■海外論調短評(60)  初岡 昌一郎

増加するマフィア国家 ― 犯罪集団に乗っ取られる権力機構

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 アメリカの国際・外交問題専門誌として権威のある『フォーリン・アフェアー
ズ』5/6月号が、「マフィア・ステイツ」という論文を掲載している。そのな
かで戦慄すべき国際政治の裏面が剔抉されているので、簡略に紹介する。

 筆者のモイゼス・ナイムは著名なベネズエラ人の国際問題評論家で、主として
スペインや南米の紙誌に定期的なコラムを担当しているほか、『ニューヨーク・
タイムス』や『ワシントン・ポスト』にもしばしば寄稿している。彼は学者出身
で、世界銀行役員やベネズエラ政府産業貿易大臣も歴任した。

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◆グローバルな経済危機が国境超えた犯罪をブームに
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 弱体化する国民経済の蔭で、キャッシュの潤沢な犯罪組織が、経営不振によっ
て価値が下落したものの、可能性のある企業をバーゲン・プライスで取得してい
る。他方では、緊縮財政が各国で司法機関の予算削減を余儀なくしており、犯罪
組織はますます大手を振って活動を広げている。何百万に上る失業者が、生活苦
から違法行為に走りやすくなっている。

 芸術、教育、保健衛生、人道的救援などの分野で国際協力を展開してきた民間
財団、NPO・NGOなどが資金難によって活動を縮小しているので、犯罪集団
がその間隙を埋めようとしている。彼らはその代償として、政治的アクセス、社
会的信認、大衆的人気を手に入れようとする。

 近年、マフィア国家という新しい国際的脅威が出現してきた。世界中で、犯罪
集団が前代未聞の規模で政権に浸透している。それとは逆に、一部の政府は彼ら
の違法な活動を乗っ取っている。マフィア国家では政府高官が自分と家族や友人
たちの私腹を肥やし、権力を強化するために、犯罪シンジケートの世界的な金蔓、
コネ、腕力、政治的影響力を利用している。

 実際に、世界的に最も収益力のある違法組織は、もはや職業的な犯罪者だけに
よって構成されているのではなく、政府高官、国会議員、情報機関幹部、司法警
察機関トップ、軍人などを包含している。ある場合には、国家元首さえも関与し
ている。

 政府と犯罪集団の融合は過去にもみられたが、それが公然化し、大規模となっ
た現在と比べれば、限定的なものだった。民主主義国においてさえ、他国の反乱
グループに武器を密輸出したり、政敵を暗殺するために、政府と情報機関が犯罪
集団と協力してきた。周知の例としては、1960年にCIAがフィデル・カス
トロの暗殺をマフィアに依頼しようとした。

 マフィア国家においては、政府高官が犯罪的企画の主導者もしくは不可分の構
成員となっており、犯罪組織の擁護と助成が優先的な政治課題となる。ブルガリ
ア、ギニアビソウ、モンテネグロ、ミャンマー(ビルマ)、ウクライナ、ベネズ
エラなどのマフィア国家においては、国益と犯罪集団の利益が今や不可分に絡み
合っている。

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◆犯罪におけるグローバル革命
 ― 空前の勢力を擁する国際犯罪者集団
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 国際犯罪ネットワークについての一般的常識は、誤った3つの前提に基づいて
いる。第1は、すべての違法行為は以前からあり、各種犯罪、密輸、闇市場など
は目新しくないとする。しかし、国際犯罪の性格は過去20年間に大きく変わっ
ており、政治的経済的な変動や新情報通信技術を利用して、犯罪ネットワークが
飛躍的に拡大、グローバル化している。

 若干の例を挙げれば、犯罪集団は「麻薬輸送用潜航艇」を建造し、レーダーや
ソナーなどによる探知、摘発を逃れて国際的な密輸をおこなっている。また、イ
ンターネットを利用したサイバー犯罪が激増しており、2011年には1140
億ドルの損害を世界経済に与えた。

 第2の共通する誤解は、国際犯罪を社会の底辺で活動する脱落者の小集団によ
る地下活動と視ることである。真実は、多くの国で今日の犯罪集団は地下に止ま
っていないし、社会の底辺に潜んでもいない。実のところ、主要な犯罪集団幹部
と思われている者たちが、別の仮面でセレブとして社会を闊歩している。怪しげ
な背景の金持が慈善的社会団体のリーダーとなっている場合や、テレビや新聞の
オーナーとなっていることもある。

