≪特集:再考・地方の時代≫

■夕張問題と地方自治の危機         南  忠男

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 北海道の屋根~大雪山はすでに冠雪、旭岳・十勝岳連邦の紅葉もまもなく雪景
色に変わろうとしている。紅葉前線は北から南下し、桜前線は南から北上する。
これが自然循環の摂理。しかし、景気の落ち込みは北から始まったが回復は東京
で停まっているのか、いっこうに循環する気配がない。これが市場原理と云うも
のか?

 ◇人口減と高齢化
 
「厚生労働省の調査で、来春卒業予定の高校生の7月末時点の求人倍率が全国平
均で1倍を超えた。東京の求人倍率が4.41倍で、大都市圏中心に改善が進む一方、
北海道は0.29倍にとどまるなど、大きな地域格差が浮き彫りになった。」(9月14
日北海道新聞)と報じられている。これでは、来春卒業する高校生の7割以上が
道内で就職できず東京方面に流出することになる。

 北海道の人口はじわじわと減っているが、この流れに更なる拍車がかかってく
る。とりわけ生産年齢人口(15歳―65歳)の減少が急激になり、高齢者比率(総
人口に占める65歳以上の割合)がますます高くなる。北海道平均で21.5%(06
年3月末)北海道第二の都市と言われる旭川市ですら全道平均を上回る22.3%。
夕張など旧産炭地や農漁村では40%を超えており、過疎地ほど高齢化が激しくな
っている。
 
 ◇札幌への一極集中
 
 このように地盤沈下する北海道の中でも札幌圏への一極集中がすすみ、北海道
の経済・社会・文化の構造が歪んだ形に変形しつつある。国鉄の民営化で地方路
線は容赦なく切り捨てられ、住民の足が奪われた。代替の民営バスも効率優先の
ため間引き運転、間引き運転が更なる客離れに拍車をかけ、地方バスの存続も困
難になっている。自治体が補助金を支出したり、自治体自身で路線バスを運行し
て交通弱者(経済的・身体的にマイカーを利用出来ない人たち)の足を確保して
来たが、地方財政は、この住民の最低限必要なもの(シビルミニマム)の維持も
できないところに追い込まれている。

 ◇炭鉱の閉山から再建団体申請に至る経過~夕張市~
           
 夕張市がついに「財政再建団体」という「自治体の自己破産・自治の放棄」の
道を選ぶことになった。「選ぶことになった」のではなく、「選ばざるを得なくな
った」のである。「追い込まれた」と言った方が、適切かもしれない。
 ここまでに追い込まれた(実質約630億もの負債を抱え込んだ)経緯を概観す
ると次のようになる。

(1)国内有数の24の炭鉱が1990年に完全に閉山した。撤退した北炭(北海道炭
鉱汽船株式会社)などの後始末を市が代わって処理せざるを得なかったこと。そ
の費用は580億円(うち330億円が自治体の借金にあたる地方債)だった。

(2)炭都として栄えた夕張は1960年代初期12万の人口を擁していたが、70年代
に入って半減した。このままでは座して死を待つばかりと、炭鉱から観光にマチ
の再生の道を求めた。

(3)「石炭の歴史村」のオープン・「ゆうばり国際ファンタステイック映画祭」の
開催。

(4)次々と拡大した観光路線は全国の「マチづくり」のモデルとして自治大臣(現
総務大臣)から表彰を受ける。

(5)それでも2000年には人口が1万5000を割り過疎に歯止めはかからなかっ
た。観光の集客にもかげりが見え始めてきた。

(6)02年、スキー場やリゾートホテルを経営する松下興産(松下電工の関連会社
で、松下幸之助の孫一族が社長)が撤退することになり、市が26億円で買収。し
かし、このころすでに市の財政危機は深刻になり、「行財政正常化対策」を策定す
る。

(7)地方債(市債)の発行制限・地方交付税の激減により一時借入金(一借)に
依存せざるをえなくなった。

(8)一借も限度額を超過し、「財政再建団体」転落の危機が現実に迫り、転落回
避のため、‘赤字隠し’で緊急避難。

(9)国(総務省)に対し特別交付税の増額を懇願するも一蹴される。
 
(10)道(庁)と相談しても道はひらけず、市長はついに再建団体の申請を決断。
市議会に報告。
 
(11)夕張市議会は再建団体申請のための議案を議決。(9月29日)
 
 ◇自治の喪失で先の見えない再建策

 現在夕張市は国(総務省)に提出する「再建計画」作成の手続きをすすめてい
るが、成案を得るにはかなりの時間が必要であり、その先には総務大臣の承認・
再建団体の指定という段取りが待っている。再建計画作成の段階で市職員の半減、
市立病院の民間委託や観光施設の廃止、営業期間や営業時間の短縮その他住民に
身近な各種の事業も廃止・縮小する計画が次々に打ち出されている。
 
