国家観を全面的に転換

■ 国家観を全面的に転換                榎  彰


◇◇オバマ政権の戦略◇◇


 米国の没落、多極化時代に備えた米国の新大統領バラク・オバマ氏の21世紀
への新戦略が、ようやく姿を現し始めた。ブッシュ政権の空前の失政によって反
射的に支えられたという面もあるが、新しい時代への指針はすでに明確に示され
、積極的にではないが高い支持を集めている。新自由主義の破綻を踏まえた資本
主義体制の抜本的な手直し、単独行動主義の清算に代わる国際協調主義という方
向が、法の支配という民主主義への確認といった、いわば米国の伝統への回帰、
ソフトパワーの再確認という路線とともに、新しい政治的統合の理念、新しい文
明の胎動につながり、歴史のエポックを創るかどうかは、これからの世界を支配
する主な思潮の一つとして注目されよう。

 オバマ大統領の路線が、民主党伝統の大きな政府に直結するものということは
すでに明らかであり、気の早いマスメディアは、「社会主義化する米国」などと
書きたてている。「自由主義の勝利」「歴史の終わり」などと浮かれたネオコン
(新保守主義)の旗手、フランシス・フクヤマは、すでに転向した。しかしことの
本質は、社会民主主義の復活などにとどまるものではない。

 国民国家の限界は、すでに明らかにされている。グローバリズムによって、国
境は、あらゆる意味で、徐々に無害化された。ヨーロッパは、すでに欧州連合(
EU)として、国民国家は残したまま、重層的に別の政治的統合が実現した。
東アジア共同体など、別の地域連合を目指しての模索も、始まっている。他の地
域でも国際機関などさまざまの国際的行為体の機能によって、重層的、部分的に
さまざまの形での統合に進んでいる。そこでは国民国家とは、別の論理、倫理が
育とうとしている。「国家の終わり」とまでは言わないが、少なくとも「国民国
家の終わり」が始まろうとしている。


◇◇自由主義没落◇◇


 オバマ米大統領の就任以来、百か日が過ぎた。いまだに落ち着かない米国の混
迷、それに関連した世界の混乱を眺めるとき、やはり冷戦の崩壊以来の一連の過
程の一こまにしか過ぎないという印象を強くする。80年代に、レーガン米大統
領、サッチャー英首相による新自由主義政策の推進が引き金となって、社会主義
陣営におけるイデオロギーの硬直化が表面に浮かび上がった。90年代になって
、ソ連・東欧におけるソ連型社会主義が無残に崩壊し、西欧では社会民主主義の
低迷が続いた。そうかと思うと、21世紀に入って、米国における同時テロの発
生以来、ネオコン(新保守主義)の跋扈、そして崩壊という過程である。そして
いま、米国では、自由よりも、平等にアクセントが置かれ、市場原理主義の暴走
が、すべての悪の源泉であったかのような言説が横行している。一部では、社会
主義の復活が公然とささやかれている。人間生活全般にわたる価値観の根本から
の動揺、ある意味で新しい文明の誕生を予知しているのではないかとの気がする


◇◇米国の一強化の崩壊◇◇


  米国の世界的な指導力が、全般的に衰え始めたことはもう否定できない。しか
しそれにしても、強大化の絶頂に達した米国のリーダーシップが、失われかけた
こと自体が、国際情勢の枠組みそのものを変え、諸勢力の配置を文明に甚大な影
響を及ぼす。経済的、政治的、軍事的、文化的にブッシュ政権の末期、すでにそ
のことは自明だったわけで、経済危機はその集中的表現に過ぎない。

 オバマ政権の首脳部が、特に経済面で、これまでの米国をリードしてきたガイ
トナー財務長官はじめ「旧体制」の中心とする官僚、学者によって占められ、改
革を進めようとしていると言うことは、一面で、政策を全面的に転換するため、
旧勢力の抵抗を封じるためにも、多面的な配慮が必要だという証左でもあろう。
ここでもう一度、90年代の冷戦体制崩壊の事態に振り返ってみることが、必要
であろう。初代のブッシュ前大統領の政権からクリントン政権にかけ、ソ連型社
会主義の没落とともに、西欧社会民主主義の再生が叫ばれた。ギデオンの「第三
の道」などは、その適例であろう。しかし市場原理主義の台頭もあって、西欧社
民の再生はあえなく消えた。