 犯罪者を金持にするのは彼らの違法非道な活動だけではなく、何百万人の一般
市民も加担しているからだ。たとえば、中国における大規模な偽物作りは、それ
を喜んで買う購買者があって成り立つ。アフガニスタンのマリファナ栽培の盛況
は、それを常習する何百万人の欧米人によって支えられている。違法移民を毎年
多数送り込む犯罪集団の儲けは、安価な労働力を入手しようとする強欲な使用者
のお蔭である。

 第3の誤った想定は、国際犯罪は法秩序の問題なので、警察と司法機関に任せ
るのが最善とみる。現実には、国際犯罪は政治問題であり、安全保障と密接なか
かわり持っている。強力な犯罪組織の規模と力量は、今や一流の多国籍企業に比
肩する。合法的な有力企業が政治的影響力を行使しているように、有力犯罪集団
も同様に行動している。彼らの影響力は、ロシアと中国を別としても、アフリカ、
東欧、ラテンアメリカで空前の規模に達している。

 ウィキリークスで暴露された秘密外交文書によれば、アルミニュームや天然ガ
スなどの戦略的経済部門において、ロシア・マフィアが世界的な支配力を持って
いる。それは、クレムリンに有力な後ろ盾があってこそ可能となる。

 マフィア国家においては、合法的な有力企業を通じて政府高官と犯罪集団がト
ップ指導者の家族や友人たちと組み、結託した活動を行っている。また、国家機
関が違法な手段を用いる場合、犯罪組織を手先として使っている。例えば、ロシ
アの治安情報機関は犯罪組織を日常的に利用しており、反対派の鎮圧や政敵の暗
殺を代行させている。

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◆マフィアの手中に入る“国家”
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 国家機関と犯罪組織の境界がますます曖昧になっているのは、ロシアだけでは
ない。欧州評議会が昨年発表した報告によれば、コソボの首相とその取り巻きが
「ヘロイン、その他の麻薬の取引に暴力的な支配を及ぼしており、コソボではマ
フィア的組織犯罪の構造に重要な地位をしめている」。

 国家と犯罪の一体化はブルガリアにおいて一層顕著である。ブルガリア国会議
員で、旧諜報機関長であったアタナス・アタナソフが「他の国はマフィアを抱え
ているが、ブルガリアではマフィアが国を抱えている」と述べている。アフガニ
スタンでも犯罪と国家の融合が進んでいる。政府のトップと地方の知事は麻薬密
輸で結託しているだけではなく、それを主導していると批判されている。  

 麻薬取引がグローバル化するにつれて、アフリカ諸国も巻き込まれている。い
くつかの国の支配者とその家族や取り巻きが、麻薬密輸ビジネスに関与している。
例えば、ギニアのコンテ前大統領の息子が「麻薬取引の中心人物」と公式にアメ
リカ政府から名指しされた。中南米が今やマフィアの拠点となっている。
 コロンビア、ボリビア、ベネズエラ、メキシコなどで、警察、秘密警察、裁判
所、地方政府、パスポート発給機関、税関などがマフィアのターゲットとなり、
その浸透が進んでいる。

 犯罪集団はすでに近代的兵器を大規模に所有しているが、大量破壊兵器が彼ら
の手に落ちることも懸念されている。悪名高いパキスタンのA.Q.カーン博士は、
パキスタンの利益を図るために核爆弾製造ノウハウを他国に広げて来たと公言し
た。だが、彼の国際的ネットワークは利益追求のために違法な営業をしてきた。
核兵器が犯罪集団やテロ組織の手に落ちることが心配されているが、国家と犯罪
集団の融合が進むとさらに阻止が困難になる。

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◆陰に隠れて利益を貪る者たちを制裁の対象に
 ― 公開と透明性
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 国際犯罪との闘いは、模造品、麻薬、兵器、人間の密輸を取り締まる以上のこ
とを意味する。なによりも政府の犯罪集団化を阻止し、その傾向を逆転させるべ
きである。不法な取引はもともと本質的に危険なものであるが、犯罪者集団が政
府高官と政府機関を犯罪シンジケートに組み込むことで、社会に対する脅威は飛
躍的に増大する。

 今日の警察・司法機関の力量は、その資金調達力と暴力装置においてだけでは
なく、政府、外交官、裁判官、情報機関、軍部、警察上部、閣僚、政治家による
支持という面でも、犯罪組織にはるかに及ばない。マフィア国家は最も有能な弁
護士や公認会計士を調達できるし、最新技術にアクセスできる。予算の制約のあ
る警察、オーバーワークの裁判所、動きのスローな官僚機構は、資金力があり、
動きの速い犯罪集団に太刀打ちできなくなくなっている。

