【北から南から】ミャンマー通信(25)

危機的な集会・デモの自由
学生デモへの過剰な弾圧

中嶋 滋


●デモ隊を警棒で殴打

 前号の報告で触れた、教育法改正に関する学生を中心にした反対運動に対して、ミャンマー政府による弾圧が強められています。とりわけ警察とその補助部隊による暴力行使は、集会・デモの自由に対する重大な侵害であるとして、国際人権団体やEIなど多くの国際労働組織からも非難と抗議の声が寄せられています。
 学生デモ隊と警察との衝突は、3月10日にペグー管区のレッパダウンの街で起きました。警察は、デモ行進を阻止しようとヤンゴンに通じる街道をバリケードで封鎖しました。それを突破しようとしたデモ隊に警官隊が地元の補助部隊とともに襲いかかったわけです。この補助部隊というのが問題で、学生のみならずデモ隊周辺にいた僧侶や地元住民をも警棒で殴打し、多数逮捕しました。

 この弾圧の模様は軍政時代に多くみられたものでしたが、民政移管以降は姿を隠していました。私服の補助部隊は無責任で、それだけに極度に暴力的であるといわれています。この補助部隊と同様な部隊が、学生デモに連帯してヤンゴン市役所前で集会を行っていた市民や学生をも暴力的に襲い、8人の参加者を逮捕し(この中には88年民主化闘争の学生運動指導者であった人も含まれていました)解散させました。こうした補助部隊による弾圧行動は、日本人ジャーナリストが射殺された2007年の僧侶が主導したデモ以来のことです。「逆行」を危惧する声も強まっています。

 教育法をめぐる一連の抗議行動は、各地の学生団体と政府・教育省との間で高まっていた対立が要因で、教育改革全国ネットワーク(NNER=National Network for Education Reform)や全ビルマ学生同盟連合(ABFSU=All Burma Federation of Student Union)を中心とする学生側は、法案が教育の民主的改革に不十分な内容に止まっているとしています。公正でインクルーシブな教育制度を要求しているのですが、政府・教育省が耳を貸さないと批判しているのです。
 大統領府が調整に乗り出す局面もあったのですが功を奏さず、ミャンマー全国からヤンゴンに向けた全国デモが実施されました。3月初頭にレッパダウンの街で止められたのは、そのデモの一環でした。警察は3月10日、学生側に小集団に分かれてのヤンゴンに向けたデモ出発を許可したといわれています。それに従って出発しようとしたデモ隊に警察と補助部隊が襲いかかり、多くのデモ参加者を逮捕したことになります。暴力的であるばかりでなく姑息な手段を弄したといわざるを得ません。

 学生デモに連帯したヤンゴン市役所前での集会で逮捕された8人は、翌日全員釈放されましたが、その際、「平和的集会・平和的行進法」違反で起訴の可能性があることを告げられたと、報道されています。同法は全ての集会は地元当局の許可が必要としています。学生たちの集会の多くは、事前許可なしに行なわれています。教育だけでなく土地をめぐる抗議集会などに対する警察による暴力的弾圧が急増しつつあります。「平和的集会・平和的行進法」を使っての集会・デモの自由への侵害が横行し、民主化進展に逆行する動向が強化され現実化することが心配されます。

●「平和的集会・平和的行進法」による弾圧強化

 「平和的集会・平和的行進法」は、2014年6月に改正されました。そして、この法律の名の下でミャンマー政府当局は、土地や教育をめぐる問題で非暴力の抗議運動を行なっている人びとを逮捕・起訴しているのです。その数は急増中で、この数ヶ月間に数十人に及んでいます。

 その中には、2週間にわたってヤンゴン市庁舎前で土地収用への抗議活動を行った14人が、「平和的集会・平和的行進法」と刑法(歩行者の妨害)違反で逮捕・起訴されたことが含まれています。全員保釈が認められましたが、現在も裁判は続いています。当局が認めた場所以外で抗議活動を行ったとして「平和的集会・平和的行進法」違反で起訴された例もあります。また、鉱山開発に反対したデモ隊の1人が警察に殺されたことに対して、中国による開発であったことから中国大使館前で抗議活動を行なった4人が「平和的集会・平和的行進法」と刑法違反(暴動、わいせつ、公務執行妨害、公安紊乱、脅迫)で逮捕・起訴されています。
 この他にも、先に触れたようにABFSUなどの学生30人が「平和的集会・平和的行進法」違反で逮捕・起訴されています。同法は「平和的集会」を「2人以上」からなると規定していますが、単身で抗議の意志を示した人も逮捕されています。

●曖昧な規定・煩雑な手続き

 抗議活動を行う人には、非暴力に徹しても「平和的集会法・平和的行進法」が課すさまざまな制限事項のいずれかに違反したとして、逮捕・起訴される可能性があります。集会を開催しようとする人は、5日前に「許可」申請を出さねばなりません。許可なしで集会を主催すると、非暴力・平和的で治安を乱さないものであっても罪に問われかねません。

 申請には、予定する集会の開催日時、場所といった基本情報だけでなく、集会の進行や内容、主催者と発言者の氏名・住所など不必要に細かい情報も提出せねばなりません。明らかに過剰な情報を提出させることによって、弾圧の口実を用意しているのです。軍事政権下で当局の意に反する行動の全てが弾圧の対象とされてきたミャンマーでは、過剰な情報を事前に提出させることによって、集会・デモの主催者や参加者を容易に萎縮させることができるのです。

 さらに最近の法改正によって、申請には集会内容だけでなく「スローガン」も記されなければならなくなっています。「許可された以外のスローガン」を唱和すると3ヶ月以下の刑を受ける可能性があります。ヤンゴンでの集会・デモの会場がチャイッカサン運動場に限られることがよくあります。抗議対象となる政府関係の建物が近くになく、市民に注目されることもないからです。相応しい場所で集会などを行うと主催者は逮捕されるというわけです。

 集会等への参加者は、幅広く曖昧な制限事項に違反した発言をしたとして逮捕されることもあります。参加者は「騒ぎ、妨害、迷惑、危険をもたらすような、またはそれらが起こりうるとの懸念を生じさせるような言動を取ること」を禁止されているからです。「わが国あるいは連邦、民族、宗教、尊厳、基本的な道徳を乱すような事柄を述べてはならない」という規定もあります。さらに「流言や不正確な情報を流してはならない」という規定もあります。
 これらの規定に反すると当局によって判断されれば逮捕され3ヶ月以下の刑に処せられることになります。要するに、曖昧で幅広い制限事項を適用するか否かは、当局の一方的な判断によるわけです。集会・デモの主催者や参加者には、具体的に何が法に違反する言動であるか否かが一切分からないわけですから、弾圧を狙う当局側にとっては非常に便利な法律であるのです。

 ミャンマーは今年秋(10月末から11月前半)に5年ぶりに総選挙が実施されます。それはミャンマーの将来を決定づけるといわれ、この国にとって重要な意味を持つものです。既に始まっていますが、総選挙に向けてさまざまな集会・デモが益々多く行なわれることは明らかです。それらの平和的な行動に対する弾圧は、民主国家建設というこの国の将来にとっても、あってはならないことです。ミャンマーの民主化推進を逆行させてはなりません。今、重大な岐路に立っている感じがします。2011年以来のテインセイン政権による一連の民主化政策の真価が問われています。

 (筆者はヤンゴン駐在・ISTU代表)


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