各党が自己矛盾をさらした参院選

■ 各党が自己矛盾をさらした参院選          羽原 清雅

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 注目の参議院選挙は、民主党大敗という結果で、新たな局面を迎えた。
  大きな課題をいくつも抱えるなか、衆参両院の「ねじれ国会」を再現、政局は
不安定なまま、動き出すことになった。菅直人民主党政権にとっては、厳しい試
練の舞台であり、また「勝った」という野党としても、「驕り」に走るか、次期
衆院選に向けて「期待」の力量を示すか、問われることになった。


●【自己矛盾】


  与党民主党にしても、野党自民党にしても、ひと言でいえば、矛盾した言動を
さらけだした選挙だった。政党としては、一定の見解、行動の原則があるはずな
のだが、その基本が溶解していた、という印象の強い参院選だった。各政党が、
この自己矛盾から抜け出す努力をしない限り、日本の政治は停滞を続けるに違い
ない。

 民主党は政権を握って10ヵ月余。野党時代の「勝たんかな」のマニュフェス
トを抱えたばかりに、子ども手当、高速道路料金、ダム中止など、修正に追い込
まれる課題が続出した。財源掘り起こしの事業仕分けという手法は斬新だったが、
その狙うところの財源確保はきわめて不十分だった。「普天間」問題にしても、
自民党政治による結論を大上段に構えて軌道修正するかに見せたが、結果は自
民政府の方向にUターンした。しかも、政権の命と引き換えにせざるを得なかっ
た。政策の一貫性を欠いているのだ。

 菅政権は、そうした実態を踏まえて、新たな手法を駆使するのではないか、と
いう期待のもと、V字型の支持率をつかんで浮揚するかに見えた。
  ところが、自らも認める「唐突な」消費税問題への言及である。いかに詰めな
いままの問題提起であったかは、使途の不明確さばかりではなく、その後の逆進
性への手当、つまり所得の低い人への救済措置を取り入れるとか、「消費税引き
上げの実施ではなく、論議に入るだけ」といった実施イメージを払拭するとかの、
あわてた言い訳のなかに示されている。

 「ギリシャの二の舞を回避したかった」「税収の減るなか、少子高齢化社会に
対応するには必要な措置」などとその目的を説明するが、そこには党内論議を踏
まえていない、思いつき的軽薄さが見えた。首相という権力者の「驕り」であり、
政権を担うにはいかに「未熟」であるか、を見せた。かりに、消費税引上げを
急務とするなら、時間をかけてでも、各種の条件と収支バランス、さらに中期的
展望を示し、最低限でも党内の納得をまず得ておくことが必要だっただろう。

 このあたりは、鳩山前首相の普天間問題での「国外・県外」発言に通じるもの
がある。また、小沢時代の「政調部門は不要」として党内での政策論議の場をな
くすとか、参院選「2人区」での2人擁立戦略の強行とか、にも通じている。

 つまり、党内コンセンサスを作ろうという姿勢がなく、肩書きで物事を押し切
ろう、という姿勢である。政党という組織、とりわけ寄り合い所帯の政党として
は、論議を重ねておくことが絶対的に必要な作業だろう。プロセスを経て、しか
もそのプロセスをオープンにして、論議を煮詰め、世論の「納得」形成につなげ
るという取り組みがなければならない。大きな問題、対立する課題ほど、それが
必要になる。

 そうした党内の激しい意見調整は一見内紛のように映り、メディアもそう書き
立てるだろうが、時間をかけつつその論議を公開することで世論に選択肢を示し、
やむを得ない選択も具体化していく。その激論を交すなかで、議員たちの力量
が見え、リーダーシップが養われ、頭角を現す人材が浮上してくる。民主政治は、
金もかかるが、時間も重要で、時間を計りつつの計画性のない政党は長くは続
かないだろう。

 自民党にも、自己矛盾が見えていた。
  筆者は、「二大政党による政権交代可能な制度」とされる小選挙区制度に長ら
く反対して来た。だが、現状では、民主党が政権の座からこければ自民党、とい
う前提で論じざるを得ない。

 政権復帰を望むのなら、なぜ自民党は「民主党に代って、年金はこうする、医
療問題はこう改める」などと、新しい具体性のあるビジョンとロマンを見せない
のだろうか。マニフェスト的なものはあるが、実感を伴わない。政権担当の実績
があり、一応の人材を抱えながら、しかし、世論はいっこうについてこない。な
ぜなのか。

 それは自民党には、責任ある長期政権を担いながら、今日のような厳しい社会
状況を作ってしまったことへの反省がなく、反省の総括がないから教訓を学ぶこ
ともない、したがって新しい構想も描けない。そうした政治の結果責任の欠如を、
有権者の多数は見抜いているのだ。

