安保基地の島・沖縄

■ 安保基地の島・沖縄                  吉田 健正

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  前回の「普天間基地移設」問題に続いて、今回は来年で改定50周年を向かえる
日米安全保障条約を取り上げる。とりわけ「住民の声を無視した押し付け」「あ
まりに過重負担」「不条理」「差別的」などと沖縄側から批判され続けてきた在
沖米軍基地と日米安保の関係について考えたい。併せて、米国でさえ多国間協調
を訴えだしたこの時代に、日本は日米同盟至上主義を見直す時期に来ているので
はないかということも提言したい。「日米同盟を外交の基軸に」というのではな
く、日本外交の基軸は近隣諸国や米国を含む諸外国との友好関係にすべきではな
いのか。

 11月20日に公表された米軍の「グアム環境影響評価書素案」によると、米国は
普天間基地の受け入れについて、オーストラリア、ニュージョーランド、タイ、
シンガポール、フィリピン、韓国といったアジア太平洋地域における米国の「同
盟国」に打診したが、いずれも難色を示したため、米国領のグアムに目を向けた。
一方の日本政府は、日米安保の堅持・強化と引き換えに、日本の資金支援によ
る普天間基地の沖縄県内移設と海兵隊8,600人のグアム移転を含む在日米軍再編
ロードマップに合意したという。海兵隊のグアム移転に関する環境評価報告書が
伝えるのは、米国が地域の安全保障にこだわっている中で、同盟諸国の米国離れ
が進み、日本だけが米国の安保の傘に頼っているという、奇妙な姿である(本稿
の末尾を参照)。鳩山政権は、その点からも、日米安保と再編合意の今日的妥当
性を根底的に再検証すべきであろう。


■日米同盟至上主義の中央紙


  安保と沖縄の問題に立ち入る前に、海兵隊普天間基地移設問題に関する前回の
拙稿の冒頭に書いたことを再確認しておきたい。まず、オバマ大統領は、来日直
前のNHKインタビューで鳩山新政権が在日米軍再編合意をレビュー(検証)する
のは"perfectly appropriate"と語った("completely appropriate"と書いたの
は、私の間違いだったが、「至極当然」という意味に変わりはない)。「ニュー
ヨーク・タイムズ」(11月13日付)は、大統領が東京での共同記者会見で普天間
基地存続という難題に関する日米閣僚級作業グループの設置を決めたのは、ゲー
ツ国防長官が普天間基地移設に関する合意の再交渉に対して閉じたかに見えた門
戸を、鳩山首相への「政治的贈り物(ギフト)」として再び開こうと考えたから
だ、と報じた。合意の見直しに同意したというのである。「琉球新報」(11月14
日)は、首脳会談で大統領が「政権が代わって(再編合意を)見直しすることは
率直に支持する」と述べたと伝えた。これらの報道から、オバマ大統領が合意見
直しに同調していたことが察しられよう。
 
ところが、日本を代表する新聞の論調は、日米同盟を守るために、現行合意を
いじるべきではない、という。米国の機嫌を損ねてはならないという、米国の顔
色をうかがうだけの卑屈きわまりない態度だ。例えば、「朝日新聞」は11月12日
の社説(「普天間移設―鳩山首相の牽引力を問う」)で、「オバマ氏はNHKの
インタビューで、鳩山政権が辺野古移設をめぐる日米合意を検証していることに
理解を示し」たことを認めた上で、大統領が「最終的にはそのまま受け入れるよ
う期待を表明した」ことに力点をおき、「政権交代の時代の同盟管理のあり方が
問われている」と述べ、同紙が「米軍再編という大きな構図のひとこま」と呼ぶ日
米合意を「白紙にすること」には反対する立場をとった。21日の社説では「日本
の安全保障の柱である同盟を支える基本的な信頼関係が損なわれては困る。
 
その点で、……日米合意では、在日米軍基地の整理・統合やグアムへの海兵隊
の移転、その移転経費の日本側負担などがパッケージになっている。大事なのは
、首相がこの枠組みそのものを変えるつもりはないと明確に語ることではないか
。そのうえで、もし辺野古以外の移設先を探るのであれば、米国側にはっきりと
提起しなければならない。全体の方向性をあいまいにしたまま作業部会の検討を
長引かせるのは、米国に対して不誠実であるばかりか、国民の期待をもてあそぶ
ことになりかねない」と論じた。
 
「読売新聞」の社説(「日米首脳会談、同盟深化へ『普天間』の決着急げ」
11月14日)は、もっと端的に「政府は、いたずらに(普天間基地移設)問題を
先送りせず、今年中に現行計画の推進を決断し、決着させるべきだ」と論じ
る。なぜなら、「安保条約の根幹は、米国が日本防衛の義務を負う代わりに、
日本が米軍の国内駐留を認めるという相互依存の関係にある」からだ。だが
「現在の日米関係にきしみが生じている。……その最大の要因は、鳩山首相が
普天間飛行場の移設問題を先送りし続けていることにある」。
 
いずれの社説も、日米同盟の信頼関係を最優先すべき、米国政府の意向に従う
べき、という主張である。普天間基地の国外移設どころか、そろそろ安保を沖縄
県民に過重負担させるのはやめて国民全体で負担しようという提言もない。かつ
ての自民党政権と同じだ。
 