 代わって 新自由主義が支配した。新自由主義も、金融危機によって、大打撃
を受けた。はや新自由主義の退潮は覆えないが、オバマ政権は、あえて 原理的
な論争を提起しようとはしない。一部のマスメディアは、米国は「社会主義化す
るか」とか、挑発的に書き立てるが、政権の首脳部は、そういう論争には、今の
ところ乗る気はないようだ。クリントン政権の誕生当時、当時の民主党指導部と
西欧社会民主義、とくに 英国労働党のブレア党首らとの密接な関係は、話題に
なった。!
ブレア氏らはクリントンの選挙にも参加したといわれるくらいだ。しかしオバ
マ政権の首脳部はルーズベルトのニューデイールを上回る規模で広い範囲で改革
を考えているようだ。もう英国なんてお呼びではない。EU全体、特にドイツ社会
民主党などの動きに敏感に影響されているようだ。


◇◇ロシアの改革に関心


  70年代のG7による世界経済の運営は、米国、イギリス、フランス、ドイツ
、日本、カナダ、イタリアによって行われた。Pファイブと呼ばれた米国、イギ
リス、フランス、ソ連(ロシア)、中国による世界支配が、(国連常任理事国)意
味を失ってきたため、日本、ドイツを、経済的に限って、支配層に組み入れよう
とするものであったろう。それが最近になって、ロシアが入ってG8から、中国
も加わり G9となった、さらに金融危機以来、G20にリーダーシップが再編成
された。

G7に、ブラジル、ロシア、インド、中国 のBRICs、韓国、インドネ
シア、オーストラリア、サウディアラビア、南アフリカ、トルコ、メキシコ、ア
ルゼンチン、欧州連合(EU)である。米国が、金融危機克服にあたって、国際的
協力を得ようとする努力とみることもできるが、いまひとつ見逃せないのは、中
国、ロシアの存在である。中国を入りやすくするため,Gにまで拡大したという見
方もあるくらいだ。中国は、一、二年以内に、GNPが、世界二位になるという。
経済力もそうだが、あくまで社会主義の旗を下ろさない中国のしたたかな政治力
をいまオバマ政権は見直し始めているのではないだろうか。
 
単に体制の違う国、社会体制がいずれは崩壊する国としてではなく共通のビジ
ョンを持つことの出来る国としての模索を始めていると見ることも出来る。それ
にエネルギー価格の乱高下で混乱しているものの、ロシアの新しい方向も、米国
の新しい路線にとって参考になるだろう。


◇◇国家からの脱却


  オバマ新大統領の誕生を、米国が「国民国家」から脱却、新しい統合の形態を
目指す端緒と見る向きもある。米国は、建国以来、WASPといわれるグループが、
伝統的に主流派を形成していた。白人(White)、アングロサクソン(Anglo―Sa
xon)、新教徒(プロテスタント)(Protestant)の頭文字をとったグループが
、主導権を握った上で、違う民族を融合させ、新しいアメリカ人を創造したとい
われている。「民族の坩堝」というのもそのためだ。最近では、エスニク共同体
の自主性、多様性を強調するため、「サラダ・ボール」といわれるようになった。
といっても、WASPは厳然と米国の支配層を牛耳っている

 ところが、米民主党は、今度の大統領選挙で、二人の大統領候補を、黒人、女
性という「国民」の中のマイノリティの代表に絞った。しかも当選したオバマ氏
は、「国民」の二割そこそこの黒人代表という色彩を帯びる。多数派による少数
派の支配という民主主義の常識を打ち破る事態である。オバマ氏は、民主党代表
という面をはるかにたぶんに持ち、ケニアからの留学生と白人女性の息子であり
、抑圧された黒人奴隷の後裔ではないとしても黒人代表という面を持っているこ
とは覆えない。最近、一面では同化が進行しながらも、エスニック共同体のアイ
デンテイテイは深まる一方である。
イスラエル問題など、「想像の共同体」の動きが、米国の政治を大きく動かし
ていることを考えると、ある意味では、アーレンド・レイブハルトの言う「多極
共存型民主主義」がここでも当てはまるのかなと思い当たる。
 
