切符売場からホームまでの距離

【コラム】中国単信(23)

切符売場からホームまでの距離

趙 慶春


 上海の虹橋高速鉄道駅の切符売場からホームまで1時間以上かかってしまったと言ったら日本では信じてもらえないだろう。しかも観光シーズンではなく、利用客が少ない時期だったにもかかわらずに、である。
 なぜなのか? 初めての利用で不慣れだったことが最大の理由なのだが、よく考えてみると、どうやらそれだけではなさそうである。気づいた点をちょっと列挙してみよう。

 ・虹橋高速鉄道駅の外観は立派でとにかく広い。空港かと勘違いするほど。しかしどのような混雑を予測してもあれほどの広さが必要だろうか。とにかく広すぎる。
 ・切符売場から改札口やホームへ向かうまでの間に案内表示がほとんどない。だだっ広いうえに、どこへ向かえばいいのか、行き先表示がないため、不慣れな乗客が右往左往するのは火を見るより明らか。
 ・コンコースなどはだだっ広いのに手荷物検査所と改札口が1箇所ずつしかない。そのため、乗客はまばらなのにここだけは長蛇の列。
 ・切符を購入してから出発までまだ1時間20分ほど余裕があり、駅構内のファーストフード店に入った。友だちから「ホームまで時間がかかる」と言い聞かされていたので、店員からの「注文の食事は数分で出せる」という返事で安心していた。ところが待てど暮らせど料理が出て来ないため、催促すると「忘れていた」という。

 ホームまでの距離が「遠かった」のは事実だが、列挙したような乗客の目線での「サービス」欠如が心理的な「遠さ」をさらに倍加させた要因ではなかっただろうか。このような思いは筆者だけではなかったようで、乗客の不満の声がそこかしこで上がっていた。
 このような事例や事象を挙げたらきりがないほどだが、例えば上海や北京の地下鉄では、日本では執拗とも映るほどに案内されている出口番号の表示がどこにも見当たらずに、途方に暮れた経験は一度や二度ではない。

 確かに中国の経済発展はすさまじく、多くの中国人が経済的発展を自分のものとして享受している。しかしなぜこうも外観にこだわるのか。虹橋高速鉄道駅もそうだが、空港や高速道路、自治体庁舎などの公共施設、マンションやデパートなどの建築物、どれもこれも“大きさ”“広さ”“高さ”“豪華さ”を追求し、少しでも他者を凌駕しようとしている。
 しかし外観、ハードウエアの過重視にひき替え、目に見えない部分を始め、接客態度など顧客に対する目線があまりにもおざなりにされてしまっている。冒頭の上海の虹橋高速鉄道駅にはさまざまなクレームが利用者からは出されているにもかかわらず、改善されたという話は聞かない。そもそも利用者のための利便性アップという発想自体がないわけで、ここにこそ最大にして深刻な問題があるだろう。

 このところ中国人による日本での「爆買」が話題になっている。無論、日本製品に魅力を感じる中国人の多さを証明しているのだが、もう一点、忘れてならないのが日本人の接客態度のすばらしさに魅せられているということである。
 「バス運転手の親切に感動」「新幹線車掌が車両への出入りにする一礼に感動」「空港バスのスタッフが乗客を乗せたバスが動き出した後も深々と頭を下げる姿に感動」等々、日本製品賞賛の声より遥かに多いと言える。

 筆者にも似たような体験があって、中国人の友人が来日したとき、閉店間際のデパートに入ったことがある。買い物を済ませたときには閉店時間を多少過ぎてしまっていた。しかもそのあと、外国人だけにある消費税返還などの手続きがあったにもかかわらず、専門スタッフは最後まで面倒を見てくれたのだった。
 一方、中国でのつい最近の体験だが、お土産を買うために、午後10時閉店の20分ほど前にスーパーに行くと、売場はすでに閉められてしまっていた。その理由を聞くと、「定刻まで販売をすると客の帰りが10時を過ぎてしまい、自分たちも定刻で帰れない」というのである。
 国内線の搭乗手続きで締め切り3分前なのに手続きを拒否された中国の空港と、数年前のことだが、中国へ行く時、高速道路の渋滞で離陸25分前頃にやっと羽田空港に着いた時のこと、空港スタッフは荷物の預かりから通関、セキュリティーチェックなどすべてを緊急手続態勢で処理をしてくれて搭乗できたのだった。

 これこそ日中の接客態度、サービスの差にほかならない。そしてこの接客態度、サービスのすばらしさこそ中国人がどんなに羨ましく思っても、なかなか容易に真似できない点である。
 中国には「為人民服務」(人民のために奉仕する)というすばらしいスローガンが長年にわたって掲げられてきている。しかし実態は裏腹で、税関職員への評価がその場でできるシステムの導入や「笑顔」での接客を実現させるために、「8本」の歯を見せて「笑顔」にするという、それこそ笑ってしまうような具体的なマニュアルまで公表しなければならないのである。
 いかに立派な建物を建設しても、いかにピカピカな車両を作っても、そして質の高いマニュアルを作成しても、心が伴わない接客態度では客は満足するはずがなく、すべてが空しくなってしまう。
 このように見ると、中国での接客、サービス面で改善に取り組むべきことは、以下のことではないだろうか。

 一、利用する側(客)の立場に立つこと。利用者の利便性を最優先し、求めていることに十分対応し、満足感を与えること。
 一、自分の仕事に誇りを持ち、自分の持ち場に責任を持ち、陰ひなたなく働き、それを維持すること。

 中国政府は最近、国外に向けて自国の新幹線の売り込みに躍起となっている。また中国人のなかには、中国の新幹線は歴史こそ短いが、「スピード・設備・運営距離・値段」などの面ですでに日本を超え、世界ナンバーワンで中国の誇りだと見ている人も少なくない。
 しかし、安全性を伴わない新幹線では世界に誇れないし、それと同じく、上質の接客態度やサービスが伴わない新幹線では、とても世界一とは言えないだろう。
 虹橋高速鉄道駅で筆者が感じた「切符売場からホームまでの距離」は、そのまま「日中の差」を反映しているように思えて仕方ない。

 (筆者は女子大学教員)


最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