安保法案審議下で進む「第一線救護」の強化

【コラム】風と土のカルテ(20)

安保法案審議下で進む「第一線救護」の強化

色平 哲郎


 国会で安保関連法案の審議が、根拠を曖昧にしたまま行われている。憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使が許されるのかといった根本的問題もさることながら、自衛官のリスクがまともに論じられていない。これは極めて危険である。

 「火線救護」という言葉をご存じだろうか。旧日本陸軍の制度で、軍医による第一線での負傷兵の救護活動をさす。日本陸軍には野戦病院があったが、最前線の負傷兵を後方の野戦病院などに移すための後送の態勢が手薄だったという。必然的に第一線での応急措置が重視され、「火線救護」と呼んだ。現在では「第一線救護」と呼ばれている。

 この第一線救護が、自衛隊の海外派遣、後方支援活動の拡大などによって強化されようとしている。防衛省は「自衛隊の第一線救護における適確な救命に関する検討会」を立ち上げ、これまで3回の審議が行われた。

 有事の際に自衛官が銃弾や爆弾などにより負傷した場合、現行制度では、最前線にいる自衛隊の衛生科隊員(准看護師の資格を持つ救急救命士)が外科的気道確保や胸腔穿刺などの処置を実施することはできない。そこで、後方の野外病院などに移送する前に、一定の教育を受けた衛生科隊員がこれらの処置を実施できるように制度を見直す狙いがあるようだ。

 今年4月に開かれた検討会では、「自衛隊の第一線救護における適確な救命について」と題した資料が示された。そこには「戦争」の実相が赤裸々につづられている。

 ベトナム戦争の戦傷者の内訳をみると、「破片」によるケガが62%、銃弾が23%、爆風3%、熱傷6%、その他6%と、圧倒的に「鋭的外傷」が多い。

 ベトナム戦争での米兵の死因分析では、戦傷により収容施設に到着するまでに死亡した場合は「中枢神経系の損傷」が31%と最も多く、「四肢の外傷からの出血」(9%)と続く。収容施設に入った後に死亡した場合は、「外科修復不能な体幹の負傷」が25%と最も多く、次が「広範な損傷による重症感染症及びショック」(12%)となっている。

 2001〜11年の米軍の対テロ戦争(イラク、アフガニスタン)では、負傷して死亡した米兵(4596人)のうち87%が最前線で亡くなり、医療施設には収容されていない。施設収容後に死亡した負傷兵の割合は13%だ。

 最前線で亡くなった87%のうち、「生存の可能性あり」が25%。4人に1人は助かっていた可能性がある。生存の可能性がありながら亡くなった人の死因は、出血が91%、気道閉塞8%、緊張性気胸1%となっていた。故に、安保法制による活動範囲の拡大も見据え、医師でなくとも外科的気道確保や胸腔穿刺などを実施できる前線の自衛官を養成しようということのようだが、そもそも政府・与党は安保法案の審議で、部隊の安全が確保できないような場所で後方支援を行うことはないと説明していたのではなかったか。

 また、胸腔穿刺などの医行為を的確に実施できる自衛官を育成し、その数を増やしていくまでには相応の期間を要するだろう。このような状況で、観念先行の法解釈を押しつけられる現場はたまったものではない。

 (著者は佐久総合病院・医師)

※この記事は著者の許諾を得て日経メディカル2015・8・31号から転載したものです。


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