第163号(2017.7.20)大統領と役者(2)
第162号(2017.6.20)大統領と役者(1)
第161号(2017.5.20)ワイダ監督最後の作品『残像』と3つの死
第160号(2017.4.20)日本会議と「原理日本」社と……
第159号(2017.3.20)電脳監視社会スノーデン事件と映画「スノーデン」から見えてくるもの
第159号(2017.3.20)舞伎で観る「まつろわぬもの」・考
第158号(2017.2.20)映画「発掘.....」ということ~私の試写室から~
第157号(2017.1.20)『忠臣蔵』の“完全通し”上演で見えてくるもの(3) 
第156号(2016.12.20)【大原雄の『流儀』】『忠臣蔵』の“完全通し”上演で見えてくるもの(2)
第156号(2016.12.20)NHK会長という「メディア」マスメディアと市民運動
第155号(2016.11.20)『忠臣蔵』の“完全通し”上演で見えてくるもの(1)
第154号(2016.10.20)戦争体験を引き継ぐ・歴史を学ぶということ ~映評:『祖父の日記帳と私のビデオノート』『海へ 朴さんの手紙』、劇評:『郡上の立百姓』
第153号(2016.9.20)テレビは参院選を、どう、伝えたか 放送を語る会「モニター報告」より抄録
第153号(2016.9.20)【大原雄の『流儀』】映画批評・いま、ふたつの人生を記録する 
第152号(2016.8.20)大原雄の『流儀』〜選挙という「劇場」(5)小池都知事/「日本会議」本のこと
第151号(2016.7.20)選挙という『劇場』(4)
第150号(2016.6.20)選挙という『劇場』(3)
第149号(2016.5.20)選挙という『劇場』(2)
第148号(2016.4.20)選挙という『劇場』(1)
第147号(2016.3.20)距離感の無い者たちの双方向性高市発言を巡るメディア論
第147号(2016.3.20)映画「断食芸人」(足立正生監督作品)グロテスクな「近未来」を描く― 
第146号(2016.2.20)【書評】「安保法案・テレビニュースはどう伝えたか」
第146号(2016.2.20)茶色い戦争と茶褐色の戦争画
第145号(2016.1.20)春画・周到〜誰かが何かを企んでいはしないか〜
第144号(2015.12.20)映画批評;『アンブロークン 不屈の男』 〜アメリカ人捕虜が体験した東京捕虜収容所の映画化
第144号(2015.12.20)NHKテレビは、いわゆる「戦争法案」をいかに伝えたか(2) 「放送を語る会」のテレビニュースモニター「本報告」を読んで
第143号(2015.11.20)あたらしい真珠の首飾りのはなし 
第142号(2015.10.20)「安倍音頭戦寝刃(あべおんどいくさのねたば)」と「伊勢音頭恋寝刃」? 
第142号(2015.10.20)NHKテレビは、いわゆる「戦争法案」をいかに伝えたか 
第141号(2015.9.20)映画批評;『ジョン・ラーベ 〜南京のシンドラー〜』
第140号(2015.8.20)山は、動くか。〜いま、石橋湛山を読む〜(5) 
第139号(2015.7.20)戦場で孤絶するということ……『戦争』とはなにか。 
第138号(2015.6.20)山は、動くか。〜いま、石橋湛山を読む〜(4)
第137号(2015.5.20)「襲名披露」ということ
第136号(2015.4.20)山は、動くか。〜いま、石橋湛山を読む〜(3)
第135号(2015.3.20)歌舞伎界は、いま、危機ではないのか。
第134号(2015.2.20)山は、動くか。―いま、石橋湛山を読む―(2)
第133号(2015.1.20)タイムスリップした大鼠〜「伽羅先代萩」
第132号(2014.12.20)山は、動くか。〜いま、石橋湛山を読む・1
第131号(2014.11.20)若者は荒野を行く。「双蝶々曲輪日記」から舞台を凝視すると、時空を超えて、世相が見える
第130号(2014.10.20)「鳥瞰的」朝日論。新聞が、皆、ダメになる日。朝日誤報事件の対応と右派ジャーナリズムの跋扈
第130号(2014.10.20)新作人形浄瑠璃は、シェイクスピア版「憲法九条」だった。 
第129号(2014.9.20)■歌舞伎版「戦後レジームと集団的自衛権」
第128号(2014.8.20)映画批評〜河瀬直美監督作品「2つ目の窓」Still the water 
第127号(2014.7.20)現代の精神疾患 躁鬱病と双極性障害」
第126号(2014.6.20)ボリビア映画「革命の映画/映画の革命」 
第125号(2014.5.20)エモーショナルなものの力を権力者が知るということ
第124号(2014.4.20)NHK会長らの居座りを許すべきではない