【「労働映画」のリアル】

第7回 労働映画のスターたち・邦画編(7)

清水 浩之


●労働映画のスターたち・邦画編(7) <草 剛>     /清水 浩之

 《当代随一の「等身大」スター 草食男子の40代はどこに向かう?》

 切れ長の目。高い鼻筋。太い直線で描かれた眉と頬。彼を初めて見た時、「ジャニーズの子にしては、ずいぶんと古風な顔立ちだなあ…」と感じたことを覚えている。男性アイドルといえば甘いマスクやクリッとした可愛い顔が主流だった時代。「草」という初めて聞く苗字とともに異彩を放つ存在だったが、まさか現在のような大スターに成長するとは想像もできなかった。

 ご本人の証言によると、中学生の頃からジャニー喜多川社長に「ユーは28歳の顔だね」と言われていたそうだが、“アイドルらしさ”を求められなくなる年齢になってから本領を発揮することを、社長は最初から見抜いていたのかも知れない。
 重厚な時代劇からシュールなコメディまで、幅広いジャンルの作品で主演を務め、すでに「大スター」級の実績を築きながら、どんな時代や設定の中にも違和感なく登場できる「等身大」スター。国民的アイドルグループ「SMAP」で共に歩んできた木村拓哉や中居正広とは違う、不器用だが温かみのある存在感。40代に入った今後、さらに面白くなると思う。

 1974年生まれ。今年7月には42歳になる。同学年の有名人には元メジャーリーガーの松井秀喜、バラエティ番組の帝王・有吉弘行、国会議員の山尾志桜里や山本太郎…といった人々が揃う。まさに今の日本を「ど真ん中」で支えている世代だ。つまり、草の出演歴を辿れば、この世代が社会人として歩んできた20年間の軌跡も見えてくる。

 「中1の時からずっと働いてきた」と語る草は、1988年結成の「SMAP」で正式にデビュー。当時11歳から15歳のメンバーは、いずれも東京近郊の自宅から“通勤”していた。歌番組が激減した「アイドル冬の時代」だったこともあり、喜多川社長は彼らを「ドリフターズのような存在」に育てようと考える。《歌えて・踊れて・笑わせる》アイドルを目指し、萩本欽一やタモリのバラエティ番組で修行を積んでいく。やがて1996年4月、SMAP初のゴールデン枠での冠番組「SMAP×SMAP」が始まると、5人のメンバーは単独でも映画・テレビの主演者として活躍するようになる。

 連ドラ初主演作は、関西テレビの『いいひと。』(1997)。学生時代に長距離走選手だった主人公がスポーツシューズのメーカーに就職し、その並外れたお人好しの性格で、周囲の人々の心を掴んでいく物語。草のノンビリした雰囲気が役柄にピッタリだった。『古畑任三郎』などで知られる監督・星護の、細部にまでこだわった演出とも相性が良く、平均視聴率20%のヒット作となった。

 その後、関西テレビでは草主演の「僕」シリーズが始まる。『僕の生きる道』(2003)では、胃癌で余命1年と宣告された高校教師が、残りの人生を精一杯生きようとする。続く『僕と彼女と彼女の生きる道』(2004)は、妻から離縁された銀行員が、一人娘の父親としての自覚を持つまでの物語。『僕の歩く道』(2006)では、自閉症の青年が家族からの自立を目指し、動物園の飼育係として働く日々を描く。平凡な青年の人間的な成長を温かく見守る3部作として、多くの人の共感を集めた。

 一方で、温厚な「草食男子」のイメージを逆手にとって、様々な困難に直面した主人公が解決に向けて八面六臂の活躍を見せるドラマの系譜も生まれていく。旧文部省のエリート官僚が警視庁へ研修にやって来て、書類の上ではわからなかった少年犯罪の「現場」を体験する『TEAM』(1999/フジテレビ)では、ベテラン刑事・西村雅彦と激しく対立しながら、次第に協力関係を築いていく姿が描かれる。その後は映画『黄泉(よみ)がえり』(2003/監督・塩田明彦)の厚生労働省職員、『日本沈没』(2006/樋口真嗣)の深海調査艇長、『BALLAD 名もなき恋のうた』(2009/山崎貴)では戦国時代の武士と、オーソドックスな二枚目役が続くが、2009年の“泥酔事件”による謹慎を経てからは、何かが吹っ切れたかのように「闇を抱えた男」を演じるようになり、新境地を開いた。

 謹慎明け直後に主演したドラマが『任侠ヘルパー』(2009/フジテレビ)。ヤクザ組織の幹部候補生たちが“研修”で老人介護施設に送り込まれ、現代社会から置き去りにされた老人たちとのふれあいを通して「真の任侠道」に目覚める。コンセプトは荒唐無稽だが、活劇の中に介護の実情を巧みに盛り込んだ結果、笑いと涙を誘う傑作が生まれた。振り込め詐欺をシノギにしていた主人公は、老人側の「誰かと触れ合えるのなら、騙されてもいい」という切実さを知り、介護の「道を極め」ていくことになる。30代の「男らしさ」を前面に出した草の姿は、やはり30代に入ってから任侠映画でブレイクした頃の高倉健を彷彿とさせる。アクション演出に定評のある西谷弘監督が、ゴスペル風のテーマ曲に乗せて流麗に描いた世界は、どこか「日本離れ」していて魅力的だった。2012年には映画化もされたが、日本映画の黄金時代であれば人気シリーズになったのではないか。

