国際社会は再びその目的を追求すべきだ

海外論潮短評(69)                 初岡 昌一郎

貧困の根絶に向けて ― 国際社会は再びその目的を追求すべきだ ―

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ロンドンのエコノミスト誌7月1日号が、貧困問題を特集している。表紙で世界
の貧困層が1990年代以降、右肩下がりに減少していることを示すグラフを掲載、
巻頭の社説とブリーフィングというトップ記事で解説し、詳しく論じている。例
により、要約紹介の後、コメントを付記する。

過去20年間に10億人が貧困から脱出

1949年、ハリー・トルーマンは大統領就任演説で「世界の半数以上の人々が貧
困の中で暮らしている。人類は史上初めてこれらのこれらの困窮者を救済しうる
知識と手段を有している」と演説した。

トルーマンが希望したよりも長い時間がかかったが、近年、極貧状態から人々
が抜け出す上でみるべき前進を達成してきた。1990年から2010年の間に、開発途
上国における貧困層は人口の43%から21%に半減した。実数では10億人が減少し
た。

不幸な人々を引き上げるという、トルーマンの誓いを再現するチャンスが今や
存在する。地球上に暮す70億人のうち、21億が一日1.25ドルの極貧水準以下で生
活している。これからの一年間、国際機関と各国政府は、2000年9月に設定さ
れ、2015年に期限がきれる「ミレニアム開発目標」を代替する方針の作成に取り
くむことになっている。新しい主目標は、2030年までに 極貧困層を根絶するこ
とに置かれるべきである。

先進国においては、一日1.25ドル水準で生活しているものはいない。アメリカ
の貧困線は4人家族で一日63ドルであり、途上世界のよりましな国では貧困線が
一日4ドルだ、最貧15ヶ国の平均貧困線である1.25ドルは過酷なもので、生活は
悲惨、人々の寿命は短い。ほとんどの国で当然と見られている教育と保健の機会
は無く、被服と住居にもこと欠く。この水準の貧困を根絶することは豊かな世界
にとって十分なことではないが、必要なことである。

貧困比率が20世紀末に低下し始めたのは、主として開発途上国の経済成長が加
速したからである。1960年から2000年迄は平均成長率が4.5%から、2000~10年
には6%になった。所得の1%増加は、非常に不平等な国では貧困率を僅か0.6%
下げるだけだが、平均的には4.6%引き下げる。平等度の高い国ほど、貧困を速
く減らすことができる。

貧困の削減に最も貢献したのが中国で、成果の4分の3がこの一国で達成され
た。不平等は拡大しているが、中国は最速で成長を遂げてきた。そして、1980年
の84%から現在の10%に貧困率を急減させ、6億8000万人を極貧から脱出させた。

これが過去20年間に10億人が貧困から抜け出したよりも、今後20年に同様な成
果を実現するのが困難視される理由である。次の二つの主ターゲットであるイン
ドとアフリカで、弱体な政府が中国の経験を繰り返しうるとは思われない。

もう一つの理由は、成果をあげた諸国では非常に多くの人たちが1.25ドルライ
ンのすぐ下にいたので、引き上げが比較的容易であった。成長が少し後押しする
だけで良かった。その層が今さらに薄くなっているので、多数の人を線上に押し
あげるのがより困難になる。

貧困削減に援助の効果は限定的で、在来型援助の意義がさらに低下

貧困削減の原動力は成長であった。しかし、生活水準と貧困削減の最上の手段
は必ずしも成長ではない。所得分配が鍵である。中国は最大の貧困削減国であっ
たが、成長は削減率をはるかに上回っていた。1980年から2000年までの開発途上
国の成長率は、中国を除くと、僅か0.6%に過ぎなかった。中国以外での貧困削減
数は、2000年以後の成長率3.8%により2億8000万人となった。

今後10年の成否はインドにかかっている。インドは開発途上世界の鏡であり、
インド亜大陸に1.2ドル以下の層が集中している。それだけに、インドの経済成
長が失速気味なのは懸念される。最後に残るのがアフリカで、亜サハラ砂漠地域
で多数の人が貧困ライン以下にいる。しかも不幸なことに、かなりの層が非常に
低いところにいる。アフリカの最貧層は一日70セントの平均消費額で、これは20
年前とほとんど変わっていない。最貧7ヶ国では、一人当たり消費が一日僅か50
セントに落ち込んでいる。現在の成長率では、2030年になっても4分の1のアフリ
カ人が一日1.25ドル以下にとどまる。

