【横丁茶話】

女王は喉を鳴らした

西村 徹


 2014年9月19日、スコットランド独立の賛否を問う国民投票が行われた。結果は否定票が賛成票を上回った。キャメロン首相はひとまず胸をなでおろした。女王ももちろんホッとした。それをつたえるBBCのホームページをたまたま見たが、そこには Queen purred という見出しが付いていた。purr というのは猫が悦んで喉を鳴らすことをいう動詞。主語が猫の場合にいう言葉を、女王陛下を主語にして使うとは。女王も猫も文法上 gender は女性ではある。それにしてもイギリスのジャーナリズムはどこまで自由なのだろうと、驚くより呆れた。

 ところがその後 The Guardian を見るともなく見ると、キャメロンはこの言葉について「女王にじかに会って詫びるつもりだ」と言っているらしい。ニューヨークの元市長のブルームバーグと二人で歩きながらしゃべったらしい。Queen purred down line と言ったところをばっちりテレビ局にとられていて the Guardian はその動画を公開している。女王を茶にしておいてメディアにすっぱ抜かれると頭を下げる。なんだ、政治家の品質、日本と変わりないじゃないか。
 http://www.theguardian.com/politics/2014/sep/23/david-cameron-queen-purred-down-line-scotland-no-vote 

 down line は俗語で「完全に」とか「心から」とか「徹底的に」とかを意味するらしいが、もしそうなら、首相の使う言葉として、いくらなんでもひどすぎる。私はそういう最新の俗語を知らないから最初「電話のむこうで」くらいに思った。イギリスの首相はよく女王に電話する。この時も国民投票の結果を電話で伝えたのであった。purred だけなら、まだしも。「女王は(満悦)きわまって喉を鳴らした」となると、もはや隠喩ではない。下品というほかない。

 英語がどうかなってしまったのか、私がどうかなってしまったのか、言葉はどんどん変化するものではあるが、確かなところを、ご存じの方は教えて頂きたい。9月28日の The Telegraph によるとテレビ局チャネル4の分析ではキャメロンはさらに、その発言に続いて「誰かがあんなにはじけるのを耳にしたことはない」と言ったという。労働党は「内緒話を漏らすとは女王に対して失礼である」と言い、またスコットランド独立党(SNP)党首アレックス・サモンドは「キャメロンは恥じて首を吊るべきだ」と言ったという。なんだ、首相の品性、日本と変わりないじゃないか。
 http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/queen-elizabeth-II/11116606/David-Cameron-Queen-purred-down-line-over-Scottish-Independence-vote.html

 (筆者は堺市在住・大阪女子大学名誉教授)


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