地理的にタイが有利なAEC(ASEN経済共同体)

地理的にタイが有利なAEC(ASEN経済共同体)

松田 健


 人件費が高くなったタイで操業する労働集約型企業が「タイプラスワン」として、タイより安い労働力を目指して隣国のミャンマー、カンボジア、ラオスに工場を移転させたり、タイ工場内の労働集約ラインだけを移転するケースも急増している。一方で、国境地域を含むタイ全土で、2013年からの最低賃金が一律300バーツと、周辺各国の賃金水準の数倍に上がったことをきっかけとして、周辺国からタイへの出稼ぎが増えている。タイ周辺国へも日本など外資による工場投資が増え就業機会も増えているのだが、おカネが目的であるタイへの出稼ぎ労働者たちの多くが自国に戻ろうとしなくなっている。タイが周辺国からの出稼ぎ者を吸収する一方で、周辺各国では深刻な労働力不足になってきており、2015年12月末からのAEC(ASEN経済共同体)スタートに伴ってさらに労働力のタイへの集中が進めば、周辺国との摩擦が増えるだろう。しかしタイに来ている労働者が自国に戻り始めるのはタイとの賃金格差がもっと小さくなってからになりそうである。

 かつてマレーシアなどに出稼ぎに来ていたベトナムからの出稼ぎ労働者が、ベトナムの経済発展で自国に仕事が見つかる時代になったとして大挙してベトナムに帰国したことがあったが、2008年9月のリーマンショック後にタイに来ている周辺国からの労働者に、ベトナム人の労働者がかつてとったような動きが感じられない。民族性の違いや時代の変化もあるのだろうが、タイに来て自国の数倍以上の収入を得ている出稼ぎ労働者にとって、自国にもやっと仕事のチャンスが増えていると聞いても、タイよりも安い給与に戻ってしまうので帰りたくない。このところタイ周辺国のリーダーたちから、タイが周辺国の労働力を吸収し続けていることに対する不満の声を聞くようになった。本来、地域がより仲良くなるはずのAEC(ASEN経済共同体)だが、タイへの労働者が増え続けば周辺国の不満が爆発するかも知れない。

 ASEAN(東南アジア諸国連合)市場を統合するAECが2015年12月にスタート、ASEANのヒト、モノ、サービスの自由化を進める。AECはタイに進出している約1万社の日系企業にとってもビジネスのチャンス拡大につながる。たとえば2国間FTA(自由貿易協定)交渉でタイは日本よりも先行しており、インドとのFTAをいち早く締結し、ASEANとして中国ともFTAをすでに締結しているので、日本企業がタイで作った「メード・イン・タイランド」の製品は関税を支払わないでインドや中国に輸出でき、中国やインドからは無関税で原料や部品などをタイなどASEANに輸入できるメリットがある。

 欧州連合(EU)のような通貨統合を伴わない経済共同体のAECだが、ASEANの6億を超える総人口はEUの約5億よりも大きい。2017年に創立50周年を祝うASEANは、1967年8月8日にタイで結成されたている。当初のASEANはインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポールとタイの5か国で、1984年1月にブルネイ、1995年7月にベトナムが加盟して7か国となった。さらに1997年7月にミャンマーとラオスが加盟。長く内戦が続いていたカンボジアも1999年4月に加盟してASEANは現在の10か国になった。現在、ASEAN域内貿易はASEAN全体の貿易の中で25%ほどを占めている。ASEAN各国の市場で売るお互いの商品の貿易に加え、自動車産業にみられるように各国が得意とする部品を相互に融通して自動車を組み立てるといったケースがすでに増えており、AECスタートで域内貿易が活発化する。地理的に中心国であるタイの経営者には「AECに伴って現状のタイでの労働力不足が解消できる」と期待する人が多い。

 東南アジアはタイ、ベトナムなどの大陸部とインドネシア、フィリピンなどの島嶼部に分かれるが、ASEANの大陸部で工場投資が増えていることを背景に人手不足が深刻化してきている。かつては農業国だったタイなどが急速に工業化していることが背景にあり、工場を操業するためには一定規模の農業に比べて何倍もの労働力が必要とされるからだ。近年、工業が発展したタイだが、2007年のリーマンショックでは大不況に陥って失業率が高まった。しかし2009年後半からの急速な経済回復で失業者が減少、今日に至るまで失業率が1%に満たない月が続いている。タイの政府機関では今後数年以内に衣料、食品など労働集約型企業を中心に数百万人規模の深刻な労働力不足になるという予測を発表している。

