【コラム】
神社の源流を訪ねて(11)

出雲の神々③ 鶏と卵を食べない美保神社(みほじんじゃ)

栗原 毅


 美保関町は島根県では境港と並ぶ漁港で、神社前の海岸には参拝客などを相手にいかを焼きいかの店が何軒かあり、においが漂ってくる。緑豊かな山腹を背にした美保神社は、大国主命の第一子とされる事代主(ことしろぬし)が主祭神だ。
 社務所でもらい受けた美保神社略記によると、「大国主神がその神業のご協力の神、少彦名命(すくなびこなのみこと)をお迎えになった所であり、又、その地理的位置は島根半島の東端出雲国の関門で、北は隠岐、竹島、鬱陵島を経て朝鮮に至り…」とある。海流の関係もあって昔からこの地は、日本海側の各地域や朝鮮半島の新羅や伽耶とヒトやモノの交流が盛んで、かつては日本海側こそ表日本だった。

 その美保関には、鶏と卵は一切食べないという習慣がある。それは鶏が誤って早く時を告げたために、事代主に困った事態が起きて、それがきっかけで鶏は食べない習慣が生まれたという。社務所で聞くと、「確かに鶏も卵も食べませんが、アヒルなどの肉や卵はタブーではありません」という。

 鶏や卵を食べないと言えば、韓国の慶州にも似た建国神話がある。新羅の神話で、村人が自分たちを治める王をほしいと天に向かって祈った。すると林で鶏が鳴くので村人たちが行くと、金の糸につるされた卵の入った箱が降りてきた。
 村人はこの卵を家に持ち帰り、しばらくすると立派な王子が生まれ、やがてこの王子が初代の新羅王、赫居世(かくきょせい)になったという神話である。このために新羅では国号を鶏林(けいりん)とし、鶏を大事にして卵も食べない時期があったという。鶏が大事な役割をしている点では似たところがある。

 そこでその慶州を何人かで訪ねた。慶州駅からバスでおよそ10分。新羅の古都、慶州には古墳など遺跡が集中しており、バスからも丸い円形の古墳が並んでいるのが見える。一角には星座を観測したといわれる望星台もあって、すぐ近くにこの鶏林がある。
 鶏林は日本のどこにでもある普通の林で、簡単な柵があるだけだ。鶏が天孫降臨を告げたという場所は石垣で囲まれ、掲示があるだけでいたって簡単だった。散歩している人に出会ったので、「ここに天から降りてきたのですか」、と尋ねたら、「それは神話ですよ。神話、神話」と、笑って手を振った。

 このほか日本でも鶏を神聖視して食べない地域がある。福井県敦賀の古い小さな村だが、いまでも鶏も卵も食べない。ここは往古、渡来人がつくった村だとされる。また足利市には鶏林寺、滋賀県の長浜には鶏足寺という古刹があり、鶏林の神話に関係がありそうだ。新潟県西蒲原郡には鳥之子神社がある。
 奈良県の石上神宮では鶏を境内に放し飼いにしている。伊勢神宮の神事にも深夜の夜が明ける直前に、神主さんが鶏の声を発する場面があるが、これは神話の天の岩戸の神話にかかわりがあるとされる。

 (元共同通信編集委員)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