 民主党が、自民党政権のもたらした「非」を引き合いに出して、責任転嫁を図
るのも見苦しいが、自民党幹部連が「天に唾する」かのように、攻撃にばかり現
を抜かしている姿勢もいただけない。

 自民党は半数改選で「勝った、勝った」と浮かれているが、「51議席」をも
ってそんなにはしゃいでいていいのか、といわざるを得ない。1998年参院選
の橋本政権は「45」で惨敗、2001年の小泉政権は圧勝の「65」だったが、
三年後の04年は「49」、前回の安倍政権ではなんと「37」である。これ
をもって、「51」は勝利、と言いたい気持ちはわからないではないが、しかし、
考えてみれば、菅首相の「消費税」発言がなかったら、この数字は出なかった
だろう。敵失による議席増、菅首相自身のオウンゴール・自殺点のおかげに過ぎ
ない。
  しかも、比例代表での自民党の全国得票は1407万票で24.1%に過ぎず、
3年前より4%も減っている。民主党の1845万票・31.6%に大きく引
き離されている。もっとも、民主党も3年前より8%近く後退しているのだが。

 自民党がほんとうに政権に戻りたいなら、きちんと長期政権のまずかった点に
ついて反省を示し、新たな具体的な構想を明らかにして、民意を問い直すことで
ある。谷垣代表は誠実に見えるが、テレビで見る限り、いつも攻撃と批判ばかり。
政権交代用の首相候補の香りは微塵もない。自民党の矛盾を見逃して、一本指
をかざして、浮かれていていいのだろうか。

 ついでながら、第三極の新興の小党にも触れておこう。
  キャスティングボートの狙える状況ではあるが、その程度の底の浅い結党ぶり
を、有権者は見抜いていたのではないか。粗大な立党理念、集った人材の頼りな
さ、荒っぽいにわか結党ぶり・・・こうした姿勢に、当事者は矛盾を感じないの
だろうか。みんなの党は、何とか10議席を確保したが、新党改革、たちあがれ
日本はそれぞれ1議席にとどまった。夢を育まない政党は伸びないものだ。


●【したたかさ】


  長らく政治記者として、五五年体制下の与野党を見てきたが、三角大福中の時
代には政権担当を目指すこれらの人々には「権力」というか、「国民に対して、
これを」といった気迫があった。たしかに、美化できない権力闘争、カネがらみ
の実態、「数」が頼みの工作など、否定さるべき多くの要素もあったが、首相た
らんとするこの人々には、長期にわたって覚悟を決め、政策を準備し、ブレーン
や腹心を擁し、ある種のすさまじさがあった。周辺にも、政治生命をともにする
覚悟の配下がそれなりに集っていた。

 すべてを肯定するものではないが、少なくとも突然首相に祭り上げられた鈴木
善幸、宇野宗佑、海部俊樹、その後の羽田孜、村山富市、その他「カオ」で選ば
れたかの一年勤務の首相らとは違う、意気込み、気迫、身構えが見られた。

 ひとつには、このような決意ある人材が出てくることが望まれよう。周辺に人
が集る魅力も必要だ。政策準備の余念なく、各界から学ぶ努力を重ね、身辺を身
ぎれいにして、時の到来を待つ。そんな人は育たないものか。松下政経塾もいい。
ただ、選挙戦術と口先だけに溺れず、骨太でありたい。

 政党は、ごまかし、ウソもあり、デマゴーグも出て来るものだ。それは、ある
程度はやむを得ない。だが、短期・長期の課題の設定とその取り組み、プラス・
マイナスの試算と説明、攻撃力と守備力の蓄え、しぶとさ・したたかさの醸成と
いった基盤整備に、もっともっと力を込める必要がある。政権を握り、国民の方
向に舵をとる以上、そうした蓄積が求められる。だが、二大政党制という虚構の
なかで、どの政党も、とくに近年は出たとこ勝負にとどまり、横着を決め込んだ
感が強い。

 松下政経塾出身的な政治家は知識豊富で、賢さはあろうが、民心にアプローチ
できているのか。政治家としての気迫を身につけつつ、国民の体臭を吸収できて
いるか。政治家の小粒化に寄与するかのモデルに堕していないか。

 また、あいかわらず「風」への依存体質が強く、選挙時以外に国民一般の気配
を察知する日常的な機能はあるのだろうか。政治家の個人後援会・資金的団体な
どの組織は、偏見に陥ることもあるが、ひとつのパイプである。だが、それ以上
に、やはり各地方・地域に一般的な組織を広げる努力がもっと必要ではないか。
上意下達の組織ではなく、有権者のさまざまな声を聞き取る、民意吸収の機能を
もっと高める必要はないだろうか。政党が地方に擁している地方自治体の議員ら
を、単なる下部扱いとせず、国政につなげるパイプに仕立てることはできないも
のか。