「日本は米ソ対立の時代、西側の一員として行動し、冷戦終結後は日米同盟を
活用しつつ、世界とアジアの平和に貢献することを目指した。この間の日本の経
済発展は同盟関係による幅広い日米協力にあずかるところが大きい」と論じる
「読売」の社説は、日本の経済発展を日米同盟に求め続けようという、まるで冷戦
時のレトリックだ。
 
両社説とも、現行合意を支持する理由として「地元負担の軽減」を揚げてい
る。
しかし、1996年12月のSACO最終合意がすべて実施されたとしても、県内米軍専
用施設の21%に相当する5,002ヘクタール(最終合意では5,075ヘクタールだった
が、那覇港湾施設35ヘクタールと北部訓練場38ヘクタールが米軍に新規提供され
ることになった)縮小されるものの、日本全国に占める在沖米軍専用施設の割合
は約70%に減るだけ。しかも、2006年の再編合意に普天間県内移設→海兵隊員の
グアム移転→嘉手納以南の基地返還という形で新たに組み込まれたり追加された
りした返還予定地は895ヘクタールだけだから、たとえ現行合意通りにことが進
んだとしても、本土他府県と比べた沖縄の米軍基地負担がまだまだきわめて過重
であることに変わりはない。
 
「見直しには時間がかかり、それだけ普天間基地の危険が続く」という、現行
合意支持のもうひとつの論拠も、いかにも基地周辺住民の安全性を案じたそぶり
だが、それなら沖縄内で海兵隊航空基地をたらい回しするのではなく、基地その
ものの沖縄からの撤去を求めないのか。政治的決断さえあれば、撤去にあまり時
間は要しない。
 
普天間基地には南西から北東方向に伸びたフライトライン(発着場)と滑走路
のほか、格納庫、通信施設、補修施設、部品倉庫、消防施設、給油施設、理髪店、
ジム、祈祷所、郵便局、クリニック、プール、ボウリング場、図書室、将校ク
ラブ、スナック・バー、売店などがあるが、ここを離発着訓練に利用するヘリや
給油機、そして海兵隊員は、ちょうどイラクに動員されたように、即座に空母で
別の場所に移転できる。

現在の地位協定では米国は撤退後の汚染処理の責任を免除されているが、発着
場、滑走路、格納庫、給油施設、補修施設などの撤去は日米で協議して進めた
らよい。米国内およびプエルトリコ、フィリピン、イタリアなどでは、米国の
演習場、海軍基地、原潜補修基地が政治的決断によって1年もかけないで閉鎖
・撤去されてきた。普天間でも出来ないはずはない。撤去後は地元・宜野湾市
が商業地、住宅地、公園、教育施設、スポーツ施設として再開発したらよい。
 
県内移設以外の選択肢はないのかについては、一言もない。沖縄県民としては
、戦闘機が飛び交って普天間基地より騒音がひどく、危険度も大きい米空軍嘉手
納飛行場も早急に撤去して欲しいが、日米同盟は重要だが米軍基地の日本本土移
駐にはノーという、当事者意識を完全に欠き、沖縄県民の訴えは眼中にない本土
マスコミに、支持を期待することはできない。
 
「毎日新聞」の社説「日米首脳会談 連携の舞台が広がった 安保50年へ信
頼深めよ」(11月14日)も、「同盟関係を発展させるには日米安保体制の信頼性
を高めることが不可欠である。普天間問題について首相が「最後は私が決める」
と言うだけでは国民の不安や米側の疑心をぬぐうことはできない」と、米側を「
ご主人様」扱いする点では上記2紙と変わらない。
 
「東京新聞」の社説(「オバマ氏来日 新しい同盟の出発点に」11月14日)だ
けは「鳩山首相が合意履行を明言しないことをとらえ、国内外に『同盟の危機』」
との指摘があるが、政権交代に伴って前政権からの政策の総点検をするのは当
然だ。米側も理解しており、危機を煽(あお)るのは、両国の国益を棄損する」
と、日米合意を検証するという鳩山首相の姿勢に理解を見せた。4紙の中で冷静
に論じたのはこの新聞だけだ。
 
一方、テレビは、珍しくも、普天間基地とその周辺上空を米軍ヘリが爆音を立
てて低空飛行する映像を繰り返し見せた。それなりに、普天間基地の危険性が視
聴者に伝わったであろう。しかし、残念ながら、一部を除いて、その場限りの報
道に終わった。
 
所詮、本土メディアにとって、沖縄の基地問題はこの程度の関心事でしかな
い。
普天間基地移設問題によって、米軍基地に関する本土と沖縄の「温度差」は少
しは縮まったであろうが、日本を守るための安保基地を沖縄に集中させて事足れ
りとする本土の政治家やメディアや国民の心底は、あまり変わっていないのでは
ないか。


■軍事植民地と化した戦後沖縄


  ここで、「読売」「朝日」「毎日」などが日米同盟の根幹としてこれほど重視
する安保条約に話を戻そう。
  オバマ大統領は、東京で、「(当時の)アイゼンハワー大統領は、……米国と
日本は『対等で相互関係』に基づく『不滅の協力関係』をつくりあげていくと語
った。だからこそ、歴史のこの重要な時に、私は首相と同盟関係を確認しただけ
でなく、同盟関係を深めることで合意した」と述べた。
 
