分裂した労働者の世界―労働運動の後退と中産階級の没落

■海外論調短評(58)  初岡 昌一郎

分裂した労働者の世界 ― 労働運動の後退と中産階級の没落

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 外交問題専門誌『フォリン・アフェアーズ』誌が労働問題を取り上げることは
あまりない。しかも、労働組合の力量強化に期待した論文を同誌で読むのは、長
年の愛読者である私としても初めての経験であった。

 「世界の労働者よ、団結せよ(Workers of the World Unite)」という、マル
クスの共産党宣言をもじった、「Workers of the World Divide」というタイト
ルのこの論文は、ブルース・ウエスタンとジェイク・ローゼンフェルトの共著で
ある。前者はハーバード行政大学院社会政策担当教授、後者はワシントン大学社
会学助教授である。この論文の要旨を掻い摘んで以下に紹介する。

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 20世紀後半以降後退を続けるアメリカの労働運動
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 1950年代中葉、アメリカの労働者は約3分の1が組織化されていた。だが、
今日残っているのはわずか10分の1にすぎない。民間部門の組織化はさらに低
く、5%そこそこである。ここ2、30年間、労働組合の影響力は弱まり、政治
過程における発言力が弱まった。その結果、賃金が停滞し、不平等が増大した。

 アメリカの労働組合の衰退は運命的なものではない。近代的労働運動は大恐慌
に対応して生まれた。既成の職能組合や新たに生まれつつあった産業別労働組合
は、大量失業と資本主義の失敗に対する大衆的な抗議をリードした。1935年、
ルーズベルト大統領がニューディール政策の主柱の1つとして全国労働関係法を
制定した。これが組合を結成し、それに参加する労働者の権利を法的に保障した。

 その後の数年間に多くの職場で組合が誕生し、組合指導者は社会的政治的に責
任のあるパートナーとなろうと努力した。第2次世界大戦中は、戦争遂行のため
に組合はストライキを控えた。このような態度は一般労働者には必ずしも評判が
良くなかったが、組合幹部が政策決定の場に席を獲得し、アメリカ産業労働者の
代表として異議なく受け入れられるのに役立った。

 1954年には、全賃金給与所得者の35%にあたる1700万人が組合員と
なっていた。東部では40%を超える州が多くあり、ほとんどの南部州でも20
%を上回った。当時の組合員の大半は、家計を担う男子のブルーカラー労働者で
あった。組合の主体は大企業の終身雇用者であった。組織化がこのグループの経
済的向上を確保し中産階級として繁栄させたので、アメリカは所得平等の黄金時
代に入った。

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 強欲が支配する時代に
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 全国労働関係法は当初、組合ブームを生んだが、労働運動衰退の種も播かれて
いた。この法律は団結権を保障したが、その定めた職場別投票制は組合の産業別
組織ではなく、工場なり企業別で組合が組織されることを意味していた。多くの
ヨーロッパ諸国では、労働協約が同一産業の他の企業にも自動的に拡張適用され
たが、アメリカでは工場の門を超えることがなかった。そのために、戦後の経済
全体における急速な雇用拡大のペースに組織化努力が追いつかなかった。

 1950年から79年までの間に労働力は約2倍となったが、組合員は50%
増えただけでも、組織人員は1400万人から2100万人となった。70年代
からは、新規労働者の10分の1以下しか組織化できなくなった。80年代から
の30年間は、組合組織率が徐々に低下しただけでなく、組合員数が絶対的に減
少した。製造業だけではなく、特に通信、運輸、公益事業など規制の緩和と撤廃
が進んだ分野で組織率が低下し、未組織企業が増加した。

 70-80年代には、組合の組織活動に対する経営者側の合法・違法な対抗戦
術が活発化した。組合員に対する差別、配転、解雇の事例が増加し、全国労働関
係委員会に対する提訴が倍増した。会社は多くの事件で敗訴したが、これをコス
トとして受け入れ、組合組織化阻止戦術を続行した。反組合的妨害戦術を助言す
る労使関係コンサルタントも横行した。

 組合は対抗的に、組織化を容易にする労働法改正を目指した。しかし、60年
代以降、大企業の政治的影響力が拡大していたので、組合の努力はことごとく失
敗した。1981年にレーガン大統領が就任すると逆襲がはじまった。航空管制
官ストライキに対してとられた政府の強硬策を機に、80年代と90年代には組
合の譲歩が目立つようになり、ストライキは激減した。

