【コラム】槿と桜(45)

女性への新しい差別語いくつか

延 恩株


 「見ざる、言わざる、聞かざる」という言い方があります。日本では江戸時代初期の彫刻家・左甚五郎(ひだり・じんごろう)作と伝えられている3匹の猿の彫刻が、日光東照宮の表門をくぐった左手の「神厩舎(しんきゅうしゃ):神に仕える「神馬」(しんめ)をつなぐ厩(うまや)」の長押(なげし:日本の建築で柱と柱の間をつなぐ横木の材木)の上にあり、特に知られています。右側から目をふさいでいる猿(見ざる)、口を押さえている猿(言わざる)、耳をふさいでいる猿(聞かざる)の順に並んでいます。
 この言葉、日本では一般的に「他人の悪い所は見ない、他人の悪口は聞かない、自分から他人を悪く言わない」といった意味で使われているようです。
 でも3匹の猿は日本が発祥地ではなく、古代エジプトから始まって世界各地で「見ざる、言わざる、聞かざる」は使われているようです。

 そして韓国には「見ざる3年、聞かざる3年、言わざる3年」(귀머거리 삼 년 장님 삼 년 벙어리 삼 년)というちょっと変形した言い方があります。韓国の女性ならほぼ誰でもが知っている言葉です。
 これは結婚した女性は婚家では嫁の立場であり、何を言われようが、何をされようがじっと我慢をし、ひたすら耐えなければならない。それは「見ない、聞かない、言わない」という人権さえ奪われたような忍耐が長く続くのを覚悟しなければならないという意味で使われます。
 かつての日本も、嫁の立場ということで言えば、韓国とほぼ同様の状況だったようです。ところが韓国では、今でも状況はさして変わっていません。多くの女性が婚家では「見ざる3年、聞かざる3年、言わざる3年」状況に置かれているはずです。

 儒教が中国から朝鮮半島に伝えられたのは、遠く高句麗(고구려)、百済(백제)、新羅(신라)の三国が覇権を争った三国時代(紀元前1世紀~紀元後7世紀)でした。でも儒教的な祖先崇拝や礼法が人びとの日常生活の規範として浸透、定着したのは18~19世紀のことでした。それだけに現在でも中国以上に日常生活に祖先を祀る祭祀行事が密接に関わってきています。
 韓国では結婚して間もない女性が「見ざる3年、聞かざる3年、言わざる3年」を嫌というほど感じるのは、婚家でのこの祭祀行事の時だと思います。まるで召使のようにこき使われ、不平一つ言わずに立ち働くのが当然と見られているのですから。

 韓国では「男女平等」が明記されたのは1948年7月に制定された大韓民国憲法からでした。また1987年12月制定の「男女雇用平等法」によって、雇用における男女平等の機会と待遇も保証されたことになっています。
 でも残念ながら、韓国では一般家庭内にさえ男女差別が存在していることは否定できません。2018年5月2日の韓国の『聯合ニュース』によると、韓国女性政策研究院がこのほど発表した世論調査報告書で、「韓国社会は女性が差別されている」と回答した人が62%、「男女は平等だ」と回答した人は22%にとどまったそうです。
 こうした社会的環境だからなのでしょう、女性を差別、蔑視するような言葉が生まれやすいと言えるのかもしれません。最近のいくつかについて簡単に紹介します。

○「キムチ女」(김치녀 キムチニョ)
 新しい女性蔑視語です。2014年頃から最初はネット上だけで、最近はテレビなどでも使われるようになりました。デートにかかる費用、結婚費用(新婚旅行費も含む)、住居費用など何から何まで男性に支払いを任せる女性を侮蔑するときに使います。
 日本ではデートしても男女が割り勘というのも許されるようですが、韓国では男性が負担するのが普通で、かりに割り勘にしたら女性からダメ男の烙印を押されてきていました(現在もそうですが)。
 就職難が続く韓国では経済的に豊かな未婚の若い男性はそう多くないはずで、その彼らがデート代などすべてを負担するのは大変だろうなどと思っていた私ですから、こうした言葉が生まれてくるのもわかるような気がします。