冷戦時代の米国占領下で日本に押し付けられた日米安全保障条約。強烈な反安
保闘争の中で改定され、しかも核密約まで交わされた(押し付けられた)日米安
保を「対等」「不滅の協力関係」という言葉でくくるオバマ大統領の表現には、多
くの日本人が違和感を覚えたであろう。米国と「対等」であるはずの日本で、自
民党政権が「米国の言いなり」と批判されるほど隷属的な対米姿勢をとり、主要
紙があたかも「洗脳」されたかのように、地位協定で占領時代のごとく特権を与え
られた米軍(基地と軍隊)を維持し続ける米国政府の肩をもって自国政府批判を
展開するのは、異常としか言いようがない。
 
さらに異常なのは、沖縄を政府・マスコミ・大半の国民が、沖縄を日米安保の
砦にしている事実を容認または黙認していることである。太平洋戦争で沖縄を確
保した米国は、当初は対日本本土戦に備えた発進基地として、その後は単なる「
血であがなった戦果」として保持し続けた。46年には平和主義、国民主権、基本
的自由の保障をうたった日本国憲法が制定されたが、それが米国統治下の沖縄に
適用されることはなかった。
 
それどころか、ときの昭和天皇は47年、米国による琉球諸島の軍事占領の継続
を希望すると米国に伝えた。それが「米国に有益」で、「日本を(共産主義から)
守ることになる」、というのがその理由であった。中華人民国が成立した1949年
にはアイゼンハワー大統領が沖縄の「無期限保持」を言明した。日本にとっての
沖縄のもつ意味を象徴するメッセージであった。翌50年に朝鮮戦争が勃発すると、
米国は基地の建物や設備を仮設のものから恒久的建造物へと変えていく。しか
し、日本が終戦、憲法制定、戦需景気で復興への道をひた走っていたとき、沖縄
は経済的にも政治的にも米国の軍事植民地と化していた。
 
そして日米安全保障条約と連合国の対日平和条約が締結され、前者によってア
メリカ以外の占領軍が撤退してアメリカ軍が在日米軍となり、後者によって日本
が独立を復活させるとともに、沖縄を含む琉球諸島は正式に米軍統治下におかれ
ることになった。米国占領下で用意されたこれら2つの条約が、いずれも1951年9
月8日に署名され、翌52年4月28日に発効したのは、偶然ではない。日本は正式な
戦争終結とともに、日米安全保障条約というある種の米国支配の下に置かれ、日
本は対米一辺倒主義を余儀なくなされたのである。両国が対等でなかったのは、
今更言うまでもない。
 
現在沖縄の原点は平和条約第3条にある。同条曰く。「日本国は、……南西諸
島……を、合衆国を唯一の施政権者とする信託統治の下におく(という米国の提
案に)同意する」「(提案が国連で可決されるまで)合衆国は、領水を含むこれ
らの諸島の領域及び住民に対して、あらゆる行政、立法及び司法上の権力を行使
する権利を有する」。これによって、米国はいかなる国の干渉も受けることなく、
沖縄を軍事植民地として自由に利用できるようになったのである。
 
それ以降、米軍は那覇市安謝・銘刈地区(現在の新都心地域を含む)、宜野湾
市伊佐浜、伊江島の真謝・西崎地区などで住民の抵抗を「銃剣(武装兵)とブル
ドーザー」で排除しながら新たに居住地や田畑を含む土地を強制的に接収し、沖
縄を"Keystone of the Pacific"(「太平洋の要石」)に変えていった。本土復帰
(1972年)以前には、当時の琉球列島(現沖縄県)の14・8%、沖縄本島の実に
27・2%が、米軍基地として占拠され、「基地が沖縄にあるのではなく、沖縄が基
地にある」と言われた。
 
在沖米軍の多くは、「日本本土や韓国から移転してきた」部隊であった(屋良
朝博『砂上の同盟――米軍再編が明かすウソ』)。当時の沖縄では、強制的な土
地接収に対する「島ぐるみ闘争」が起きていたが、屋良は、長野県浅間山の演習
場反対闘争、群馬県妙義山接収反対運動、「砂川事件」で知られる東京都立川飛
行場の拡張阻止運動、海兵隊が駐留していた岐阜県各務(キャンプ岐阜)や山梨
県北富士演習場などでの反対闘争が高まったため、多くの兵力が日本本土から撤
退して米国統治下の沖縄に移転したのだろう、と言う。アイゼンハワー米大統領
と岸信介首相が57年6月に発表した自衛隊増強と在日米軍削減に関する共同コミ
ュニケのあと、20万超だった在日米軍は60-70年代に「大幅に削減される一方で、
掃き溜めのように沖縄へ米軍が流れてきた」(同上)。
 
