子育て大国のフランス

フランス便り(その8)

子育て大国のフランス        鈴木 宏昌

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今年の全仏オープン(ローラン・ギャロス)はナダルの圧勝に終わり、史上初
の8連覇を達成した。テレビで、錦織の試合もすこし見たが、ナダルにはまった
く歯が立たなかった。ナダルは準決勝、決勝では鬼神が乗り移ったようなすばら
しいテニスを披露した。本当に強い。

今年は、久しぶりに試合を見物したいと思っていたが、気が付いたときには切
符は売り切れていた。インターネットで切符の値段を見ると、3回戦以上は、100
ユーロ以上していたのには驚いた。フランスの昨今は、不景気と増税、不順な天
気などくらい話が多いが、一部には時間とお金を持つ人がいるのだろう。私にと
っては、ようやく、テレビに釘付けになる時間から開放された。

さて、老人ホームや不人気な政治など少々暗いイメージのテーマを取り上げた
ので、今回は明るいものにすることにした。ところで、フランスに関して、明る
いテーマを探すことは簡単ではない。バカンスは早すぎるし、おいしいワインな
どは専門知識に欠ける。そこで、長いこと迷った上、フランスの出産や育児の問
題について、気軽に書くことにした。というのは、周知のようにフランスは、先
進国には珍しく、子供および若年層が増加している国である。

わが国でよく使われる合計特殊出生率(一人の女性が一生の間に生むと推定さ
れる子供の数)を見ると、主要国の中では、フランスは1.99と高く、アメリカに
は及ばないものの、日本(1.42)、ドイツ(1.46)を大きくリードしている
(2010-2015年予測値、活用労働統計2013年版)。

実際、1980年から2010年までの人口増加をみると、約5400万人から6700万人
と、この間に1300万人ほど人口が増加している。ドイツやイタリアが、この30年
間にやっと300万人ほどの増加したのとは大きな違いである。

もちろん、この数字の中には多少外国人の流入もあるが、それほど大きな割合
ではない。というのは、1974年以降、フランスは新規の労働流入をほぼストップ
している。家族の呼び寄せも年間10万人くらいと抑えられている。やはり、人口
増加の最大の理由は出生数の伸びによる。

確かに、パリ地域に生活しているとやたらにベビーカーが目に付く。幼稚園や
小学校の送り迎えに行く母親・父親がベビーカーカーに幼い子を連れて行くのは
普通の光景だし、バスや電車の中でも子連れの人をよく見かける。私が机を借り
ている研究所〔20人くらい〕でも、昨年から今年に掛けて2人の女性研究者が子
供を出産、もう一人の若手研究者は今週あたりが出産日と聞いている。

周囲の人も特別な目で、お腹が大きくなった女性を見たり、扱ったりすること
はない。フランスでは若い家族はほぼ間違いなく共稼ぎで、子供の出産のために
仕事をやめるという話を聞いたことはない。

もう5、6年前のことになるが、フランス大使館に出向していたフランスの経済
学者と出産・育児の話にになり、「日本では出産と育児に相当のお金を用意する
必要がある」と言ったところ、大変に驚かれたのが印象的だった。フランスでは
子供を持つ、持たないを決めるときに、金銭的な負担はまったく考えず、むしろ
キャリアや家族の状況により決めるとはっきりと言われた。つまり、出産には費
用はかからないし、その後の育児負担についても個人の経済的な持ち出しは少な
いという説明だった。

当時、私の博士課程の女性が子供を出産し、ベビーシッターの確保に四苦八苦
していたのを近くで見ていただけに、ショックを受けたのを憶えている。フラン
スにおける結婚・出産・育児の最近の状況を具体的に紹介したい。