 こうした政党の上部構造と下部構造をうまくリンクさせていくことが、政治の
なかに賛否の複雑化してきている民意を総体としてつかみ、政党の指針形成の論
議を豊かにするに違いない。

 沖縄の今回の選挙は、その政党上部と民意との亀裂を示す一例だった。
  ここでは、民主党は候補者すら擁立できず、著名なタレント喜納昌吉も落選、
という事態だった。沖縄の「普天間」をめぐる動きは、改めて沖縄県民の「仕方
ない」「やむを得ない」「そんなもんだ」といった、それまでの政治によって常
識化されていた大勢の空気を久々に変えて、自分たちの生活のなかに日常化して
きた窮状と理不尽を再認識させた。

 <自分たちの>日本政府を動かし、アメリカに対して米軍基地という既得権益
の見直しをさせよう、という空気をよみがえらせた。さらにいえば、自動延長と
して見直すことのない安保体制や、不平等外交に眼を瞑ったままの地位協定など
について、原点への疑問を呼び起こしたともいえるだろう。
 
  「核の傘に守られる」日本が支払う代価が妥当であるか、軍備強化路線と防衛
予算の投入の一方で、平和外交や「核」撲滅の努力が十分満たされ、バランスの
とれた状況になっているかどうか・・・・そうした日米フレームを考え直させる
ような契機をもたらしたのが「普天間」問題だった。成果こそ出なかったが、新
たな民意の芽生えではあった。

 これは皮肉だが、鳩山失政がもたらした現象であり、追い詰められた民意がな
にを持って変化しうるか、という民意的政治を示したものでもある。「口先だけ
の、押し付け論理だけの」政党を超えた力の表明、といってもいい。民意の持つ
<したたかさ>は埋もれがちだが、いつか噴出すものである。

 政党には、この掘り起こし能力と、その民意を読み取る力がほしい。民意の望
むことを推進したり、不可能やマイナスの課題にはその事情をよく説いたり、あ
るいは好まれなくても、しなければならないなら説得に努めたり、民意との接点
に信頼を構築しなければなるまい。

 今度の消費税問題をクローズアップさせた参院選は、この「普天間」の論議を
かき消した。また、一方で攻撃にさらされるはずの鳩山・小沢両幹部の「政治と
カネ」問題も隠していた。メディアはまたも、政治家の言動に目を奪われ、「普
天間」「カネ」を掘り起こして、考えるチャンスを提供することができなかった。
政治の上部構造と、民意をつなぐはずのメディアもまた、その<したたかさ>
が問われる。

 <したたか>な民意に気付く程度の、<したたかさ>を持つ政党、政治家、そ
してメディアが不在であったことを示す参院選でもあった。


●【先行きのこと】


  政権一年未満の民主党は、今度の敗北で声に出せない紛糾のなかにある。
  基本的に厄介なのは、「ねじれ国会」だ。前国会で鳩山首相の退陣騒ぎのあお
りで先送りにされた郵政改革法案は、野党多数の反対で成立が危ぶまれ、同様に
製造業の非正規労働者の雇用に歯止めをかける雇用制度の改革、財政健全化法案、
あるいは普天間飛行場移転先である辺野古での位置や工法の決定、年末の防衛
大綱の決定など、難題が山積している。来年度の予算編成も財政難のなかで容易
ではない。

 長期的に取り組むべき年金問題の制度設計、後期高齢者医療制度の立法化、幼
保一元化問題など、これまで以上にむずかしくなった懸案も少なくない。

 その前に、これは小さい問題だが、参院議長を恒例のように第一党から出すか、
あるいは改選半数を確保できた野党から選ぶか、がある。「数」におごって国
会運営を強行した民主党国対や、江田議長にツケを払わせようと、自民党などは
興奮している。

 また、党内も落ち着かない。まず、選挙敗北の責任問題がくすぶる。菅首相(
代表)については、9月の任期切れの時期に「再選待った」の声がかかりかねな
い。小沢グループが、「反菅」に結集するのか。

 ただ、小沢一郎には陸山会の土地購入をめぐるカネ疑惑があり,検察審議会の
「不起訴不適当」の結論によって、まだまだ疑惑に包まれたままだ。仮にこのグ
ループから菅首相に対抗馬を立てるにしても、そのイメージは暗く、単なる権力
抗争としか映らないだろう。

 また、党代表である菅首相が敗退すると、安倍・福田・麻生・鳩山に続き5代
にわたる超短期政権となる。法案など政策が停滞するだけではなく、国際的にも
日本の不安定な政治状況は信頼を失うことになる。このあたりを、この党はどう
考えるのだろうか。

 では、追及に燃える自民党はどうか。
  選挙の投票結果だけではなく、選挙後の世論調査も必ずしも自民党の復権を待
望していない。前述したが、自民党には反省がなく、実のある出直しの儀式も経
ていない。政権交代の期待の乏しいこの党は、引き続き攻撃と批判に明け暮れる
のだろうか。