核兵器、ミサイル、毒ガス兵器、あのベトナムに撒かれた枯葉剤、原子力潜水
艦、陸軍特殊部隊……と、何でもありの基地であった。Bulletin of the Atomic
Scientists (November/December、1999)によれば、沖縄に核兵器が配備され
たのは台湾海峡で緊張が高まった1954年12月。その後、海外では最多の約1200発
に増やされた。沖縄の本土復帰により撤去されたと言われているが、真相は不明
だ。知花弾薬庫地区に保管されていたマスタドーガスやサリンを含む毒ガス1万3
千トンは、71年1月、米領ジョンストン島へ移送された。69年7月に「ワシントン
・ポスト」がVX神経ガスの漏出事故を報道しなければ、復帰後も残った可能性が
ある。


■米軍基地を保持したままの本土復帰


  時計の針を昭和44(1969)年に戻していただきたい。その年の11月、佐藤栄作
首相とニクソン大統領は共同声明でこう述べた。「総理大臣は、日米友好関係の
基礎に立って沖繩の施政権を日本に返還し、沖繩を正常な姿に復するようにとの
日本本土および沖繩の日本国民の強い願望にこたえるべき時期が到来したとの見
解を説いた。大統領は、総理大臣の見解に対する理解を示した。総理大臣と大統
領は、また、現在のような極東情勢の下において、沖繩にある米軍が重要な役割
を果たしていることを認めた。

 討議の結果、両者は、日米両国共通の安全保障上の利益は、沖繩の施政権を日
本に返還するための取決めにおいて満たしうることに意見が一致した。よつて、
両者は、日本を含む極東の安全をそこなうことなく沖繩の日本への早期復帰を達
成するための具体的な取決めに関し、両国政府が直ちに協議に入ることに合意し
た。(中略)総理大臣と大統領は、米国が、沖繩において両国共通の安全保障上
必要な軍事上の施設および区域を日米安保条約に基づいて保持することにつき意
見が一致した」。

 1972年に沖縄を「正常な姿に復する」はずだった沖縄の「祖国復帰」は、「日
米両国共通の安全保障」を前提にしたものであり、「(そのために必要な)軍事
上の施設および区域は日米安保条約に基づいて(沖縄に)保持する」というので
ある。これに対し、本土復帰運動を推進してきた復帰協議会や沖縄教職員組合な
どが中心になって、71年10月15日、 沖縄返還協定の批准に反対し、「完全復帰
」を要求する県民総決起大会を開き、屋良朝苗琉球政府主席は「私たちは,これ
まで沖縄の祖国復帰の正しい姿は,民主平和,平等の日本国憲法のもとに,差別
のない権利を回復することだと考え,そのためには即時無条件全面返還以外には
あり得ないと信じ,それを強く叫び主張してきました。 しかし,今回の共同声
明にうたわれた沖縄返還の内容は,私たちの主張を全面的に取り入れたものとは
いえません」と不満の意を表し、東京での沖縄返還協定調印式への出席も断った。

 実際、沖縄返還協定により、那覇軍港(返還が決まったが、40年近くたった現
在も返還は実現していない)、牧港補給地区、キャンプ瑞慶覧、普天間飛行場、
嘉手納弾薬庫地区、嘉手納空軍基地、キャンプ・ハンセン、キャンプ・シュワブ
、北部訓練場などを含む在沖米軍基地は大部分が残留し、有事の際の沖縄への核
持ち込みと通過を認める極秘文書も見つかった。沖縄は在日米軍基地が集中する
日米安保の支柱となった。嘉手納空軍基地のフェンス沿いにある「安保が見える
丘」に立つと、そこから広大な基地に並ぶ格納庫や、滑走路で駐機あるいは離着
陸する偵察機や戦闘機の様子がうかがえる。

 復帰後、日米両政府は何度か在沖米軍基地の整理統合縮小を協議したが、「日
米安保条約の目的との調和を図る」という前提が立ちはだかり、基地縮小は県民
の期待通りには進まなかった。復帰前に全県土の14・8%、沖縄本島の27・2%を占
めていた米軍基地は、那覇空軍施設(現在の那覇空港)など面積にして18%相当
が返還(同じ時期に日本本土では59%)されたものの、現在でもそれぞれ10.2
%、18.4%に及ぶ。

 その結果、面積で日本全国の在日米軍専用施設の74・2%(229,245平方キロ)
を沖縄が占めることになったのである。「専用施設」は地方自治体や警察など日
本政府が自由に立ち入り出来ないという意味で、米国占領地域あるいは治外法権
地域と呼んでもよいだろう。第2位の青森県23,751平方キロ(7・7%)、第3位の
神奈川県18,239平方キロ(5・9%)、第4位の東京都13,221平方キロ(4.28%)な
どと並べてみると、全国土の0.6%しかない沖縄県がいかに桁違いに在日米軍基
地負担を背負わされているか、明白だ。北朝鮮の脅威から日本を守るのも、日本
本土から遠い沖縄だ、と軍事専門家は論じる。