○「醤油女」(간장녀 カンジャンニョ)
 「キムチ女」とは反対の位置にあると思われます。誉め言葉と言えるでしょう。今回のテーマからは外れるのですが、韓国の女性が「キムチ女」ばかりでないということで、紹介します。
 「醤油女」は金銭について締まり屋で、物をできるだけ安く買おうとする買い物上手な、見栄よりも中身や質を重視する女性を言います。

○寿司女(스시녀 スシニョ)
 この言葉は文字を見るとわかるように、日本の「寿司」との合成語で日本の女性を指しています。「キムチ女」との対比ではほめ言葉になりますし、時には日本人女性への蔑視語、差別語にもなります。
 良い意味では、従順でおとなしく、デート代なども割り勘で不平を漏らさない。結婚式などにはあまりお金をかけず、二人の結婚後の生活費に回すといった女性を指します。
 一方日本の女性は男の奴隷みたいで、呆れるといったように悪く言う場合にも使われます。

〇「味噌女」(된장녀 テンジャンニョ)
 「キムチ女」より早く2006年頃からネット上に現れ始めた言葉で、経済的に親や男性に頼っているのに、高価なブランド品など贅沢志向の強い若い女性を蔑視、揶揄する言い方です。またブランド品ばかりを自慢げに着たり、持ったりしている頭の悪い女性という意味もあるようです。
 「キムチ女」よりごく限られた女性たちに使われているように思います。

 以上は「〇〇女」という差別、蔑視語ですが、韓国には特定の集団や人びとを差別する言い方として、「〇〇虫」と呼ぶこともあります。この「虫」(충)のついた用語が登場したのは、2000年代始めですが、近年は女性に限らず、日常生活で目についた一定の集団にも向けられる傾向があります。

 たとえば韓国では65歳以上の高齢者は地下鉄などの鉄道に無料で乗車できる敬老無料乗車制度があります。そして、こうした人びとを「高齢者虫(老人虫)」(노인충)「ただ虫」(공짜충)などと揶揄する言葉が生まれています。こう呼ぶ側に不平や不満があるのでしょうが、お年寄りへの敬老の趣旨が踏みにじられ、韓国のお年寄りを大切にするという伝統的な考え方が消えてきているようで、とても辛い感じがしています。

 では女性に対してですが、「自由」をはき違えているのではないかと思われる現状を反映した表現です。

〇「ママ虫」(맘충 マムチュン)
 お母さんを意味する「ママ」(mom)に「虫」を合成した言葉です。商店、飲食店点ほか公共施設などで子どもが大きな声を上げたり、好き勝手をやっていても放置して、他人の迷惑などまったく気にせず、叱ることをしない若い母親たちを批判した言葉です。
 この言葉は差別より、皮肉、揶揄が大きく込められています。こうした母親は日本でも見かけますから、韓国だけのことではないようですが。

 かつて日本では「オールドミス」(Old Miss)という女性を差別した言い方がありました。結婚適齢期(この言葉も現在ではあまり使われないようですが)を過ぎても未婚のまま働き続けている女性たちを指す言葉でした。実は韓国でも女性を差別する同じ言い方がありました。
 しかし女性の高学歴、社会進出が高まるなかで日本同様、今ではあまり使われなくなりました。それに代わって言われ始めた言葉があります。

○「ゴールドミス」(골드미스 コルドゥミス)
 2008年頃から言われ始めました。30代の女性で、大卒以上の学歴があり、専門職に就き、大企業でばりばり働いている独身女性を指しています。社会的地位も高く、高収入で経済的な余裕があるため、「オールド(Old)」を「ゴールド(Gold)」(金)に置き換えたわけです。
 職業を持った若い男性たちからすれば、この「ゴールドミス」たち、羨望、脅威などの目で見られがちで、「ゴールドミス」には差別的な意味よりやっかみ的な要素が強く含まれているように思います。

 言葉は時の流れのなかで新しく生まれ、また消えていきます。今回いくつか紹介しました女性への差別語も同様で、女性の社会的地位の変化、それに伴った人びとの意識の変化が大きく関わっていると言えます。そして社会的に女性が差別されていると60%以上の人が感じ、男尊女卑社会とも言われてきた韓国ですが、「差別語」を通して男性の女性を見る目に変化の兆しが見え始めてきていると感じるのは私だけでしょうか。

 (大妻女子大学准教授)

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