北海道の恥

■北の便り(4)  南 忠男
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◇ 北海道の恥

    「ヤッカイドウ」から「デッカイドウ」へ
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 先号でも高橋知事のことにふれたが、彼女は一時期、当時の通商産業省の出先「北海道通産局」に在席しただけで、北海道とは縁もゆかりもない輸入知事、天下り知事、単身赴任知事である。このような知事をいただく北海道には本当に人材がいないのかが問われるはなはだ恥ずかしい話だ。もう一つ<北海道の恥>と言われる象徴的事例に「北海道開発庁」の存在があった。

 「北海道開発庁」は、1950年、北海道開発法の制定とともに設置された官庁であるが、翌年の1951年、現業部門として「北海道開発局」が札幌市に開設された。その後、2001年の省庁再編の際、「北海道開発庁」は国土交通省に統合され、「北海道局」として「庁」から「局」に格下げされたものの、札幌に所在する「北海道開発局」の存続をはじめ実質的機能は元のまま温存されることとなった。

 50年当時の議論を顧みると、社会資本整備のおくれた北海道の開発を促進するためには「直轄公共事業、補助事業の一体的総合的に推進する官庁」が必要だ、とされて北海道開発庁が設置されたのだが、本当のねらいは、中央政府にとって邪魔な革新知事に北海道の開発行政を託したくないため、北海道知事の権限を剥奪することにあった。

 もう一つ、北海道の「モノトリ・モノモライ体質」を問題にしなければならない。ことの始まりは、1959年の北海道知事選挙だ。戦後初の民選知事は社会党の推す田中敏文であったが、3期12年で引退し、後継に横路節雄(現民主党衆議院議員・副議長・横路孝弘の父)が立候補し、道政奪還を狙う自民党は、町村金五(現自民党衆議院議員・外務大臣・町村信孝の父)を立て、革保の総力戦となった。

 自民党は「中央直結で、町や村に金を五倍もってくる」のワンフレーズで挑戦し、僅少の差で勝った。「町村金五」が「町や村に金を五倍持って来る」とは漫才のような話であるが、ここから、「モノトリ・モノモライの北海道」がスタートした。予算編成の時期になると、道内の市町村長は永田町・霞ヶ関詣でを展開する。地元の陳情団をひきつれて省庁廻りをする国会議員を「ヤッカイドウの○○先生の口利き」と霞ヶ関官僚に揶揄されていた。いまでも「ホッカイドウ」は「ヤッカイドウ」なのだろうか。

 確かに開発予算に関する限り北海道と沖縄は特例措置がとられてきたし、公共事業でも他府県と比べ優遇されていた。

 「モノトリ・モノモライ」と言う表現は確か松下圭一先生の著書の中にあった言葉だと思う。補助金をばらまいて中央政府が地方を支配する中央集権の構図であり中央省庁の官僚の権益保持~官僚支配そのものである。北海道でも必要のない道路や、いわゆる「ハコもの」が沢山ある。「タダで貰えるものは貰らわにゃ損々」の中味、これが「必要のない道路・ハコもの」なのだ。「タダ」については若干補足しなければならない。

 ひも付き補助金のほとんどは地元負担があるのだが、「地元負担金は地方債で措置せよ」「そのために必要な元利金は地方交付税交付金で手当てする」とのこと。地方交付税交付金は本来、使途の特定されないものであるにもかかわらず、ひもつき補助金を地方に押し付け、そのために派生する地方の負担を、交付税で始末しょうとするマジックとして利用されている。いま、いわゆる三位一体改革で中央と地方の綱引きが行われているが、三位の一つであるの地方交付税交付金の中味を透明化し、官僚の手加減で歪められない制度として再構築することからはじめなければ、百年河清を待つことになる。

 地方に主権が回復されればはじめてムダづかいは解消される。地方自治・住民自治が確立されれば、住民自身が判断して無駄な道路、ハコモノを拒否することが可能になる。地方分権・財政自治・財政調整、これが「三位一体」でなければならないのである。

 今後機会をみて、「ヤッカイドウ」から「デッカイドウ」への転換の課題について問題提起をしたいと思っている。
                     (筆者は元旭川大学講師)