 アメリカの労使関係はヨーロッパと比較して敵対的であり、経営や雇用政策を
改善するために使用者と協力関係を発展させることができなかった。また、進歩
的政治勢力としての労働組合の記録には功罪の両面があった。組合は、市民権運
動、女性運動、反戦運動と一定の距離を置いてきた。組織人員減が組合をより防
衛的にした。組合の組織力が減ずると、政策に影響力を行使し、労働者を惹きつ
ける能力も低下した。

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 官公労働組合が最後の砦
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 1970年代に急上昇した公共部門の組織化がなければ、アメリカ労働組合運
動はさらに落ち込んでいただろう。1980年代に公共部門の組合加入は40%
に達し、今日までその水準を維持している。特に地方自治体の数字が目覚ましか
った。教員、消防職員、警察官の約半数が組合に入っている。この加入率は、民
間部門全体より約10倍は高い。

 組織化された産業が衰退し、組合不在の部門で新雇用の大部分が生まれた民間
とは違い、公共部門での雇用は安定しており、新規雇用は組織化分野でも増えた。
公共部門の組合に対する脅威は競争からではなく、選挙で選ばれた政治的代表の
反組合感情からもたらされている。
 
 2008年の金融財政危機以後、新たに選出された共和党知事が連携して反公
共労組攻撃を開始した。特にウィスコンシン州では、公共部門労働者の団体交渉
権を剥奪する法制定にまで至っている。民主党の重要な財政的組織的基盤である
組合を排除することの意味を共和党はよく承知している。

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 経営者・所有者の優位 ― 組合の後退と中間層の没落
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 主流派エコノミストたちは、組合が獲得しているものが今日の経済にとって重
い負担になっているという。組合に所属する労働者の高賃金が雇用を減少させ、
消費物価を押し上げているとみる。たとえば、ノーベル賞受賞者のゲリー・ベッ
カーは、組合がアメリカの経済回復を遅らせ、海外競争力を低下させていると主
張している。

 しかし、リチャード・フリーマンとジェームス・メドッフという高名なエコノ
ミストは、確かに組合は経済に負担を増加させるが、それはささやかなもので、
組織率がまだ高かった1958年当時でも、国民総生産の0.2-0.4%程度
を引き下げたに過ぎないと計算している。組合の社会的経済的な効果は、その負
担を上回っているという。

 調査によると、民間部門で組合員になることが労働者の報酬を10-20%引
き上げている。換言すれば、組合に所属することは、カレッジ卒業資格と同じ効
果を持つ。組合はブルーカラー労働者と技能度の低い労働者の賃金を引き上げる
ので、一方で労働者の賃金をより平等化し、他方で同等な教育達成度と経験を持
つ労働者の賃金を平準化する。

 さらに重要なことは、組合は未組織職場の賃金引き上げに貢献する。組織率の
高い産業における未組織企業経営者は、組織化を回避するために同等の賃上げを
行うことがしばしばある。組織率が高い地域では、組織労働者と未組織労働者の
賃金格差はかなり低い。さらに、組織率の高い州では最低賃金の水準が高く、貧
困率が低い。
  組合の役割を否定的に見る主張が、1980年代から前面に押し出された。
「ワシントン・コンセンサス」が規制緩和の門戸を全開した。このころから組合
は守勢に立ち、交渉のたびに「ギブ・バック」を迫られるようになった。

 1973年から2009年までの間、所得上位1%の高所得者の取り分は倍増
したのに、中間層の所得は停滞した。非農業部門の生産性は70%向上したが、
平均的時給は10%引き上げられただけであった。

 過去10年間、力関係はますます労働者から経営者・所有者にシフトした。中
間階級の経済的保障、すなわち安定的賃金と付加給付が浸食されている。組織労
働者は依然として高い賃金、良い付加給付、職場での発言権を享受しているが、
彼らの優位はこれまでよりも縮小している。これらの利点は減少している組織労
働者に限られているので、今後の労働者たちは両親の世代よりも厳しい経済的諸
条件を予期せざるを得ない。

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 組合の政治的影響力 ― 黄金時代を復活させるために
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 労働組合の後退は、あたかも不可避的なものとして今日語られている。アメリ
カ資本主義がよりダイナミックになったので、組合が時代遅れとなったという。
こうした評価からは、組合不在の結果としての不平等拡大、賃金停滞、政治参加
後退が、同様に不可避とみられている。