国連による開発目標設定の目的は、貧困除去のためにより多くの資源を振り向
けさせることにあった。これが援助供与国に影響を与えはしたが、これまでの援
助が貧困削減に大きな効果を挙げたとは言い難い。せいぜいのところ、援助の貧
困削減効果は限界的なものであった。

貧困問題の地政学的変化が、向こう20年間に異なる援助課題を提起している。
世界の貧困層の3分の2は、コンゴやソマリアのような崩壊国家に残り、他の多く
は中間的所得国に存在すると見られる。これが援助供与国をジレンマに陥れる。
中間所得国は援助を実際には必要としていないし、崩壊国家には政府間援助を供
与しても意味がない。

しかし、貧困削減に援助の役割は大きい。巨額な資金を供与してもその用途を
追跡できないような援助は貧困削減に役立たないが、社会問題としての貧困を削
減するための人間開発目的援助が必要である。新技術のお陰で、貧困者はもはや
受動的な大衆ではない。これが社会プログラムの焦点をニーズに合わせたものに
置くのを可能にする。ブラジルの「ボルサ・ファミリア」のような現金直接給付
制度が効果的に極貧層を一掃するのに役立った。

貧困者数が減少するに連れて、援助対象が縮小し、必要な資金も減る。2000万
人の貧困者を1.25ドル以上の水準に引き上げるには、年間僅かに5000万ドルが必
要だが、これはサッカーのスター・プレーヤー一人の年俸分にすぎない。しか
し、1.25ドルとはあまりにも低い水準であり、貧困には他の側面と形態がある。

かつて貧困は生活物資窮乏であったが、現在では格差と配分の問題である。懐
疑論者は疑問視しているものの、現在の世界が持つ資源と政治的な意思によっ
て、貧困と極端な格差は解決可能な問題である。

◆◆ コメント ◆◆

エコノミスト誌が世界的な貧困問題を正面から取り上げた見識には感服する。
しかしながら、貧困の解決を主として開発途上国における極貧層を1.25ドル水準
以上に引き上げるという観点から論じ、大きな成果を収めて来たという評価には
違和感を覚える。

自給自足的な農村社会では商品経済が浸透していない場合には、ごく僅かな現
金収入で最低限の生活を維持することが可能であった。しかし、所得増加をもた
らした開発は、農村の共同体的生活を破壊して、現金収入なしに暮らすのをます
ます困難にしている。こうした基本的な條件の変化のなかで、これまでの一日一
人当たり1.25ドルの生活費という貧困線の定義は、あまりにも現実味を失ったも
のになっている。

農村社会における貧困は依然として存在しており、その解決が開発上国だけで
はなく、世界の生態系持続のために根本的な課題の一つであることを強調すべき
である。貧困問題は社会と世界を不安て化させている最大の要因である。その核
心は、今や都市化と都市への人口の集中に伴うスラムの拡大に移行している。

貧困は低所得という経済的な観点だけでなく、教育、衛生医療、社会的諸サー
ビスへのアクセス欠如という、社会的な側面から考察し、その解決が図られなけ
ればならない。貧困の罠から抜け出すためには、人間開発的なエンパワーメント
が不可欠である。

ブラジルの現金給付制度が極貧層を引き上げるのに即効性を持ったと評価され
ており、世界の極貧層を一掃するのにそれほど資金を要さないと算定されている。

貧困の解消に従来のような大規模プロジェクトによる政府間援助が間接的にもほ
とんど役立たないのは、同誌が指摘するように今や常識である。

草の根NGOなどによる、官僚的な援助協力ルートをバイパスした、直接的な
チャンネルが世界的にメインストリームになりつつあるのに、日本だけは依然と
して従来型のJAICA中心の官僚支配型に変化がない。

貧困な開発途上国に信じられないような富裕層が存在しているように、富裕国
にも貧困層が存在している。相対的貧困は不平等と格差にねざしており、これが
グローバル化する世界での最大問題となっている。格差解消とより平等なグロー
バル社会を実現するための国際的なメカニズムが不可欠となりつつある。自由貿
易と国際的規制緩和がそれを代行できるものではない。

(筆者はソシアルアジア研究会代表)

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