原子力発電の過去、現在、そして未来

■ 海外論潮短評(46)

     原子力発電の過去、現在、そして未来     初岡 昌一郎
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リベラル派の立場で長い歴史を持つ名門週刊誌『ネーション』の4月4日号が、
福島原発事故以後の原発問題を取り上げ、常連寄稿者三人が福島事故を受けて緊
急に寄せた署名入り論説を掲載している。核兵器と原発に批判的なこの週刊誌の
立場が、それらの主張で明解に展開されている。提起されている主論点は日本で
も真剣な検討と論議に値するものだ。なお、『オルタ』読者が見出しを一見して
内容を推察しうるものとするために、サブタイトルは評者が付したものである。
要約に当ってはいつものように、回りくどい間接的表現は避け,できるだけ直裁
かつ平易、そして解説的にした。

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1.広島から福島まで ― 出発点から欺瞞的な“核平和利用”
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  日本における恐怖に充ち、胸のはり裂けそうな惨事は、連続的な、しかし、必
然的とは言い得ない大災害の連続から生まれている。地球の自然力が最初のショ
ックである、日本の歴史でも空前の大地震をもたらした。これが自然災害である
ことには疑問の余地がない。

 次に地震が巨大な津波を惹起し、これがはるかに大きな規模で人命の損失と破
壊をもたらす直接的な原因となった。このワン・ツー・パンチによって、第三の
原発事故という惨事がすぐに続いて発生した。これらの災害の原因と性格は区別
して論じられなければならない。地震と津波は地球の自然作用に起因するもの
で、犯人を名指すことはできない。だが原発事故は、少なくとも一つの基本的な
側面で自然災害と異なる。それは人災であり、責任を負うべき人たちが存在する
点だ。

 人間が核融合や核爆発を人為的に創出するまでは、地上において自然状態で問
題となる核エネルギーが放出される事はなかった。この力を地上に導入したのは
人間であり、65年前のアメリカによる広島と長崎にたいする原爆投下が核利用
の嚆矢であった。「原子爆弾は宇宙の基本的な力を利用したものである」とい
う、当時の大統領トルーマンの言葉は今日でも熟考に値する。菅直人首相が今日
の事態を「第二次大戦以後最悪」と言及したのは、原爆投下による悲惨事を想起
したものである。

 原爆投下後しばらく、核エネルギーは想像もつかないほど悪性のものと理解さ
れていた。しかしながら、1950年代に最初の原子力発電所が建設される頃か
ら、核利用の積極面が強調されるようになった。転換点は1953年であり、当
時アイゼンハワー大統領が「原子力平和利用」提案をおこない、一定の核兵器不
拡散を条件に、核保有国が核技術を他の国に売却する道をひらいた。

 アメリカの核保有を飛躍的に増大させたのは、アイゼンハワー大統領時代であ
った。彼の一期目に1,436台であった核弾頭が、二期目の終わりには20,
464台へと十数倍増にもなっていた。彼の基本的核戦略は「大量報復」で、前
任者のトルーマンよりも核兵器に依存を深めた。無謀な核タカ派との評判を気に
したアイクによって打ち出されたのが、核の平和利用であった。日本をふくむ他
国にこうして原子力の基本的知識と技術が輸出されることになった。

 今や福島で手に負えなくなっているように見える連鎖的原子炉破壊は、人間の
力量と、人間が制御できると想定している物理的な力の本源的なミスマッチを明
示している。原子力発電は高度で複雑な技術である。しかし、周期的におきてい
る事故は、人間の弱点によるお粗末な理由からくるものである。

 原子力発電のワザとは、連続的核反応により発生する超高熱で水を沸かす事に
ある。この高熱は不断の冷却を必要とする。冷却にはポンプを必要とするが、こ
のポンプ稼動には在来型の動力を必要とする。日本で今起きているように、この
点が習慣的な事故を生んできた。バックアップ電源が不時停止した時、バッテリ
ーが尽きた時、ポンプの回転は停止する。大容量コンテナに水を注入する事は通
常では容易だが、最良に設計されたプランでも不測時には油断できない。

