太田 零々子12

■俳句; 

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「いまの時代」に生きている俳句を    太田 澪々子
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    軍隊の近づく音や秋風裡      草田 男

    降る雪や明治は遠くなりにけり   草田 男

  中村草田男師は、高浜虚子らの「ほととぎす」の花鳥風月を詠むだけでな

  く、人間探究派といわれる。この派は単に自然の写生主義や叙情に満足せ

  ず、ひたすら人間性の回復を念じて作句している。

  当時、日本全体が戦争体制に組み込まれていたので、人間そのものを詠む

  以外に方法がなかったのかもしれない。

    萬緑の中や吾子の歯生え初むる   草田 男

    ついに戦死一匹の蟻ゆけどゆけど  楸 邨

    女来と帯纏き出づる百日紅     波 郷

  これらは人間の歓喜や業苦を凝視し、発想した作品で、当時の新興俳句が

  なし得なかった「人間回復」であった。

  しかし、この派でさえ戦争の激化とともに言論統制が激しくなり「京大俳

  句事件」でメンバーが検挙されたほどで、これら先輩の俳人にとって苦難

  な時代であった。

  戦後、言論は自由となり、俳句人口は全人口の1割もいるといわれるほど

  活況を呈した。しかし、一面、技巧に走り、点取り主義が横行しだした。

  本当の俳人は志を持つものでなくてはならないと思う。

  美しいものを美しいと詠むだけでは駄目だ。生きざまがないと意味がない。

  さらに進んで、単に人間探求だけでなく「いまの時代に生きている」とい

  う面からその時代の政治、社会などの断面を抉った俳句をつくりたいと常

  に思っている。

  しかし、時事俳句はややもすれば川柳におちいり易く、詩情が生まれてこ

  ない。

  私はいつも時代の流れを鋭く衝いた俳句を作りたいと思っているが、言う

  は易く、実行はともなわなく、苦吟しているのが実情である。

  最近、その意味でつくった私の俳句で「萬緑」に掲載された私の句をお恥

  ずかしい次第ですが参考にのせさせて頂きます。

   無辜の子を救う術なく栗拾ふ

   開戦日鴨いっせいに着水す

   音たてずわれ皮を脱ぐ竹となる

   囀りやわれ口舌の徒で終えん

   昭和史読むわが青春や吾亦紅

   秋観音千手はいらぬ筆一本

   地雷なき豊葦原の露を踏む

   歯には歯の自爆のテロや蛇穴に

   「イラク戦争やめろ」と苺噛みつぶす

   木犀の金銀あれば足る暮らし