 現市立病院は救急指定の総合病院であるが、40億円の赤字を抱えている。民間
委託についても、救急指定を返上しなければ引受け手がないようである。救急病
院がなくなれば、夕張市民だけでなく周辺住民も大きな打撃をこうむるのは必至
である。

 再建団体に指定されると、鉛筆一本も国の承認がなければ支出できないと言わ
れるように、自治は完全に失われる。1992年に財政再建団体となった福岡県旧赤
池町(2001年に再建終了~旧筑豊炭田の町で平成の大合併で福地町となる)
では、町営住宅その他の施設使用料、給食費など公共料金が軒並みに、しかも大
幅に引き上げられたと言う。

◇老人・子どもの夢も奪う再建計画

 夕張は先にも触れたように、人口が最盛期の12万人から10分の1に近い1万3千
人に激減し、しかも65歳以上が40%を占める超高齢社会であり、地方税等自主財
源の増収が望めないばかりか、経費の抑制にも限度がある。
 しかし、すでに計画済みの図書館の改築が棚上げされ、老朽化した老人ホーム
の改築も見通しが立たず、入居者の苛立ちはつのるばかりだ。
 
 市民会館の大ホールの閉館、学校開放事業の中止。また、「石炭の歴史村」や「ゆ
うばり映画祭」(17年間・17回続いた)のような北海道の歴史・有形・無形の文
化遺産まで亡くしてよいのだろうか。
 
 9月29日の夕張市議会に「再建団体指定申請」の議決案件が提案されたが、再
建計画は骨格すら示されず、審議の方法もない。しかし、今定例会で再建申請を
可決しなければ、国や道の反発を招くと、共産党を除く全会派の一致で可決。市
民には再建計画の全貌が示されることなく、自治体には、自己決定権もなくなり、
住民の命運は国や道に白紙委任されることになった。
 
◇ 夕張問題は北海道の縮図

 夕張現象は北海道全体に拡大しており、夕張問題は北海道の縮図といわなけれ
ばならない。夕張と同じ旧産炭地は炭鉱閉山の傷が未だ癒されず、過疎に歯止め
がかからない。農山漁村はもとより中小都市も活力を失ったままである。
 すでに夕張市に近い財政状況におかれている数市町が、道(庁)の指導(実質
は管理)のもと財政再建計画が検討されている。
 
 私企業は採算が合わなくなれば撤退することですむが、自治体には残された住
民の生活を守る仕事が残されている。
 炭鉱閉山後も私企業の撤退作戦はあとを絶たない。とくにリゾート開発の後始
末は難問である。去る6月中頃、西武グループは道内に持っている24の観光施設
のうち半数の12施設の撤退を発表した。勿論転売先の見通しも立っていない。
 リゾート施設は地域内で相互に連動して作動しているので、そのうちの一つで
もずっこけると連鎖反応で地域崩壊につながる。
 
 夕張の場合も先の経過が示すように、松下興産がスキー場とホテル経営から撤
退することになったが、この二つの施設は観光の中核施設で、夕張観光の死命を
制するものなので、市が無理をして買収した結果、財政破綻を早めることになっ
た。あらためて企業の社会的責任が強く問われなければならない。
 
◇ 石炭の歴史は北海道開拓の歴史~大切にしたい夕張の財産

 夕張の「石炭の歴史村」はテーマーパークとは言え、東京デイズニーランドの
ように金さえあれば作れるものではない。北海道開拓の歴史を語る貴重な遺産で
夕張にしかないものである。
 
 17年続いた夕張映画祭(ゆうばり国際フアンタステイック映画祭)の中止は内
外の人たちから惜しまれている。「夕張という多少不便な小さな山間のマチで、雪
深い2月に開催されるところに」夕張ならではの、この映画祭の意義が求めている。
内外の多くの映画人は夕張映画祭は大都市での東京国際映画祭では見られないこ
とだし、仮に札幌に同じものを持ってきても夕張映画祭の再現は不可能だと評価
している。
 
 夕張メロンは年間30億の販売額に達している。
 農産物の数少ない輸出の中で夕張メロンはダントツ光っている。世界にも通用
する高級ブランドである。
 夕張にしかないこれら貴重な財産はどんなことがあっても守りぬかなければな
らないが、幸いにして夕張支援の輪は全道から全国へと拡がっている。
 
◇ 吉永小百合さん(映画・「北の零年」主演女優)が北海道知事に書簡
   ~「夢見る力」まで失ってはならない~

 名画「北の零年」で、第29回日本アカデミー賞<最優秀主演女優賞>を受賞し
た吉永小百合さんが、北海道知事宛てに4枚の便箋に直筆で、「夕張ではさまざま
な施設が閉鎖されるとのうあさが流れ、心配な日々を送っております。・・・存続
させるためにできることを教えていただきとう存じます」と訴えている。(9月16
日北海道新聞~下線を付したのは筆者)
 
