国家と個人を「差別」せよ

 -ヘイトスピーチ-

国家と個人を「差別」せよ 

                       仲井 斌


僕はかつて「韓ドラ」の大フアンで膨大な数のドラマに出会った。「冬のソナタ」だけでも3回も見ている。しかし度を越した朴槿恵大統領の「歴史認識」糾弾を前にして僕は韓国という「国家」から距離を置くようになった。その結果、いつの間にか韓ドラからも遠ざかってしまった。それはささやかな抵抗であるのかもしれない。歴史認識は国ごとに違う。個人でも異なる。僕が極めて好感をもったペイヨンジュン氏は「独島は韓国領だと思う。なぜならば私は韓国人だから」と言った。至極明快である。ならば、僕は「竹島は日本領だ」と言おう。なぜなら僕は日本人だからだ。ナショナリズムとはそういうものだ。理屈を越えて感性と帰属意識が働く。金大中大統領の対日緩和政策は、わが国で多くの韓ドラフアン・韓国フアンを創った。「冬ソナ」は日韓の「冬解け」現象の一つとなった。未来志向の金大中大統領に対して、千年も「恨(はん)は融けない」と身構える朴大統領に多くの親韓日本人は失望した。僕もその一人である。
こうした言動は「歴史認識」を越えて「心理学」の境地に入り込む。日本は過去に多くの誤りを犯した。韓国の併合・植民地化もその一つであり、中国への侵略も然りである。僕は「村山談話」に賛同し、「アジアの女性のための基金」にも献金した。ネガティブな面も多々含んだ日本の「近現代史」は学校教育を通じて若い世代に伝えていかねばならない。わが国は中国への侵略を詫び、心に刻み、韓国併合を汚点とし、その上に立って建設的な未来を築く努力をすべきである。
しかしそのことと、翻って現在進行中の世界にあって、国際ルールを無視し加速度的な軍備増強をもって海洋進出を企てる中国を警戒し、その意図を厳しく批判することは全く別の問題だ。中国は南シナ海をほぼ占拠し、東シナ海を次の標的に置いている。米国に替わろうとする中華帝国の覇権性向に僕は以前から警鐘を鳴らしてきた。かつて「何となく」親中であった僕は、いつの間にか「きっぱり」と反中に転じた。それは中国人民に対してではない。独裁政党中国共産党による国内統治システムとその「覇権的国家戦略」に対してである。中国に対する謝罪(過去)と警戒(現在)は厳密に「区別」されなければならない。
同じことが韓国に対しても言える。ある人間がある他人に対して大きな過ちを犯した。謝罪し続ける加害者に、やがて力をもつようになった被害者が執拗に過去を糾弾し、止むことなき追及を重ねていくうちに加害者の意識は反転していく。心の底では分かっていても反発の感情は高まっていく。これは日常生活によく見られる風景であるが、国家関係においても同様である。金大中大統領の路線は日韓国民を接近させ、日本における韓国フアンを増やし、未来に光を当てた。朴大統領の路線は日韓国民を離反させ、多くの日本人の親韓感情を嫌韓感情に変え、未来志向にブレーキを掛けている。韓国が日本叩きを強めれば強めるほど、日本では反韓感情が増大していく。これこそナショナリズムの心理学だ。
 理性をもった人間はこの不快感覚を表に出さず、内なるところでブレーキを踏むことができる。彼らには相手の心情を考慮する余裕は失われてはいない。しかしその対極には、理性を暗闇に葬り「ヘイトスピーチ」にエスカレートする憎悪の集団の誕生がある。その精神は極端に排外的であり、その言葉は耳を覆うほど汚く、「美しい国日本」を「醜い国日本」に作り変える。日本バッシングが至上命令の某韓国民間団体と、韓国/朝鮮人バッシングが至上命令の某日本団体の対決の末には、おぞましい民族憎悪の連鎖が残るのみである。
僕たちはこの「憎悪の連鎖心理学」にブレーキを掛け、理性をともなった普通の国レベルに日韓関係を位置づける努力を続け、朴大統領の「歴史認識」攻勢が不変ならば、次の大統領の出現を待ちながら未来志向の周波を送り続けていくべきである。反日が「国是」として組み込まれてきた戦後韓国史のプロセスからは、韓国との和解は容易ではないと推測されても、それ以外に道はない。
その際、国家レベルでは、韓国と北朝鮮は「区別」して考慮されるべきである。世界ナンバーワンともいうべき人権侵害国家北朝鮮に追従する朝鮮総連に対しては、日本の安全保障の観点からも監視を怠るべきではない。朝鮮学校が民族教育という名のもとに盲目的に北の全体主義国家を礼賛し、首領様への従属を教示するならば、それは看過すべきではない。
だが在日韓国/朝鮮人の人権と尊厳は民主国家日本の絶対の規範として守らねばならない。祖国が日本に併合された歴史を持つ彼らには、日本での永住権と保護が保障されるべき特別な歴史的権利がある。そこには韓国系・北朝鮮系の「区別」はない。僕たちがいまなすべきなのは、憎悪のエスカレートを制御すべく、日本の街頭からヘイトスピーチを一掃することである。法的な規制も一つの重要な方策であろう。しかし何よりも多くの日本市民が、かくも醜く知性を欠いた言動に糾弾の目を向けることが必要だ。日本発のヘイトスピーチはブーメランとして日本に戻ってくるであろうし、天に唾を吐くものはそれが自らの頭上にも落下してくることを知るべきである。過去の加害者は、現在、未来においても加害者であることを意味しない。その視点に立って僕たちは「未来」を構築していかねばならない。その際、物事を「区別」する目と感覚を養うことも疎かにしてはいけないのだ。


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