■ 世界経済体制の危機と再編 -危機は変革のチャンスー 望月 喜市

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  まさに百家争鳴,天下動乱の世界だ。未曾有の経済危機への処方箋を誰も書く
ことが出来ない。金融対策も財政政策も後手後手に廻っている。正体不明の疫病
に右往左往するばかりだ。H.G.ウエルウズの名作『宇宙戦争』(1897年)は,火
星人の地球襲来に対し,世界が一体となって闘うSFだが,昨今の地球はこれにそ
っくりである。G8からG20サミット,ASEAN+3, 地球温暖化問題などのニュース
を読むと,世界の政・官・財のトップたちが,絶え間ない会合の連続で,連日の
ように地球を駆け回り,声明を発表している。しかし,市場はプラスに反応しな
い。

 サブプライムローン問題に端を発した米国発の金融危機は,瞬く間に世界に広
がり,経済危機となって実体経済に襲い掛かっている。危機拡大の速度と規模は
驚くべきもので,大津波が一瞬にしてパラダイスを地獄に変化させる様に似てい
る。事実,08年年央までは,多くの国は空前の好景気を謳歌しており,自国は心
配ないと豪語していたのだ。

 08年1月のダボス会議でロシアのグレフ副首相兼財務相は豊富な「外貨準備高
」や原油輸出税などを積み立てた「準備基金」・「国民福祉基金」や財政黒字,
貿易黒字,豊富な支払準備金などを根拠に,ロシアを「安定の島」と呼び,アメ
リカ起源の世界的金融不安は,ロシアには飛び火しないと述べた。1年後(09年
1月)のダボス会議に出席し,開会式直後にスピーチしたプーチン首相は,次の
ように述べた。「1930年代の世界恐慌と今度の危機との決定的違いは,政治・経
済システムに関係なく,全ての国々が危機的現象に見舞われたことだ。これは金
融システムの崩壊であり,調整能力の弱さの結果だ。基軸通貨国米国が,事実上
制限なしに紙幣を印刷し,幸福を享受し,他国は安い製品を生産しドルを溜め込
むといったグローバル経済成長システムが元凶なのだ。この対策の1つは,1つ
の基軸通貨制度から複数の基軸通貨制度に移ることだ」。ここには,危機後の世
界経済に対するロシアの見解が示されている。
 
  ポール・クルーグマン教授は,欧州の危機対応策が不十分なのは,欧州中央銀
行が十分なリーダーシップを取れないからだ,"欧州政府"がなく,対立しあう16
カ国政府の一致した支援を得られないからだと言い,さらに言葉をつなぎ「より
深い問題が存在する。欧州諸国の経済・通貨統合が,政治制度の統合以上に進化
したしたことだ」(COURRIER JAPON,MAY,2009)と述べている。まさに,これは欧
州だけでなく地球全体に当てはまる。世界経済システムが,政治システム以上に
進化してしまったのだ。巨大資本はとっくの昔から,国境を越え世界的規模で活
動している。国連は各国の利害対立で,決定的なリーダーシップがとれない。湯
川秀樹博士の世界連邦構想を思い出す。

 地震と大津波で何もかも失った地域は,過去のしがらみにとらわれない斬新な
都市設計のチャンスを受取る。今度の世界同時不況は,最近まで続いた市場シ
ステムをベースとする拡大路線の歴史的転機になるのではなかろうか?転機に
するために世界の叡智を結集すべきときである。世界経済の再編を暗示する幾
つかの項目を思いつくままに挙げてみよう。

(1)中国やロシアが強く発言している一国通貨体制の見直し,
(2)超大国アメリカの権威失墜(イラク・東欧圏での政治的失敗,金融危機の発
生と拡大を未然に防止できなかった)
(3)新興諸国の台頭(多極世界への移行,G8からG20への移行に見る新興国グ
ループの影響力増大,
(4)アジアの台頭(世界史の舞台の移動,欧州→米州→アジア)
(5)エネルギー体制の見直し(石油・ガスの世界的需給体制の再編成)
(6)グリーン革命に見る,世界的規模での地球環境防衛システムの構築,
(7)金融工学をベースとするハイリスク・ハイリターン・アプローチに対する規
制とモニタリング,
(8)保護貿易への世界的傾斜の防止と自由貿易原則の維持,
(9)貧困に対する世界的セーフテイネットの構築,
(10)武装テロ,I Tテロ との国際的戦い。

 現在,株価など金融分野での回復の兆しが見え始めた。しかし実体経済の危機
以前への復帰には,2年程度は覚悟しなくてはならないだろう。経済危機は早晩
克服されるだろうがそのときまで,全ての固体(entity)は,この危機を生き延
びる術(スベ)を取りながら,来るべき世界への準備をすべきである。不況下の
準備如何が,新世界での優劣を決めよう。     09年4月17日記

       (筆者は北大名誉教授,経済学,ロシア経済)

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