■【オルタのこだま】

勝者なき参議院選挙
―マイナスをプラスに転化する道―         初岡昌一郎

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(1)今回の参議院選挙は民主党の敗北に終わった。数の上での敗北以上に、士
気と結束の上で民主党にとって大敗北となりかねない危険を感じている。自民党
やみんなの党は予想よりも善戦したが、彼らの政策が支持されたというよりも民
主党不人気の受け皿となったと見られ、その意味で勝者無き選挙であった。
  
  民主党の敗北は、選挙前と選挙中の党首の言動に対する批判という面があ
るとしてもそれは副次的なもので、今回の敗北は、政権について以来10ヶ月間
の行動と政策に対する国民の評価が主要な原因である。この観点からの総括が将
来のために必要である。

(2)消費税の提起だけで民主党が負けたと見るのは近視眼的に過ぎるとしても
その他の政策や訴えに国民を本当にひきつけるものがあったのだろうか。自民
党が主導してきた高度成長的な強い経済に復帰できる条件があるとは誰しも思っ
ていない。経済優先の路線がこの20年間の行き詰まりを招いたとの反省から、
「コンクリートから人へ」という転換が支持された事を軽く見すぎた。この選挙
を通じて人々の心に訴える政策はどの党からも提起されなかった。

(3)民主党は労働や生活の質の向上とか、非人間的な雇用・労働条件の克服に
つながる政策に見るべき力点が置かなかった。例えば、所得の公正な分配と再分
配、共稼ぎ世帯の育児や家庭生活の重圧を解消するために不可欠な、他の先進国
が行なっている超過勤務の公的規制や実質労働時間の削減などが顧みられなかっ
た。

(4)民主党が、参議院での数合わせのために連立パートナーを無理やりに見つ
けようとするのは不毛な試みに終わる気がする。民主党が予想以上の敗北を喫し
たので、他の野党は少なくとも見通せる将来連立に乗り気にはならないだろう。
民主党が"沈む"とみなされる限り、他からその船に乗り込むものはいない。しか
しその反面、自民、公明、みんな、社民の各党とも、一致する政策上の協力を否
定していない。

(5)かつて、自公連立政権と鋭く対立しながらも、民主党などの野党が優位に
立つ参議院が、主要政策の一部修正を含め、かなりの法案制定に協力してきた。
民主党が参議院で少数しかない事が、直ちに立法や政策上の行き詰まりを招くも
のではない。むしろ、国会が政府の提案を受動的に審議し、それを承認するだけ
の機関から脱却し、真にオープンな審議を自律的に行なう政策策定・立法機関と
して機能する事を目指すべきだ。

(6)一部の政党幹部が思うままに駆け引きする場ではなく、政策を自由に議論
する場としてこそ、政治主導が確立される。参議院で少数派になった事を嘆くよ
りも、政府や衆議院のコピーではない、参議院本来の機能を取り戻す好機と捉え
るべきであろう。憲法は本来的に過剰な立法を抑制する機能を参議院に期待して
いる。

(7)税制やその他の政策について、他の野党とどのよう協力関係を構築するか
とか、どのような手続きによって進めるかという戦略戦術論よりも、どのような
目的のために、誰の利益を守るために進めるのかという、本質論を菅首相と民主
党は丁寧に国民に対して積極的に説明すべきである。

 この面では、国民は決して政治に目先の現実論だけを求めていない。強い経
済、強い財政、強い社会保障を実現している例として北欧諸国がよく引き合いに
出されるが、北欧が平等主義的な所得の分配・再分配政策をとっている事、民主
主義のあらゆる面での徹底によって社会からタテ型の権威主義が消滅し、姑息な
利益誘導政治がほとんどなくなっていることなどを見落としてはならない。こう
した社会が日本よりも2倍も高い労働生産性を達成するのを可能にしているのだ。

(8)日本の現在の主要政党には、濃淡の差はあるものの、保守主義、ネオリベ
ラル、社会民主主義思想などの諸傾向や、多様な利害がその内部に混在してお
り、思想やイデオロギーに政党間で決定的な相違があるとは思えない。したがっ
て、自由な議論や積極的な批判を抑制する幹部主導の党内統制は不毛なだけでな
く党是とする民主主義の原理にも背を向けるものである。

(9)地方分権や、民主的な意思決定、情報公開を掲げる政党は、自らの党運営
や国会審議にその原理を反映させなければならない。政策による部分連合には、
自律的に政策合意を形成する基礎として各委員会の自立的運営が必要となる。こ
うした観点からすれば、今回の民主党の小さな敗北を将来への大きなステップと
して生かせる道があるはずだ。

             (姫路獨協大学名誉教授)

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