 石炭の歴史村の施設の一つ「希望の杜」には映画「北の零年」のロケセットが
展示されているので、吉永小百合さんの訴えは、このロケセットの保存を中心に
していると考えがちだが、彼女が訴えているのは、同映画での彼女の最後の台詞
「生きている限り、夢見る力がある限り、きっと何かが私たちを助けてくれる。」
と言う想いにあると私は思う。映画「北の零年」が語る「夢見る力」とは~広大
な大地・北海道が秘める可能性~だと思う。

 彼女の書簡は、「夢見る力」まで失いつつある北海道への激励のメッセージとし
て受けとめたい。とくに下線部分は北海道知事のリーダーシップの欠如を嘆いて
いると理解すべきではないだろうか
 
◇ 北海道に感動と元気をくれた「駒沢大苫小牧高校」の球児たち

 年の半分以上が雪で覆われる北海道の高校球児にとって甲子園での活躍には大
きなハンデイがあった。しかし、このハンデイを逆手にとって雪の積もるグラウ
ンドで猛練習を重ね、04年には、全国制覇の夢を達成し、深紅の優勝旗がはじめ
て津軽海峡をわたるという快挙をなし遂げた「駒大苫小牧」の球児は北海道民に
大きな夢と希望、元気を与えてくれた。
 
 05年には2年連続の優秀に輝き、今年夏は3年連続優勝という甲子園の歴史を
塗り替える戦いに挑んだ。早稲田実業との決勝戦は延長戦にもつれ込み、再試合
では1点差で敗れ、準優勝となったが、この間の駒沢苫小牧の健闘はあらためて
北海道民に多くの感動を与えてくれた。

 甲子園を沸かせた、駒苫球児の人差し指を高くかかげる、「ナンバーワンポーズ」
は、「No1になろう」「心を一つにしよう」、との叫びだと言う。北海道民も駒苫
球児に学び「ナンバーワンポーズ」をかかげ元気を出さなければ先が見えてこな
い。

 積雪と激寒を逆手にとって練習に励む駒苫球児の手法と努力は、北海道の産
業・生活・文化など広い分野で活かされなければならない。今年の春は冷夏を予
測するような寒さが続いたが、現実の夏は東京をしのぐような極暑が続いた。寒
暖の差の大きさが農産物の味覚にプラス効果をもたらし、メロン・スイカ・トマ
トなどの果菜類は勿論のこと、トウモロコシ・馬鈴薯・コメも大変味が良いとの
ことである。新潟や秋田に負けない美味しいコメが生産されれば農業大国北海道
の更なる飛躍の展望が拓かれる。

◇安倍政権~美しい国=中央集権国家

「地方独自のプロジエクトに取り組む自治体に地方交付税での支援措置を行う
<頑張る地方応援プログラム>を来年度スタート。<道州制ビジョン>を策定。」
(安倍首相所信表明演説・要旨「北海道新聞」)
 
 これは地方自治体を愚弄するも甚だしい話だ。「地方独自のプロジェクト」に取
り組んでいない怠惰な自治体があるだろうか?夕張だって国のエネルギー政策転
換の尻拭いの結果もたらされた悲劇である。観光でマチの再生をめざす夕張のと
りくみに対して、当時の自治大臣が全国の模範として表彰した経緯については先
に紹介したとおりである。
 
 「頑張る地方応援プログラム」とは中央政府の施策に従順な地方(自治体)へ
の応援であり、中央政府による選別政策、中央統制政策以外のなにものでもない。
 安倍の政策音痴には定評があるが、ナショナリストとしてのイデオロギーが先
行すれば、見える先は「中央集権国家」である。
 
 地方交付税はもともと課税客体の乏しい(税収の少ない)地方に対して、その
不均衡を是正する手段として制度化されたもので、当初は「平衡交付金」と呼ば
れていた。地方自治体では、地方税と同じく「一般財源」(補助金のように使途の
特定されたものではなく、自治体の意思で自由に使える金)として地方自治を支
える唯一の貴重な財源である。
 
 ただ、算定方式が複雑で不透明なうえ、その一部が国の奨励的補助金(国の政
策に地方を誘導する手段)的なものとして悪用されてきたことに対する地方の反
発が強かった。
 
 小泉内閣が地方交付税の減額で地方の疲弊をもたらしたが、安倍内閣はその救
援措置の名のもとに地方をコントロールする手段として地方交付税を利用しよう
とする、地方交付税の質的転換を意図する悪質なもので、中央集権国家への回帰
という安倍のホンネが如実に示されている。
 