 今回の原因は津波であったが、時にはオペレーターがスウィッチの前で寝込ん
だことがあった。予測不能な、あるいは予想可能な事故が操業のあらゆる段階で
これまでも起きていたが、あまり知らされていなかっただけである。日本を例に
とると、その原子力発電は安全規則の無視や違反の隠蔽を日常茶飯事とする実績
で知られていた。こうしたことは巨大な官僚的機構には付きものではなかろう
か。官僚が規制機関を支配するのが通例となると、些細な事故の無視と隠蔽も常
態となる。しかし、自然が本源的なパワーが発揮したとき、そのような慣行が破
滅の導火線となる。

 もう一基のバックアップ発電機が必要だったとか、安全規則が十分でなかっ
た、あるいは核廃棄物保管場所が適当でなかった、放射能拡散制御が不備であっ
たことなどが、今後にとっての真の問題ではない。われわれのような躓きやす
く、不完全な人間が、核の分裂や融合によって放出される神の火を振り回すに向
いていないことこそ、真の問題なのだ。

 新しい事態からみて、原子力発電を即時廃止すべきと提案をする人がいる。私
は、危機の性質から見て広く受け入れられうる別の形の提案を持っている。それ
は、立ち止って、問題を掘り下げて検討すること。

 どのくらいの間立ち止まるのか。核廃棄物プルトニュウムの効力は半減に
24,000年を要する。これが、問題のタイム・スケールを示唆している。半
減期の半分に当たる12,000年の検討期間をとれば、急ぎすぎとは誰もいえ
まい。その間に、安全な新エネルギーを追求できるし、核分裂のよりよい利用を
行ないうるほど人類が賢明になっているかもしれない。

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2.日本からの警告 ― 事故のない原子力発電はない
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  日本の当局はまず言い訳から始り、次に迷走し、今や事態に押されて後退の一
途を辿っている。彼らの危機把握は包括的ではなく、バラバラで断片的である。
国民に対する説明はさらに限られている。放射能流出が既に危機的に危険な段階
に達しているのにヘリコプターで空中から水を散布する事などは、無策と狼狽振
りを如実に示す象徴的な一齣にすぎない。

 福島は重大な警告である。そのメッセージは誰にも明白で、システムが失敗す
る時、不可測な事態が生まれる。それにもかかわらず、このような壊滅的事故に
直面しても、この危機は“原子力のルネッサンス”に生かされるべき教訓だと欺
瞞的言辞を弄する確信犯的核擁護論者が少なくない。

 その一人、カルフォルニア選出共和党ヌネス下院議員は、200基の新原子力
発電所の建設を依然として主張しているが、最早それに投資する資金は民間では
調達できそうにない。ウオールストリートは原発投資のコストが急上昇、リスク
が巨大化することを理解している。今後は、中国やインドなど、投資のリターン
やリスクを無視できる政府のみが原発建設を続行するだろう。

 新原発建設論は最早たわごとに過ぎなくなったので、無視してもよい。焦点を
当てるべきは既存の原発群である。アメリカでは104基の老朽化し、ガタのき
ている原子力発電所が稼動中である。そのうちの23基は福島原発と同じ、ジェ
ネラル・エレクトリック(GE)設計のものである。旧式の操作に難のある装置
以上に危険なのは、技術、管理および規制を担当する“専門家”たちの傲慢さで
ある。この産業と原子力委員会の文化は、時代錯誤の使命感を振り回す、偏執的
な騎士ドンキホーテのようだ。技術的思い上がりと利潤動機が結びつき、たるん
だ経営、杜撰な管理、繰り返される欺瞞と隠蔽という記録を残してきた。

