北方領土不法占拠論を衝く

■ 北方領土不法占拠論を衝く         望月 喜市

───────────────────────────────────
最近、人気タレントが、そのTV番組で、北海道根室地方の今冬の平均気温の
計算には北方領土の気温が入っているのかと問いかけ、助手が気象庁ではそこは
観測していないようだ、と答えると、日本の固有の領土でありながらそうしない
のはおかしいとたたみこんだ。そこで多くの日本人は、なるほどそのとうりだ、
と相槌をうつ。そしてロシアはけしからん、だから嫌いだ、と続く。これが普通
の日本人の北方領土問題の認識であり、対ロ感情だ。この一般的対ロ感情が正さ
れなければ、いつまでたっても日ロ平和条約は締結されないだろう。

同じことは、固有の領土論でもいえる。北方領土は我が国固有の領土だ。しか
しだから我が国の領土であるべきだというのは、論理が飛躍している。一般に固
有の領土であっても、そこを領有していないケースは、欧州ではよくある。さら
に、固有の領土でなくても現に領有しているケースもある。つまり、「固有の領
土(1度も他国に領有されたことのない地域)」⇔「領有権を主張できる地域」
という関係は常に正しいとは限らないのだ。 ・固有の領土論の誤りはもう1つあ
る。それは、外交交渉上での合意事項を考慮していないことだ。

北方領土4島は日本固有の領土であったが、サンフラン平和条約(1951年9月署
名、52年4月発効)で日本は4島を放棄したのである(批准国会での西村条約局長
の答弁)。さらに、1956年の「日ソ共同宣言」(署名10月、発効56年12月)では
日ロ間の平和条約締結後2島を引き渡すと規定し、日本も署名した。つまり、歯
舞群島・色丹島は引き渡すが、後の2島はロシアが領有し続けても抗議する権限
がないのだ(放棄したのだから)。 ・4島へのロシアの実行支配(占領)は、不
法占拠か。つまり占領を継続する国際法上の根拠はなにか? この問題は4島一括
返還論の強固な論拠になっているので是非論破する必要がある。

ポツダム宣言(日本はこの宣言の受諾を8月14日に連合国に予告した)に依拠
して(注1)、日本が米戦艦「ミゾリー」艦上で降伏文書に調印した日は1945年
9月2日であり、連合国との戦争状態がこの日に正式終息した。降伏文書調印と同
日に出された(日本帝国陸海軍の)一般命令第1号により、「千島諸島に在る日
本軍は(アメリカ軍でなく)ソ連極東軍最高司令官に降伏すべし」と命令された。
注1:ポツダム宣言第7条要旨→「新秩序が(日本に)建設され、日本国の戦
争遂行能力が粉砕されたことが確証あるに至るまでは占領されるべし」。

ついで1946年1月29日、GHQ指令(SCAPIN-677)により、千島列島、歯舞群
島、色丹島は、日本の行政範囲から省かれた。この時以降、日本の行政権は及
ばないのでソ連の支配を不当とする根拠は無くなった。 1946年2月2日、ソ連
最高会議幹部会令は南サハリン州の設置を決めた(「われらの北方領土」08年
版、p.18)。これにより、同地域はロシア(ソ連)の国内法が適用されるこ
とになった。

しかしまだ、サンフランシスコ平和条約までは、千島占領は(ソ連軍の)戦時占
領という性格を脱していない。サンフランシスコ平和条約(1951年=昭和26年
9月8日署名、1952年=昭和27年4月28日発効)により、日本は独立を回復し
た。サンフランシスコ平和条約2条C項で、日本は千島列島の領有を放棄したの
で、日本に千島の領有権を主張する根拠はない。ただし、放棄した千島の範囲
に歯舞・色丹は含まれないとの見解もある。

しかし、千島列島に歯舞群島・色丹島が入るという考えは、戦前の日本帝国の
国定教科書を始め、国際的通説である)。サンフランシスコ平和条約をソ連は批
准していないので、日本とソ連との戦争状態はこの時点では終了していないと言
える。そのため、「日ソ共同宣言」発効以前は、ソ連の千島占領は合法的な戦時
下の占領といえる。 1956年12月12日「日ソ共同宣言」は発効し、両国の戦争状
態は法的に終了した。「共同宣言」第9条には、平和条約締結後に「歯舞群島及
び色丹島を日本に引き渡す」となっている。このため、平和条約締結までは、両
島をソ連が支配することは日ソ間の了解事項だったと言える。

1956年11月29日、参議院外務委員会における下田武三政府委員(条約局長)の
(梶原茂嘉委員への)答弁では、ソ連が北方4島を占領し続けることは不法とは
言えない、と言っている。下田武三君:(要旨)56年共同宣言の発効により第一
項の規定により、戦争状態は終了した。したがってその後は戦時占領ではなくな
る。歯舞・色丹に関しては、第9項で、平和条約終了後にソ連が引き渡すとあり、
それまでソ連が事実上そこを支配することを認めた形になっている。したがっ
て、ソ連が引き続き占拠することが不法とは言えない。それから、国後・択捉に
ついては、これも日本がすぐ取り戻すという主張をやめて、継続審議で解決する
という建前をとっている。

したがって、これについても事実上解決付くまでソ連が押さえていることを、
日本が不問に付すという意味合いを持っているから、これもあながち不法占拠だ
とは言えない。要するに、日本はあくまでも日本の領土だという建前を堅持して
おり、実際上しばらくソ連による占拠を黙認するというのが現在の状態であると
思う。以上の経過を総括すると、千島は戦時占領されたのだという認識から、千
島の実効支配を黙認するという態度にかわったというのが日本の立場であり、現
状をソ連の不法占拠とは言えないのだ。

          (北海道大学名誉教授・NPO極東研理事長)
(注)この論考は、「まぐまぐ」で公開されている「離陸するロシア極東」
http://archive.mag2.com/0000257699/index.html )のなかにもあります。

                                                    目次へ