 その後も、無実の罪に陥れられた刑事に扮した『スペシャリスト』(2013〜/テレビ朝日)、父親の借金により全てを失った男が復讐に立ち上がる『銭の戦争』(2015/関西テレビ)と、人生に訪れた巨大な「闇」に立ち向かう人物を演じている。画面の外では、今年の初めに日本中の話題となった「SMAP解散騒動」で、20年以上続いてきた彼らの世界にも大きな転機が訪れていることがわかった。サラリーマンなら課長〜部長クラスの年代に達したわけで、今後はそれぞれの道を歩んでいく方が自然の成り行きとも思える。草さんはますます俳優としての活動が盛んになるだろうが、願わくば、映画での代表作が生まれることを期待したい。たとえば中国や韓国など、東アジアの映画作家と組んでみるのはどうだろう。“2010年代の男はこうして生きている”という作品を、彼の主演でぜひ見てみたい。

参考文献:「Okiraku」草剛・著(月刊ザテレビジョン連載、単行本:KADOKAWA)

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

◎『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会/日時:2016年6月11日(土)13:30〜17:15 参加費無料・申込不要/場所:連合会館2階大ホール(地下鉄新御茶ノ水駅B3出口すぐ)<http://rengokaikan.jp/access/> 《主催》NPO法人 働く文化ネット/【プログラム】パネルディスカッション「日本の労働映画の一世紀」(《パネリスト》井坂能行(岩波映像顧問)篠田徹(早稲田大学教授)佐藤洋(共立女子大学講師)清水浩之(映画祭コーディネーター)《司会》鈴木不二一(働く文化ネット理事)/映画上映:『にあんちゃん』1959年/101分 監督:今村昌平

◎働く文化ネット第28回労働映画鑑賞会〜工場街で『第九』しようぜ!〜/上映予定作品:『俺たちの交響楽』(1979年/112分)、工員の街に響く「歓喜の歌」。労働と芸術の融和を高らかに謳った青春映画の傑作。/2016年5月12日(木)18:30〜(18:00開場)/神田駿河台・連合会館2階201会議室 <http://rengokaikan.jp/access/>/参加費無料・申込不要

◎働く文化ネットでは、日本映画百年の歴史が産んだ「労働映画」の中から100本を選び、日本の労働映画の豊かな世界を明らかにする作業を進めています。詳しくは働く文化ネット・労働映画スペシャルサイト <http://hatarakubunka.net/> 参照。

◎【上映情報】労働映画列島! 2016年4月〜5月 <http://goo.gl/cw1Jxv>
※【労働映画列島】で検索!

◇新作ロードショー

『山河ノスタルジア』《4月23日(土)から東京渋谷 Bunkamura ル・シネマほかで公開》20世紀末から急速に変化していった中国社会を背景に、時代に翻弄されていく母と子の愛の軌跡を描いた人間ドラマ。(2015年 中国 監督:ジャ・ジャンクー)http://www.bitters.co.jp/sanga/

『殿、利息でござる!』《5月7日(土)から 宮城 MOVIX仙台ほかで先行公開、14日から全国公開》実話に基づいた時代劇。商人たちが千両もの大金を仙台藩に貸し付け、その利子の配分で寂れた宿場町を復活させていく。(2016年 日本 監督:中村義洋)http://tono-gozaru.jp/

『ふたりの桃源郷』《5月14日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》戦災で家を失った後、自ら切り開いた山で暮らし続けた夫婦と家族の25年間を、2世代にわたって追い続けたドキュメンタリー。山口放送開局60周年記念作品。(2016年 日本 監督:佐々木聰)http://kry.co.jp/movie/tougenkyou/

◇名画座・特集上映

【東京 北千住 シネマブルースタジオ】4/6〜6/14「昭和を彩った女優たち」…キューポラのある街/にっぽん昆虫記/他
【東京 池袋 新文芸坐】4/17〜28「脚本家・橋本忍 執念の世界」…七つの弾丸/コタンの口笛/黒い画集/他
【東京 神保町シアター】4/23〜5/6「桂文珍セレクション 大阪と映画」…白い巨塔/花のれん/じゃりン子チエ/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】4/23〜5/20「孤高の天才・清水宏」…小原庄助さん/女医の記録/有りがたうさん/他
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】5/1〜6/25「喜劇 駅前大集合!」…喜劇 駅前温泉/喜劇 駅前飯店/喜劇 駅前金融/他

【川崎市市民ミュージアム】4/29〜5/15「戦後ポーランド映画の系譜」…世代/身分証明書/マテウシの生活/他
【仙台 桜井薬局セントラルホール】4/9〜5/5「エミール・クストリッツァ特集」…黒猫・白猫/ジプシーのとき/他
【大阪 中崎町 プラネット】4/9〜「シリーズ映画史 映画の樹」…リュミエール作品集/極北のナヌーク/自転車泥棒/他
【大阪 十三 シネ・ヌーヴォ】4/30〜6/24「松竹120年祭」…お嬢さん乾杯/バナナ/この広い空のどこかに/他

【広島市映像文化ライブラリー】4/1〜5/29「時代劇特集」…一心太助 天下の一大事/人情紙風船/ちいさこべ/他
【福岡市総合図書館・シネラ】5/3〜28「新東宝映画特集」…東京のえくぼ/草を刈る娘/もぐら横丁/他
【那覇 桜坂劇場ほか】4/21〜24「第8回 沖縄国際映画祭」…沖縄を変えた男/ホースマンの純情/他


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