■【結婚あるいはユニオン(PACS)】

日本では、出産の前提はやはり結婚で、婚外出産は少ないが、フランス(イギ
リスも同様)では結婚していない人の出産が最近急激に増えている。というの
は、1999年の法律で、同棲するカップルを正式に独立した世帯と認め、経済・法
律上結婚したものとまったく同様の権利が与えられた。そのこともあり、若い人
は、なかなか結婚しない。

多分、若い人たちは、結婚後、夫婦生活がうまく行かず、面倒な離婚をするよ
りは、まず同棲生活をしてみて、うまくゆけば結婚をと考えているのだろう。同
棲を市役所に届ければ、同棲の世帯(PACSと呼ばれる)と認められ、税や社
会保障などに関して結婚したものと同じ扱いになる。

また、女性の場合、名前を変える必要がないという利点もある。現大統領のオ
ランド氏は、元大統領候補のセゴレーヌ・ロワイアルさんと結婚することなしに
4人の子供をもうけたことで有名だが、現在のパートナーとも結婚していない。
まあ、オランド氏の年代では、かなり特殊なケースだが、若い世代になると、本
当に結婚しない人が多い。多分、PACSの手続きすらとっていない人が多いの
ではないかと思われる。

社会的にも、同棲は特別なこととは見られず、「簡単に私のパートナです」と
いう紹介で終わる。結婚に熱心なのは、私たちと同じ年齢層の両親である。カソ
リック系の人たちには、結婚は教会で式をあげて、初めて正式の結婚になると考
えている人が多いが、若い世代の信仰心は強くない。ただし、同棲のカップルが
真剣に子供を持つことを考え始めると、事情が変わる。生まれてくる子供の育児
や将来などを考え、結婚あるいはPACS契約を行うことが多い。ここでいくつ
かのデータを紹介しよう。

まず、フランスにおける年間の結婚件数は近年縮小傾向にある。1970年に約40
万件であった結婚件数は2000年に約30万件、2009年には約25万件と減っている。
とくに人口千人あたりの結婚する率は1970年の7.8件から2009年の4.0件と半減し
た。PACSの件数は2000年代後半に急速に伸び、2009年には175 000件まで伸
び、正式の結婚件数に迫る勢いとなっている。

ちなみに、最近話題になった、同一性同士のPACSはわずかに5%で、95%
は男女の同棲である。離婚件数は高くなる傾向が続き、2008年には13万件の離婚
が成立している。これは、実に結婚件数の半分で、結婚後、5年目が離婚率が一
番高いという。また、離婚経験者同士の再婚も多く、総結婚件数の2割を占め
る。私たちの周囲にも離婚経験者同士の再婚者が何人もいるが、子供との関係な
ど事情は複雑なようだ。

■【出産】

私の元学生が出産したときに、産婦人科での検診に結構お金がかかると聞い
た。正常な出産は病気ではないという理由で、健康保険がカバーしないのため、
自分の持ち出しになるとの説明だった。もしも、胎児の成長が正常でない場合
は、健康保険の対象になるとのことだった(その後、改革があったのだろう
か?)。実に不思議な話である。フランスでは、出産関係の費用はすべて健康保
険の対象になる。また、出産手当は、1回の出産につき、923ユーロが支給され
る。なお、出産休暇は法定で産前・産後8週間となっている。

■【家族手当】

フランスの家族手当は手厚いことで有名で、昔から、年金、医療と並ぶ社会保
障の柱と位置づけられてきた(先進国の中でも、家族手当を社会保障の一部と位
置づける国は少なく、フランスは例外的)。現在の家族手当制度の発端は1930年
代の人口政策にまでさかのぼるが、第2次大戦後一般化された。この背景には、
フランスは、19世紀後半以降、人口減少に悩み、国の経済力の低下につながった
という意識がある。そのため、国力を高めるために、出産や育児の負担を社会保
障でカバーする現在の制度が1945年法定化され、現在まで続いている。