 治安・司法機関は性格的に国内的なものであるが、大規模かつ危険な犯罪集団
は超国家的である。マフィア国家は、超国家的犯罪ネットワークのスピードとフ
レキシビリティを国家のみが享受する法的保護や外交官特権と結合し、限られた
強制力と武器しか持たない国内的治安・警察力を遥かに凌駕する複合的な国際的
アクターを形成している。

 マフィア国家の出現が、国際的な司法機関協力という概念自体を危機に晒して
いる。2006年の第75回インターポール(国際警察機関)総会のために、1
52ヵ国の警察責任者がブラジルに参集した。その会議の議長であった南アフリ
カ警察庁長官は、麻薬密輸集団からの収賄で2010年に逮捕され、15年の刑
で服役中である。

 インターポールにとってもっと大きな問題は、この国際機関に犯罪集団の影が
忍び込み、情報が筒抜けになっていることである。インターポール高官は、ロシ
アやメキシコなどの警察代表と機密性の高い犯罪情報を共有できないと述べてい
る。多くの国で司法機関の情報が犯罪組織に恒常的に漏洩されている。

 マフィア国家の実態が明らかになるにつれ、司法機関は世界的に新しい対策と
戦略を開発し始めている。その中には、政治家や高位公職者の資産と所得を公開、
審査を義務付けることも含まれている。また、犯罪集団と関係のあるとみられる
弁護士、会計士、情報技術者もその対象となる。成果を上げているアプローチは、
警察、徴税、麻薬取り締まり、国境警備などの司法機関を横断する特別チームを
“身ぎれいな”人々で編成することである。

 国際的にも、2国間協力にとどまらず、多国間協力を犯罪組織に立ち向かう諸
国で編成し、インターポールの強化、改革を目指すだけでなく、多国間での実際
的協力を組織すべきである。今日、国際協力が最も遅れている分野は犯罪対策で
あり、この分野での効果的な協力が国際犯罪の飛躍的増加を阻止するカギである。

 マフィア国家の増殖と戦う上での大きな障害は、一般市民と政治家の基本的な
認識の欠如である。問題の範囲と規模についての無知が、国際犯罪と対処してい
る政府機関の予算不足、そして緊縮財政によるさらなる削減となって現れている。

 しかし、単なる予算の増加や公的資金の追加的な投入で問題は解決できない。
国家機関内の犯罪化と犯罪集団の浸透が摘発、解明されなければ、資源の投入増
大が逆効果となる。これまでのような警察・治安機関が秘密主義で、公的監督を
逃れる伝統的態度こそが、抜本的な改革を迫られている。情報の公開と活動の透
明化は一般市民の理解と協力を得るための必要不可欠な条件である。


●●コメント●●


 犯罪の国際化に対するグローバルな対策は決定的に立ち遅れている。今日の安
全保障は軍事力に偏重しており、軍隊の国際協力は行きすぎるほど進んでいる。
だが、今日ほど国際的な軍事衝突の危険が減少している時代はなく、その半面で
国際犯罪の脅威が拡散している時代はない。それにもかかわらず、警察は各国の
国境内で活動しているにすぎず、組織的系統的な国際協力は不在である。

 インターポールはもっとも弱体な国際機関であり、世界190ヵ国が加盟して
いるが、専任職員は3桁にすぎず(200人弱と想定される)、予算も年間わず
か50億円以下である。その機能は主として情報交換に限られており、国際的指
名手配(現在、被手配者は僅か8000人程度)を行うことができるが、小説や
テレビに登場するような国際捜査官は存在しない。しかも、加盟国の腐敗した警
察機構を通じて国際犯罪組織の影響がインターポールに浸透しており、情報提供
に慎重な加盟国が増えている。本部もパリから、交通至便とは言えない地方都市
リヨンに最近移転した。
 
 日本にとっての大きな問題でありながら、政治的にもジャーナリズムにもほと
んど取り上げられていないのは、マイフィア国家と名指しを受けているほとんど
の国が、長年にわたり、そして今日でも日本のODA援助対象国となってきたこ
とである。このような国に対する開発援助が一般庶民の役に立たず、腐敗した支
配層やそれと結託する犯罪集団にかすめ取られたと想像するのは難くない。

 (筆者はソシアルアジア研究会代表)

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