外国人特派員協会が「報道の自由促進賞」を創設

【オルタ短信】

外国人特派員協会が「報道の自由促進賞」を創設
— 日本における報道の批判力低下に危機感 —

初岡 昌一郎


 4月2日、有楽町の外国特派員クラブで同協会(FCCJ)が新たに創設する「報道の自由促進賞」を発表する会合があり、加藤宣幸さんと共に参加した。この賞の創設は、報道の自由を擁護するために結成されている国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」が今年の報告で、報道の自由度測定対象とする180ヶ国中、日本を61位と発表したのを契機としている。

 安部内閣成立以前の2011年まで、日本の報道自由度は11位という比較的高いところに位置していた。この急低下は、原発事故報道規制から始まり特定情報保護法制定に至る、安倍内閣による多数の報道への介入と規制が主たる原因である。日本の主要メディアが政府の意向に敏感に反応し、あるいは主要広告主の意向をおもんぱかり、報道の自己規制を最近強めていることに、海外メディアの人々が強い警戒感をもっている。61番目というこの立ち位置は先進国ではもちろん最低、韓国やクロアチアとおなじレベルにあり、少なからぬ途上国の後塵を拝している。

 問題は権力の側だけではなく、日本のジャーナリズムにもある。私は1980年からこのクラブに所属し、英米とアジアのいくつかのメディアに協力したことがあり、また東京在住の外国人ジャーナリストと交流してきた。欧米の記者クラブは、内外の差別なく国内外のメディアと記者で構成されているが、日本では日比谷の日本記者クラブと有楽町の外国人記者クラブの2本立てになっている。外国人特派員クラブに日本人は自由に入れるが、日本記者クラブは国内大手新聞とテレビを主体としており、外国のメディア関係者は加入できない。これは、外国人記者を締め出している政府官庁や経済団体の「記者クラブ」制度と表裏一体となっている。

 外国人特派員協会はこれまでもことあるたびに再三この「情報の壁」を批判してきた。特に、日本特有の政府省庁毎の閉鎖的記者クラブ制度が発表側と報道側の癒着を助成していることに不信感を持っている。外国人記者クラブでの記者会見では、辛辣な質問が続出するのが普通であるが、日本の記者クラブにおける外部者を排除した発表や会見では、発表者を困らせるような質問は稀である。

 その結果、政府・官庁の発表情報が、報道側での裏付け調査の努力なしに、そのまま垂れ流し状態で報道されることがほとんどで、どの新聞を読んでも同じような記事が載ることになる。こうした状態を、私の知るアメリカ人ジャーナリストは「日本にはジャーナリストがほとんどいない。いるのは大新聞と大テレビの従業員ばかり」と辛辣に皮肉っている。

 今度、FCCJが発表し、5月3日の「世界報道の日」に第1回受賞を発表予定される報道自由賞は、調査報道、最優秀報道、報道の自由への貢献、年間最優秀出版、故人功労表彰の5部門で審査され、該当者に贈られる。

 審査委員会日本人メンバーの清武英利(元読売新聞編集委員)と田中稔(フリージャーナリスト)の両氏がこの発表会見でコメントを行った。清武氏は読売ジャイアンツ問題で、ドンの渡辺恒雄会長と対立、一歩もひかずに勇名を高めたが、それ以前は読売新聞社会部の敏腕記者として大証券の損失補償問題など数々の追求型特ダネを書いて活躍していた。田中氏は、元首相秘書官としての経験を生かし、原発・防衛の利権構造についてタブーに触れる記事を書いてきた。そのために、原発利権側から告訴されたが、「国境なき記者団」の支援を受けて勝訴した。

 田中氏は、都合の悪い記事を書いたジャーナリスト個人を「名誉棄損」などの口実で告訴することを、権力側が脅迫の道具として用いていると指摘。相手は企業や政府官庁で豊富な資金と法廷闘争組織力を持っており、敗訴してもあまり応えないが、訴えられた個人被告は仮に裁判で勝っても、その時間と弁護士費用などで多大な負担と犠牲を強いられると語った。このような一罰百戒方式で批判力のあるジャーナリストを委縮させる攻撃には、ジャーナリズムが結束して反撃する必要性を訴えた。秘密保護法が、「国の名誉を守る」ために政府とその政策にたいする批判を既に自粛させる効果を既にあげつつある。

 清武氏は、現場を歩いて取材する調査型記者が少なくなっていることが、ジャーナリズムの劣化を招いていると述べた。政府や企業の発表に基づいて報道するだけでは使命を果たせず、現場を調べたうえでの報道が基本である。日本の記者は定年退職後、ほとんどが仕事から離れ、書くことを止めてしまう。退職後の記者が、その時間の余裕と経験を生かし、調査型の記事を年間1本でも書けば、日本のジャーナリズムが活性化するのに大きく寄与するだろうと、同氏は仲間に訴えている。

 清武氏は、企業がリストラ部屋など非人間的なやり方で「余剰人員」削減を進めてきたことに対し、調査に基づいて人間的な側面をえぐる報道が重要なことを協調した。経済の重視が社会的人間的側面の軽視につながっている。その一例として、20年前には日経新聞社説でさえ「バブル時代のやみくもな採用の結果としての首切りなのに、経営側に反省の思いが感じられない」と論じていた。ところが今日では、人員削減が企業の株価引き上げ策として歓迎されている。ジャーナリズムは権力と強者の視点からの報道を自戒すべきだ、との要旨が語られた。

 司会者はかつて読売新聞に働いた経験のある外国人フリーランス・ジャーナリストであった。安倍首相が朝日新聞と記者の実名を挙げて再三攻撃しているのに、最近外人記者クラブで会見した稲田朋美自民党政調会長は、露骨な差別主義団体との関係を聞かれると、個別の団体については論評できないと述べた。これを御都合主義のダブルスタンダードであると司会の辞で批判した。

 (筆者はソシアルアジア研究会代表)


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