 日米安保の重要性を訴える政治家も、日本を防衛するための日本本土への米軍
基地誘致にはきわめて消極的だ。理由は、沖縄に見るように米軍の駐留がさまざ
まな問題をはらむため、たとえ巨額の補助金をつけても引き受ける自治体がない
からだ。日本海を挟んで朝鮮半島に面する、山口県にある米軍占有基地は6,629
平方キロ(全国の2・15%)、長崎県は4,561平方キロ(1.48%)と沖縄の50分の1
にも満たない。冷戦時代の仮想敵国・ソ連(現ロシア)や現在も緊張した関係に
ある北朝鮮に近い広大な北海道さえ、4,274平方キロと全体の1.38%を占めるに
過ぎない(ただし、米軍専用でない米軍基地の面積は全体の33・7%と、沖縄の22
・8%より大きい)。大阪府の橋下知事が、普天間基地の移設先として関西国際空
港や神戸空港を挙げて話題を呼んだが、現在、大阪を含めて関西地方に米軍専用
施設は一つもない。
 
本土で最も大きな米軍専用施設は青森県の三沢飛行場(15,780平方キロ)、次
いで三沢対地射爆撃場(7,655平方キロ)や東京都福生市の横田飛行場(7,136平
方キロ)だが、小さな沖縄本島にある北部訓練場(75,425平方キロ)、キャンプ
・ハンセン演習場(50,592平方キロ)、嘉手納弾薬庫地区(26,579平方キロ)、
キャンプ・シュワブ演習場(20,626平方キロ)、嘉手納飛行場(19,855平方キロ)
はこれらを大きく凌駕する。

 本土にある演習場は、静岡県の沼津海兵隊訓練場(面積はわずか28平方キロ)
だけだが、沖縄には上記の北部訓練場、キャンプ・ハンセン、キャンプ・シュワ
ブのほか、パラシュート降下訓練で知られる伊江島補助飛行場、ヘリコプター離
着陸訓練や海岸上陸訓練に使用されてきたギンバル訓練場(SACO最終報告により、
平成9年度末まで返還されることになっていたが、返還条件だったヘリコプタ
ー着陸帯などの近接訓練場への移設が実現しないため、現在も使用継続)も広が
っている。


■県内に点在する射爆撃場と沿岸・海空訓練地域


  沖縄県にあるのは嘉手納空軍基地や普天間海兵隊航空基地、北部訓練場のよう
な陸上基地だけではない。沖縄県の陸地面積は国土のわずか0・6%に過ぎないが
、東西約1千キロ(東端は北大東島、西端与那国島)、南北約4百キロ(北端は
伊平屋島、南端は波照間島)の海に囲まれている(沖縄県基地対策課「沖縄の米
軍及び自衛隊基地(統計資料集)」(平成21年3月)の「沖縄周辺の米軍訓練空
域・水域」を参照)。
 
そこには、沖大東射爆撃場、浮原島射爆撃場、出砂射爆撃場、鳥島射爆撃場、
黄尾礁射爆撃場といった実弾演習場、そして沖縄本島周辺のホワイトビーチ地区、
キャンプ・シュワブ沿岸、津堅桟橋、インディア・インディア、ホテル・ホテ
ル、マイク・マイク、ゴルフ・ゴルフなどと名づけられた広大な沿岸・海空訓練
地域が存在する(これらの射爆撃場や訓練水域、陸上基地の上空も米軍の管理下
にある)。

 たとえば本島北東岸のキャンプ・シュワブから20キロほど東方に位置するホテ
ル・ホテル訓練区域や、本島東南東のゴルフ・ゴルフ訓練区域、インディア・イン
ディア訓練区域では連日午前6時から晩8時まで「艦船及び航空機の普通火器を
使用する海対空、海対海、空対空の射撃及び空対海の射爆撃訓練」が行われてい
るという。実戦さながらの実弾を使った訓練である。久米島から近い鳥島射爆場
では、95年12月から翌年1月にかけて、米海兵隊岩国基地所属の垂直離着陸機ハ
リアーが、劣化ウラン弾1,520個を発射したことが分かっている。

 ホワイトビーチには「補給のため」と称して現在も原子力潜水艦がたびたび寄
航する。ところが、何を「補給」するのか、詳しい検証はなされていない。沖縄
本島北部や沿岸では、実弾を使った射爆撃訓練が行われているが、これも日本政
府はほとんど野放しにしたままだ。


■武力行使は慎むという日米安保


  「締約国は、国際連合憲章に定めるところに従い、それぞれが関係することの
ある国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしな
いように解決し、並びにそれぞれの国際関係において、武力による威嚇又は武力
の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連
合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むことを約束する。
 
  「締約国は、他の平和愛好国と協同して、国際の平和及び安全を維持する国際
連合の任務が一層効果的に遂行されるように国際連合を強化することに努力する」
  1960年に締結された現行日米安全保障条約の第1条である。なんと、日米両国
は、「国連憲章」の定めに従って、国際紛争を「平和的手段」によって解決し、
「武力による威嚇または武力の行使」を「慎む」と「約束」しているのである。
加えて、「国際の平和と安全を維持する国際連合の強化に努力」するというので
ある。

 この条文や、「民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配」「緊密な経済的
協力」「経済的安定及び福祉の条件を助長」「平和のうちに生きようとする願望」
といった言葉が並ぶ前文を読む限り、条約は国連中心の非武力行使による平和
維持宣言だ。第3条は「憲法上の規定」にも従うと書いてあるから、日本国憲法
の前文や第9条も尊重するということだろう。ありがたや、日米アンポ。
 
