても、住居の場合、70年間の土地使用
権が付随しているというだけ。あくまで社会主義国なので、土地は国のものなの
です。私たちがあと70年以上生きる気遣いはないとは言え、価格が高騰しつづ
けている割に品質に不安があり、さらに土地の所有権すら含まれない中国の不動
産を買うより、香港の方がまだなんぼかマシかも……。

それに香港では、7年継続して住めば香港の永住権が与えられ、外国人にも香
港人と同等の福祉が受けられるというメリットもあります(注:現在香港の政策
が変わりつつあり、永住権云々に関しては近い将来事情が変化する恐れあり)。と
いうわけで、住めたらいいなぁ~程度の気持ちですが、もう何年もちょくちょく
香港でマンション見学をしています。

 そんな折、今の深センの住まいの同じ棟に住む、香港人のご近所さんと知り合
いました。世間話をしているうちに、自分は香港島の不動産会社勤務だから、香
港の不動産なら詳しいし安く紹介してあげられるよ、という話に。知り合いに紹
介してもらえるなら、安心なので願ってもない申し出です。そこでまずウチの相
方が、ご近所さんにお勧めマンションの見学へ連れて行ってもらうことになりま
した。

 ところがです。見学日には、何故かご近所さんの友達だと言う人が一緒につい
てきて、相方は2人から広東語はわかるか?と問われました。長年広東省に住ん
でいますので、相方は話せはしないものの、ヒアリングならだいぶできるように
なっています。でも、予告ナシに知らない人を連れてきたご近所さんの様子に違
和感があったので、相方曰く「ボケのふりして」、つまり広東語はまったく分か
りませんということにしておいたのだとか。すると案の定、2人は相方そっちの
けで、ぺらぺらと広東語でやり取りをはじめました。

 結局、ご近所さんは、不動産会社勤務などではありませんでした。不動産会社
にはまったく関わりのない人なのに、我が家が香港の不動産に興味があると知っ
た途端、不動産屋を装ったのでした。そして連れてきた友人という人が本物の不
動産屋さんで、広東語が分からない(フリをしている)相方の目の前で、もし我
が家の不動産契約が成立したら、その5%もの手数料をご近所さんが手に入れる
という話し合いをしていたというのです。まったく、油断も隙もあったもんじゃ
ありません。

 不動産の5%って、けっこうな額になります。例えば200万香港ドル(約2
000万円)の物件だとすると、邦貨にして100万円。500万香港ドルだっ
たら250万円。当然、不動産屋さんはその分も不動産価格に盛り込んでくるで
しょうから、このご近所さんに紹介を依頼すれば、我が家は損をするばかりなの
です。不動産屋のフリをするだけで、100万円単位の臨時収入が得られるので
すから、なるほど、熱心に高級マンションのパンフレットばかりを我が家にどっ
さり届けてくれていたわけです。

 そんなご近所さんは私に対し、彼の中国人妻は日本語学習経験があるものの、
最近は日本語学校にも通っていないから忘れる一方、だから妻と日本語でおしゃ
べりして、日本語のカンを取り戻す手助けをしてくれないか、なーんて依頼まで
してきていたんですよね。この彼の申し出には、おしゃべりする程度だから、授
業料は払わないよ、というニュアンスが含まれています。彼のように親切を装っ
て、でも実は他人を利用することばかり考えている人がいるなんて、安易に他人
と知り合いになるもんじゃないですね……。
     ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆

 そしてこれは一昨昨日のこと。部屋のカーテンを開けたとき、窓ガラスに亀裂
が入っていることに気付きました。風の強い日に、何か飛んできてぶつかったの
かしら? それとも中国では、不純物混じりの品質の悪い強化ガラスが突然爆発
するという事件がたくさんあるのですがウチの窓ガラスも粗悪品だったのかしら?

 とにかく爆発されては困るので、すぐにマンションの管理会社に連絡をしまし
た。窓ガラスや窓枠は、マンション統一規格品が使われており、居住者が勝手に
違うものに付け替えることは禁止されているのです。

 ところがやはりというか、なんとも中国らしい回答が返ってきました。売っち
ゃった部屋に関しては、もうマンション管理会社のものじゃないから、こっちは
何にもしてあげないし知らないよ。でも景観が悪くなるから、規格のもの以外は
使っちゃ駄目だからね、自力で何とかしてよね、ですって。何のために、この辺
では1番高いと言われるマンション管理費を払っているんだか、ってなもんです。

 ヒビ入り窓ガラスを抱えているこちらとしては、管理会社とケンカしている場
合ではないので、このマンションが建築されたときに窓ガラスを納めたという業
者を探し出しました。そして業者さんをウチに呼んで問題のガラスを見ても貰った
たところ、このガラス交換がとてつもなく大変であることが分かりました。

 普通の引き戸の窓ガラス部分ならまだ良かったのですが、ヒビが入ったのは出
窓の、開閉できない横っちょ部分なのです。大きな一枚ガラスで、しかも窓の外
側には足場もなく、30階という高層ではガラスを落っことさないように気をつ
けるだけでもどれだけ大変なことか。

おまけにこのガラスは窓枠の上下にがっちり嵌め込んであるので、今のヒビ入
りガラスを取り出すためにはまず窓枠全体を取り外さなければならない。そして
その窓枠を取り外すには、部屋の内側の装飾枠なども全部引っぺがすことになる
が、どうするか。と、言われてしまいました。たった1枚のガラス交換が、そん
な大掛かりな内装工事レベルになるだなんて!

 結局、業者さんの提案で、ヒビ部分にガラス用接着剤をたっぷり塗りつけ、乾
いたらそのガラス全体に透明ビニールテープをびっちり貼り付けて当座をしのぐ、
ということになりました。あぁ、日本だったら、窓ガラス飛散防止用フィルムが
1000円かそこらで簡単に手に入るのに~。

 近くで見れば、梱包用ビニールテープがべたべたと貼られているのがわかって
格好悪いのですが、どうせ出窓の脇はカーテンで隠れます。高層階だから、外か
ら誰に見られるでもなし、マンション管理会社や業者さんとのやり取りですっか
り心が凹んでしまったので、もうこのままほうっておく事にしました。ガラス屋
さんが言うには、ヒビは恐らく激しい気温差が原因、でも接着剤とビニールテー
プでがっちり保護しておけばこれ以上割れる気遣いはないようですし……って本
当かな???

 そうそう、そのガラス屋さん。なんと、6人もの子持ちなんだそうです。1人
っ子政策の中国でも、2~3人というのは時折耳にしますが、さすがに6人はビ
ックリ! 広西チワン族自治区の山間部出身の彼、立て続けに娘ばかり生まれる
ので意地になって、6番目に息子が生まれるまで頑張ったのだとか。もちろん中
国では違法なので、うち2人しか戸籍を作っていないと言います。

 でも、去年実施された大掛かりな人口調査のときに、あとの4人の『黒戸口
(無戸籍の意味)』の子供たちの存在はバレなかったの?と問うと、妻子は人も
まばらな故郷の農村で暮らしているし、調査の人が来た時だけちょっと裏山に逃
げて隠れておけば大丈夫、ですって。

 我が子が無戸籍だなんて、外国人の私は悲壮に考えてしまいますが、当の本人
は実にあっけらかんとしたもの。中国人はよく、『上に政策あれば下に対策あり』
なんて冗談めかして言うのですが、鬼ごっこのように子供を裏山に隠れさせると
は、なんとも愉快な対策があるものですね。

        (筆者は中国・深セン在住・日本語講師)

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