家族手当の支給額や適用範囲は時代とともに変化してきたが、基本は変わって
いない。家族手当は非常に普遍的な制度で、国籍、年齢、所得とは関係なく、子
供を持つすべての家庭が対象である。現在の制度では、2人以上の子供を持つす
べての家庭に家族手当が支給される。

手当ての額(毎月)は子供の数に応じて定められる;子供2人 128ユーロ、3
人 293ユーロ、4人 458ユーロ、その後子供1人ごとに164ユーロが加算され
る。14歳以上の子供には64ユーロが上乗せされ、子供の年齢が20歳に達するまで
自動的に支給される。

さて、この家族手当基金(原則的に労使の負担と国の補助)は、ご他聞にもれ
ず、近年大きな赤字を計上している。財政赤字の削減を狙うオランド政権は家族
手当てに所得制限を設け、高所得者の家庭には、家族手当を停止あるいは減額し
ようとしたが、猛烈に反対の声が上がり、所得制限は設けられないことになった。

反対の表立った理由は、人口政策の基本はその制度の普遍性にあるというもの
だが、所得制限を導入すると、昔からあった家族手当は貧しい階層(貧しい家庭
ほど子供が多いという観念)への支援という批判が強くなるのを恐れたのであろ
う。

また、試算の結果、所得制限の導入のみではそれほど大きな赤字縮小につなが
らないという試算も影響したようだ。結局、子供を持つ世帯の所得税の控除額を
減らす方向で政府は法案を提出することになった(この政策により、約10億ユー
ロの赤字削減が実現する見込み)。家族手当と人口増加の関係は単純ではない
が、所得とは関係なく、手厚くすべての家庭を対象とした家族手当の存在が若い
階層にとって、子供を生む大きな心理的な後押しになっていることは間違いない。

■【育児制度】

フランスの育児制度はいろいろな面で日本よりは充実している。まず、育児休
暇(父親も取る権利を持つが、実際に取る人は少ない)は、子供の年齢が3歳に
なるまで何回も取ることができる。休暇の期間中は家族手当の中から所得補填が
なされる。育児休暇期間は、女性の年金の計算の際には、労働していた期間とし
て計算される(家族手当基金が原資)。もちろん、所得補填は働いたときの所得
とは異なるが、多くの女性が育児休暇を取っている。

つぎに、公的な育児施設は日本よりは格段に充実している。ほとんどの地域に
保育施設があるが、誰でも子供を預けられる状況ではない様だ。多くの若い人た
ちが活用しているのは、保育ママの制度である(Nounou:乳母と呼ばれることが
多い)。

羨ましいのは保育ママ制度が実に使いやすいことにある。保育ママは、まず家
で子供を預かれる広さと設備(トイレなど)を持っているかを行政が審査する。
その審査でOKが出ると、保育ママの志願者には120時間の訓練が義務化され、
育児のための最低の知識を持たなければならない。

しかしそれ以外、特別の資格は要求されないので、子供好きの女性(男性でも
OKだが…)なら、時間さえあれば、だれにでもなれる仕事である。時間当たり
の給与は使用者と交渉次第ながら、最低賃金も定められている。子供を自宅で預
かる場合は時間当たり約3ユーロと低く抑えられているが、子供のところで保育
を行う場合は、9ユーロとすこし高い(使用人の扱いとなる)。

一人の保育ママが面倒見れる人数が4人までと制限されているので、4人の子供
を預かっても、アルバイト並みの収入にしかならない。しかし、働く女性にとっ
ては実に心強い味方である。しかも、保育ママの経費は、所得税の申告の際に控
除の対処ともなる。私の娘の場合(ストラスブール在住)、友達の保育ママと連
絡を取り、毎週の計画を立てている。4歳、9歳の子供があり、学校の終わる時間
に子供を引き取ってもらい、夕方父親あるいは母親が子供たちを引き取る。

