【コラム】酔生夢死

学習効果

岡田 充


 いまわれわれは多くのことを学び始めている。憲法9条をはじめ立憲主義や「法的安定性」など、普段は深く考えることのなかった政治用語が国民的論点として浮上しているのだ。その種はすべて安倍チャンと彼の「チルドレン」が播いてくれた。彼らに感謝すべきだろう。火をつけたのは、集団的自衛権の行使を可能にする安保関連法案の衆院強行採決だった。「押し黙っていた」普通の市民が、反対の声を次々と上げ始めたのである。
 特に「非政治的」象徴として扱われてきた若者の謀反は、政治の潮目を変えた。学生を中心とする「SEALDs」の国会周辺デモには、毎週金曜日に2万〜3万人が集まり、高校生までがその列に加わる。「近ごろの若者は」とため息ばかりつくそこのオジサンとオバサン。若者、中年、老人という世代論から人々を“輪切り”で考える悪習からそろそろ卒業してはどうでしょう。

 世代論の馬鹿馬鹿しさも、安倍チルドレンが学習させてくれた。自民党の武藤貴也衆院議員(36)がツイッターでSEALDsに対し「彼ら彼女らの主張は『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせい」と書き込んだのだ。36歳だよ、武藤クンは。ツイッターを見た時には、「いい年をしたオジサン議員か」と思い込んでいた。これも世代論の悪弊に染まった私の固定観念。

 ここでの学習の論点は二つ。第1は、「戦争に行きたくない」という主張を利己的と断じるのは、安保法制が戦争法案であることを言外に認めたことにはならないか。第2に利己的の原因を「戦後教育」に求めるけど、安倍チャンも武藤クンもその戦後教育を受けたはず。一方、戦前の教育勅語をたたきこまれた老人たちの多くが、安保法制に反対するのをどう説明すればいいの? 世代論がいかに馬鹿馬鹿しいかを教えてくれた。

 さて、「最初に結論ありき」の安倍チャンは、支持率急落を受けて何らかの学習効果はあったろうか。国立競技場のデザインを白紙撤回し、普天間基地の移転に反対する沖縄との「1か月休戦」はその答えかもしれない。中国、韓国だけではなく世界中が注目した戦後70年の「首相談話」に、当初排除する予定だった「侵略」「植民地」と「お詫び」の文言を入れたのも内外の批判をかわすための「学習効果」のように映る。
 しかし、岸信介という祖父へのコンプレックの強い彼はなかなかの頑固頭だ。支持率急落をみて安保法制の成立を最優先課題に据えた。その他のアジェンダでは妥協姿勢をみせ、支持回復をねらった思惑が透けて見える。学習効果を彼に期待するのはまだ早い。

 (筆者は共同通信客員論説委員)


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