台湾総統選挙を現地に見る

■ 台湾総統選挙を現地に見る              張 石


有能な指導者への「郷愁」


  私は、さる3月20日から3月24日まで台湾の第12回総統選挙を現地取材した。
選挙戦の始まる前から国民党の優勢が伝えられていた台湾北部の中心都市台北で
、およそ20名以上の有権者にインタビューしたのだが、その中で、棄権したい
と言った2名以外は全員、国民党の候補者馬英九と蕭万長に投票するつもりだと
答えた。
  その理由を聞いてみると色々あったが、まとめてみるとつぎの二点になるよう
に思う。

  第一に、陳水扁をはじめとする民進党が台湾の政権を勝ち取ってから、台湾の
経済は大いに後退し、失業率は1倍余り増大し、また、自殺率が2000年以前の
1.8倍になったことなどを挙げる。
  経済力から言えば以前、台湾はアジアにおける経済急速成長モデルとしての“ア
ジア・ニーズ”のトップを占めていたが、現在の経済成長率は“アジア・ニーズ”
の最後に並び、貿易収支を見ると、中国大陸にたいする500数億ドルの貿易黒
字がなければ、赤字転落は必至である。

  民進党政権は台湾経済が直面する経済の実情を直視せず、大陸経済が高度成長
を続けるのを活用しながら、台湾経済の浮揚を図ろうとする政策をとらなかった。
それだけでなく、かえって政治的対立を強める姿勢をとったことが、有権者の反
感を招いた。
  一方、国民党は選挙のキーワードに「台湾の経済を振興する」、「6%の成長率を
実現して、失業率は3%以下で抑える」などの実利的なキャッチフレーズを選んで、
有権者の支持を獲得した。これを裏付けるように、台北で乗ったタクシーの運転
手張さんは私に「私は科学技術大学を卒業したのに、陳水扁政権の下でなかなか
就職できず、悩んだ末に、練炭で自殺をしようとしたこともある」と言った。

  第二に、民進党の腐敗問題が有権者の極度な不満を生み出した。有権者たちが
最も我慢できなかったのは、腐敗問題に陳水扁総統夫妻と娘婿が関わっていたこ
とである。
  多数の有権者は蒋介石とその息子蒋経国の独裁に不満を抱えていたが、その一方
で蒋介石と蒋経国の非常に質素といわれた生活ぶり、民衆と苦楽を共にしようと
する精神、そして台湾経済を飛躍的に発展させた才能を、懐かしく思うようにも
なっていた。

  筆者のインタビューを受けた李さんは次のように語った。
「蒋介石と蒋経国の時代は黒金(汚職と腐敗)があまりなかった。蒋介石と蒋
経国の生活はとても素朴だったのです。黒金は李登輝時代から始まりました。
李登輝が民進党と手を組み民進党が政権を取った。しかし、陳水扁時代の黒金は
もっともひどくなったんです。そして台湾経済の飛躍的発展が始まったのは、蒋
経国が主導した台湾十大プロジェクトがあったからだと思います」

  次の話は、台湾人がいまも口にする蒋経国とその妻蒋方良についてのエピソー
トである。
  1988年、蒋経国が亡くなり、妻の蒋方良は悲しくてたまらなかった。ある友人
が蒋方良に「外国へ旅行に行ったら」と勧めたところ、蒋方良は「行きたいけれ
ど、お金がないので行けない」と言ったというのだ。このエピソートから、蒋経
国とその家庭の質素な生活ぶりが覗えるというのである。
  台湾の有権者の大多数が馬英九と蕭万長に投票した理由はおそらく、蒋経国の
そばで仕事をやってきた馬英九が国民党の優れた伝統と、台湾に飛躍的な発展を
もたらした統率力を受け継ぎ、台湾経済を危機から救い出し、新しい発展をもた
らしてくれるのを期待したからではないだろうか。

  最終結果を見ると、馬英九と蕭万長の得票数は765万8724票に達し、得票率は
58.45%で、台湾総統直接選挙2回の記録を突破した。民進党の謝長廷、蘇貞昌は
544万5239票を得て、得票率は41.55%で、馬英九は謝長廷に221万票という大
差をつけて圧勝した。
  台湾有権者の心の中では8年間の無能で腐敗した陳水扁政権を経て、改めて、
有能かつ廉潔な指導者への「郷愁」が生じたのではないだろうか。ただ、その有
能かつ廉潔な指導者と思われる者が外省人(大陸出身者)であったことは歴史の
皮肉というべきなのだろう。
  もちろん、他にも勝因はあるだろうが、少なくとも、この「郷愁」は馬英九と
蕭万長の圧勝の一因であったと私は考える。
                 (筆者は中文導報副編集長)

◎ 張石氏 略歴
  1981年、中国東北師範大学中国言語文学学部卒業、1985年、中国東北師範
  大学外国言語文学学部大学院卒業、修士号獲得。1988年から1992
  年まで中国社会科学院日本研究所講師、1994年から1996年まで、
  東京大学教養学部客員研究員。 現在、中国語週刊新聞 『中文導報』副
  編集長。
  著書「荘子とモダニズム」(中国河北人民出版社)、「川端康成と東洋古
  典」(上海古籍出版社)、「桜雪鴻泥」(中国中央編訳局)、「東京傷逝」
(中文導報出版社)、「雲蝶無心」(中文導報出版社)など。

◎『中文導報』は日本における最有力の中国語週刊新聞で、発行元の中文産業
  株式会社(1992年創立・資本金9000万円・従業員141名)は雑誌『CHAI』
  発行の他にCS放送業務を展開するなど、在日中国人への情報提供を通じ、
  日中文化交流の架け橋を担おうと活動する中国系企業です。  

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