 ◇地方交付税を「地方共有税」に
 
 地方六団体(全国知事会・全国市長会・全国町村長会・都道府県議長会・全国
市議長会・全国町村議長会)は安倍政権の発足に合わせて、地方への権限移譲(地
方分権)や、地方交付税の「地方共有税」への改革などを求める共同声明を発表
したが私は同感である。「交付税」と言う名称は国の権力作用の印象が強く、実態
としても国によって恣意的に運用されているので、地方自治の本旨(日本国憲法
第92条)からもただちに改正されるべきである。
 
 地方には税金を納める企業もなく、東京など都市にはものすごく税収が増えて
いる格差の現状を是正するためには、「地方共有税」のような地方の自由意思で活
用できる財政制度を創設して、地方自治体と住民が創意と活力を十分発揮できる
ようにしなければならない。安倍政権の「全国画一の中央集権」の意図を砕き「多
様な文化の花咲く地方分権」を追及して「ほんとうに美しい日本」にしなければ
ならない。
 
 ◇無駄な道路・「ハコモノ」は返上しよう
              新幹線の札幌延伸も再検討しよう
 
 北海道にも無駄な道路や「ハコモノ」が多いようだ。勿論ダムもムダ。国の景
気対策、公共事業のバラマキニ政策に便乗しつづけた地方にも問題があったと思
う。この際、地方自治の原点にかえって反省すべきだ。北海道も町や村の外観が
金太郎飴のようになりつつある。
 
 新幹線の札幌延伸は北海道知事が国に対して要望している事項のトップに挙げ
られているし、いまのところ反対の声も聞かれない。しかしこれは「モノトリ・
モノモライ」「くれるものはなんでももらう」と言う、いつの間にか根づいてしま
った乞食根性の延長ではないだろうか。<ボーイズビーアンビシャス~開拓精神>
とは相容れないものである。
 
 なんと言っても「お金がモッタイナイ」こと。工事費が1.5兆円もかかる。国が
負担するお金にしてもモッタイナイ話である。そんな金があったら教育や福祉に
回してほしい。しかし、地方の負担割合が3分の1となっている(全国新幹線鉄
道整備法)5千億円もの無駄遣いをする金が地方にあるわけがない。
 
 地方負担分は、90%までが起債で賄えるし、元利償還分の50%までは地方交付
税で措置されると言うが、措置されない分(50%)について地方に負担能力があ
るかの否かの問題もあるし、そもそも、地方交付税で措置されること自体が問題
なのである。地方交付税は国の恣意的補助金であってはならないのである。
(地方交付税の変質の問題点については先に述べたとおりである)

◇ますます歪に変形する北海道

 函館~札幌間には現在往復11本の特急「スーパー北斗号」が運行されているが、
新幹線になっても、そんなに乗客が増えるわけがない。新幹線運行のため在来線
が間引きされるため、在来線の利用者は逆に不便になり、在来線の停車駅は人の
往来が減少し、過疎にいっそう拍車をかけることになる。

 札幌市の人口は約185万人(東北第1・全国5番目)で、北海道の人口(560万)
の3割を占めている。この広い北海道(日本列島の4分の1)で人口が一部に偏在す
ることはほんとうにモッタイナイ話である。北海道には広大な大地がありながら、
エレベーターがなければ住めない高層マンションが集中する札幌は異常である。

 新幹線函館~札幌間は75%がトンネルだと言われる。私も昨年、東北新幹線・
八戸~東京間を乗って見たが、トンネルまたトンネルで風景を眺めている時間も
空間もない全く空しい旅であった。

 海・山・森・林・原野・田畑等々が連綿と連なる北海道特有の風景や蝦夷富士
と言う別名をもつ「羊蹄山」の雄姿もゆったりと眺められない列車の旅もこれモ
ッタイナイ話である。

 国鉄の民営化にともない廃線となった北海道のローカル線は鉄路全延長の2割
以上と推定される(正確には計算していないので私の推定である)。廃線された路
線の総工事費を現在の物価水準で再計算すれば、おそらく新幹線の札幌延伸に要
する1,5兆円をはるかに超す数字になるだろう。

 1980年からローカル線の廃線が始まって今年で26年になるが、その間、北海
道がどのように変化したのかを検証し、現在の歪に変形しようとする情けない悲
しい姿を直視し、総括すればおのずから正しい答えがだされるだろう。

 「ゆっくり走ろう北海道」とは、交通安全運動の標語であるが、「試される大地
北海道」は、国を頼りにしない、国の不義と闘う自立の精神によってはじめて拓
かれるもと確信する。紙数の関係で意を尽くせなかった点はつぎの機会に補足し
たい。
                  (筆者は元旭川大学講師)
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