安倍政権の北朝鮮外交には盲点がある

安倍政権の北朝鮮外交には盲点がある
—日朝交渉の今後について—

有田 芳生


 日朝交渉がストックホルム合意(5月)、北京合意(7月)を経て大きく進展した。北朝鮮が「あらゆる機関を調査できる権限を持った」「特別調査委員会」を設置したことで、拉致問題解決への期待は大きく高まっている。いくつもの論点がある。ここではほとんど議論も報道もされないが、交渉の行方にもっとも大きな影響を与える安倍晋三政権の北東アジア観について取り上げる。

 2014年4月13日、参議院拉致問題特別委員会で私は質問に立った。設定したテーマは「北東アジアに『大きな平和』を—日朝交渉について—」である。ここで使った「大きな平和」とは、実は福田康夫元首相の表現である。ときは2001年にさかのぼる。小泉純一郎政権は、拉致問題の解決をめざし、北朝鮮との交渉を開始した。2001年秋から翌02年9月に小泉訪朝が実現するまで、約1年間の水面下交渉である。
 田中均・アジア大洋州局長(当時)と北朝鮮の「ミスターX」(柳京・国家安全保衛部副部長)が、中国・大連を中心に水面下で25回の秘密交渉を行った。その成果が2002年9月17日に実現した総理としてはじめての北朝鮮訪問だった。この間の交渉内容は外部に漏れることがなかった。日本でこの交渉を知っていたのは、小泉首相、福田官房長官など7人に限られていたのである。ちなみに安倍官房副長官(当時)は、このなかに入っておらず、小泉訪朝を知らされたのは、国民に発表される前日の02年8月29日だった。小泉首相は「国民が知るときといっしょでいい」と判断したのに対し、福田官房長官が「それではかわいそうだ」と説得したという。

 小泉政権は戦後日本外交にとって唯一の空白である日朝関係の改善を図ったのである。端的にいって日朝国交回復を果たすことで拉致問題と過去の清算を実現しようとしたのだ。水面下交渉の意味について古川貞二郎官房副長官(当時)と田中氏は、その課題を「大義」と表現した。福田官房長官(当時)は北東アジアに「大きな平和」を実現することと位置付けた。訪朝を実現した小泉首相は首脳会談後に平壌でこのように語っている。
 「日本は正常化交渉に真剣に取り組む用意がある。私は、北朝鮮のような近い国との間で懸念を払拭し、互いに脅威を与えない、協調的な関係を構築することが、日本の国益に資するものであり、政府の責務として考える」

 小泉首相のこの認識は退陣するまで国会でも記者会見でも繰り返し語られている。日朝平壌宣言に合意した小泉政権と、その後の福田政権には、北東アジア情勢を創造する外交戦略がしっかりと据えられていたのである。ところが安倍政権にはそれがない。第2次安倍政権が成立してからの首相演説をすべて調べてみた。首相のもっとも重要な演説である「施政方針演説」「所信表明演説」でも、拉致問題は日朝国交回復の大きな枠組みのなかに位置付けられていないのである。私はこのことを質問主意書で問うたが、安倍首相名による回答は、閣議で検討した結果だというだけで、その内容は何かと再質問しても、教えられないというものだった。

 戦後アジア外交のなかで、北朝鮮との関係をいかに解決するのか。それは北東アジアに平和を築く重要な歴史的課題である。その認識を欠き、ただ拉致問題だけを焦点にした交渉ではどこかで綻びが出てこないか。たとえば安倍政権は「すべての拉致被害者を取り戻す」と繰り返す。正しいスローガンだ。しかし「すべて」とは誰のことであり、何人なのか。日本にわかるはずがない。政府認定拉致被害者や特定失踪者のうち、何人かの生存が明らかになったとしよう。安倍首相の方針ではいつまでも「すべてを解決せよ」と言い続けるしかない。しかも核問題、ミサイル問題を解決せずして国交回復はありえない。
 安倍首相の拉致問題解決の方針とは、実は無限運動であって、国交回復にはつながっていかないだろう。いつか交渉が頓挫した場合でも「私は国交回復などと言っていない」と逃げ道を作っているのが、第2次安倍政権の北朝鮮外交なのである。本当に拉致問題を解決するつもりなら、日朝合意文書でも再確認された次の方針を安倍首相自らが責任ある演説で常に発し続けることである。
 「日朝平壌宣言に則って、不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、国交正常化を実現する意志を改めて明らかにし、日朝間の信頼を醸成し関係改善を目指すため、誠実に臨むことにした」

 拉致被害者家族は高齢化している。こんどの交渉が失敗すれば、もはや拉致問題の解決は難しいと判断した方がいい。問題解決のためには北東アジアの平和のための外交方針を確立することなのである。

 (筆者は民主党・参議院議員)


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