いずれにしても、地域統合を進めつつあるEUは、中央集権国家としての統合を
指向する動きがないわけでもないが、広汎な国家連合を指向する動きも強い。一
応、中華民族主義を柱に、まとまっているように見える中国も、チベット、東ト
ルキスタン(新疆)では、仏教徒、イスラム教徒などの分離衝動、完全自治など
の動きは、北京オリンピックを機会に浮かび上がったし、これからも深刻な問題
となるだろう。宗教の問題は、中国のみならず中国、米国にとっても、国の運命
を左右する問題にまで発展するかもしれない。55ある少数民族の動向も微妙で
ある。米国、EU、中国の国家統合の理念が、ロシア、それから次に問題となるそ
うなインドなどとともに、急速に問題化しよう。


◇◇アフガニスタンがアキレスのけん


  新しい路線を目指し、必死の努力を続けているオバマ政権だが、経済危機以外
に足を引っ張りそうなのが、アフガニスタン問題である。アフガニスタン問題は
、単に地域だけにとどまらず、中東全域にも広がる問題だけに、深刻である。イ
ラクからの撤兵は、一応、スケヂュールとおりに進むだろうが、アフガニスタン
は、テロ戦争の発端だけに、国際世論も同情的で、国際協力がスムースに進むだ
ろうと思ってのことなのかも知れないが、なにしろ時が経ちすぎた。イラクのサ
ダム・フセイン政権が、テロ組織アルカイダと密接な関係があるし、大量破壊兵
器を大量に蓄積し、いつでも使用する恐れがあると言う判断から、イラク戦争に
踏み切ったわけだが、双方とも、真実ではなかった。

 米国は、政権交代とともに、イラクからは、撤退することになったわけだが、
せっかくイラクの地に、微妙な部族、宗派の連合体制を作ったフセイン政権を壊
し、混乱に追い込んだ責任は、とりそうもない。イスラム主流派のスンナ派の支
配体制を崩し、反主流派のシーア派の跋扈を許したトガが、中東全域に及んでい
る。混迷はアフガニスタンにまで及び、パキスタンにまで及んでいる。中東の混
迷は、全域にわたって、広く広がった国民国家の、エスニック共同体の多極共存
体制を無視した国境にあることが、徐々にわかってきた。イスラエルの問題にそ
こにある。米国が、イスラエルを含めた中東の問題を全般的に解決しようと思う
なら、国民国家の論理を超え、現行の国家体制に手直しを加えた全般的な中東和
平以外に方法はない。それまでの覚悟が オバマ政権になるのかどうかは、決め
手となる。


◇◇日本だけが蚊帳の外


 
  オバマ政権は、法の支配の貫徹、つまりイラク戦争の捕虜に対する虐待などの
問題に対しても、米国の伝統に忠実な姿勢を示した。核軍縮についても、プラハ
で、積極的な姿勢を見せた。日本の小泉政権は、ブッシュ政権に対して、なんら
批判することなく、イラク戦争に、忠実に同調する方針を示した。フランスやド
イツが、特にイラク戦争に対して反対する姿勢を示したときも、同様である。あ
まつさえ、イラクで反政府ゲリラに人質が誘拐されたとき、自己責任などをあげ
つらい、人質の行動を批判した。一部マスメディアも同調した。国内では、戦争
責任について、東京裁判に対する批判が横行した。その批判が、冷静な歴史的判
断に収まらず、一部暴走した。現在、総選挙を控えたドイツでは「21世紀に向
け、ドイツは世界になにができるか」が、争点になっているという。日本の与野
党も、もっと世界に目を向けるべきだろう。

           (筆者は東海大学教授・元共同通信論説委員長)

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