 自民党はかつて、過半数を割り、連立することで政権をやっと継続したとき、
それまでの強い姿勢を変えて、法案の提出段階から野党の主張を取り入れ、審議
にあたっても修正も受け入れるようになった。政府を動かす民主党も、おそらく
このような柔軟な姿勢をとらざるを得ないだろうが、攻勢に立つ自民党などの野
党はどう出るだろうか。

 調整と妥協以外に「ねじれ国会」を切り盛りする術はなく、民意に応えうるオ
トナになれるか、与党も野党も、ともに問われるところだろう。
  また野党も、選挙中に政権交代を叫ぶ傾向があったが、民主党続投が決まった
以上、
  法案などの政策決定にあたって、是々非々の立場で協議に臨むくらいの器量は
持ちたいものだ。国民の期待がどの辺りにあるのか、そこから国会審議に臨むべ
きだろう。

 最後にふれておきたいのは、現行選挙制度の改定が急務、という点である。
  参院選マニフェストでは、多くの党が国会議員の定数削減をうたっている。
  まず衆議院は、民主党が比例代表の定数を80議席削減するという。自民党は、
衆参あわせて3年後に72議席削減し、6年後に222減の500議席にする。
公明党は数を示していないが、両院とも削減する方針だ。みんなの党は180
減の300議席にする。たちあがれ日本は80減の400議席に、といった具合
だ。共産、社民両党は両院ともに反対で一貫する。
  参議院のほうも、民主党が40議席程度の削減、自民党、公明党も前述のよう
にやはり削減、をいう。みんなの党は142減の100議席、たちあがれ日本は
42減の200議席、としている。
  公務員削減、財政カットをいう各党は、自らも血を流そう、との気構えだ。も
っとも、本気で削減について協議する気配はなく、まさに選挙用自己宣伝に過ぎ
ないだろう。
  だが、今日の政治状況を考えるとき、最大の課題は議席の削減ではない。政治
・政治家の「質」を問う選挙制度自体の改革に手をつけることが急務である。そ
の論議のなかで議席数を決めたらいい。

 しかし、大政党である民主、自民両党は制度改革を言わない。多数議席の確保
には現行のままが望ましいのだ。制度について触れているのは、公明党の「新し
い中選挙制度」、みんなの党の「将来の一院制」、たちあがれ日本の「比例制を
やめて、新しい中選挙区制」である。
 
  現小選挙区制はまず、各政党の得票数と議席数が大きく食い違ったり、少数党
が生き残りにくかったり、民意を反映しにくい。1人一区なので、仮に51%の
得票で一人だけ当選すると、あとの49%は死に票になる。民意の切り捨てであ
る。
 
  また、二大政党を実現して政権交代をしやすくする、という小選挙区制だが、
現実は小党に助けを求めた「連立」政権になっている。そうなら、価値観が多様
化している昨今、多数の政党が国会に登場し、各種の主張を示して、手を組める
ところが連携しあえる選挙制度のほうが望ましい。さらに、制度自体にも、選挙
区で落選しながら、比例制で救われて議員になるなどの欠陥もある。また、多く
の制度に付きまとうことだが、地域による一票の格差が広がり続ける、という問
題もある。
 
  そしてなによりも、1人一区の小選挙区制は個性的な議員が当選しにくく、こ
れが人材の登場を阻んでしまう。政党も当選第一で、無難な人物を擁立しがちだ。
当選に必要な過半数の得票を求めるために、訴える政策や見解は抽象的になり、
個性的な候補者ははじめから排除されがちになる。自己主張や信念の固い、批
判や反発を買うような人材はきわめて国会に出にくいのが現実だ。一選挙区に3
~5人が当選する中選挙区では、なんとか当選でき、国会で頭角を表わすことも
できた状態とは違って、全体が類似型の議員ばかりになってくる。
 
  総理大臣がコロコロ代る、つまり一国を率いるだけの力量のない人物が相次い
で登場する現状は、小選挙区制に起因しているといって過言ではない。
  政治家が、許容量が狭い、面白みがない、小粒になった、といわれる原因はそ
こにある。政党内で、ものを言わない、またボス支配に甘んじて追従するばかり
の議員が圧倒的に多くなっているのも、選挙区制度の弊害である。
 
  したがって、議員の削減よりも、弊害の多い選挙制度の改革にまず、一刻も早
く手をつけることが必要になってくる。選挙制度審議会がまた動き出す気配はな
いが、急務であることは間違いない。参院選挙は多くの問題を提起している。短
期的な動向を見るにとどめず、問題の本質に迫る動きに発展することに期待した
い。
        (筆者は帝京平成大学教授・元朝日新聞政治部長)
                                    
          

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