  だが待てよ。これはジョージ・オーウェルが『1984』に書いた、「真理省」の
スローガンの一つ「戦争は平和だ」そのものではないか。
  沖縄に米軍が戦闘機、空母、ヘリコプター、迷彩色の輸送車、そして弾薬庫と
ともに駐留して飛行訓練や射爆撃訓練を繰り返しているのは、「戦争」ではなく
「平和」のためだったのか。沖縄からイラクに出撃して戦闘機から爆弾を投下し
たり装甲車やジープから射撃したりしているのは、「平和的手段」によって紛争
を解決しようとしていたのか。イラクや米軍の犠牲者は、「戦死者」や「戦傷者」
ではなく、平和的行為が生んだ単なる「統計数字」なのか。

 しかし、オーウェルのいう「ニュースピーチ(新語法)」におさらばして、安
保条約を素直に読めば、条約が国連憲章や日本国憲法に合致しないこと、「対等
」な主権国家の間で締結されたものではないこと、冷戦終結後の21世紀の世界に
おいて建設的な役割を果たせそうもないことが明らかだ。占領期を引き継いだ冷
戦時代に結ばれた現在の安保条約は、来年で50年目を迎える。
 
民主党はマニフェストで「日本外交の基盤として緊密で対等な日米同盟関係を
つくるため、主体的な外交戦略を構築した上で、米国と役割を分担しながら日本
の責任を積極的に果たす」「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍
基地のあり方についても見直しの方向で臨む」とうたった。また鳩山首相とオバ
マ大統領は、11月13日の首脳会談で、来年の日米安全保障条約改定50周年へ向け、
「日米同盟」を発展させていくことを確認した。
 
日本やアジア・太平洋地域の安全保障を狙いにしてきた同条約を、環境問題、
エネルギー問題、防災、医療、核非拡散、自然災害時の人道支援など、21世紀の
世界が直面する地球規模の課題に対処すべく強化(鳩山首相によれば「深化」)
しよう、というのである。民主党のマニフェストは、「『国民主権』『基本的人
権の尊重』『平和主義』という現行憲法の原理……を大切にしながら、真に立憲
主義を確立」とも述べており、これらの公約をぜひ守って欲しいものである。

 「対等な日米同盟関係」というのは、日本がこれまでの従属的な日米同盟至上
主義を離れて他の国々とも独自の、多極的な外交関係を展開する、と意味だろう。
  1959年に駐留米軍は憲法9条が禁じる戦力に当たらないという判断を下した最
高裁判所も、そろそろ日米安保条約の合憲性を再考すべきだろう。占領時代なら
ともかく、在日米軍が日本国憲法の適用を受けないとしたら、日本を主権国家と
は呼べない。


■増強される在沖自衛隊


  沖縄に駐留するのは米軍だけではない。復帰に先立つ1971年10月、防衛庁は、
第1次沖縄防衛計画を発表、翌年2月には自衛隊6,300人の沖縄配備を決定。復帰
直後の6月には那覇防衛局を開設。その後、「沖縄基地の強化につながる」と抗
議した屋良知事など多くの県民の反対を無視して、矢継ぎ早やに、陸上自衛隊混
軍、航空自衛隊、海上自衛隊軍が配備された。沖縄は米軍と自衛隊が共存する重
要な安保基地となったのである。2008年1月1日現在、およそ6,300人(陸上自衛
官1,900人、海上自衛官1,300人、航空自衛官3,100)が県内35施設に駐屯してい
る。

 最も大きいのは那覇空港に隣接し、航空自衛隊の13部隊、陸上自衛隊第10飛行
隊、海上自衛隊第5航空群が混在する那覇基地(2,118平方キロ)。沖縄市の陸上
自衛隊沖縄訓練場(576平方キロ)、陸上自衛隊那覇駐屯地(346平方キロ)、本
島北部の海上自衛隊国頭受信所および本部送信所、那覇駐屯地浮原島、航空自
衛隊那覇基地知念高射砲教育訓練場などが、それに次ぐ。自衛隊が「南西防衛
区の砦」と位置づける航空自衛隊那覇基地の飛行場は国土交通省が管理する官
民共用空港(那覇空港)で、長さ3,000メートル、幅45メートルの滑走路を、
民間機とともにF-15J戦闘機のほか、救難ヘリコプターや輸送ヘリコプターが
飛び交う。

 今年5月には、海上自衛隊の掃海母艦「ぶんご」が普天間基地の移設が予定さ
れている沖縄本島北東沿岸に姿を見せ、移設に反対する人々が抗議する中、現況
調査を行った。7月には、麻生政権の浜田靖一防衛相が、台湾が望見できる日本
最先端の島・与那国を訪れ、同島に陸上自衛隊部隊の配備を検討していると発言
している。

 戦闘経験を積んだ在沖米軍との共同演習も多い。今年4月には自衛隊南西航空
混成団のF4戦闘機が嘉手納基地に暫定配備されていたステルス戦闘機と摸擬空
中戦を展開した。11月中旬には、米国海軍と海上自衛隊の艦船と航空機が、9日
間にわたって、「恒例の海上演習――8,500人の米国海兵が参加する両国最大の
年次演習ANNUALEX――のため、沖縄沿岸の海と空を覆いつくした」(準米軍機関
紙『スターズ・アンド・ストライプス』09年11月16日)。
 
