【「労働映画」のリアル】第2回

●労働映画のスターたち・邦画編(2) 香川 京子      

若木 康輔


 小津安二郎『東京物語』(53)、黒澤明『どん底』(57)『天国と地獄』(63)、溝口健二『山椒大夫』『近松物語』(54)などなど。香川京子は日本映画黄金期を牽引した大監督に次々と起用され、“監督荒らし”の異名をとった。れっきとした銀幕の大スターだ。ところが、不思議なほどその印象は絢爛たる女優像から遠い。むしろほのぼのとした温かみばかりが、映画を見た者の心に残る。

 1931年、茨城県生まれ。幼少時に東京市豊島区に転居。49年、映画会社各社が協賛した新人発掘イベントで5,000人以上の中から選ばれ新東宝に入社した。自著『愛すればこそ スクリーンの向こうから』(勝田友巳・編/08・毎日新聞社)によると、華やかな世界に興味は無かったのに応募したのは、自分だけの仕事と言えるものが欲しかったからだという。戦後、女性の社会的地位は参政権を獲得して著しく向上した。その高揚を敏感に吸収した少女の姿が目に浮かぶ。

 新東宝では素直な演技の資質と清潔な美しさが愛され、50年のデビュー以来、主に良家のお嬢さん役で次々と映画に出演。しかし、初めて女優としての手応えを掴んだのは、貧しい家を舞台にした成瀬巳喜男『おかあさん』(52)だった。洋裁学校に通いたいのを我慢して、未亡人の母・田中絹代のクリーニング業を明るく手伝う娘役。地道に働く庶民の生活を細やかに描写したこの映画に出たことが転機となり、新東宝を離れてフリーに。多くのスターが映画会社と専属契約を結んでいた時代に、自分の納得できる仕事をするため、異例の選択をした。

 フリーになって間もなくに出演した『ひめゆりの塔』(53)では、今井正の粘る演出に耐え、演技を通して社会に問題提起できる女優の意義と責任を深く自覚する。東宝争議やレッドパージで追放された映画人達による独立プロダクション作品に、上記の巨匠の大作と同じぐらい積極的に参加しているのは、そのためだ。家城巳代治『ともしび』(54)の農家の娘役、山本薩夫『人間の壁』(59)の「勤評闘争」に取り組む教師役などを見ると、香川さん(親しみをこめて、さん付け)の女優としての魅力 —リアリズムの中でさらに輝く聡明さ、純粋さ— が、自立した生き方と切っても切り離せないものだったことがよく分かる。

 現在も現役で、孫ほど年の離れた世代の映画に出演。若者たちを見守るスナックのオーナーを演じた池田千尋『東京の日』が、10月下旬から都内を皮切りに全国で公開される。

 (わかきこうすけ 1968年北海道生まれ。テレビ番組・ビデオの構成作家。映画ライター。 ドキュメンタリーカルチャーマガジン「neoneo」編集委員。)

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●労働映画短信

◎「労働映画アンケート・あなたの注目労働映画は?」/Webアンケートにご協力ください。 http://hatarakubunka.net/ または、「労働映画事業」で検索!/11月末まで受け付けています。

◎働く文化ネット第24回労働映画鑑賞会〜子どもを見守る地域の絆〜/上映作品:『ボタ山の絵日記』(筑豊の炭鉱地帯で暮らす生活困窮児を描く)/12月10日(木)18:30〜/神田駿河台・連合会館2階201会議室 <http://rengokaikan.jp/access/> /参加費無料・申込不要/労働映画鑑賞会は2月・8月を除く毎月第2木曜日に開催しています。

◎働く文化ネットでは、日本映画百年の歴史が産んだ「労働映画」の中から100本を選び、日本の労働映画の豊かな世界を明らかにする作業を進めています。詳しくは働く文化ネット・労働映画スペシャルサイト <http://hatarakubunka.net/> 参照。

◎秋のおすすめ労働映画
今回のコラムで紹介した『東京の日』は、10/31ユーロスペースを皮切りに全国で順次公開中。『東南角部屋二階の女』の池田千尋監督によるラブストーリー、新しい「東京物語」の誕生です。(2015年 監督:池田千尋)
『明日へ』《11月6日(金)から 東京・TOHOシネマズ新宿ほかで公開》韓国で2007年に起きた実話を基にしたヒューマンドラマ。スーパーマーケットでの解雇撤回を求めて闘う主婦たち。(2015年 監督:プ・ジョン)
『ザ・トゥルー・コスト〜ファストファッション 真の代償〜』 《11月14日(土)から 東京・渋谷アップリンクで公開》最新モードを採り入れた洋服が低価格で供給される一方で、生産者たちが置かれている現況を追うドキュメンタリー。(2015年 アメリカ 監督:アンドリュー・モーガン)
『新しき民』《12月5日(土)から 東京・渋谷ユーロスペースほかで公開》岡山・津山藩での山中一揆を題材に、必死に生きようとする農民たちの姿を力強く描き出す歴史ドラマ。(2015年 日本 監督:山崎樹一郎)

◎名画座・特集上映
【神保町シアター】11/21〜12/25 「森繁久彌の文芸映画大全」…警察日記/夫婦善哉/裸の町/他
【飯田橋ギンレイホール】11/21〜12/4 「パレードへようこそ」「サンドラの週末」 2本立
【シネマヴェーラ渋谷】11/21〜12/18 「巨星・橋本忍」…暁の挑戦/七つの弾丸/私は貝になりたい/他
【新宿ケイズシネマ】11/7〜20 「ムヴィオラ15周年特集」…鉄西区/ステファン・エセルの遺言/他
【池袋新文芸坐】11/10〜27 「健さん FOREVER あなたを忘れない」…鉄道員/網走番外地/森と湖のまつり/他
【ラピュタ阿佐ヶ谷】〜12/19 「昭和家庭日乗 わたしのかぞく」…人生のお荷物/男ありて/山の音/他
【川崎市市民ミュージアム】〜11/29 「ATG特集 役者の引力!」…サード/遠雷/ヒポクラテスたち/他
【岐阜ロイヤル劇場】11/14〜27 「原節子特集 其の2」…山の音/美しき母
【京都文化博物館フィルムシアター】11/10〜29 「食べる映画」…生れてはみたけれど/破れ太鼓/泥の河/他
【広島市映像文化ライブラリー】〜11/29 「映画による日本紀行」…張込み/火まつり/嵐を呼ぶ十八人/他
【福岡市総合図書館映像ホール・シネラ】11/11〜29 「高倉健特集 第一期」…居酒屋兆治/動乱/ホタル/他


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