 2014年5月のクーデター時に陸軍司令官だったプラユット暫定首相兼国家平和秩序評議会(NCPO)議長による現在の暫定政権では、近隣諸国からの出稼ぎ労働力の中に多く含まれていたタイに違法入国した出稼ぎ者の合法化も実施、出稼ぎ者に対する身体検査、保険制度開始など労働環境の整備も進めている。外国投資の受け入れ機関であるタイ政府の投資委員会(BOI)では、2014年まで外国人労働者がBOIから奨励恩典を得ている企業の工場内で働くことを厳しく制限してきたが、2015年1月から周辺国からの出稼ぎ労働者がBOI認定企業の工場内でも就業できるように変更したのも、周辺国からの労働力を増やしたいと考える現軍事政権の政策に伴った動き。外国人労働者を工場内で認めないことに対するBOIへの不満がタイ企業を含めて多かったことに応えるとともに、経済向上につなげたいと考える軍事政権が始めた対応策だと見ることができる。

●高給国への移動を止めるのは難しい

 タイに隣接するミャンマー、カンボジア、ラオスから出稼ぎ労働者がすでに400万人以上もタイに来ているが、それでも人不足で経済成長を維持することさえ難しくなりつつある。タイへの出稼ぎの8割以上がミャンマーからだとされるが、タイからもタイ人が台湾、中東、南で国境を隣接するマレーシアなどに現在でも15万人以上も出稼ぎに行っている。

 これまでに、ミャンマーやカンボジア、ラオスの現職大臣を含む高官が「我が国に日本からの工場進出が増えたら、タイに出稼ぎに行っている労働者が帰国するので、現在の労働力不足問題は解消する」と断言するのを筆者は何度も聞かされてきたが、それが間違いであることがわかってきた。タイの数分の1の給与レベルにある現在のミャンマー、カンボジア、ラオスからタイに出稼ぎに来ている何人かに取材したことがあるが、「タイの方が食事がおいしく値段も安い」「タイでは停電もない」「遊ぶ場所が多いタイの方が楽しい」などと語った。どうやら工場で働けるだけでなく職場付近のアメニティも必要な時代になってきた感じがある。タイ国内でも、ウドンタニなど東北部に工場進出が増えているので、バンコク近郊で働くタイ人の労働者が工場を辞めて親元の田舎に戻ったが、田舎では大型画面でゲームを楽しむインターネット喫茶など遊ぶ場所が少なく、やはり刺激にあふれたバンコクに戻りたいと戻ってきたケースに先日出会った。筆者が経営者と親しい日系工場では、長く働いて幹部になっていたミャンマー人従業員に、新たに進出したミャンマー工場で「タイで得ているのとまったく同給与で再雇用」を約束して移籍してもらった。しかししばらくするとこの従業員は、「タイに戻りたい」と希望するようになった。タイの日本人社長は「喜んで母国ミャンマーに帰ってもらえた」と満足していたのだが、この想定外の問題で困り果てた。そして考えた末にタイ工場とミャンマー新工場を頻繁に往復するローテーション勤務を導入することでようやく納得してもらっている。

 漁村があるバンコクの西部のマハチャイにはミャンマー人専用の大きな市場ができているなど、ミャンマー人のコミュニティもタイの中で急速に拡大している。タイ語を話すシャン州のタイヤイ(シャン族)と呼ばれるミャンマー人も多い。ミャンマーの家族の誰かがタイで良い仕事を見つけると、家族もタイに呼び寄せ、家族や同郷のミャンマー人達が寄り添って住み、タイで助け合いながら生活しているケースも急増している。タイで知り合ったミャンマー人同士の新婚カップルにバンコクで会ったこともある。タイで誕生した周辺国出身同士の夫婦でも子供はタイ国籍が取得できる。周辺国からタイへの近年の動きは伝えられるようなミャンマー人などのタイへの出稼ぎではなく、移民といえる状況もでてきており、全般はいつか自国に戻ろうという気持ちを失った人が増えている。

 タイを取り巻くミャンマー、カンボジア、ラオスという周辺国からタイに出稼ぎにきている人は、タイ人と同じ300バーツの最低賃金を受け取っている。「タイで出稼ぎ者は差別され、法定の最低賃金である300バーツがキチンと支払われていない」といった欧米の報道もあるが、筆者が取材した限りではほとんどの工場ではタイ人と同額が支払われている。

 10年以上前のタイでは「ミャンマー人と同じ給与ならば会社を辞める」というタイ人ワーカーが多く、経営者もタイ人従業員の要望を取り入れていたケースが多かったが、これまでに外国人ワーカーの給与差別はほとんどなくなった。それでもタイ周辺国では「タイに行ってもタイ人と同じ給与はもらえない」といったデマがまかり通っている。失業率がほぼゼロであるタイ人の労働者にとって新たな仕事が簡単に見つかる労働力の売り手市場の現状から労働への真剣さに欠けるタイ人が増えている。タイ人経営の工場なのに「ミャンマー人の方がタイ人よりも働いてくれる」とミャンマー人の雇用を増やしているタイ人経営者を筆者は何人も知っている。その内にタイ国内にもかかわらず勤勉なミャンマー人などの方がタイ人よりも高い給与をとる時代が来るかも知れない。

 (筆者はアジア・ジャーナリスト)


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