米側から参加したのは、空母航空団の戦闘攻撃機を艦載した原子力空母「ジョ
ージ・ワシントン」、空母「エセックス」、掃海艇「ディフェンダー」、ミサイ
ル巡洋艦「カウペンス」、ドック型揚陸艦「トートゥガ」、原子力潜水艦「シテ
ィ・オブ・コーパスクリスティ」、原子力潜水艦「キーウェスト」、ミサイル・
フリゲート「クロメリン」、ミサイル駆逐艦「カーティス・ウィルバー」などの
艦船、そして第7艦隊所属の第70任務部隊や第15駆逐隊、第31海兵隊遠征隊に属
する水兵約8,500人。海上自衛隊のイージス艦や護衛艦など両国併せて艦船50隻、
航空機100機以上、兵員およそ2万人が参加する、まさに実戦さながらの大規模
演習であった。
 
  日本側が「日本防衛のための共同演習」と呼ぶこれらの演習は、米軍が英語で
主導しながら行うもので、自衛隊が米軍に編入されたという印象を与える。


■在日米軍は必要か


  ところで、日本が「日米同盟」について米国に対して注文がつけられないのは、
日本に北朝鮮などの脅威に対する防衛力がない、あるいは不十分だから、とい
う説明をよく聞く。日本の防衛力はほんとうに脆弱だろうか。
 
2009年6月にスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が
発表した「2009年版年鑑」の「2008年世界の軍事費トップ10」によると、日本の
軍事費は世界第7位にランクされている(第1位 米国6070億ドル、第2位
  中国849億ドル、第3位 フランス657億ドル、第4位 英国653億ド
ル、第5位 ロシア586億ドル、第6位 ドイツ468億ドル、第7位 日本
463億ドル、第8位 イタリア406億ドル、第9位 サウジアラビア382
億ドル、第10位 インド300億ドル)。F4EJやF15Jなどの戦闘機、輸送機・
空中給油機、早期警戒機、対空ミサイル、対戦車ミサイル、対艦ミサイル、高性
能防空・交戦システム(イージスシステム)を搭載するイージス艦、地対空誘導
弾パトリオットミサイル(PAC3)などを備えた日本は、軍事大国とは言えな
いまでも、在日米軍の力を借りなくても国是の「専守防衛」に事欠く軍事小国で
はない。

 現在、日本に駐留している米国の軍隊(2008年3月、海兵隊、空軍、海軍を中
心とする3万3千人)とF-22をはじめとする戦闘機、空中給油機、迎撃ミサイル、
キティホークなどの空母、巡洋艦や駆逐艦、核兵器を含むと見られる弾薬などを
加えると、日本の軍事力は世界第4位か5位くらいにはなるだろう。ドイツと韓
国を除いて、他の諸国には見られない実態である。ちなみに、米国(米本土、ハ
ワイ、アラスカ、米国自治領グアムなど)以外に駐留する米軍は、日本と同じ敗
戦国のドイツ56,200人、朝鮮戦争の後遺症を引きずる韓国28,339人を除くと、英
国9,698人、イタリア9,693人、スペイン1,251人、フランス56人、オーストラリ
ア133人、ニュージーランド9人、フィリピン150人、イスラエル43人、カナダ145
人に過ぎない。

 在日米軍の64%にのぼる2万1千人は沖縄に集中している。最前線部隊といわれ
る海兵隊は実に86%(12,400人)が沖縄駐留だ。しかも、うるま市のキャンプ・
コートニーに司令部をおく第3海兵遠征軍は、米国の3つの海兵遠征軍のうち唯
一国外に司令部をもつ海兵遠征軍で、米国のイラク戦争に大きく貢献している。
在日米国空軍の主要基地も沖縄だ。

 日本の駐留国負担金も世界で群を抜いている。駐留国負担金(接受国支援金)
は、労務費や土地代など予算(いわゆる「思いやり予算」)に計上されている直接
支援と道路・港湾費などの免除分(間接支援)からなる。米国防総省の2002年の
数字によると、日本の負担金44億1千万ドル(直接32億2,800万ドル、間接11億
万ドル)は、NATO全体の24億8千万ドルの2倍近くにのぼった。

 「思いやり予算」は、「密約」により、沖縄返還に伴い日本が米国に肩代わり
して支払った軍用地復元補償費などを嚆矢とすべきだろうが、一般的には、1978
年に日本人基地従業員の福利費負担で始まったとされる。「思いやり予算」は、
その後、従業員の基本給、提供施設の建設費、光熱水費、訓練移転費へと次々拡
大されてきた。日本の直接支援は過去10年間少しずつ減り続けたものの、平成21
年度予算では駐留経費負担額は1,978億円。施設の借料・周辺対策・漁業補償な
ど1,739億円を含めると3,667億円にのぼる。
 