 こうした状況は各国で同じように生じているのではない。1970年代の激動
した経済情勢はすべての先進諸国に影響を及ぼした。しかし、貿易依存度の高い
北欧の小国では、きわめて中央主権化した組織率の高い労働組合が賃金の引き上
げを持続できたし、雇用は維持された。ドイツでは、組合が職場の統治と熟練労
働者の訓練における役割を拡大した。この間、西欧でも労働者組織率は低下した
が、アメリカほどではなかった。

 ヨーロッパ労働運動は依然として幅広く労働者総体を代表しているし、自国の
経済に積極的な貢献を行っている。一部の主張とは異なり、組合がグローバル経
済を悪化させているとは言えない。全国組合がマクロ経済運営に歴史的役割を果
たしてきたオランダやベルギーなどの諸国では、賃金と労働時間に関する交渉が
2008年の金融危機当時失業の急増を回避するのに役立った。

 アメリカ労働運動の分散化が、賃金・雇用に関してヨーロッパの組合が行って
いるような全体的な見地での交渉を政府や使用者とするのを妨げてきた。197
0年代と80年代には、使用者による分裂支配で組合が弱体化した。経営者は、
組合の存在しない工場に操業を移転すると脅かすことで組合を追い詰めた。

 アメリカの組合は守勢に立ってはいるが、現在の賃金停滞時代がリバイバルの
機会をもたらすかもしれない。2011年の中ごろにはじまった「ウオール街占
拠」運動のお蔭もあり、“不平等”がアメリカの政治用語に急登場した。しかし、
不平等問題を政治課題とするには、このメッセージを持続させる組織的な支持が
なければ困難である。

 もちろん、不平等は多くの逆行トレンドの1つにすぎない。何十年間も賃金は
生産性に追いつかず、労働法改正の努力は失敗を重ね、生活困窮者ではなく銀行
を政府が救済してきた。これらの動向は、経済ゲームがアメリカの労働者階級を
不当に欺いてきたことを示している。組合がこれらの社会的な不公正に対して声
を上げるならば、広範な労働者の代弁者としての歴史的役割を再び担いうる。

 職場レベルでの生産性を中心とした労働関係と重ねて、不平等に反対する全国
的キャンペーンを開始することが、労働運動史における最近の教訓を反映させる
ことになる。経済のグローバル化と使用者の強硬な反対が労働運動の再活性化を
特に困難にしている。しかし、組合運動の再生が経済的保障と労働者にとっての
機会を拡大するための中心的な課題である。


●●コメント●●


 昨秋に始まったウオール街占拠運動は、増大する貧困と格差に焦点を当てるの
に大きな成果を上げたが、政治的なアジェンダに発展させるまでに至ってはいな
い。それは、運動を持続させる組織を欠いているからであろう。ニューヨークの
かなりの組合がその運動をロジスティックの面などで支援したが、アメリカ労働
組合運動全体としては、正面から取り上げて政府にせまる姿が見えなかった。

 かつて、シュトルムタールはその古典的名著『ヨーロッパ労働運動の悲劇』
(岩波現代叢書)で、強力だった戦前の労働組合がファシズムに脆くも敗退した
のは、労働者階級総体の社会的な利益の代表として行為するよりも、構成員の直
接的利益を代表するプレッシャーグループとして行動するようになったからだと
指摘している。

 この指摘は今日先進経済諸国の多くの国の組合運動にも妥当する。しかし、労
働組合に代わって、働くものと社会的な弱者を擁護する持続的かつ効果的な組織
は、歴史的また現代的に存在しない。労働組合は常に多くの弱点を持っているし、
すべての組織と同ように、守旧化する危険性をはらんでいる。だが、民主主義的
な原則は他の政治的経済的組織よりも尊重され、機能している度合いが高い。あ
らゆる組織は内部的自己改革を阻む体質を内在的に有しているものの、他の恒常
的組織よりも労働組合は大衆的な変化に対応しうる。

 労働運動に死はこれまでも何度も宣告されてきたが、ポーランド、南アフリカ、
チリなど、20世紀後半にも主要な政治的社会的変化の主たる担い手として、歴
史の転換点でカギとなる役割をはたしている。21世紀において、アメリカの労
働運動が再生すれば、そのインパクトはグローバルなものとなる。
        (筆者はソシアルアジア研究会代表)

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