 原子力産業は原子力委員会(NRC)に既存原発のライセンス更新を密かに働
きかけ、わが国に惨事の道を歩ませようとしている。さらに悪い事は、発電所を
パワーアップし、本来設計されている能力の120%の稼動を意図している。す
でに稼働率を引き上げられた既存原発は、これまでに放射線物質、発ガン性物
質、トリチュウムを流出させてきた。アメリカの原子力発電所は四分の一が汚染
物質を漏洩する事故を経験している。

 これまでのところ、アメリカでは商用原子力発電所の半分以上が20年間有効
の新ライセンスを認可された。NRCが再認可を拒否したケースは皆無である。
再認可を受けたもののなかには、過去に汚染事故を起し、しかも虚偽報告を行な
っていた企業も含まれている。

 もう一つの問題は、使用済み核燃料がそれを出した原子炉周辺に蓄積されてい
る事である。これらは原子炉本体に比べて厳重に防御されてはおらず、管理も杜
撰である。しかし、使用済みウラニュームのプールは本体に劣らず危険であり、
危険性はあらゆる防護装備の耐用年数を何百倍も上回って持続する。

 日常的な注意深い検査体制が精密かつ費用を惜しまない保守と結合されれば、
旧来の原発の安全性をある程度確保しうるかもしれない。だが不幸にして、NR
Cの規制はそれとは乖離している。バラク・オバマは、選挙中にNRCを「瀕死
の状態にある機関で、規制対象産業の虜になっている」と批判した。しかし、大
統領のこの面での改革実績はゼロで、失望以外の何物ももたらしていない。オバ
マに任命された新NRCも認可を乱発している。

 NRCのオーバーホールが不可欠だ。垂れ流しの恐れのある旧型原子力発電所
群を解体する必要がある。アメリカは総エネルギーの9%を原子力に依存してい
るだけであり、適切な管理によってロスを償うことができる。いま福島がわれわ
れに語りかけていること、その警告に耳を傾けるべきだ。

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3.チェルノブイリから福島へ ― 地球温暖化論による原発擁護の無理
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  原子力産業は重圧下におかれる時代となったが、彼らは決して白旗を掲げては
いない。ホワイトハウスのスポークスマンは、原子力が「全般的エネルギー政策
の一部であることに変わりない」と報道陣に語った。専門家は、原子力発電には
今以上のセーフガード(防護措置)が必要だという。しかし、セーフガードで事
故根絶ができるか疑問だ。

 アメリカでも地震地帯であるカルフォルニアの活断層上に二箇所の原子力発電
所があり、地質学者はマグニチュード8以上の地震がおきうるとみている。ノー
スカロライナのシーロン・ハリス原子力発電所は、他の発電所の使用済み核燃料
を貯蔵している。ここでは地震や津波がなくとも、テロリストが警戒線を突破し、
冷却装置を破壊すれば、容易に大惨事が起きうる。専門家の試算によれば、そこ
での事故は14万件以上のガンを発生させ、数千平方キロの地域で住民の避難を
余儀なくさせる。

 チェルノブイリの教訓は学ばれていないばかりか、被害は過小評価されてい
る。事故の20周年に当たる2006年に公表された国際的報告は、原子力科学
者・産業・官僚複合体による隠蔽工作の最たるもので、“核クーデタ”にも等しい
ものである。3巻におよぶこの長大な報告は、国際原子力機関(IAEA)、核
放射能の影響に関する国連委員会、世界保健機構(WHO)に、世界銀行などの
関連機関が加わり作成された。

 4,000人の子どもを含む、9,000人の犠牲者について「これらの死亡
の正確な原因を特定する事は困難である」と述べている。そして、チェルノブイ
リの人体にたいする影響は、想定されたよりも悪くないと結論付けている。この
報告書に基づき、BBC記者はチェルノブイリ事故による癌死亡者は「僅か60
人」と伝えた。

