【コラム】
風と土のカルテ(61)

医療、健康を支える「水」供給の危機的状況

色平 哲郎


 「国民皆水道」を達成してきた水道事業の基盤が、人口減による料金収入の減少、水道施設の老朽化、職員の高齢化などで揺らいでいる。しばしば「日本人は空気と水と安全はタダだと思い込んでいる」と、やや揶揄的に指摘されるが、水はタダどころか、今後、水道料金の値上げは避けられないことだろう。
 医療・介護や福祉関連の施設にとって、「いのちの水」をめぐる情勢の変化は大いに気になるところだ。

 私が暮らす長野県佐久市では、佐久平上水道組合を前身とする「佐久水道企業団」が既に、2市2町にわたる計画給水人口12万人余りの「広域水道」を長年にわたって運営してきた。自治体同士が共同で水道を維持・管理する形だ。
 同企業団の水道水は、主に湧水や地下水を水源にしていて、水量の約7割を河川やダムなどの表流水に依存している全国的な状況とはやや異なる。塩素消毒だけで給水できる点は、佐久ならではといえよう。取水する水系の中に、八ヶ岳山系からの極めて優良な水が含まれている。

 ただ、同企業団の職員1人当たりの給水人口は全国平均よりも少なく、大都市部のように効率的に給水できる体制にはなっていない。しかも、山間部が広く、地形的制約の中で水を送っているので、管路を延長したり設備を増やす必要があり、電気・機械設備などの維持管理の負担が大きい。職員は比較的若いとはいえ、将来を見通せば、水道事業が安泰とは言い難い。

 昨年末の水道法改正で、全国的に水道事業の危機的状況に光が当たった。法改正の目的が水道事業の基盤の強化であることは言うまでもない。今後は自治体と企業の「公民連携」が必要だと強調された。

 ところが、「水はタダ」という先入観が強いせいか、公民連携に関し、2つの誤解が世の中に広まったと専門家は指摘する。
 まず、水道事業を民間に委託すればコスト削減がなされて料金値下げが期待できる、という誤解だ。
 「水道産業新聞」は2019年3月28日付社説で、こう指摘している。

 「小規模自治体のなかには、『水道担当職員が1人』という『24時間・365日』の水道事業の本質と明らかに矛盾する人員配置を行っている所も珍しくない。
 (中略)
 この基盤が損なわれた、会社で言うなら倒産寸前の所にコスト度外視で救済する企業は現実にはあり得ないという『常識』が何故に市民レベルに浸透していないのか?」

 2つ目の誤解は、逆に民間に丸投げしたら「大幅な値上げやサービス水準の低下」が避けられないというもの。
 これは「考え得るリスク」の1つと、前述の社説はとらえており、「それを回避するための防護措置が施されているのが今回の水道法改正である」としている。

 世の中の理解がどうであれ、確実に言えるのは、自力で基盤強化が困難な自治体には「民の力」が必要ということだ。
 「民が参加する」ためにも、自治体間の「広域化」によるスケールメリットが求められる。佐久水道企業団は、時代の先を、ほんの少しだが確実に、着実に歩んでいるようだ。

 (長野県佐久総合病院医師・オルタ編集委員)

※この記事は著者の許諾を得て『日経メディカル』2019年5月31日号から転載したものですが、文責は『オルタ広場』編集部にあります。
 https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201905/561061.html

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