フランスでは、水曜日が休みなので、その日は1日面倒を見てもらうことにな
る。この保育ママの制度は昔からあり、私たちがジュネーブ近くの村(フランス
領)に住んでいた頃(1970年代)、友達の奥さんは近くの子供を長いこと預かっ
ていた。この子供たちは、まったく家族の一員で、今でも子供たちは、時々、友
達の家に顔を出しているようだ。娘のところの子供も同様で、保育ママにとても
懐いている。これは、多数の子供を預かる公的な保母施設ではとてもできない芸
当である。

■【教育】

わが国では、教育費は家計支出の大きな項目である。とくに、学年が進むほ
ど、塾や私立学校の授業料など支出の伸びが大きくなる傾向がある。これは、教
育熱心な東アジア諸国に共通する現象である(中国や韓国の教育熱は日本とは比
べ物にならないと言われている)。さて、フランスではどうだろうか? 答えは
簡単で、塾らしきものは存在せず、私立の学校も原則的にない。中学・高校に相
当するコレージュの中には、運営が私立のものはあるが、授業料はなく、カリ
キュラムも公立と同じである。

わずかに、教員が公務員であるか、民間のサラリーマンかの違いに過ぎない。
フランスでは、大学を含めて教育は個人の権利であるとされているので、当然、
授業料はゼロである。しかも、教育に関して、機会平等の原則が強調されるの
で、すべて同一のカリキュラムが組まれている。したがって、民間の塾や私立学
校が入る余地がない。では、エリート主義傾向の強いフランスにおいて、教育熱
心な家庭はどうしているのだろうか? まず、子供を評判の良い学校に入れる。

時には、良い学校のために引越しすることもある。中学・高校になると、どの
学校に入れるかにより、その後の進路も大きく異なる。さらに、個人ベースで家
庭教師を雇い、不得手な科目をカバーすることはあるようだ。とはいえ、これは
ピアノなどの習い事、あるいはスポーツ活動と同類で、家計支出の大きな項目で
はない。ちなみに、2008年の家計支出の統計では、教育への支出は0.8%でしか
なく、タバコへの支出より低かった!したがって、子供の教育はまったく経済的
な負担にならない。

このようにフランスの子育ての環境はすばらしいが、当然、問題点もある。ま
ず、何と言っても財政問題がある。社会保障は福祉国家の柱だが、年金、医療、
家族手当の基金はすべて赤字の状態で、国からの援助でどうにかこれまでの水準
を維持して来た。しかし、ユーロ危機に直面したEUは憲章にある財政規律の適
用を厳しく審査するようになっている。フランスは、財政赤字を3%の基準に持
っていくのに、2年間の猶予が認められたが、それでも経済の低迷しているフラ
ンスには厳しい状況である。

財政赤字の大きな要因である社会保障改革をどう進めるのか、オランド政権は
難しい選択を迫られる。家族手当は、年金に比べれば小さな項目だが、それでも
次第に様々な補助金などが取り崩される可能性が高い。とはいえ、多くのフラン
ス人は、これまでの家族手当などの家族政策を積極的に高く評価している。ま
た、育児に関する諸制度は、女性の職場進出と密接に絡むので、そう簡単に制度
変更はできないだろう。

フランスにおいて、社会的に地位ある女性(経営者、大学教授、政治家など)
は家庭を持ち、子供を何人も育てていることが多い。これは育児制度の充実とと
もに、職場において、出産・育児に関して周囲の理解があることによる。

一昔前(私の世代)には、フランスでも仕事のキャリアと家庭・子供を持つこ
とは両立しないことが多かったが、今の働き盛りの世代はまったく違ったビジョ
ンを持っている。高学歴の女性が子育てのために育児休暇を取ったとしても、キ
ャリアの面で大きなハンディキャップを負うことはなくなったと言ってよい。私
のいる研究所には、小さな子供を2人、3人育てながら、はつらつとして働く女性
研究者が目立っている。 (2013年6月16日)

(筆者はパリ在住・早稲田大学名誉教授・IDHE客員研究員)
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