 2009年にニューヨーク科学アカデミーが、三人の会員化学者が執筆した
『チェルノブイリ:人間と環境に対する破滅的な諸影響』という327ページの
報告を公表した。決定版的なこの報告は、「チェルノブイリ事故の隠蔽工作は、
事故直後から始まった」ことを強調している。事故後も3年間存在したソ連政府
が厳重な機密保持を公式に押し付け、その間に白血病で死亡した人数は不明とな
った。83人の“リクイデエーター”(廃棄撤去作業員)がその後の3年間に罹
病した時、放射能と関連付ける事を公式に禁止された。

 執筆者の一人、ヤブロコフ教授は「チェルノブイリ大惨事後の死亡率」と題す
る章の結論部分で「掘り下げた調査が明らかにしているところによると、199
0年から2004年までのウクライナとロシアにおける汚染地域で全死亡者の
3.8%から4%がチェルノブイリ事故に起因するものである」と断言している。
「1990年以降、廃棄撤去作業員の死亡率は当該年齢層の平均死亡率を超えて
おり、2005年までに112,000人から125,000人の作業従事者が
死亡した」その数は、チェルノブイリ除去作業に参加した83万人の15%に当
たる。

 NYアカデミー報告の多くの部分が、放射能に基因する多様な症状の激増に注
目している。その病状は、甲状腺病、血液癌、喘息・気管支炎、神経リンパ線異
常、免疫異常、染色体異常、子どもの情緒不安定、ダウン症、尿道不全、再生機
能異常など広範囲に亘っている。

 チェルノブイリ関連の一部病状の統計グラフは、近年になって上昇し始め、将
来も上昇が続くとみられている。M.V.マルコによる2007年の調査によれ
ば、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアを含むヨーロッパにおけるチェルノブイリ
原因の癌発生例が、1986年から2056年の間に130,405件に、死亡
者は89,851人になると推定している。

 チェルノブイリ事故後の強制避難地域は数百キロメートル四方に拡大したが、
今のところ福島は数十キロに留まっている。福島やシーロンに貯蔵されている使
用済み核燃料はプール一基分だけで、北半球でこれまでに行なわれた全ての核実
験で放出されたセシュウム137以上の量となる。「おそらく、チェルノブイリ
原発事故で放出された核物質の3-9倍にのぼる」と原子力専門家ロバート・ア
ルバレスが推定している。

これまで環境保護運動のかなりの部分が、地球温暖化という仮説を最優先させる
事で、原子力発電事業推進派と協調してきた。この恥ずべき協調の時代が終わっ
た。チェルノブイリを再検討し、今福島をみると、もはや中間的な立場はありえ
ない。


◆紹介


  通例のスペースをオーバーしてしまった今回の短評の末尾では、通例の蛇足的
なコメントに代わり、論文筆者と『ネーション』について簡単な紹介をしておき
たい。
(1) の筆者ジョナサン・シェルは、『ネーション』や『ニューヨーカー』な
ど知識人向け雑誌の常連寄稿者で、核軍拡競争を早くから批判し、軍縮と核廃絶
を一貫して主張してきたハト派の代表的論客の一人。ニューヨークのアジア協会
米中関係研究センター長。
(2) の筆者クリスチャン・パレンティはフリーのジャーナリストで、調査追
求型報道で知られている。アメリカの民営刑務所における政治家、司法と企業の
癒着の暴露、アフガン戦争やイラク占領について現地からの批判的報道で注目さ
れた。
(3) の筆者アレクサンダー・コウバーンは、スコットランド生まれ、アイル
ランド育ち、70年代にアメリカに移住。ラルフ・ネーダーの運動に参加する一
方、左派の政治的ジャーナリストとして言論界に頭角を現した。彼は、保守派は
もとより、民主党系リベラル派主流をも厳しく批判している。

『ネーション』は1865年に創刊され、アメリカで最も長い歴史を持つ週刊誌
で、発行部数は約15万部。リベラル左派にやや近い立場で、政治や文化の評論
を中心にした硬派の代表的な論壇誌。過去の寄稿者の中には、ルーズベルト(3
2代大統領)、ケインズ、ガルブレイス、ルーサー・キング牧師など錚々たる論
客がみられる。

      (筆者はソシアルアジア研究会代表)

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