本来なら米国が負担すべき在日米軍の必要経費は、ほとんど日本政府が面倒を
みてあげているのである。ほかに、SACO最終報告の内容を実施するための経費11
2億円、米軍再編事業のうち地元負担軽減に要する602億円が計上されている。こ
れらの数字には、防衛省以外が支出する基地交付金などは含まれない。このうち、
11月末の事業仕分けで取り上げられたのは、日本人基地従業員2万3千人(沖縄
約9千人)の給与だけだ。
 
米国にとって、言われるままに米軍部隊の駐留と戦地出撃を含む軍事活動を容
認し、道路や港湾の使用料を免除するほか、多額の「思いやり予算」をつけて土
地代、日本人従業員の給与、将兵と家族の住宅や学校、病院などの建設費、電気、
ガス、水道、下水道、冷暖房・調理・給湯用の燃料、基地施設の建て替え費、
訓練移動費、事故補償費まで負担し、基地移転後の汚染物質を処理してくれる、
米国にとってこんなありがたい国はない。


■世界の変化を視野に入れよう


  日米安保条約を検証する際、私たちは時代の趨勢をよく把握しておく必要があ
る。米国が第二次世界大戦を連合側の勝利に導いて軍事的・経済的な世界大国に
のし上がり、国際連合やブレトンウッズ体制の創設に中心的な役割を果たし、東
西冷戦における西側陣営のリーダーとなり、日本の占領を先導してからおよそ60
年、共産主義国家・中国の成立や朝鮮戦争からほぼ半世紀、ベトナム戦争から40
年、東西冷戦の終焉から20年、ブッシュ大統領の「テロとの戦い」からさえ10年
が経過した。
 
東アジア地域ではオーストラリア、ニュージーランド、タイ、フィリピン、韓
国といった米国の「同盟国」が、地域の安全保障に対する強いこだわりを見せ、
「軍事的プレゼンス」を維持したいという米国の意図とは裏腹に、急速に米国離
れが進んでいる。ヨーロッパや中南米だけでなく、東アジアでも「パクス・アメ
リカーナ」の時代は終焉し、中国、インド、東南アジア経済連合(SEATO)など
を中心とする、米国の覇権から脱した新たな多国間協調体制が生れつつある。米
国が「極東」と呼んで警戒した東アジアでは、ミャンマーと北朝鮮を除いて、中
国も台湾も、植民地の歴史を引きずって混乱していたインドネシヤやフィリピン
を含む東南アジアも安定した。国際社会が直面する重要課題も、軍事的対立から
、金融、エネルギー、地球環境、核軍縮・廃絶、貧困、人間の安全保障といった
多国間協調を要する分野に軸足を移しつつある。
 
日本だけが、旧態依然として米国との軍事的同盟関係を「外交の基軸」に据え
たままでは、国際的潮流から取り残されてしまう。これまで国連でも米国の意向
に逆らわなかった日本は、諸外国から「米国のポチ」視されてきた。安保条約を
「基軸」とする日米同盟至上主義に終止符を打ち、米国を含むアジア太平洋版国
際連合のようなものを立ち上げて近隣諸国をはじめ米国やその他の国々との協調
外交を展開すれば、日本は平和憲法をもつ国としての国際的な役割が果たせるだ
ろう。かつて琉球王国時代に日本・中国・朝鮮などアジア諸国の「万国の津梁(
架け橋)」を自任した沖縄も、その地理的条件を戦争ではなく地域交流のために
貢献できる。


■予定されていた普天間基地のグアム移転


   普天間基地のある宜野湾市の伊波市長は、日米特別行動委員会(SACO)最
  終合意から13年経った今年12月はじめ、そもそもグアム移転計画には司令部
  だけでなく、普天間基地の第1海兵航空団航空戦闘部隊(航空ヘリ部隊)も
  含まれていたとして、県内移転の根拠は消えたと述べた。そこで、米海軍省
  グアム統合計画室が住民のコメントを求めて11月20日に公表した「環境影響
  評価書(EIS)素案」を調べてみた(統合計画室は米国防総省が環境保護政策
  法に従って基地建設予定地の環境影響評価を行うため海軍に設置させた機関)。
  
  すると、驚くなかれ。そこには、沖縄からは第三海兵遠征隊の司令部だけ
  でなく、普天間基地の第一海兵航空団や航空団に所属するさまざま部隊が移
  駐する予定だと記され、グアム北端のアンダーセン空軍基地で普天間基地と
  同じように離着陸訓練や兵士と貨物の積み下ろし訓練を行う、海兵隊が沖縄
  本島北部で行っているジャングル戦闘訓練、射撃演習、都市型戦闘訓練、強
  襲揚陸訓練と同種の訓練を行う施設を建設するといった計画も、入っていた。
 
  米軍のグアム軍事計画に基づく素案によれば米国は、日本を除くアジア・
  太平洋地域の同盟諸国から普天間基地移設を断られたため、東アジアに近く、
  米軍が自由に行動できる米領グアムに目を移したのだという。結果的に、
  普天間航空基地を含む在沖海兵隊すべてをグアムに移す計画に変えたのであ
  ろう。辺野古基地に移設する必要性は全くなかったのだ。しかし、日本が沖
  縄県内移設の費用を負担し、その後の海兵隊のグアム移転費も分担するとな
  れば、話は別だ。

           (筆者は沖縄在住・元桜美林大学教授)

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